真夏の青い空にまるで薄墨を流したかのように煙りが立ち上っている。1時間に1本の汽車が近づき、やがてこの村の乗降場に停まった。 駅員さんが扉を開ける。その向こうにあっちゃんの姿があった。僕はあっちゃんを少し照れながら出迎えた。 「おかえり、あっちゃん」 「ただいま、岳坊」 あっちゃんは僕の知っているあっちゃんよりも、少し大人になっていた。 「その呼び方、やめてよね」 僕は少し口を尖らせた。ずっと一緒に暮らしてきた従兄弟同士、たった1つしか違わないのに、あっちゃんはいつも僕を子供扱いする。 「お前はいつまでたっても子供だから、岳坊で充分」 あっちゃんが言う。 「ちぇ・・・僕だって来年進学なのに」 そうは言っても、僕は嬉しかった。少し大人びたけど、大好きなあっちゃんがこうして帰って来たのだから。 僕はあっちゃんの荷物を持とうとした。でも、すっとあっちゃんが荷物を持ち上げて歩き出した。 「あ、待ってよ」 僕は慌ててあっちゃんの後を追った。僕とあっちゃんは並んで家路を辿った。 蝉が五月蠅いくらいに鳴いている、夏の盛りのことだった。 家には、もう村長さんや、尋常小学校の先生方が来られていた。 「おお、章さん。立派になられて」 村長さんがあっちゃんの両肩を抱いて、まるで我が子の成長を喜ぶかのように言っていた。 あっちゃんは、尋常小学校を卒業して、今年から都会の中学校に入学していた。都会には、あっちゃんのご両親が居る。あっちゃんのご両親は偉い政治家さんだ。 あっちゃんは、小さい時からこの村に住んでいた。事情は知らないけど、僕のお父さんとお母さんの所に預けられて、僕等は一緒に育った。兄弟みたいに・・・兄弟以上に僕等は仲が良かった。 「中学校では如何お過ごしかな?」 村長さんがそう尋ねる。 「はい、大儀なくやってます」 あっちゃんが少し大人びた口調で答える。そんなあっちゃんの様子を村の人がみんな喜んでいるようだった。 村から都会の中学校に進学したのは、あっちゃんのお父様以来の事だそうだ。あっちゃんのお父様はこの村から都会の中学校、高等学校、そして大学へと進んで、時の政府の重要な仕事をするようになった。あっちゃんも、当然それと同じように進学して、立派になるものと誰もが思っていた。そして、その第一歩をあっちゃんは間違いなく歩み始めていた。 「岳、今夜はお祭りだから、章君と一緒に行ってきなさい」 お父さんがそう言って、僕とあっちゃんをお祭りに送り出してくれた。本当は、次から次へと家に押し寄せてくる村の人の同じような質問責めから、あっちゃんを解放するためだということは分かっていた。でも、僕はそうやって村の人から何度も同じ質問を受け、嫌な顔一つせずに何度も同じ答えを繰り返しているあっちゃんを、独り占め出来ることが嬉しかった。二人で夜道を歩いた。あっちゃんは、時々すれ違う人からやっぱり話しかけられた。ここでも同じような事を聞かれる。”御両親はお変わりありませんか”とか、”都会の学校は如何ですか”とか・・・ 「もう、紙に書いて貼り出しておけば良いのに」 いい加減僕はうんざりしてそんなことを言った。あっちゃんは笑った。 「ばぁか」 そして、僕の頭を軽く叩いてそう言った。それは、僕が知っているあっちゃんそのものだった。さっきまでの大人びたあっちゃんではなくて、ずっと僕と一緒に居たあっちゃんに戻っていた。 「あっちゃん・・・なんかさっきと違う」 僕がそう言うと、あっちゃんはまた笑った。 「良い子ぶるのも疲れるんだよ」 それは僕だけに見せる、本当のあっちゃんだった。そんなあっちゃんが僕は大好きなんだ。 尋常小学校でもこのお休みに課題をやらなくちゃならない。あっちゃんの学校でもそれは同じだった。僕等は昼間は一緒に課題に取り組んだ。 僕の傍らであっちゃんが課題をこなしている。僕はそんなあっちゃんの真剣な表情を盗み見ていた。その顔は、見とれてしまうくらい綺麗だった。なんていうか・・・真摯な美しさ、とでも言えば良いのか・・・僕は自分の課題そっちのけであっちゃんの顔に見とれていた。 「なに?」 あっちゃんが顔も上げずに言った。 「あ、うん、別に」 僕は慌てて自分の課題の続きに取り組んだ。けれど、あっちゃんが気になる。またちらりと顔を覗き見る。 「だからなに?」 今度はあっちゃんが手を止めた。僕の方を見る。 「あ・・・・うん」 僕は答えにならない答えしか返せなかった。 「少し休憩しようか」 あっちゃんは置いてあった湯飲みを手に取った。僕も同じようにする。 「なんだか集中してないみたいだけど?」 あっちゃんが僕に尋ねた。 「その・・・あっちゃんが気になって」 僕は正直に答えた。 「なにが気になるの?」 そう聞かれて、僕は少し困った。うまく説明できない。 「ね・・・中学校って楽しいの?」 結局、他の人たちと同じ質問になってしまった。本当は、他の人たちと同じことを聞きたい訳じゃないのに。 でも、あっちゃんは他の人たちに聞かれたときのように、すぐには答えなかった。 尋常小学校の最後の年、その初め位から、僕は都会の中学校に進学することが決まっていた。都会に住む両親がそう決めたから、僕は中学校に進学することを考えて勉強に励んだ。その甲斐あって、僕は両親が望むとおりに中学校に進学出来た。 入学式の前日、都会の両親の家に向かった。でも、それはただ挨拶するためだけの訪問だった。僕にとって、両親と過ごした時間よりも、村でおじさん、おばさんと過ごした時間の方が遙かに長い。両親に会ったからといって、それほど嬉しくも無かった。 案の定、二言、三言言葉を交わしただけで、僕は中学校の寮へと向かった。 僕が進学した中学校は、生徒全員が入寮する。僕の荷物も寮に届けられている。寮長にご挨拶して、自分の部屋に案内して頂く。そして、その日だけは、両親の元に戻って、そこで夜を過ごす。入寮すると、そうそうは帰って来られないから、暫しのお別れ、ということになる。でも、僕には他の入学生ほど、その別れを惜しむ気持ちは無かった。 学校は軍隊だった。先生は司令官、生徒は一兵卒。先生の命令は絶対であり、それに背いたり、あるいは少しでも不満を言うと拳が飛んできた。学校内の規律は厳しく定められ、休み時間もそれは同じことだった。でも、それは苦にならなかった。先生の命令を守り、きちんとしていれば良いのだから・・・ 「あっちゃん?」 あっちゃんは何か考え込んでいるようだった。僕の質問になかなか答えようとしないあっちゃんに僕は声をかけた。 「え、あぁ、そうだな・・・楽しくはない。まるで軍隊みたいだから」 あっちゃんが答えてくれた。それは僕が期待していたように、他の人達には言わないような、あっちゃんの本当の答えだった。 「辛いの?」 「辛くはない。一生懸命やっていれば、辛いことは無いよ」 あっちゃんが僕にそう言うんだから、きっとそうなんだろう、僕はそう思った。 「岳坊はどう? 最近何か変わった?」 あっちゃんにそう尋ねられて、僕はすぐに答えることが出来なかった。最近・・・そう、少し変わった。でも、それは変わったと言うよりは、成長したということだ。 「成長した」 短くそう答えた。でも、次の質問は思った通りの問いかけだった。 「どんなふうに成長したんだ?」 それにちゃんと答えるべきか、誤魔化すべきか・・・少し困った。でも、この質問が来ることを承知の上で答えたのだから、この問いかけにも正直に答えようと思った。 「誰にも言わないでよ」 そう前置きした。その上で答えた。 「生えてきた」 あっちゃんだから言えることだった。あっちゃんが生えてきたときも、僕にだけ教えてくれて、そして僕にだけ見せてくれた。僕も、今、あのときのあっちゃんのように、あっちゃんにだけ報告した。 「ほんとか・・・見せてみろ」 あっちゃんが僕に近づく。僕は回りを見回して、誰もいないことを確認すると、そうするのが当然のように、服を脱いでふんどしだけになった。 ふんどしの横みつを少し下ろそうとしたけど、あっちゃんは前みつに手をかけてそれを横にずらした。僕のちんちんが丸見えになった。あっちゃんはそれを摘んで、その根本に顔を近づける。 「結構生えたな」 あっちゃんにじろじろ見られて、恥ずかしかった。恥ずかしい、と思ったら、僕の体が反応してしまう。 「あ、そんなに見ないでよ」 でも、もう遅かった。僕のは勃起し始めていた。 「へぇ・・・岳坊のちんちん、勃起するんだ」 「するよ、それくらい」 僕は真っ赤になりながら、あっちゃんの手を払いのけて、ちんちんを前みつに仕舞い込んだ。 「自慰はするのか?」 あっちゃんがちょっと声を潜めて尋ねた。僕はまだ真っ赤な顔で、こくんと頷いた。 「岳坊も成長したんだ」 今度は少しふざけた口調で言う。 「何だよ。当たり前でしょ」 僕は口を尖らせた。 「ほら、ムキになった。そこが子供だね」 「もう・・・」 僕はそれ以上何も言わずに服を着た。そして、また僕等は課題に取り組んだ。今度は僕も集中出来た。 そんなふうにして僕等が一緒に過ごせる時は過ぎて行く。それと同時に僕の中のある気持ちが膨らんでいった。 あっという間に、あっちゃんが都会に帰る日が近づいてきた。時間が過ぎていくにつれて、僕の中に焦りのような気持ちが大きくなっていく。 僕等は早朝の蝉時雨の中を二人で歩いていた。村の氏神様は、山の頂上近くにあった。僕等はあっちゃんのこれからの学業と健康を祈念しに、そこまで行く途中だった。 山の麓から少し上った所に、氏神様の祠がある。その祠にお参りするのが普通だけど、今日はあっちゃんの希望もあって、山の上の氏神様の社まで行くことにした。まだ日の盛りではないとはいえ、真夏の暑さで僕等は汗まみれになりながら、山道を登った。途中、山頂の少し手前にちょっとした池がある。その畔に二人で並んで座って持ってきた水筒からお茶を飲む。二人だけの時間、この時間がずっと続いて欲しいと僕は願った。 「ねぇ、寮って、寂しくないの?」 僕はあっちゃんに質問した。この質問は、二人っきりの時に聞こうと決めていた。他の人がいる所で質問しても、あっちゃんは寂しいなんて絶対に言わないことは分かっていた。 「寂しい・・・とは思わないよ」 あっちゃんは、池の畔に足を抱えて座っていた。膝に顎を乗せるようにして、ずっと水面を見ながら言った。 「なんだ、そうなの」 少しがっかりした。僕が居ないから寂しいって言って欲しかった。 「でも・・・岳が居ないから寂しいかな」 あっちゃんは水面を見つめたまま、そう言った。別に僕の顔色を伺ってそう付け加えた訳ではなさそうだった。 「あっちゃん・・・僕もあっちゃんが居なくて寂しい」 僕はあっちゃんの腕に手をかけた。汗が引きかけているその腕から、あっちゃんの体温が感じられた。 「あっちゃんの腕、暖かい」 正直にそう言った。 「暑いだけだよ」 あっちゃんは手を払いのけようとしない。僕がしたいようにさせてくれている。 「ううん、あっちゃんの暖かさだよ」 僕は体をあっちゃんに寄せた。夏の日差しの暑さを感じなかった。ただ、あっちゃんの体温だけを感じた。 「男が男を好きになるって変かな」 考えるよりも先に言葉が出た。あっちゃんになら言っても大丈夫だ、なんてことは言った後で思った。 「本当に好きなら、変なんかじゃない」 あっちゃんが僕の肩に腕を回した。僕はあっちゃんを見た。あっちゃんの顔が近づいてきた。僕は目を閉じた。 中学校での軍隊のような生活でも、寮でのそれに比べれば遙かにましだった。 学校での生活は司令官と一兵卒、寮での生活はご主人様と奴隷だった。上級生の命令はどんなことでも絶対であり、服従しなければならなかった。 寮長は、教師が持ち回りで任に着くようになっていたが、実際は、4年生(当時、中学校は4年制もしくは6年制であった。この小説に登場する中学校は4年制)による自治が行われていた。 4年生による実質的な寮の支配は、軍国主義的思想が強くなりつつあるこの時代において、絶対的な上下関係の形成と上官の命令への絶対服従といった面で好ましいと考えられており、事実上、寮内自治に寮長をはじめとする教師たちは関与しなかった。そのため、理不尽な命令が横行するようになっていた。そして、どんな理不尽な命令であっても、下級生はそれに従うことが当然とされ、それに背くことはもちろん、命令に躊躇するだけでも厳しい罰、主に体罰が下された。入学したばかりの1年生が、そんな上級生達からの虐めとも言える命令の標的にされるのは当然の事だった。 山の頂上付近の氏神様の社で僕等はお参りを済ませた。僕はあっちゃんの健康と、そして、出来ればもっとあっちゃんと二人で居られる時間ができることをお祈りした。あっちゃんが何を祈念したのかは聞かなかった。 山を下る途中、僕等はあの池でもう一度休憩した。さっきの事が頭をよぎると、顔が熱くなる。目の前にあったあっちゃんの顔、唇の感触・・・ついさっきの事が夢の中の事だったような気もする。 「泳ごうか」 あっちゃんがそう言った。そして、僕の返事を待たずにさっさと服を脱いでふんどし一つになると、池の中に入って行った。 「あ、待って」 僕も慌てて服を脱いでふんどしだけになる。あっちゃんが池の中で水を跳ね上げる。あっちゃんの黒く焼けた体を美しいと思った。僕はそんなあっちゃんとこうして二人だけで居られることを嬉しく思った。 |
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「なに笑ってるんだよ」 そんな僕の笑顔を見て、あっちゃんが尋ねた。 「あっちゃん、大好き!」 僕はそう叫んで、水を跳ね飛ばしながらあっちゃんの元に駆け寄り、その体に抱きついた。 「岳・・・」あっちゃんも僕を抱きしめてくれる。もう一度、唇を押し付ける。あっちゃんの手が僕の背中に回って、少しずつそれが下に降りて行く。やがて、僕のふんどしが池の中に落ちた。あっちゃんのも同じように・・・ 池の中で、僕の後ろにあっちゃんが居た。あっちゃんは後ろから僕に抱きついていた。あっちゃんが僕の中に入っている。痛かったけど幸せだった。あっちゃんが僕のをしごく。あっちゃんの腰が僕のお尻に打ち付けられる。あっちゃんが声を出しながら、僕にぎゅっとしがみつく。それと同時に僕は射精する。僕の精液が弧を描いて水面に落ちる。 そのまま、僕等は池の中で裸で抱き合った。あっちゃんの滑らかな肌が気持ち良かった。 入寮した初日の夜、新入生は全員、寮の広間に集められた。寮に住む者ほとんど全員、つまり中学校の生徒のほとんど全員が広間に集まっていた。 「これから新入生歓迎の式典を執り行う」 寮を自治する4年生の中でも中心となっている、皆から元帥と呼ばれている生徒がそう宣言した。新入生は一列に並んで直立不動の体勢を取る。上級生がその回りを取り巻く。 「新入生は正座しろ」 命令が下る。皆がそうする。 「頭を下げて尻を上げろ」 土下座するかのように頭を床に擦り付け、尻を上げる。上級生が近づき、新入生の腰に手を回す。 「新入生は何をされても動かないように」 宴の始まりだった。新入生は抵抗することも許されずに尻を露にされ、その穴に何かを塗りつけられていく。上級生も服を脱ぎ、いきり立ったその物を新入生の穴にあてがい、そして腰を押し付ける。新入生の悲鳴が聞こえた。章とて、例外ではなかった。 それから毎夜、新入生は上級生に呼び出され、その体を弄ばれた。少しでも逆らったり、命令に躊躇すると罰が下された。尻を乱暴に使われ、精液を飲まされても、新入生は”有り難う御座いました”と言う他無かった。 章もそうして使われていた。顔立ちが美しく、引き締まった体の章は上級生に呼び出されることが多かった。時には一夜に数人の上級生に使われる事もあった。男との行為には嫌悪感を感じた。しかしそれは拒否することの許されない命令だった。 そんな性行為とは全く違っていた。岳の体は強く抱きしめると壊れそうな気がした。章は慎重に、しかし徐々に強く岳を抱きしめた。岳の体は、章の上級生に汚された体とは違って綺麗だった。その心も綺麗だった。そんな岳を抱きしめることで、岳を汚してしまうんじゃないか、そう思った。そう思ったが、どうしても岳を抱きしめたかった。岳は拒否しなかった。そっとふんどしを解いて、岳の尻に手を這わせる。勃起した岳が熱い。自分のふんどしも緩める。岳を後ろ向きに立たせる。そして、章はしゃがみ込み、双丘を開き、その奥に舌を這わせた。じっくりとそこを愛し、そして、岳の中に入った。岳は少しだけ痛がった。でも、自ら望んでその痛みを受け入れた。章と岳は一つになった。寮での行為では決して得られない幸福と充足感が章を満たした。 水に濡れたふんどしを木の枝に掛け、二人はその下に座ってそれが乾くのを待った。体を寄せ合う二人は、まるで眠っているかのように目を閉じていた。 「このままずっと一緒に居たい」 沈黙を破ったのは岳だった。 「あっちゃんのそばに居たいよ」 岳はそう言って、寄せ合っていた体を、さらに章に押し付けた。 「無理だよ。僕は学校に戻らないと」 章は小さくそう答えた。 「じゃ、僕もあっちゃんの学校に行く。そしたら、寮でずっと一緒に居られるよね」 「駄目だ!」 章は思わず大きな声を出した。あの中学校のあの寮で行われていることを岳は知らない。何も知らない岳があの中学校に進学し、あの寮の儀式に巻き込まれるなんて、考えることすら出来ない。 「な、なぜ?」 岳は明らかに不満そうだった。章は慌てて言い訳を探した。 「岳があの家を出たら、おじさん、おばさんだけになるじゃないか。お前はここで高等小学校に進学して、おじさん、おばさんの家を継ぐんだ」 「でも・・・あっちゃんはそれでいいの?」 岳が悲しそうな顔をする。章は岳の顔から目を反らした。 「僕は・・・毎年帰って来るから。それでいい」 岳は黙り込んだ。山を下りるまで、二人とも何も言わなかった。 あっちゃんが都会に帰る日、その日になっても僕は前のようにあっちゃんとは話する事が出来なかった。本当はもう一度抱きついて、もう一度一つになりたかったのに・・・でも、あっちゃんの気持ちが解らなかった。あっちゃんはあれからずっとよそよそしい。あの時感じたあっちゃんの暖かさが消えていくような気がした。 「じゃ」 汽車に乗り込む前に、そう言ってあっちゃんが手を差し出した。僕はなにも言わずにその手を握った。暖かい手だった。 「おじさん、おばさんをよろしく」 その言葉に込められた意味を噛みしめる。涙が出そうだった。 汽車が動き始めた。僕は足早に乗降場から立ち去った。 あれから数ヶ月、章は上級生に使われ続けていた。上級生に汚された後は、いつも岳のことを考えた。岳は元気にしてるだろうか、自分が岳にしたことが岳を傷つけていないだろうか・・・岳に会いたい、そう思った。岳に手紙を書こうかとも思った。しかし、そうすることで岳をこの生活に引きずり込むかもしれないと思うと、それも出来なかった。岳と連絡を取らないまま、時間が過ぎていった。 そして、間もなく中学校での生活が1年過ぎようというある日、章の元に一通の手紙が届いた。岳のお父さんからだった。そこには、岳が章と同じ中学校に進学する、と書かれていた。 「章君、岳のことを宜しく頼む」 章は目を疑った。何も知らない岳が、希望に満ちてこの学校に進学して来る。 そんな岳を待っているのは・・・・・・・・・・・・ <氏神様の池 続・・・かないです(汗)> |