なぞのむぅ大陸
10万Hit記念作品

親父の元を逃げ出し、浮浪クローンとなった俺は、あるグループでクローン同士助け合いながら生きていた。しかし、グループの根城が警察に踏み込まれ、俺達は散り散りになって逃げ出した。脇腹を撃たれた俺は、雨に打たれながらどこへともなく歩いた。朦朧としながら俺がたどり着いたのは親父の屋敷だった。親父に命を救われた俺は、親父の所有物となった。

助かった。そう思った。

「親父・・・・ご恩は一生忘れません」俺は親父に頭を下げた。
「気にするな」親父はそう一言だけ言った。
やっぱり俺は幸せだ。・・・・・そう思った。

それが大きな勘違いだったことに気が付いたときには、すでに遅かった。





華々しいオープニングテーマ。
あるスタジアムが映し出される。深いすり鉢状に作られたその建物の、すり鉢の縁にあたる位置にある観客席はほぼ満員。すり鉢の底にあたる部分は、迷路状になっている。
迷路の中央がアップになる。そこは5m角くらいの四角いブロックになっていた。協賛会社の社名のテロップがその光景に重なる。
2015年、この国の経済を引っぱる各業界の大企業の名前が数社、アナウンスされる。


「さぁ、みなさま、お待たせいたしました。第6回の大会がこうして始まろうとしております。今回のゲスト解説は、現在アメリカで傭兵のインストラクターをされているジェイク大谷さんです」
「どうぞよろしく」
「さて、今回の出場選手のプロフィールからお目にかけましょう」
各出場選手のプロフィールがVTRで流される。
「北の角からは、過去にこの大会で過去2回の優勝者を排出している施設からの登場です。年齢は13才、まだ少し若いようですが、おそらく武器の扱いの訓練は受けていることでしょう。どうですか、大谷さん?」
「このクローンは、身体能力も比較的高く、戦うことに関してはもともと有利なんですが、それに加えて、あの施設出身ですからねぇ・・・いかんせん、年齢が少し低いことがどうでるか・・・」
「そうですね、今までのこの大会の優勝者は14才が最低ですから、もし今回これが優勝した場合、大会最年少ということになりますね」
「そうですね。しかし、過去2回優勝者をだしている施設が送り込んできたのですから・・・十分その可能性はあると思います」
「次は東の角です。こちらは12才ですよ、大谷さん」
「ちょっと若すぎるって感じですね」
「見た目もまだ幼いですしね。これで相手のクローンを殺せるのかどうか・・・」
「しかし、いざとなると化けるかもしれませんよ?」
「このクローンは、所有者が見せしめのために出場させたと手元の資料にありますね」
「なにか、所有者に歯向かったりしたんでしょうか? ならば、ここでもそれなりのことをしてくれるかもしれませんよ?」
「まぁ、詳しいことは後ほどお伝えするとして・・・今大会の大穴でしょうか」
「そうですね、大穴・・・でも、案外かなりいくかもしれませんよ」
「はい、南ですが、ひさびさのワイルドカードです」
「所有者、経歴一切不明ってやつですね?」
「そうです。通常は所有者の応募で大会への出場が決まるのですが、ワイルドカードはそれ以外のルートで出場が決まります」
「このクローンの場合は、どのような情報があるんでしょうか?」
「年齢が15才・・・なんと、出場推薦は政府機関ですよ」
「政府が推薦ですか・・・いったい、何者なんですかね、このクローンは」
「不気味というか・・・注目いたしましょう」
「そうですね、大注目です」
「最後の出場者は西から入場ですが・・・こちらもワイルドカードですよ、大谷さん」
「1大会2体のワイルドカードですか・・・初めてじゃないですか?」
「そうですね・・・第3回大会でもワイルドカード2名ということがあったようですが、あのときは出場者が5体でしたから、4体での開催になってからは初めてですね」
「こっちはどんな経歴がわかってるんですか?」
「こちらは・・・なんと、こちらも政府推薦の15才ですね」
「またもや政府推薦なんですか・・・今大会、なにが起こるんでしょうね」
「はたして、なにが起こるのか、いや、何かがすでに起こっているのかも知れません。今大会、目が離せません! それではCMです」

親父に助けられた俺は、体力回復のためにトレーニングを受けた。やがて、それが単なるトレーニングではないことに気がついた。初めは政治家である親父の身辺警護をするためだと思った。俺はすでに親父の好む年齢ではなかったから・・・そんな俺を飼っておく理由はあまり考えられない。単なる政治談義のために飼っておくなんてことはないだろう。親父が俺を飼う理由、俺に求めていることは・・・たぶん、いざとなったら親父を守って死ぬことなんだろうと思った。しかし、俺は親父の心を読み違えていた。親父にとって、俺はもっとどうでもいい存在になっていた。なくなってもいい存在、単なる使い捨てのおもちゃだった。わかっていたはずなのに・・・いつの間にか、俺はうぬぼれていたのかもしれない。これをうぬぼれというのなら・・・

この大会の噂は聞いたことがあった。クローンが殺し合って、最後に生き残ったクローンは、どんな望みもかなえられると言う。勝ち残ったクローンは人間になれるって噂もあった。でも、どっちでもかまわない。俺は親父にこの大会への出場を命じられた。すでに手続きは済んでいた。当然、俺は逆らうことなどできない。親父は俺にこの大会で優勝して欲しいと思っているんだろうか・・・違う、と思った。親父は俺を処分する方法として、この大会を選んだだけだと思う。親父を裏切った俺を、あのグループのメンバーとしてクローン同士で助け合って生きていた俺を、こうして多くの人の前で、仲間であるクローンと殺し合いをさせ、処分しようという・・・残酷な仕打ちだ、と思った。

けど・・・・・

勝ち残れば、望みがかなう。それは事実のようだった。それならば、勝ち残ることは、俺にとっては残酷な仕打ちではない。勝ち残って、クローンが普通に生きられる世界を希望すれば・・・いや、そんな大きなことじゃなくてもいい。今のようなクローンが無差別に殺されるのが事実上認められているこの世界を少しでも変えることが出来れば、普通に他の生き物と同じように生きる権利を与えてもらえれば・・・3人のクローンの命と引き替えに、もしそれが出来るのであれば・・・たぶん、出来ないだろうけど、そのきっかけとなるための引き金を俺自身の手で引くことができるのであれば、それをする価値は十分あるだろう、と思った。俺自身は3人のクローンを殺すことで、裏切り者とののしられてもかまわない。俺は、クローンみんなのために、大会で優勝する。密かにそう決意した。


「さぁ、まもなく試合が始まります。ルールは簡単、迷路になったステージで、出会った相手を殺し、最後まで生き残った1体が優勝、ということになります。優勝したクローンは、望みをなんでもかなえられます。また、開始後1分以内にゲートからステージ内に入らなかったクローンはその場で射殺されます。武器はゲートインの時点ではなにもありませんが、ステージ内の迷路のどこかにいろいろな武器が隠されています。クローンはその武器を探しながら、相手を見つけて殺していく、というわけです。なお、一度に2つの武器は使用できません。すでに武器を手にしているクローンが、別の武器を手にする場合は、必ず持っていた武器を地面に置く必要があります。地面に置かれた武器はすぐさま回収され、再び手に取ることは出来ません。なお、これは武器持ち替えの時だけではなく、いかなる場合でも、一度地面に置いて手を離した武器は、再び使用することはできないルールとなっています。また、観客のみなさまのお手元には、コントローラーがお配りしてあります。みなさまには迷路内の様子をごらんになりながら、次に戦わせたい組み合わせを選択いただくことができます。みなさまに選択いただいた組み合わせに応じて、リアルタイムに迷路が変化し、みなさまのご覧になりたい対戦が行われるよう、配慮されます」
「今回は、ワイルドカード2体の対戦が楽しみですよ」
「さて、それでは試合開始です」
画面が4分割され、それぞれのゲートの前のクローンが映し出される。
「ゲートイン開始です」

目の前のゲートが開いた。ついに始まった。
足が動かない。ゲートが開く前までは、すべてのクローンのためになんだってやるつもりだったのが、いざゲートが動き出すと急に怖くなった。別に殺されることが恐いわけじゃない。殺すことが怖かった。
「入るんだ」動かない足に言った。
「入らなきゃ、なにも始まらない、なにも変わらない」そして、俺は南のゲートをくぐった。


「さあ、各ゲート、無事にゲートインしたようです」
「いや、東がまだのようですね」
「12才のクローンがまだ東ゲートに入っていない模様です」
「あと20秒ほどで射殺ですね」
「あれには無理だったかもしれませんね」
「座り込んでますよ」
「今、警備員が銃を構えて近づきました。あと10秒で射殺です」
「座り込んだまま、なんとか這ってゲートに近づいてます」
「なんとかゲートインした模様です。これで一応全員ゲートインが完了しました」
「ゲートインはしましたが・・・このクローンはだめですね」
「真っ先に殺されそうですか」
「まず間違いないでしょう」
「さて、ゲートが閉ざされました。これから、最後の1体になるまでの戦いが開始されます」

「東のクローン、なんとかまともに歩いているようですね」
「あの様子では、ゲートを入ったところで動けなくなるんじゃないかと思いましたが」
「このクローン、所有者によって見せしめのために出場させられましたが」
「なんの見せしめでしょうか?」
「手元の資料によると・・・所有者の奥さんとの行為を見つけたため、とありますね」
「いわゆる性具だったというわけですか。12才でできるんでしょうか?」
「その目的での所有もかなり多いそうですから・・・改造されてたんじゃないでしょうか」
「そのあたり、リポーターの谷川さんに話を聞いてみましょう。谷川さん?」
「はい、谷川です。こちら上空のヘリからリポートいたします」

観客席、ある男が手元の小さな装置のスイッチを入れる。赤いLEDが点灯する。

「というわけで、最近は20〜30センチのMサイズ、30〜50センチのLサイズへの改造が人気だそうです」
「ありがとうございました、谷川さん。なにか動きがありましたらレポートお願いします」
「しかし、大谷さん・・・30センチでMサイズですよ」
「我々人間とは違う生き物ですからねぇ」
「大谷さんも苦笑しております」
「放送席、放送席」
「はい、谷川さん」
「東が通路に座り込みました」
「通路に・・・怖くて身動きとれなくなったんでしょうか」
「いや、なにか始めますよ?」
「ズボンを脱ぎましたね・・・」
「えっと、東はオナニーを始めたようです」
「なんと、東は観客の面前で、オナニーを始めたということです。前代未聞ですね」
「あまりの怖さに現実逃避ですかね」
「しかし、この状況で勃起するとは」
「これが・・・彼の30センチのMサイズですか」
「いやぁ、すごいですね」
「なんというか・・・言葉が出ませんね」
「長さもそうですけど・・・太いですね」
「片手では握りきれませんよ」
「握るというよりは、つかんでますね。まさにバットです」
「武器になりそうですか?」
「そりゃ無理でしょう」
「ちょっと顔をアップにしてもらえますか?」
「殺し合いの最中に、このクローンはこんな顔でオナニーしてるわけですね」
「さらし物ですね」
「所有者の方も、これで満足していただけるかも知れませんね」
「いや、冗談を言っている間に、西が東の背後から近づきつつありますよ」
「さぁ、まもなく最初の戦いが始まりそうです。その前にコマーシャル」

東が座り込んでいるところから、角を曲がったところの地面にぽっかりと穴があいた。そして、その穴から銃身を切りつめたショットガンがせり出してきた。

「さぁ、だいぶ近づきましたね、東と西」
「5.4mですか。でも、まだこの距離ではビーコンは反応しませんね」
「そうですね、それぞれが5m以内に近づくと、各クローンが持っているビーコンが反応し、相手が近づいてきていることを知らせる訳ですが・・・あ、いま、ビーコンが反応したようです」
「おっと、「オナニー」が立ち上がりましたよ」
「東のクローン・・・「オナニー」ですか」
「呼びやすいですからね」
「それでは私もそう呼びましょう。「オナニー」が、ゆっくりと移動します」
「動きながらでもしごいてますね」
「放送席」
「はい、谷川さん」
「東のクローン、通称「オナニー」には、脳にいわばオナニー回路とでもいう物が埋め込めれていまして」
「オナニー回路ですか」
「遠隔操作する事によって、一種の麻薬が分泌され、オナニーせずにはいられなくなるようです」
「まさしく、今現在その状態、ということでしょうか?」
「そうですね、おそらく所有者の方が、観客席のどこかから操作しているものと思われます」
「そうなると、もうオナニーマシンですね」
「いま、オナニーマシンが30センチの物をしごきながら、迷路の角を曲がりました」
「西はどんどん近づいていますね」
「おっと、オナニーマシン、武器を手に入れたようです」
「ソードオフしたショットガンですね」
「いま、西はまだ武器は持っていませんから、これは東、有利になりますね」
「この迷路の中ではライフルだったらさほどでもないですが、ショットガンだとかなり有利ですね」
「しかし、それでも片手はしごき続けています」
「西がだいぶ近づきました。積極的ですね、西は」
「そうですね、ワイルドカードですからよくわかりませんが・・・自信があるような感じですね」
「まもなく、西が角を曲がれば、ついに2体が相まみえます」

「西が東の姿をとらえましたね」
「今、2体の距離は?」
「3.1m、もうじきビーコンは黄色点滅から赤点灯になります」
「西は急に慎重になりましたね」
「おそらく、東の武器に気が付いたんでしょう」
「ゆっくりと西が東の背後に」
「おっと、東が気がつきましたよ」
「ショットガンを構えて・・・西も動けません」
「しかし・・・まだ片手でしごいてますよ、東は」
「この状態でまともにショットガンを撃てるとは思いませんね」
「っと、西が東に飛びかかりました。東を押し倒して」
「案の定、東は撃てませんでしたね」
「西が東のショットガンを奪い取った!」
「東のペニスを踏みつけてますね」
「そして、西はどうするんだ」
「おぉ、東の巨大なペニスの先端、亀頭部分をショットガンで撃ち抜きました」
「この距離では、跡形もなく吹っ飛んでますね、亀頭」
「しかし・・・東は・・・これ、痛がってるんでしょうか?」
「恍惚としているようにも見えますね」
「西は倒れている東の顔面にショットガンを向けました」
「東、先がなくなったペニス、まだしごいてますよ?」
「・・・東の顔面に散弾をぶち込んで・・・顔面が飛び散りました。これで東はリタイアです」
「見て下さい、まだ手がしごき続けてますよ」
「なんという・・・オナニーマシン、頭を吹き飛ばされてもなおしごき続けてます」
「西がペニスにショットガンを向けました」
「東の下半身が吹き飛びましたね。ようやくこれで、オナニーマシンも動かなくなりました」
「西の楽勝でしたね」
「これで東の所有者の方、満足できたでしょうか」
「きっと満足できたんじゃないですか? 十分さらし者になりましたからね」
「さぁ、残るは3体です。他の2体はどうなっているでしょう」

俺は迷路のなかを慎重に歩いていた。武器はナイフが一つ。相手はいまどこにいるのか、どんな奴でどんな武器を持っているのか全く分からない。渡されたビーコンは今はなんの警告も発していない。さっき、一瞬黄色いランプが点いたけど、すぐに消えてしまった。あのとき・・・あの一瞬、俺は凍り付いた。吐くかと思った。こんなことで、相手に向き合った時に戦えるのか・・・不安がわき上がった。
どこかで銃声がした。一瞬、飛び上がりそうになった。もう1回、そしてもう1回。そのあとは静かになった。きっと誰かが撃たれて・・・死んだんだろう。少なくとも一人は減った。残りは3人。ひょっとしたら2人かも・・・だとしたら、相手は銃を持ってるってことだ。俺が不利だ。対等に戦える武器を探して、迷路を進まないと・・・

と、ビーコンが黄色く光った。俺は固まった。息を殺してビーコンを見続けた。さっきのように、すぐに消えたりはしなかった。1mほど歩いてみる。消えた。でも、またすぐに点いた。後ろから迫ってきている・・・俺は迷路を進んだ。逃げる? 違う。逃げても無駄なことは分かっていた。武器が欲しかった。相手は銃を持っているかもしれないんだから・・・

行き止まりだった。もう、逃げられない、そう思って気が付いた。やっぱり俺は逃げようとしていたんだって。このナイフで戦うしかないのか・・・俺は振り返ってナイフを構えた。やがて、通路の先に相手が姿を現した。相手はライフルを持っていた。


「さぁ、こちらも戦いが始まるようです。今大会の優勝候補、北の14才とワイルドカードの戦いです。どうですか、大谷さん」
「南はかなり武器を扱いなれてるようですね、あのナイフの構え方は、それなりに知っている構え方ですよ」
「しかし、北はライフルを持っていますね」
「そうですね。しかしこの距離では・・・微妙ですね」
「ナイフの方が有利ですか?」
「ライフルは、構えて、照準を合わせて、引き金を引くという3ステップですが、ナイフは飛び込んで斬りつけるという2ステップですから・・・一気に相手の懐に飛び込むことができる距離ではライフルは不利と見ていいでしょう」
「とういうことは、南が有利である、と」
「それを知っていれば、ですが」
「動きませんね、2体」
「先ほど言ったことを、2体とも知っているようですね。微妙な距離ですから、南も動けないという状況ですね」
「北がライフルの銃身を握りましたよ」
「この距離では銃として使うのは不利だとみて、これで殴りかかろうという作戦ですね」
「ということは・・・武器的には互角、ということですか」
「ただ、相手の動きを止められたら、ライフルがやはり有利です」
「北が少しずつ間合いを詰めて行きますね」
「お互い威嚇しあってますね」
「っと、南が飛び込んだ」
「かわしましたね」
「また距離をとりました」
「北がライフルをふりかぶろうとした瞬間に、南が動きましたね」
「北がライフルの構え方を変えましたね」
「槍のような感じの構えですね」
「振り回すのは不利だと判断したんでしょうね」
「これは・・・2体とも、なかなかですよ」
「長引きますか?」
「どうでしょうかね・・・」
「おっと、飛び込んだ南の胸を北がライフルで突いた、そのままライフルを振りかぶって」
「腕ですね」
「ナイフを奪い取ろうという作戦ですね」
「しかし・・・」
「南が飛び込んだ!!」
「決まりましたね」
「どうなったんですか?」
「北は南の右手を狙った。そこまではよかったんですが」
「なにが決め手だったんですか?」
「南は、左手でもナイフを扱えたってことですね」
「右手がだめなら左ってことですか」
「北が右手を狙いに行って、思い通りにダメージを与えられた。しかし、そこに隙が出来てしまったわけです」
「なるほど」
「その一瞬の隙を突いて、南はナイフを左手に持ち替え、飛び込んで胸を刺したんですね」
「南が一枚上手だった、ということですか」
「たぶん、かなりナイフを扱い慣れていたんでしょうね」
「予想に反して、一瞬でかたがつきましたね」
「どちらも勝負を長引かせたくはなかったでしょうが・・・でも、早かったですね」
「この大会、二人のワイルドカードの決戦ということになりました。それではCMです」

相手がライフルだったから助かった。あれが小さい拳銃だったら、たぶん、殺されていた。俺は足下に倒れている相手を見下ろしながら思った。こいつもそのことをわかっていたようだったけど・・・こいつは今、こうして胸から血を流して倒れている。俺のナイフは確実に心臓を貫いていたから、まもなく息を引き取るはずだ。でも、少しでも早く苦痛が終わるよう・・・俺は、ナイフを地面に置き、まだ相手が握っているライフルを奪い取った。銃口を頭に付ける。そして、引き金を引いた。

「CMの最中、南が北の顔面をライフルで撃ち抜きました。大谷さん、とどめをさしましたね」
「さっきの心臓へのひと突きで勝負はついてましたが・・・」
「頭をぶち抜くとは・・・残酷ですね」
「観客からもブーイングがおきています」
「南はライフルを置きましたね」
「ライフルは迷路では不利だと知っているからでしょう」
「ナイフも置きましたから、ルールでは一度手放した武器はもう使えませんから」
「丸腰になったわけですね」
「さて、残りの2体、南は丸腰、そして西はショットガンを持っています。大谷さん、この2体の勝負となりましたね」
「そうですね」
「どちらが有利とみますか?」
「そうですね、西のショットガンはかなり有利に働くでしょうね」
「西が有利、と」
「しかし、あのショットガンは4発しか装填できませんし、すでに3発撃ってますから、それがネックでしょうね」
「残り1発ですか」
「そうです。そして、西はそれに気付いているかどうか。少なくとも、南はそのことは知らないはずです」
「南にとってなにか有利な点はありますか?」
「そうですね、さっきの戦いを見る限り、かなりナイフの扱いに慣れてるようでしたが、戦い方もよく知っているような感じですね」
「接近戦になれば有利ですか?」
「相手の懐に飛び込めれば南にも可能性は出てきますね」
「ずばり、大谷さんの予想は?」
「二人ともワイルドカードですから素性がよく分かりませんが、さっきの戦いから見て、南はかなり訓練されています。おそらく西の持っているショットガンを見れば、最大4発であることも気が付くでしょう」
「そこまで分かりますか?」
「いや、あくまで私の予想ですが、南が冷静でいたならば、いままで3回銃声がしたことも知っているはずです。そうなると、残りがおそらく1発であることもわかるでしょう」
「なるほど」
「そうであれば、あと1発かわせばいいわけですから、迷路の壁を盾にして、1発撃たせれば」
「そうなると接近戦に持ち込める、と」
「とはいえ、接近戦に持ち込んだとしても、西には弾の尽きたショットガンという武器があるわけですから」
「それで殴り倒すことができる、と」
「それに南のあの右腕は大きなハンデとなりますし・・・いずれにせよ、西の優位は揺るがないでしょう」
「なるほど」
「とはいえ・・・意外な展開になる可能性もありますよ」
「そうですか。さぁ、どちらが最後に生き残るんでしょうか? それではCMです」

なんとか勝ったけど・・・ライフルの銃床で殴られた右腕がずきずきしていた。たぶん折れてはいないようだけど、使い物にはならないだろう。相手は銃を持っている。しかも、あの銃声はたぶん拳銃じゃないし、ライフルでもない。ルールで同じ種類の武器はないはずだから。となると、大きい銃か・・・あるいはショットガン。すでに少なくとも3発は撃っている。どんな銃で、あと何発残っているのか・・・できれば左手でも扱える、小口径のピストルでも欲しいところだった。

2体のクローンは、迷路の操作によって、スタジアムの中央に近づいていった。


「さあ、徐々に2体が近づいて来ています。お互い、新しい武器は手に入れておりません。観客のみなさんの投票では、圧倒的に西が有利と出ていますが、どうでしょうね、大谷さん」
「そうですね、順当に考えれば、西の勝ちというところでしょうが、今回はどうなるかわかりませんよ」
「戦いが楽しみですね。その前にCMです」

俺は角を曲がった。そこにそれはあった。細いワイヤー。両端にリングが付いている。大した武器じゃあない。でも、とりあえず拾っておこう、なにもないよりはましだ。
右腕はずきずき痛んでいた。動かすこともままならない。こんな状態で戦わなければならないなんて・・・でも、負けるわけにはいかない。すでに一人殺している。このままじゃ、俺は単なる裏切り者だ。
ビーコンが黄色く瞬いた。近くにいる・・・俺は死なない。俺は負けない。どんな相手でも、俺は・・・殺す。そして・・・


「いよいよビーコンの検知範囲まで2体が近づきましたね」
「しかし、まだ直接対峙するには少しかかりそうですね」
「今のところ、西の武器ははだショットガン、南は新たな武器を手にいれたようですが」
「あれは、ワイヤーの先端にリングが付いた物で、リングに指を通して、ワイヤーで相手の首を絞めるという武器ですね」
「なるほど」
「しかし、今の南の右手の状態では、思うようには使えないでしょう」
「ということは、武器としてはほとんど使い物にならないということでしょうか」
「おそらくは全く使えないでしょうね」
「さて、いよいよその時が近づいて来ました」

ビーコンが赤の点灯に変わった。相手の姿は見えない。ということは、たぶん、壁の向こうにいるのだろう。前に見える角を曲がったところに相手が潜んでいるのか、あるいは・・・
俺は通路を引き返して、角に身を隠した。


「南は引きましたね」
「冷静ですね。おそらく西が通路の先で待ちかまえているのを読んだんでしょう」
「この先、どのような展開になると予想されますか?」
「さあ、難しいでしょうね。どちらが動くか・・・」

動けなかった。相手はたぶんショットガンを持っている。俺には満足な武器がない。もし武器があったとしても、この右手では・・・
しかし、俺が勝つには、相手の懐に飛び込むしかない。そうすれば、このワイヤーで首を絞めることもできる。右手が動けば、だけど。相手が動いてからでは遅い、相手がショットガンを構えてしまえば、もう懐に飛び込むことはできない。俺が先に動かなければ・・・
でも、相手もそれを読んでいるだろう。だから、向こうは俺が飛びだすのを待っているはずだ。

俺は角から飛び出した。案の定、ショットガンを腰だめに構えて相手が角から姿を現した。
俺は、通路の奥、相手の足下にジャンプした。銃声が響いた。


「うまい!」
「南が西の足下に飛び込みました。西のショットガンは・・・」

俺の背中に熱いなにかが当たった。やけどをした時のようにひりひりした。でも、それだけだった。
一瞬見えたあいつのショットガン、見たことがあった。あれはたしか、4発装填できるタイプ・・・ということは、これで終わりのはず。予備の弾を拾ってなければ、の話だけど。
俺は起きあがりざま、銃身をつかんで上に向けた。銃を握っていた相手の腕が上に持ち上げられる。腹ががら空きになった。その腹に、俺は思いっきり蹴りを入れた。相手の体が壁にぶちあたった。


「ショットガンの最後の1発、見事にかわしましたね」
「南は相手の武器を読んでましたね」
「しかし、接近戦には持ち込んだものの、南のあの腕では難しいですね」

俺はすかさず相手の首にワイヤーを回した。右手でリングを握ろうとした。が・・・右腕が動かなかった。
相手は俺を突き飛ばした。そして、立ち上がり、壁にもたれてショットガンを構えた。弾を持っていたのか・・・俺は覚悟した。

が、相手はそのまま銃身で俺の顔を殴りにきた。やはり、弾はなかったんだ・・・殴られながら、俺は思った。倒れ込む体を支えようと右手を・・・動かない。そのまま顔から地面に突っ伏す。相手が俺の上に馬乗りになった。俺は初めて相手の顔を見た。
頬に大きな傷があった。見間違いかと思った。相手は銃を振り上げた。銃床が振り下ろされた。それは俺の頭の横をかすった。


「西、はずしました」
「どうしたんでしょうね、あの位置からねらいをはずすなんて」
「南が銃床をつかんで・・・起きあがりました。両者ショットガンをつかんでのにらみ合いです」

メサイアだ。間違いない。あの、俺達のリーダーだった。
「なぜ、ここに」銃をはさんでにらみ合った。
「俺も捕まった」メサイアは小さな声で答えた。
「何のために戦ってる? クローンのためか?」
「人間になるためだ」その答えを聞いて、俺の右手がうずいた。
「人間になってどうする」左手に力がこもった。
「どうもしない」背中がちりちりと焼けるように痛かった。
「クローンのためじゃないのか」ぐいっと銃床を引いた。
「俺は死にたくない。生きたいんだ」痛いのは、腕と背中だけじゃなかった。
「お前を信じたクローン達はどうなる」心が痛かった。
「そんなこと、どうでもいい」体が熱くなった。
「なぜだ」手がふるえた。
「俺は殺されそうになった」メサイアの顔がゆがんだ。
「死の恐怖を知った」もう、俺の知っているメサイアではなかった。
「だから、俺は死にたくない!!」メサイアが叫んだ。
「仲間はどうなってもいいのか!」俺は左手の力を抜いた。
「俺は人間だ! 人間になるんだ!!」メサイアが銃を引いた。俺の手から銃床から離れた。
「うあぁぁぁ」メサイアが銃を振りかぶった。俺の頭めがけて、銃床を振り下ろした。
「ぐあぁ」とっさに俺は銃床の前に右腕を突き出した。右腕は折れ曲がった。俺は左手で銃身を握り、メサイアの手から銃を奪った。
「クローンのために戦ってるんじゃないのか!」俺は叫んだ。
「なにがクローンだ! 俺は殺されそうになったんだ」メサイアが俺の腹を殴った。
「俺は死にたくない。俺は死にたくないんだ!」メサイアが銃を奪い返した。
「メサイアァァァァァ」俺はリングを銃身に通した。ワイヤーをメサイアの首に巻く。
「俺は・・・俺は!!!」左手の親指にもう一方のリングを通した。そして、全体重をかけて、ワイヤーを引っ張った。


「見事ですね」
「南、見事に西を倒しました」
「あの腕で、勝てるとは思いませんでしたね」
「観客からも、、期せずして拍手が起こっています。なんと、人間がクローンに拍手を送っています」
「それだけ見事な戦いだったということですね」
「さあ、これから、最後に勝ち残ったクローンの望みがかなえられます」

どこからか現れた係員に導かれて、俺は中央のブロックの中に入った。そして、階段を上がり、ブロックの上に出た。迷路が見下ろせた。ブロックのすぐ下に、メサイアが倒れていた。すでに俺達のリーダーではないメサイアが。自分が生きるためだけに、他のクローンを殺したメサイアが・・・

「見事な勝利でした」リポーターが俺にマイクを向けた。
「ありがとうございます」
「最後の対戦、戦いながら何かを話していたようですが?」
「覚えていません」俺は嘘をついた。
「さあ、あなたの願いがかないます」
「ありがとうございます」
「あなたはなにを望みますか?」
「俺は・・・俺達クローンを、人間と同じように扱って欲しい!」
「クローンであるあなたを、ここにいるクローン達を人間として扱って欲しい、そういうことですね?」
「そうです。それが俺の望みです」
「あなたの望み、かなえましょう!」

まさか・・・と思った。望みはかなえられるという噂は聞いていたけど、まさか、この望みがすんなり受け入れられるなんて・・・俺は小さく拳を握った。そうだ、俺は勝ったんだ。俺は、いま、全てのクローンのために、俺の望みをかなえるんだ!!
と、急に足下が動き出した。センターブロックがゆっくりと低くなっていく。それに合わせて、迷路の壁も低くなっていく。やがて、迷路があったところは、なにもない広場になった。ただ・・・そこには俺以外に彼らがいた。もう動かない彼らが。俺が殺した彼らが・・・
「彼は人間です。そして、ここにいたクローン達も、人間です!」リポーターがマイクを片手に、観客に向かって言った。
「しかし」リポーターが俺に向き直った。
「あなたが人間で、ここで倒れているのも人間だとしたら・・」3人の男が俺に近寄った。一人は俺を羽交い締めにし、あとの二人が俺の足をセンターブロックに鎖で固定した。あっという間の出来事だった。
「あなたは人間を殺した、ということですね」歓声があがった。いや、それはブーイングだ。
「あなたは、ただ、自分の望みをかなえたいがためだけに、こうして人間を殺したというわけですね!」リポーターは、広場に倒れている3人を順に指さした。そして、最後にゆっくりと俺を指さした。
「あなたは、罪を償う必要があります」一歩、俺に近づいた。
「あなたは自分のためだけに人を殺した」さらに一歩。上着のポケットに手を入れた。
「それは、極刑に値する」ポケットから出した手には、拳銃が黒く鈍く光っていた。歓声が沸き上がった。
「ここにいるみなさんが証人です」歓声がますます大きくなる。
「こいつにふさわしい刑罰は?」リポーターが観客席に問いかけた。
「死刑、死刑、死刑、死刑、死刑・・・・・」観客が叫んでいた。声が渦巻いていた。

やがて、観客席が静まり返った。恐ろしいほどの静寂の中、銃声が一度だけ響いた。




「みなさま、いかがだったでしょうか。本大会もなかなか見所が多かったのではないかと思います」
「そうですね。なかなか見応えがありましたよ」
「それでは、みなさまには勝者が人間として裁かれるところをもう一度ごらんいただきながらお別れさせていただきます。大谷さん、どうもありがとうございました」
「ありがとうございました」
「それでは、また、次の大会でお会いしましょう」

エンディングテーマに協賛各社のテロップが重なる。
最後はセンターブロックの上に倒れている勝者のアップ


<episode 5 完>




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