なぞのむぅ大陸
10万Hit記念作品
2013年にクローンの売買が解禁され、各地に買い集めたクローンを収容するための施設が作られるようになった。公共機関が運営するものから、個人経営のものまで多種多様だった。その目的も、クローンを必要とする者に貸与する、という点では同じではあったが、施設によって貸与先が異なっていた。ごく普通の労働者として貸与する施設、あるいは、たとえば建設現場というような特定の業種に貸与する施設もあれば、研究機関に特殊用途・・・主に実験用動物として・・・貸与する施設、そして、人間の快楽のために貸与する施設もあった。施設として儲かるのは、主に後者・・・従って、公共機関の経営する施設以外のほとんどの施設は、後者を目的とした施設であった。 このような施設の中には、管理が不十分なところも多かった。そして、そのような施設から逃げ出したクローンが浮浪化し、それら浮浪クローンによる犯罪の増加が社会問題となっていった。 2014年末、政府は緊急措置として、人間に危害を加えた、あるいは危害を加えようとしたクローンには、その危害の内容に関わらず、一般人がその場で処分することを許可した。つまり、クローンに殴られそうになったからそのクローンを殺した、というのが正当防衛として認められることになったわけである。 この措置により、クローン狩りが日常的に行われるようになった。人間達は浮浪クローンを見つけては、彼らに暴行を加えた。クローンが少しでも反抗しようとすると、それを口実にクローンを処分した。クローンは殴られ、蹴られても、ただじっと絶えるしかなかった。 しかし、一部の浮浪クローンは自らの身を守るために結託し、クローン狩りに対し反撃に出た。人間たちは、そこまでクローンを追い込んでおきながら、それらの責任をすべてクローンに転嫁しようとした。クローン廃止を訴える声が各地で上がり始めた。 後に「クローン受難の時代」と言われるようになる、戦いの時代の始まりであった。 |
*************** |
「い、っつ・・・」親父の爪が、俺の脇腹に食い込んだ。 「おあ・・・」親父が俺の背中に体を押しつける。体の中に熱い物を感じた。親父がイッたのがわかった。「んあ・・・」俺もそのままイく。俺のモノをしごいていた親父の手が、俺の精液を受け止める。親父はその手を俺の顔に近づける。俺は、その手の中に溜まっている自分の精液を舐め取った。 親父が俺の背中から離れた。急に寒く感じる。親父が入っていた穴が、なんとなく寂しい。体の一部がなくなってしまったような気がした。 俺はこの親父に飼われていた。もう3年くらいになる。もちろん、本当の親父じゃない。俺はクローンだし、親方の持ち物なんだし。でも、親父は俺を気に入ってくれて、親方と交渉して、俺を自分専属にさせた。俺はこの親父の相手だけしていればよかった。それで、かなりの金が親方の懐に転がりこんできた。 俺はたぶん、幸せなんだろうと思った。親父は無茶なプレイをするわけではないし・・・こうやってアナルを犯されて、精液を飲まさせられて、そしてときどき小便を飲まさせられるくらいで。 そこまで俺を気に入ってくれてるのなら、買い取ってくれればいいのに・・・一度聞いてみたことがある。 「いずれお前に飽きたときの処分が面倒だからな」親父の答えになんとなく納得した。そう、親父はあくまでも少年を抱くことが趣味であって、俺はいずれ少年とは言えない年齢になる・・・でも、それまでは、この親父といれば、俺は他のクローンのように辛い、苦しい思いをしなくても、あの施設でいい待遇を受けられるんだ。そう考えて、自分を納得させていた。 施設のルールは単純だった。俺達に自分の所有物は何一つなかった。服も、靴も、ベッドも全部親方のものだった。俺達は、親方の物を使わせていただき、飼育していただく代償として、親方の命令を聞く。それがルール。誰の服とか、誰の靴、誰のベッドなんて決まっていなかった。だから、誰がどの服を着ようが、どの靴を履こうが、どの部屋のどのベッドを使おうが自由ってことになっていた。 でも、実際は違う。稼ぎのいいやつは、それなりの特権があった。俺は親父のおかげでここでは一番の稼ぎ頭だ。だから、一番広い部屋を使う。その部屋の2つのベッドのうち、好きな方で寝る。服もここで一番きれいな服を、靴も履きたい靴を選べた。それが俺の特権だった。あとは親方の言うことに従って、親父に抱かれてさえいれば、俺はここで一番幸せに生きていけた。 俺と同室の奴は、俺より少しだけ稼ぎが少ない。だから、この施設では2番目にいい待遇だった。だけど、あいつは毎日違う男に抱かれていた。普通じゃないプレイをすることによって、高い金を取っていた。縛られたり、殴られたり、蹴られたり・・・そんなプレイをして帰ってきたあいつの目は、よく腫れ上がっていた。きっとまた辛いプレイだったんだろう・・・そんな辛い思いをしなくていいんだから、俺はほんとに幸せなんだろうなって思っていた。 今までは・・・だけど。 親父に「飼われる」ようになって3年、俺の体も変化してきている。初めて親父に会った時(会って初めての命令が「俺のことは親父と呼べ」だったっけ)には、親父の方が背が高くて、俺はほんのガキだったのが、今では親父を越えていた。少し筋肉がついて、あそこも大きくなってきた。そして、毛が生えてきていた。親父には毎日剃るように言われてるけど・・・そろそろ限界かもしれない、と思い始めていた。親父に捨てられたら、俺は今の立場じゃいられなくなる。施設の稼ぎ頭から、仕事のない役立たずに転落する。そうはなりたくない・・・・焦り始めていた。なんとかしないと、今に、俺は・・・・・ そんなふうに焦る俺に、親父は心配するなと言ってくれた。 「お前の代わりが見つかるまでは俺のものだからな」って。でもそれって全然安心出来ないよ。俺の代わりが見つかったら、俺はすぐにでも捨てられるってことなんだから。 もっとも、親父にとって俺の代わりとなるものはすぐには見つからないだろうとは思っていた。親父はこの国の政治に関わっている。親父は俺にそういう話をたまにする。初めの頃、親父の話はさっぱり分からなかった。そんな俺に、親父は本を読ませ、勉強させた。単なる性欲のはけ口だったのが、やがて話相手としても務まるようになった。時には親父と議論をたたかわすことだって出来る。とはいえ、いつも最後は”所詮はクローンの浅知恵だな”で終わってしまうんだけど・・・でも、そういう日の親父の行為は激しかった。親父なりに俺とのそういう会話を楽しんでくれていたんだと思う。でも・・・それもいずれは終わる時が来る。そして、その時が近いという予感がしていた。 俺がずっと不安に思っているのを知ってか知らずか、親父は俺を4日間の旅行に誘ってくれた。前にも一度旅行に連れていってくれたことがある。旅先で、俺は親父の息子になった。ホテルでも、どこでも俺は親父の息子として過ごした。俺は親父特製のコートを着て、クローンには入れない場所、映画館とか、一流ホテルとかにも親父と一緒に入った。そのような場所には、クローンの首に埋め込まれている認識チップに反応して、クローンであるか否かを判別する装置が入り口に付いている。でも、親父特製のコートの襟には、鉛の板と、装置に認識されるのを防ぐための小さな回路が付けられていた。だから、俺はクローンだと判別されなかった。そのおかげでクローンであることを忘れられた。あの時、俺は幸せだった。あの時、一生俺はこの親父と一緒にいたいと思った。あの時、俺も親父を愛した。本気で。 今回も、俺は親父と一緒に旅行に行くことになった。もちろん、親父の誘いを断る権利は俺にはなかった。親方のところには、特別料金が転がり込む。それをふいにすることなど許されるはずがなかった。もっとも、俺も断るつもりはなかったけど。 今回の旅行は、遠くに行って・・・というものではなかった。事前に聞かされていたけれども、他の施設のクローンと、その(親父の言うところの)飼い主が集まって、3日間ぶっ通しで乱交するための旅行だった。それでもよかった。親父が俺をそう言うところに連れていくってことは、親父の中に俺が存在している証なんだと思ったから。 でも、これが最後だろう、という予感もした。今まで俺が他の誰かに抱かれることを禁止し、自分専用にするために親方に高い金を払い続けてきた親父が、乱交という形で他の奴に抱かせようというのはこれまでなかったこと、つまり、俺に飽きてきた証拠でもあると思った。 この4日間・・・これが最後だと確信した。 その日の夕刻、都心のホテルの最上階、スイートルームに俺達はいた。俺達4人のクローンは手錠をかけられ、首輪を付けられていた。12才から15才の俺まで一人ずつの計4人、そして、その飼い主の4人の男。それぞれが、先ほど白い粉を鼻から吸っていた。俺は薬を使うのは初めてだった。すでに頭がなんとなくふらふらして、全身が熱くなっていた。知らないうちに勃起していた。体がむずむずしていた。隣にいたクローンが俺の太股に手をはわせる。それだけでぞくぞくっとした快感が体を駆けめぐる。俺はそのクローンに体を寄せ、濃厚なキスをした。けど、男の一人が俺とそいつを引き離した。 俺は、ベッドの上で、その男にアナルを犯された。手錠をはめられた手で勃起したペニスをしごきながら、激しくアナルを突き上げられた。今までに感じたことのない、”自分の意志ではなく、この男に征服されている”ような感じがした。それは気持ちよかった。男にされるがままにアナルを犯され、くわえさせられ、そして他の男達の目の前にさらされた。アナルがぽっかりと開いている感じだった。他の男が指を入れる。他のクローンのあえぎ声が聞こえる。アナルに熱い物が触れる。入ってくる。口に誰かの物が押し込まれる。それに舌をはわせる。誰かが乳首をつねる。体をのけぞらせてあえぐ。今までと違う世界に俺はいた。誰が、どこでなにをしているのかなんてどうでもよかった。手に触れるものを握りしめ、アナルに触れるものをくわえ込み、顔の前に突き出されたものを口に含んだ。口の中に出された物はなんでも飲み込んだ。ときどきまた白い粉を吸い込み、まともに立っていることも出来ずに四つん這いになり、いつのまにか手錠がはずされ、いつのまにかベッドに大の字に固定され、鞭打たれても、俺はあえぎ声を出した。アナルに引き裂かれるような痛みが走っても、それでも俺はあえいだ。痛みより気持ちいい方が勝っていた。やがて、俺はアナルを腕で掘られながら、気を失った。 どれくらいたったのだろう・・・俺はぼんやりと目を開けた。俺は部屋の隅に転がっていた。カーテンは開け放たれ、明るい日差しが部屋の中に差し込んでいた。 ベッドの上では、他の人たちが、他のクローンと絡み合っていた。徐々にはっきりしてきた意識で改めて見てみると、異様な光景だった。みんな、おかしな目をしていた。異様なにおいがしていた。ベッドのシーツには、赤いシミや、黄色いシミがあちこちに付いていた。休むこともなく、トイレに行くこともなく彼らは、いや、俺達は交わり続けていた。日差しのなかで、全裸でその行為を続けていた。 「親父」俺は声をかけてみた。聞こえていないようだった。親父は12才のクローンにむしゃぶりついていた。その股間に顔を埋め、アナルに指を入れていた。ぬぷぬぷという音が親父の口から漏れていた。くちゃくちゃとかきまわす音がクローンのアナルから聞こえていた。 その光景を見て、俺は決意した。 俺は、他の人に気付かれないように、床に散らばっている服を集めた。時々、誰かが俺の股間に手を伸ばした。振り払うと、俺がしようとしていることがばれそうな気がしたから、そういうときは適当につきあった。さわられたり、入れられたりしながら、少しずつ俺は服を集め、そのなかから俺が着られそうなものを選んだ。それらの服を、この部屋の入り口あたりに固めて置いておく。彼らはまた白い粉を吸い始める。俺も吸うふりをして、白い粉を床に落とす。みんなの目がまたおかしくなる。俺もしばらくは同じように、ベッドの上で絡み合う。やがて、そっとベッドを抜け出して、部屋の入り口の方で床に座り込んだ。少しずつ、置いてある服の方へにじり寄る。服をそっと抱える。ベッドの上の男達は、俺なんか全然気にせずに行為に没頭していた。俺はその部屋を出た。誰も気が付いてないようだった。 隣の部屋で急いで服を着る。そして、俺はスイートルームから逃げ出した。エレベータホールでボタンを押す。エレベータのドアが開くまでいらいらしながら待った。ほんの数秒だったと思うけど、俺には数時間のように思えた。今にもスイートルームのドアが開き、親父が、あの人達が俺を追いかけてくるような気がした。 ロビーのフロアでエレベータを降りた。俺は、普通のふりをして、走り出しそうになる足をなだめすかしてなるべくゆっくり歩こうとした。すれ違う人みんなが俺の方をじろじろ見ていた。フロントを通り過ぎた。自動ドアを通り抜け、道に出た。明るい日差しに目が痛かった。俺は少しだけ歩いたけど、そのあとは我慢できずに走り出した。自分がどこにいるのか、どこに向かっているのかわからなかったけど、とにかく走った。走って、走って・・・・どれくらい走ったのだろう、やがて、どこかの川の土手にたどり着いた。俺は土手を転がり、大の字になって寝そべった。青空が俺の目の前に広がっていた。 ”自由だ” そう思った。 やがて俺は体をおこした。喉が乾いていた。ポケットにお金かなにか入ってないかと服を探ってみたけど、なにもなかった。 (川の水、飲んでも大丈夫かな)仕方なく、俺は川の水を飲もうとした。 水面に写った自分の様子を見て、なぜみんなが俺の方をじろじろ見ていたのかが分かった。俺の顔には白く乾いた精液がこびりついていた。そう言えば、なんとなくその臭いもしている。そしてなにより、首輪を付けたままだった。俺はあわてて首輪をはずして川の中に投げ捨てた。川の水を手ですくって顔を洗い、こびりついた精液を洗い落とした。そして、一口飲む。もう一度、土手の草の上に寝転がった。急に不安が襲ってきた。 (俺、これからどうすればいいんだろう・・・) 逃げ出したクローンが見つかったらどんなことになるのか・・・きっと処分されるんだろう。なにも考えずに逃げ出したけど、このままお金もないままじゃ食べることすらできない。喉が乾いても、さっきみたいに川の水を飲むしかない。川の水だって、きれいじゃないだろうし・・・ (どうしよう・・・どうしよう・・・)俺はうつぶせになった。拳で地面を叩いた。 とりあえず、明るいうちは、近くの橋の下に身を隠した。そこでずっと暗くなるまで待った。暗くなってから、俺は近くの公園に行ってみた。親方の言葉を思い出した。 「お前ら、ろくに仕事もできないのなら、夜の公園にでも行って、体売って稼いでこい」そんなふうに、満足に仕事ができないクローンにどなっていたっけ・・・そのときは、俺には他人事だった。自分がそんな立場になるなんて思ってもみなかった。 夜の公園には、何人かの人がうろうろしていた。茂みの方からは、あの最中と思われるような声がしている。俺は、必死の思いで何人かの人に声をかけた。 「俺を買ってください」って。 しかし、なかなかうまくは行かなかった。みんな、俺をじろじろ見たあと、そのまま無言で去っていった。時にはつばを吐きかけられたりもした。こんなことでしか生きられない自分がなさけなかった。 「お前、何でもするか?」そんな中で、一人の男が俺に言った。 「はい、買ってもらえるのならなんでもします」必死だった。 「いくらだ?」そう言われて俺は困った。いくらって言えばいいのか分からなかった。相場ってものもあるんだろうけど、全然分からないし・・・とりあえず、2,3日食べていけるくらいの金額を言ってみた。 「ご、5千円くらいでどうですか?」 「高い、1000円だ。それ以上は出せん」それが高いのか安いのか分からなかったから、俺はそれで手を打った。とりあえず、目先のお金につられてしまったわけだ。そうして、俺はその男に茂みの中に連れて行かれた。男は俺を木の幹に抱きつかせ、そのまま手を縛った。 「ほら、けつ出せ」男はそう言って俺のズボンをおろした。手に唾を吐きかけ、そのまま指を入れる。 「い、痛つっ」まだ準備もできてないまま、男は入れてきた。 「でかい声出すな」そう言いながら、奥まで無理矢理入れてきた。俺は情けなかった。結局、あのホテルでしていたことと同じようなことしか出来ない自分、たった1日の食べ物を得るために、こうして見知らぬ男に抱かれる自分・・・抱かれながら、犯されながら俺は泣いた。 男はさっさと果てると、千円札を地面に放り投げた。 「あばよ」それだけ言って、俺の手をほどきもせずに行ってしまった。手を縛られ、お尻を突き出したまま、俺は取り残された。 がさっという音がした。誰かが俺のお尻をなでた。 「や、やめっ」指が入ってきた。指が俺のアナルのなかをこね回す。 「あぁ・・・」そして、挿入される。俺を犯してる奴は一言も発しないまま、激しく腰を使ってきた。木の幹に顔が押しつけられた。突き上げられる度に、頬が木の幹にこすりつけられる。ひりひりしていた。 男は地面に落ちていた千円札に気が付いていたのか、去り際に、前の男と同じように千円札を地面に捨てるように置いていった。俺はがっくりと膝を落とした。 さっきの男の激しい動きで、手を縛っていたひもが少しゆるんでいた。俺は、無理矢理ひもから手を引き抜いた。そして、しばらくそこでしゃがみ込んで泣いた。たった2千円のために、こんな目にあわなければならなかった自分が惨めだった。俺はズボンを引っ張り上げ、地面に投げ捨てられた千円札2枚を拾ってポケットに押し込んで、またあの橋の下に戻った。施設を懐かしいと思った。 翌日、俺はその2千円を握りしめて食べ物を買いに行こうとした。でも、なにも買えなかった。道ですれ違う人みんなが俺を捜して捕まえようとしているように思えた。みんなが俺の顔をじろじろみているように思えた。前から俺の方に向かって歩いてくる人が、俺を捕まえようと手を伸ばしてくるように思えた。俺の後ろにいる人は、俺の後頭部の刻印を確かめようとしてるんじゃないかと思った。回りみんなが俺をとらえようとしていると思った。俺は人混みのなかで動けなくなった。人混みが怖かった。なるべく人が少ない道を選んで、俺はなにも買えないまま、人のいない路地の奥でうずくまった。もう、あの橋の下に戻ることすらできなかった。裏町の小さな路地の奥で、俺は腹を空かせたまま、うずくまってふるえていた。結局、死ぬんだ・・・そう思いながら、ただ無駄に時間が過ぎるのに身を任せていた。 夜になって、ようやくまた歩いてみた。どきどきしながら買ったパンを、つぶれるくらいぎゅっと握りしめて、あの路地の奥に駆け戻った。そこで、むさぼるようにパンを食べた。また涙が出た。こんなに惨めになるんだったら・・・そう思った時だった。 「クローンだな?」 誰かが声をかけてきた。心臓が縮み上がった。とっさに俺は食べかけのパンをその声の主に投げつけ、さらに路地の奥へと逃げ出した。 「待て!」声が追いかけてきた。 (捕まる)無我夢中だった。心臓がばくばくいっていた。路地の奥は行き止まりだった。あわてて回りを見回す。どこにも逃げ場はなかった。俺は路地の塀をよじ登ろうとした。 「待てったら」声がすぐ後ろに迫っていた。塀に手をかけて体を引き上げる。もう少し・・・・・ そのとき、俺の足首を誰かがつかんだ。俺の体はその強い力に引きずり下ろされた。 「浮浪クローンだな?」その誰かが俺の顔を懐中電灯で照らした。まぶしい光の奥の顔は見えなかった。そいつは俺を後ろ向きにして、後頭部を照らした。認識番号が読み上げられる。 (もう、だめだ・・・)そいつが襟首をつかんだ手を離すと、俺はがっくりとその場に崩れ落ちた。 「大丈夫か?」意外な言葉をかけてきた。 「最近見慣れないクローンがうろうろしてるって情報があったんだけど、お前のことだな」そいつが俺を立たせた。 「心配するな、俺もクローン、仲間だ」男はそう言った。 あれから1ヶ月くらいが過ぎた。俺はみんなと一緒にいた。あの、俺を捕まえた男はこのグループのリーダーだった。浮浪クローンが集まったこのグループ、俺はこのグループに助けられた。 あのときは気が動転してたからわからなかったんだけど、リーダーは俺と同い年の少年だった。そして、このグループのメンバーは、みんな施設や持ち主のところから逃げ出したクローン達だった。そんなクローン達が助け合い、生きていくためにできたグループだった。 あとで聞いたところによると、あの路地裏は、かなりクローンにとって危ない場所だったらしい。クローン狩りが頻繁に行われ、あそこに迷い込んだクローンはまず間違いなく狩られる、つまり、殺されるらしい。俺は、偶然あの場所を見回っていたこのグループのメンバーに見つけられ、そして保護された。このグループはいくつかのチームに分かれて、そうやって危険な場所にいるクローンを保護したり、あるいは危害を加えられているクローンを救出したりしていた。もちろん、クローンが人間を傷つけることは、即刻処分となる重大な法律違反ではあるが、彼らは自分たちの身を守るため、やむを得ずそのようなこともやっていた。 また、そのようにクローンを保護するチームとは別に、お金を稼ぐためのチームもあった。その方法は、残念ながら、前に俺がしたのと同じ方法、つまり、体を売ることだった。しかし、クローンに出来る、一番ましな方法だった。体を売るにしても、「売るための場所」というものがあるらしい。俺がやったあの公園は、やはり場所的にはかなり危ないところだった。あそこで体を売っていたクローンは、何人も行方不明になったそうだ。俺は、運がよかったらしい。 結局、彼らの言うことをまとめると、クローンは一人では生きていけない、ということだ。だからグループを作り、時には法律を犯しても、助け合わないと生きていけない、ということだった。 俺は、当然のようにこのグループに加わった。 やがて、俺もクローンを保護するチームに入った。そのための訓練のようなものも受けた。相手を傷つけずに仲間を助ける方法、最悪の場合のために、身を守り、相手を倒すための方法、そして、チームプレイ。そうやって仲間を助けていくことが、生き甲斐になった。時には体を売ることも必要だったが、目的のためならば、それもかまわないと思った。クローンが、ちゃんと生きることができるようになるために・・・それは崇高な目的だった。その目的にために、俺達は戦った。 それは俺達クローンが自らの身を守るための戦いであると同時に、俺達のリーダーを守るための戦いでもあった。リーダーを一言で言い表すのは難しい。とにかく、この人だったら、俺達をいつか解放してくれるのではないか、そう思わせてくれる人だった。だから、俺達の間ではメサイア(救世主)と呼ばれていた。 俺はメサイアになぜか気に入られていた。戦い方は、メサイアから直接教わった。ナイフの使い方、そして、拳銃の扱い方・・・そう、俺達は拳銃を持っていた。拳銃だけじゃない、その気になったら、街を占拠できるくらいの武器を持っていた。もちろん、使う予定はなかったけど、最後の手段としてそれらを隠し持っていた。さすがにそんな物の扱いをを町外れの山中で練習してみる訳にはいかないけど、ピストル、ライフル、ショットガンや手榴弾の扱いは練習した。 メサイアはそういう武器のことに詳しかった。どこまでなら使って良いのか(人を殺さなくてすむのか)、どこからは使っちゃだめなのかを知っていた。だから、通常俺達の根城に隠してある武器は小さなものだったり、あるいは手榴弾にしても、火薬を減らしてそれで人が死ぬことはないようにしてあった。俺達だって、人間と戦争をするつもりはなかったから。 どうしてメサイアがそんなに武器の扱いに詳しいのか、その理由は誰も知らなかった。どこかの国に傭兵として売られていたからだ、というのがもっぱらの噂だった。その噂を裏付けるように、リーダーの左の頬には、大きな傷跡があった。銃剣で切られた傷跡、ということだ。もちろん、これも噂だけど。 そんなメサイアが、なぜ俺を気に入ったのか・・・一つは、同い年ってことが理由だと思う。俺達のグループのメンバーは、下は10才くらいから、14才までの奴が何人もいるんだけど、15才は俺とメサイアの二人しかいなかった。俺達はクローンの製造が始まった一番最初の年に作られたから、もともと個体数が少ないんだけど、それまでに同い年のクローンはかなりの数が殺されていた。そんなわけで、同い年が少ないってわけだ。 そして、もう一つの理由が、たぶん、自分で言うのも何だけど、けっこう知識があるから、だと思う。クローンは当然、学校なんか行けない。だから、みんなあまり物を知らない。特に、クローンがこれから普通に生きていけるようにするためには、どんなことをしていかなければならないのか、なんて話はたぶん、他の誰ともできないんだろう。でも、俺はちょっと違った。俺は、親父の家でいろいろな本を読んだ。親父の影響で、政治ってもんを少しだけ知っている。そんな俺の知識が、メサイアにとって必要だったんだと思う。そんな知識を持っていた俺を、必要としてくれたんだと思う。やがて、俺はメサイアの片腕、”参謀”と呼ばれるようになった。 しかし、俺達のグループは警察に追われるようになった。いつかはこうなると覚悟はしていたし、俺達も必死で戦ったが、警察には歯が立たなかった。少しずつ、メンバーが捕らえられ、拷問にかけられ、グループの根城やメサイアの素性が警察の知るところとなった。 ”所詮はクローンの浅知恵だな”親父の声が聞こえた。俺達は為すすべもなく、その日を迎えた。 冷たい雨が降るその日の早朝、俺達の根城に警察と要請を受けて出動したテロ鎮圧の特殊部隊が一斉に踏み込んだ。 所詮は俺達はしろうとだった。多少訓練を受けていても、戦闘のプロの前には全くと言っていいほど無力だった。仲間は次々と捕らえられ、逃げる者は容赦なく射殺された。俺はメサイアと二人で逃げた。一緒に逃げた仲間はどんどんと撃たれ、倒れて行く。必死で逃げる俺も、メサイアをかばって左の脇腹を撃たれ、メサイアとは離ればなれになってしまった。 幸い、俺が身を隠した場所には気付かずに、警察はそのまま俺が走り去ったと思いこみ、道の向こうへと去っていく。脇腹から血が地面にしたたり落ちていたが、雨がその血痕を洗い流してくれていた。俺は左の脇腹を押さえながら、そっと反対方向に歩き出した。体を濡らす雨が体温を奪っていく。自分の体がどんどん弱っていくのを感じた。途中、どこかの家に干しっぱなしになって、雨に濡れていた洗濯物を盗んだ。それを血が止まらない脇腹にぎゅっと縛り付けた。いつまで俺は生きていられるのだろう・・・絶望が俺を襲った。それでも俺はふらふらと歩いた。別に行く当てはなかった。でも、立ち止まらなかった。雨は降り続いていた。 あれからどれくらい歩き続けただろう・・・雨はやんでいた。何度か夜を迎えた。出血は少しましになった。でも、意識は朦朧としていた。朦朧とした意識のなかで、俺は見慣れた街にたどり着いていた。そして、見慣れた屋敷の前までやってきた。 そこにたどり着いて、初めて俺はどこに行こうとしたのか理解した。この世で、そんな人間がいるとしたら、この人しかいないはずだった。俺を、クローンである俺を警察の手から救ってくれる人・・・親父の屋敷の前に俺はたどり着いていた。 俺は、呼び鈴を鳴らした。やがて、屋敷のドアから他ならぬ親父が姿を現した。 それを見て、俺は・・・・・・気を失った。 気が付いたとき、俺は見慣れた部屋にいた。親父と愛し合った部屋だった。体をおこそうとしたが、左脇に痛みが走った。思わず手を当てる。包帯が巻かれていた。 「まだ動くな」親父の声がした。 「親父・・・」涙が出そうになった。 「俺・・・助けてくれたんだね」ベッドに仰向けになったまま、俺は涙を流した。 「お前が倒れているのを見つけた時には驚いたさ。あれが他のクローンだったら、警察に任せるところだろうけどな」親父がトレイを持ってベッドの脇に座った。 「ほら、スープだ。飲めるか?」 「親父・・・俺、許してもらえるのかな?」 「今はそんなことよりも、スープを飲みなさい」スープの味はしょっぱかった。それは俺の涙の味だった。 スープを飲み終えた俺は、柔らかなベッドの上で、きれいなパジャマで眠った。ぐっすり眠る。何ヶ月ぶりだろう、こうしてなんにもおびえずに眠れるなんて・・・ 目が覚めると、ベッドの脇に4人の男がいた。一人は親父、見知らぬ男が二人。そして、もう一人は・・・親方。思わず俺は体を固くした。 「ご協力感謝します」親父が男からなにか受け取る。 「こいつは処分されるのか?」親父が言った。 「そうなります」男が事務的な口調で言う。まるで俺がこの場にいないかのように振る舞っていた。 俺は動けなかった。親父に裏切られたような気がした。でも、こうなることを覚悟してたような気もする。親父を最初に裏切ったのは、俺なんだから・・・ 「それなら、私に譲っていただけないだろうか?」親父が男に訊ねた。男は少し驚いた様子だった。 「しかし、これは危険なクローンとして処分される対象ですよ」もう一人の見知らぬ男が初めて口を開いた。少し甲高い、女のような声だった。 「譲ることはできない、ということですかな?」親父が甲高い声の男に聞く。 「所有者の同意と、なにかあった場合に国および関係機関に補償を求めないとの同意書にサインを戴ければお譲りする事も可能ですが・・・」また甲高い声がする。 「私は別に戴けるものさえ戴ければ」親方らしい答えだった。 「なら、商談成立だな」そして、俺は親父に引き取られた。 助かった。そう思った。 「親父・・・・ご恩は一生忘れません」男達が帰ったあと、俺は親父に頭を下げた。 「気にするな」親父はそう一言だけ言って、部屋から出ていった。 「ありがとうございます」親父の背中にそう声をかけた。そして、俺は目を閉じた。 やっぱり俺は幸せだ・・・・・そう思った。 それが大きな勘違いだったことに気が付いたときには、すでに遅かった。 |
<To be continued> |