きっかけ
ドクッ・・・ドクッ・・・ドクッ・・・ドクッ・・・ドクッ・・・・・・・・ あと一つ・・・あと一つ取ったら、僕は全国大会へ・・・ ドクッ・・・ドクッ・・・ドクッ・・・ドクッ・・・ドクッ・・・ 心臓が、体全体が脈打ってる。いつもと同じ鼓動・・・いつもと同じ、あの感じ。 ドクッ・・・ドクッ・・・ドクッ・・・ドクッ・・・ドクッ・・・ 僕は首を左右に振り、あの感じを振り切ろうとした。 ドクッ・・・ドクッ・・・ドクッ・・・ドクッ・・・ドクッ・・・ ボールを投げ上げ、ラケットを振りかざす。 バコーン!! 僕のラケットから放たれたボールは・・・・・白線をかすめることもなく、コートの外へと消えていった。なんとなく、前に見た光景のような気がした。同じような瞬間はこれまで何度となくあった。そして、今回も・・・・・ やがて、僕と対戦相手はネット越しに握手をした。対戦相手が笑っていた。僕は・・・僕は・・・・・・・・・ また負けた。 いつもそうだ。コートサイドの最前列で僕を応援してくれていた陽介が、僕に拍手をしてくれる。よくやったって笑顔で声をかけてくれる。でも・・・その笑顔の中に、ほんのわずかに不満そうな影が落ちていた。それは勝ちを逃したことへの不満じゃない。やっぱり僕には出来なかったんだっていう不満。 そう、僕は・・・一人じゃなにも出来ないんだ。 陽介と組むダブルスは、向かうところ敵なし。優勝だって何回もしてる。ダブルスだったら大丈夫なんだ。僕の後ろには陽介がいてくれる。次のプレイを陽介が指示してくれる。だから、僕はのびのびとプレイできた。 でも・・・ 一人じゃだめだった。 一人じゃ、なにもできなかった。 陽介と一緒じゃないと、僕は、なんにもできないんだ。 いつももうちょっとのところまではくるんだ。あと、1ポイント。でも・・・そのたびに僕はだめになる。どきどきして、なにをすればいいのか分からなくなる。そして、サービスでミスを連発したり・・・ いつも、決勝戦のマッチポイントまでいきながら、最大の注目を浴びながら、無様に負ける僕。 僕は一人じゃなにもできない。そんな情けない僕。 ダブルスでは陽介がいつも声をかけてくれる。陽介が指示してくれる。”ほら、クロスに来る!”だとか、”早く戻れ!”とか。僕が失敗しても、僕には陽介がいる。陽介がなんとかしてくれる。だから、僕は陽介の言うとおりにしていればいい。でも、シングルスじゃ、だれも僕に指示してくれない。そりゃぁ、僕だってどうすりゃいいのか分かってる。そして、その通りにすれば、勝ち上がれるだけの力はある。でも、これに勝てば、とかいうときになると、自分の判断に自信がなくなる。そして、どきどきし始めて・・・ 今日だってそうだ。それまではなんの問題もなかった。圧勝だった。もう一つ勝ったら全国大会出場。そして、全国大会に出たら悪くてベスト4入りは間違いないって言われてる。僕には力があるんだから。そう、自信をもってやればいいんだから・・・ でも、30−0くらいから、またいつものあの感じがやってくる。”気にするな。自信をもってやればいいんだ”そう自分に言い聞かせる。そして、あと1つで決まる、そういうときに・・・ドキドキが始まる。 ”あれ・・・どうすればいいんだっけ?” どこに打てばいいのか分からなくなる。体が動かなくなる。ラケットの握り方にすら違和感を感じる。いつも、どう握っていたっけ? いつもは違う握り方をしてたんじゃなかったっけ? いつもこんな打ち方だっけ? なんか違うんじゃなかったっけ? 今度はどこをねらえばいいんだっけ? 僕はどうすればいいんだっけ? だれか、教えてよ・・・僕はどうすればいいの? そして、僕は自滅する。 ”全国大会に出られたらベスト4入りは間違いなし”・・・出られたらね。でも、その前に僕には大きな壁がある。このまんまじゃ、絶対に出られない。地区大会の決勝戦で負ける確率100%。それが僕の本当の力だった。 そんな打ちひしがれた僕に、もうだれも声をかけてくれない。みんな知ってるんだ。プレッシャーに負けて、どうすればいいのか分からなくなって、自滅していく弱い僕を。 「またか」 「あ〜あ・・・いつまでたっても恥ずかしいよな」 「いくら強くても勝てなきゃ意味ないじゃん」 下級生ですら、僕に聞こえるようにそんなことを言う。心のなかじゃ、もっとひどいこと考えてるんだろうな、そう思いながらしゃがみ込んで、自分の荷物を片づける僕。丸めた背中が惨めったらしく見えることを僕は知っている。 「ば〜か」誰かがそういうのが聞こえる。そう、僕は馬鹿だよ。いつもいつも、あと少しのところで絶対に勝てない。力は誰よりも上なのに、トーナメントになると決まって準優勝。馬鹿だよ・・・そして、惨めだよ。 「気にすんな」陽介がそう言ってくれる。 「気にしてないよ・・・・・・・・いつものことだから」顔を伏せたまま荷物を持って歩き出した僕の少し後ろを陽介は歩いていた。 「なに考えてるんだ?」運転席で、あの人が前を見つめたまま言う。 「あ、いえ・・・・・なにも」僕は現実に引き戻された。車の助手席に座ってぼんやりと外を眺めていた。もう何回か見ている風景。今は高速道路の無機質な風景。やがて、高速から降りて小さな街に入る。 「今日は少し混んでるようだから、ちょっと遅くなりそうだな」 「大丈夫です、別に」そうつぶやくように言って、また、単調な高速道路の風景に目をやった。隣にトラックが並びかけてきた、一瞬、トラックの運転手が僕の方を見下ろした。トラックはクラクションをならして、僕等の車を追い抜いていった。ほんの一瞬だけ、僕は手をとめた。 医者の息子ってことで、裕福な家庭で僕は育った。自分ではなにもしなくても、回りがしてくれる。そして、親が決めた友達と遊んで、親が決めたいい学校に入って、親が決めた部活して。小さい頃からそんなふうに育った。そして、家の外では、学校にしても友達と遊ぶにしても自分じゃなにも決められなかった。誰かが決めてくれるのを待って、それに従った。学校の成績も良いし、人に嫌われるような性格でもない。テニスは小さいときからお父さんに教えてもらって、かなりのレベル。でも、自分一人ではなにもできない僕。 そんな僕にとって、陽介は家のそとで、僕の親の代わりにいろんなことを決めてくれる、大切な人だった。僕は陽介の言うとおりにしていればよかった。陽介はそんなつもりはなかったろうけど、僕にとって、陽介は司令官だったんだ。 そんな陽介が引っ越していったのは、あの試合のあと、すぐだった。なんだか急に陽介のお父さんの転勤が決まって、引っ越すことになったって。 「単身赴任すりゃいいのに・・・ったく」陽介が僕に愚痴をいう。 「でも・・・仕方ねぇよな。子供だけ置いてくわけにもいかねーし」陽介がそう言うんだから、きっとそうなんだろう。 「メールくれよな。俺もメールすっからさ」 「うん」 「毎日しろよな。俺も毎日するから」 「うん・・・」そして、陽介が遠くに行ってしまった。 メールは毎日届いたし、毎日送った。でも・・・ もう、陽介は僕の司令官じゃなくなってしまった。友達と遊びに行くときも、今日はどこに行くのか決めてくれない。テニスの練習でも、一緒にプレーしてくれない。僕は引きこもりがちになった。遊びに行くって決めてくれないから。学校でも、友達とあまり話さなくなった。部活は行かなくなった。学校が終わったら家にまっすぐ帰って、自分の部屋に一人でいた。なんとなく始めたインターネットが唯一の僕の趣味になった。 「そろそろ下りるぞ」運転席であの人が言った。 僕は手を止めた。車の中で下半身をさらけ出していた僕は、足下に丸まっているトランクスとズボンを引き上げた。 「さっき、トラックがクラクション鳴らして行ったな」高速の出口に向かって車線変更しながらあの人が言った。 「はい」僕は膝のあたりで丸まったトランクスを直した。それを引っ張り上げ、さっきまでしごき続けていたペニスを覆い隠した。トランクスの前の部分に先走りがシミを付けた。 「お前が下半身さらしてオナニーしてる恥ずかしいとこ見られたな」こっちをちらりとも見ずに、あの人が言う。 「はい」シートから腰を浮かせて、僕はズボンをはいた。 「喜んでるんだろ? 恥ずかしいとこ見てもらえて」料金所の手前でスピードを落とす。 「はい。見られてうれしかったです」あの人が料金所の人にカードを渡していた。料金所の人には僕の声が聞こえている。聞かれても平気だった。だって・・・命令だったんだから。 そして、車はまた走り出した。僕はズボンの上から股間をさすっていた。 唯一の趣味になったインターネットで、僕はいろいろなことを知った。人に命令されて恥ずかしいこととかしてる人がいることも知った。掲示板に書き込むと、その通り実行して、その画像を公開するサイトがあることを知った。僕はそのサイトに引きつけられた。そのサイトを見ることが僕の日課になった。 やがて、僕も命令されたいと思うようになった。人に命令されて、その通りする。自分であれこれ考えずに、人の命令を聞いて、その通りすれば、それなりにほめてもらえる。僕にはそういう生き方があっている。いつからか、掲示板に書かれた命令を、僕も実行するようになっていた。 ”チン毛を剃れ”掲示板にそう書かれていた。サイトには、それを実行した証の画像が貼り付けられていた。僕はそのまねをした。 ”奴隷らしくなれてよかったな”画像にレスが書き込まれた。それはこのサイトの人・・・奴隷に対する言葉だった。僕に対してじゃない・・・僕もほめて欲しかった。 ”公園のトイレで全裸でオナニーしろ”僕は、画像が貼り付けられる前に、それを実行した。でも、サイトを見ている人はそれを知らない。当然、誰もなにも言ってくれない。 サイトに画像が貼り付けられた。奴隷が公園のトイレでオナニーしている画像。いくつかの言葉がその画像の下に書き込まれた。嫉妬を感じた。僕もほめて欲しいと思った。人の言うとおりに、ご主人さまの命令とおりにして、それをほめて欲しかった。 そして、ついに僕は、その掲示板に自分の画像を貼り付けた。携帯メールのアドレスを書き込んだ。 ”誰か、僕に命令して下さい” 携帯メールが来たのは、「送信」ボタンを押して、2時間ほどたってからだった。 車はある家の前で停まった。 あの人が家のドアを開ける。僕は、あの人の後についてドアをくぐる。後ろ手にドアを締めて、自分でロックする。 「カチャ」それは、あの人が「あの人」から「ご主人様」に変わる瞬間だった。このドアをロックしたときから、このドアの内側は違う世界に切り替わる。僕が待ち望む「命令に従って生きればいい」世界に・・・ ご主人さまはなにも言わずに家の奥に入る。僕はドアのすぐ内側でシャツのボタンをはずす。シャツを脱ぎ、Tシャツも脱ぐ。きれいに畳んで床に置く。靴を脱いで、ズボンも脱ぐ。トランクスには、先走りのシミが広がっている。それを脱ぐと、勃起したままの僕のペニスがあらわになる。ズボンとトランクスを畳んで、さっき置いたシャツの上に重ねる。白いソックス以外はなにも身につけていない姿になった僕は、靴箱を開ける。そこに準備されている首輪を付ける。しゃがみ込んで足枷も付ける。首輪につながった鎖がチャラチャラと音を立てる。そして、手枷も付ける。僕のペニスから、先走りが床に滴り落ちていた。僕はそれを指ですくい取り、舐め取った。ペニスの先に付いている先走りも同じようにした。 玄関のところの鏡で自分の姿を見た。 首輪、手かせ、そして白いソックスの上から付けた足かせ。顔が少し火照っている。上気した体がほんのりと赤くなっている。いくらか生えた陰毛の中で、勃起したペニスがぴくぴくと小さくふるえている。 首輪につながった鎖を手に取ると、僕は部屋の奥に向かった。リビングであの人・・・ご主人様が僕を待っている。 僕はご主人様の前に正座した。頭を床に付くまで下げる。 「ご主人様、今日も調教よろしくお願いします」 声が少しふるえていた。 ご主人さまの足が、僕の頭を踏みつけた。その足に力が入る。 「さぁ、最初の命令だ」 なにを命令されるのか、なにを命令してもらえるのか、僕は期待と興奮にふるえた。 <きっかけ 完> ※この後どうなるのか、ご自由に想像して下さいね!(笑) |