fetishiSM

第十の嗜好


<前編>

「ねえ、行くんでしょ?」
委員長がLINEで聞いてきた。僕は、啓人と顔を見合わせた。
あれから委員長とは野外友達というか・・・別に委員長とセックスはしていない。ただ、一緒にあの公園で、知らない男にマワされる仲になった。裏SNSで友達にもなったし、LINEのIDも教え合った。そんな僕等に、あの「裏倶楽部」から「オフ会へのお誘い」というダイレクトメッセージが届いていた。

裏倶楽部というのは、僕等の学校の裏SNS、あの学校のゲイが集まるSNSの中の、コミュニティの一つだ。すでに裏倶楽部のメンバーになってる人から招待を受けて、そして裏倶楽部管理人の承認がないと入れない、そんな裏SNSの中でも限られたメンバーだけの秘密の場所だ。僕等は委員長から招待されて、その裏倶楽部に入ったんだ。

その裏倶楽部から僕等はオフ会に誘われたんだ。

同じ学校のゲイだけが集まる裏SNS。その中のコミュニティのオフ会。つまり、同じ学校のゲイが集まるオフ会ってことだ。そこに行けば、誰がゲイなのか分かる。どれ位ゲイがいるのか分かる。でも、逆に言えば、僕等がゲイであることもバレるということだ。しかも、僕等はいろんな画像を投稿している。僕等があの「定食」だって知られるということは、あの画像が僕等の画像だと知られるということだ。
正直、僕と啓人は相談して、そのオフ会に行くのはやめておこうと決めていた。

「行くんでしょ?」
委員長にそう言われたときは、行かないとは何となく言いにくかった。
「ちょっと考えてる。やっぱちょっと怖いし」
そう答えた。実際、そうだった。この学校の奴しかいないはずだけど、やっぱりちょっと怖い。この学校の奴しかいないからこそ、怖いと思う。いい方向に行くか、悪い方向に行くのか。悪い方向に行ったら、僕等はどうなっちゃうのか・・・
「行こうよ、一緒に」
委員長はずいぶん乗り気だ。
「でも、ヤバくない?」
僕等はこれまで考えていたことを委員長に話す。実は、あの裏倶楽部は僕等みたいなセックスしたいような奴等を呼び出すための餌で、餌に食い付いたら身体を売らされるんじゃないかとか、僕等を学校中の晒し者にしようとしてるんじゃないかとか、秘密をバラすって脅されたりするんじゃないかとか・・・
「大丈夫だよ。そんな倶楽部なんだったら、裏SNSみたいに噂になっててもおかしくないでしょ?」
そりゃまぁそうだ。この学校には裏SNSがあるというのはみんな知ってる噂だ。そして、その裏SNSは本当に存在する。僕等ゲイのためのSNSだけど。でも、裏倶楽部の噂は聞いたことがない。裏SNSの中で、招待されたごくわずかの人しかメンバーになれない秘密の倶楽部。他にどんな人が入っているかも分からない。その裏倶楽部には匿名の掲示板が一つあるだけだ。その掲示板にはメンバーからの匿名の書き込みもあるけど、ときどき、オフ会開催の案内が書き込まれる。参加出来る人は管理人が決める。そして、管理人が参加してもいいと認めた人には、そのオフ会へのお誘いのダイレクトメッセージが送られてくる、という感じだ。だから、噂になりようがないのかもしれない。
「ね、興味湧くでしょ?」
委員長は顔を輝かせている。

委員長の本当の顔はマッドオナニストだ。いろんなオナニーの仕方を知っている。そして、実はそういうことのためなら何でもする。男の人とのセックスも平気だ。それが正体だ。そして僕等も、気持ちいいセックスのためなら何でもしたい。あの公園での乱交プレイだって、僕等は望んでしている。啓人と一緒に、委員長も一緒にいろんな人に抱かれて、入れられて、飲まされて。そういう、たぶん普通じゃないことが大好きだ。そんな僕等はそういうプレイのこととか、かなりぼかしてはいるけど裏SNSに投稿している。そんな僕等だからこそ、オフ会のダイレクトメッセージが届いたのかもしれない。
「ね、僕等、選ばれたんだよ」
(委員長って、いつか絶対、何かの詐欺に引っ掛かりそうだな)
僕は思った。啓人もきっと同じことを思ってるだろう。
「今しかチャンスないかもしれないよ」
きっと、大人になってからじゃこんなことはないだろう。今だからこそ、かもしれない。そして今なら、僕等は一人じゃない。3人いる。一人だったら何かあったら終わるかもしれないけど、僕等は3人だ。それが強みでもあるかもしれない。
僕は啓人の顔を見た。啓人は頷く。僕も頷いた。
「よっしゃ!」
委員長が腰の辺りで小さく拳を握った。
(そんなに期待するようなことなのかな・・・)
少し不安を感じる。が、今更白けさせるわけにもいかない。
そんな訳で、僕等「定食」と「マッドオナニスト」は、裏倶楽部のオフ会に参加することにした。ただし、念のために、僕等と委員長はお互いがゲイで裏SNSに入っていたことは知らない、そのオフ会で初めて知った、ということにしておこうって決めた。そして、何かあったら3人で助け合うってことも。



その後、詳しい、といってもどんなオフ会なのかということじゃなくて、オフ会の場所への行き方が詳しく書かれたメッセージが届いた。取りあえずバスで行くらしい。そんなに遠くないところだ。バス代はオフ会で精算してくれる。バスを降りたら、矢印の看板が立ってるから、それに従って行けばいいらしい。

当日、僕等は他の奴等と一緒にならないように、かなり早めに家を出た。バスは僕と啓人とあと3人だけ。見たことがない人だったし、目的の停留所で降りたのは僕等二人だけだった。降りるとすぐに、矢印だけ書かれた看板があった。それは看板というより、ただ、板に矢印を書いた紙が貼り付けてあるだけだ。簡単に上下をひっくり返すこともできる。だから、その矢印の方向が本当に正しいのかどうか不安になるような看板だった。僕は啓人と顔を見合わせた。
「やっぱ、委員長と一緒に来た方が良かったかな」
少し不安になる。
「ここまで来たんだから、行くしかないだろ」
啓人は矢印の方向を見て言った。特に何かがあるわけじゃない。街の中心から外れた郊外って感じの場所だ。二人揃って歩き出す。しばらく道なりにまっすぐ歩くと、また看板があった。同じようにただ置いてあるだけの看板。それに従って大きな道から外れて左に曲がる。そうやって矢印に従っていくと、キャンプ場の看板の前に出た。
「ほら、ここ」
啓人がその大きな看板に書いてあるキャンプ場の図に、矢印が貼り付けてあるのを見つけた。
「コテージ?」
それはキャンプ場の奧にあるコテージだった。
「まあ、行くしか無いか」
啓人が言った。


そこはまるで小さな家だった。辺りを見回すと、少し離れた所にポツポツと同じような建物がいくつかある。
「ここなら誰かに見られたりはしないね」
啓人は僕の言ったことを聞いていない感じだった。右手で指を指す。その先を見ると、その建物のドアのところに小さな下向きの矢印が貼ってあった。
「入れってことかな」
僕はまた辺りを見回す。人は誰もいないようだ。ということは、まだ誰も来ていないか、それとも、もうみんな来ているのか・・・
啓人がドアノブに手を掛けた。
「鍵、掛かってないよ」
僕は頷く。啓人がドアを開いた。

土間があって、その奥が少しだけ高くなっている。といっても、ほんの1,2センチくらい。バリアフリーってやつだ。その少し高くなったところに、スリッパが並べて置いてある。
「・・・5つ」
啓人が呟いた。僕も数えてみた。
「5人来るってことかな」
「それくらいの人数ってことだろうな」
啓人が靴を脱いでスリッパに履き替えた。
「これ、どうするんだろ」
靴を持って僕に言う。土間の横に小さなくぼみのようなものがあった。
「そこ、開くんじゃない?」
その扉を開くと、中は下駄箱だった。靴は入っていない。スリッパがあといくつか。啓人はそこに靴を入れる。僕もスリッパに履き替えて、そこに靴を入れた。
なんとなく、恐る恐るその建物の中に進む。部屋は4つ。トイレとお風呂は別にある。4つのうちの一つは小さなキッチンだ。残り3つ。一つは鍵が掛かっている。その前で聞き耳を立ててみたけど、全く物音はしない。他の2部屋には誰もいない。一番大きな部屋にはソファがL字型に置かれていて、テレビも置いてある。テレビの横に大きな窓。でも、その窓の向こうには塀があって、外は見えなかった。
「僕等が一番最初なんだね」
まあ、そうなるように早く家を出たわけだけど。啓人は何も言わずにソファのテレビの正面の位置に座った。僕もその隣に座る。ソファの前には小さなテーブル。その上にリモコン・・・恐らく、テレビの・・・が置いてある。啓人がそのリモコンを手に取ってテレビの電源を入れる。でも、何も映らない。
「待つしかない、か」
僕はそう言った。何となく不安だ。早く来たのは失敗だったかもしれない。そう思い始めたとき、啓人が僕の手を握った。
「大丈夫だよ」
そして、少し間を置いて小さな声で付け加えた。
「たぶん」
それから、僕等は何も話さなかった。

しばらくすると、ドアが開く音がした。僕等は身体を硬くする。
「こんにちは」
少し恐る恐る、といった感じの声がする。知らない声だ。僕は啓人と顔を見合わせる。
(どうする?)
僕は目で啓人に尋ねる。
「こっちだよ」
啓人が声を出した。それが啓人の答えだ。すぐに部屋の扉が開いた。
「あ、二人?」
見たことがある顔が覗く。確か、3年の人だ。
「はい」
すると、その後ろからもう一つ顔が覗いた。
「あっ」
その顔は声を上げた。
「あ、貫田」
思わず僕は言った。
「えっ 知ってる人?」
3年の人が言う。
「同じクラスの・・・」
そこで言いよどむ。こういうところで本名を言ってもいいのかどうか、という所だろう。僕だってさっき思わず名字を呼んでしまったけど、こういう場なんだから、本名は言わない方がいいのかもしれない。
「あ、同じクラスの高橋です」
でも、僕は貫田の名字を言ってしまったんだから、自分だけ名乗らないのはフェアじゃない。
「山中です」
啓人も名乗った。
「へえ、みんな、おんなじクラス?」
その人が言う。
「うん、そう」
貫田がその人に言った。その口調は親しさを感じる。
「貫田は、その人、えっと・・・」
「3年の武井」
その人は自分で名乗った。
「光樹の、貫田の彼氏」
そうだ、思い出した。いい人という噂を聞いたことがある人だ。そんな人が貫田の彼氏だったんだ。
「高橋君と山中君は?」
貫田に聞かれた。
「うん、付き合ってる」
「へぇ」
なんだかそんな話をしていることが不思議な気分だ。こんなこと、誰かに言う時が来るなんて思いもしなかった。僕等が付き合ってることは秘密、それどころか、僕等がゲイであることも秘密のはずだった。
「二人はここにいるってことは、ゲイなの?」
武井さんが尋ねた。
「はい、もちろん」
啓人が言った。もちろん、武井さんと貫田もゲイなんだろう。僕は敢えて聞かなかった。
「ここではSNSの名前で呼ぶ方がいいのかな」
貫田が言う。
「そうだね。本名はヤバいかな」
そして、自己紹介が始まった。
「俺は店長。こっちは」
武井さんが貫田を見る。貫田が続ける。
「僕はLS。Love Sweets」
「二人ともスイーツ大好きなんで」
店長が付け加えた。
「僕等は・・・」
少し躊躇する。僕等の名前を教えるってことは、僕等の裸を見せて、性癖を晒すのと同じだからだ。
「定食、です」
啓人が僕の代わりに言った。
「こっちがA定食で俺がB定食」
「へぇ」
LSが少し目を丸くした。
「じゃあ、あの画像」
僕は顔が熱くなった。
「そうだよ」
啓人は余り恥ずかしがってはいない。
「どんな画像?」
店長が尋ねた。
「それは・・・」
さすがに啓人も言いよどむ。
「聞かないであげてよ」
LSが店長に言った。店長は、なんとなくそれで察したようだ。
「なんか、喉渇くね」
僕は話題を変えようとする。
「そうだね」
LSが同意してくれた。
「キッチンあったから、ちょっと見てくる」
僕は立ち上がった。啓人も立ち上がる。僕等は二人でキッチンを見に行った。

キッチンの冷蔵庫の中にはペットボトルや缶が並んでいた。いろんな種類の飲物。中にはお酒らしきものもある。取りあえず、ミネラルウォーターのペットボトルを4つ持って部屋に戻り、それをテーブルに置く。1本取ってキャップを開ける。3口ほど飲む。すると、他の3人も同じようにした。
店長とLSは、L字になったソファの、僕等の座っていない方に座った。LSがちらりと時計を見る。
「もうすぐ、時間だよ」
「これで全員かな」
LSと店長が話している。僕も時計を見る。集合時間の2分前だ。
(委員長、遅いな)
僕は心の中でそう呟いた。ちょうどその時、ドアが開く音がした。
「委員長」
LSが声を上げた。僕は一瞬啓人と目を合わせ、そして、驚いたフリをする。
「え、委員長が、なんで?」
何となく白々しい声で啓人が言った。
「貫田君・・・それから高橋君、山中君、なんでここに?」
そしてまた、自己紹介が始まった。

その自己紹介の最中、またドアの音がした。足音が近づく。皆、口を噤む。姿を現したのは、白い仮面を付けた人だった。



仮面の人は、部屋の入口で僕等を見回す。
「全員揃ってるな」
そして部屋の中に入る。後ろからもう一人、知らない顔の大人だ。
「お前等の前じゃ仮面なんて意味ないか」
仮面の男が言った。その声には聞き覚えがある。その身長、体格、声。そうだ、たぶん、この人は・・・
その男が仮面を外した。案の定、本条先生だ。
正直、僕は驚かなかった。でも、マッドオナニストと店長、そしてLSは驚いたようだった。
「ようこそ、裏倶楽部オフ会へ」
本条先生が大げさに両手を開いて言った。
「なんで、本条先生が・・・生徒しか入れないんじゃ・・・」
委員長の疑問に本条先生は答える。
「あの裏SNSの入会資格は学校に在校する者だ。在校する者、つまり学校にいる人なら、生徒だけじゃなく、教師やその他の人も入れるってことさ」
そして、後ろの男を振り返る。
「彼は、時々学校に出入りしている業者さんで、俺の友人だ。彼は教職員じゃないが、それでも在校する者の一人ということで会員になってる」
男が頷いた。
(あの人とは違う人だ)
あの時、先生達と僕等の4人でしたときの、あの人・・・先生のことをパートナーって言っていた人・・・とは違う人だった。
「俺はSNSでは先生だ」
本条先生が短く言うと、委員長が尋ねた。
「あの先生が、先生だったってことですか?」
「そうだよ。ちなみに彼はSNSでは管理人と名乗っている。名乗っているだけだけどな」
先生が男をちらっと見て笑う。
そういえば何度も見たことがある。いろんな人と友達になっていて、いろんなコミュニティにも入っていた。だから、当たり前のようにこの管理人という人があの裏SNSの管理をしている人だと思っていた。でも、本当の管理人という訳ではないようだ。
「さて、君達にも順番に自己紹介してもらおうか」
先生は最初に啓人を見る。啓人は僕に身体を寄せて、他の人からは見えないようにして僕の手を握った。その手が少し汗ばんでいる。
「SNSのオフ会だから、本名じゃなくてSNSの名前を、そして・・・学年はいいか。もう分かってるからな」
先生がみんなを見回した。
「一人を除いてみんな俺のクラスって、どういうことなんだろうな」
「先生が先生だから」
委員長が言う。
(あんまりあれこれ言わない方がいいんじゃないかな)
少しハラハラしながらそう思った。
「そうかもな。ゲイの先生のクラスにはゲイの生徒が集まる、か・・・」
先生が溜め息を吐いて、顔を伏せた。
「んな訳あるかぁ」
そして、顔を上げて言った。みんな笑う。少しほっとした。
「じゃ、君から自己紹介してくれるかな」
先生が、店長に言った。
「えっと、店長、です。俺だけ3年?」
店長が皆を見回す。みんな、頷く
「ですね」
店長は締めくくった。店長の横のLSが口を開いた。
「LSです。Love Sweetsの略です。店長さんと付き合ってます」
「キスはした?」
先生が口を挟んだ。
「しました」
LSが答えた。
「その様子だと、もっとしてそうだな」
先生が笑顔で言う。
「それは秘密です」
店長が答えた。
「じゃ、次」
次は啓人の番だった。
「俺は・・・俺等は定食です」
そして、僕の顔を見る。
「僕がA定食です」
僕が言った。啓人が続ける。
「俺がB定食です」
すると、先生が言った。
「お前等はどこまでしてる?」
(知ってるくせに)
心の中で思う。でも、口には出さない。その方がいいに決まってる。
「秘密です」
啓人が言った。たぶん、その答えが正しい答えだと思った。
「してるでしょ」
委員長だ。
「おいっ」
僕は委員長を見る。
「どうせ分かるだろうし、いいじゃん」
(ヤバいかも)
委員長が少しいつもと違う。なんというか、ハイになっている。
「どういうこと?」
LSが尋ねた。
「そういう話は、後でゆっくりしよう」
先生だ。少しほっとした。
「じゃ、最後」
委員長が立ち上がる。
「僕は、マッドオナニストです。オナニー大好きです」
(ヤバいよ、委員長)
僕は心配になった。それは、この場にいる委員長以外の生徒みんながそう思ったようだ。

<第十の嗜好 媾 後編に続く>


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