僕の記憶のなかに最初に弘が出てくんのは・・・いつの頃のことなんやろ? たぶん、幼稚園かそのへんやと思うけど。 「君達は仲がいいのかい?」 白い髪と白い髭のおじいちゃんにそう聞かれた。 「うん、めちゃめちゃ仲ええねん」 弘がそう答えた。僕もそう答えたかったんやけど、ちょっと怖かったんや・・・ 「そうか。いつまでも仲良くするんだよ。君たちはずっと仲良しでいられるはずだから」 「あったりまえやん」 「あったりまえやん」弘が言うたんを僕はまねして繰り返した。 おじいちゃんは静かに笑って僕の頭をなでてくれた。 そういや、あのおじいちゃん、誰やったんやろ・・・ 僕らは家族で冬のキャンプに来てた。たまたま土日がクリスマスと重なってて、スキー場とかはいっぱいやったみたいなんやけど、逆に僕らが行くような、雪もめったに降らへん、近くに有名な観光地や温泉もないキャンプ場はがらがらやった。せやから、僕と弘は家族ぐるみで一緒に冬のひとときをこのキャンプ場にあるペンションで過ごすことになってたんや。 朝はよう家を出たけど、道が混んでてキャンプ場に着いたんは3時すぎやった。父さんが荷物をペンションに運ぶ間に、僕らはあらかじめ頼んであったバーベキューの準備に取りかかる。この時期、外でバーベキューは寒いかな、って言うてたんやけど、弟達がどうしてもやりたがったから・・・でも、風がなかったんで日が当たるとけっこうあったかかった。 めったにない外でのバーベキューで、みんな少し浮かれていた。特に、僕等の弟達は食材をおもちゃにしてはしゃぎ回ってた。僕の弟と弘の弟の二人が僕にまとわりついてくる・・・そして、僕の悪い癖がでてしもた。手に持ってた肉用のフォークを僕の弟に突きつけたんや。もちろん、ふざけてたんやけど・・・ 「あほ、なにやってんねん! あぶないやろが」弘が、僕の腕を痛いくらいに強くつかんで僕にどなった。「ご、ごめん」おもわず謝る。いつものパターンやった。 「怪我したらどうすんねん、まったく・・・お兄ちゃんなんやから、気ぃつけーや」 「うん・・・ごめん」 これがいつもの僕らの関係やった。いっつもかっこようて、なんでもうまくこなす弘と、気が小さく、なにをやってもだめな僕。そして、時々調子に乗って、いらんことして弘に怒られる僕。そのたんびに、僕は自分がいやになる。一日、いやな気持ちで過ごすことになるんや。僕はやっかい者なんやって・・・ わかってるんやけど。でも、弘の前では、なんかそんなことやってしまうねん。ほんと、同い年とは思えへん、僕と弘。 バーベキューの間、僕は気まずい感じでちっちゃくなってた。弟達は僕が怒られた時は少しおとなしなったけど、いまはまたいつもの通りにもどっとるのに、僕は一人落ち込んでた。一応、いつも通りに見えるように振る舞ってはおったんやけど・・・結局、やっぱりその日は一日へこんでた。いつものように、そして、そういうときはいつも以上に弘と僕の違いを感じてしまう。こんな僕なんて、ほんま、しょーもないやつやねんなぁって。 その日はベッドに入ってからも、全然眠れへんかった。目を閉じると、あんときの弘の顔が浮かんでくる。あの声が聞こえてくる。また、弘に嫌われてしもたな・・・そう思うと、全然眠れへんかった。なんとなくベッドから起き出して、2階の部屋から、1階のリビングルームに降りてみた。リビングルームには小さな暖炉があって、昼間ほどやないけど、小さな炎が揺れてて、そんなに寒くはなかった。ソファにすわって、膝に両肘をついて、顎を手のひらに乗っけてその炎を見つめる。小さい火がちょろちょろ動いてた。なんか、僕みたい・・・そんなことも思った。 弘は・・・人気者やった。中1やのに、野球部の次期エースって言われとった。っていうか、ほんまは今のエースより、弘の方が上やと思う。そして、投げるだけやなくて、打つ方もすごい。ここぞって時には必ず打ちよる。せやから、ちょっと上級生には生意気や思われとるようやけど、実力があるから、誰もなんにも言えへん。たまにぼろぼろに打たれたり、ぜんぜん打てへんこともあるらしいんやけど、僕はそんな弘見たことない。僕が見に行った試合では、弘はいっつもかっこよかった。 幼なじみでずっといっしょに育ってきたのに、なんでこんなにちがうんやろな。僕はこんなふうに気がちっちゃくて、運動も苦手で・・・その上調子にのっていらんことばっかしてしまう。それも、なぜか弘の前でばっかり・・・弘、僕のこと、どう思てんのやろな。弘にとって、僕なんかどうでもええんやろな。弘には、もっとかっこええ友達がふさわしいんやろな・・・僕みたいなやっかい者やのうて・・・ なんか、そんなこと考えとったら、泣きそうになってしもた。ソファから立ち上がって、窓の外を眺める。黒い森が目の前に広がっていた。その深い影は・・僕のいまの気持ちみたいやった。 「眠れないのかい?」低い、でも優しい声がした。僕はちょっとびっくりして振り返った。そこには、白い髪のおじいちゃんが立ってた。 「うん」僕はそれだけ言って、また森に目を戻した。そしたら、おじいちゃんが僕の横に立って、おんなじように森を見つめた。 「夜は、森は暗く見えるね。でも昼間は全然違う。そして、今でも森は命を育んでいるんだよ」 まるで、僕が考えとること、知ってるかのように話すおじいちゃん。 「どうしたんだい?」 「うん・・・またやってしもたんや・・・」不思議やった。普通、僕は初めて会う人にはなんにも話できへんのやけど・・・人見知りってやつ。でも、このおじいちゃんはなんか初対面やないみたいな、なんか暖かさってのを感じたんや。そして、僕は弘とのことをかいつまんで説明してた。 「そうか。君は、弘君と仲良くしたいのに、ついついそんなことをしてしまうんだね」 「うん・・・」僕は、窓にもたれて、また暖炉の火を見つめた。小さくちょろちょろ揺れる、僕みたいな火を。 「今、私が君に言ってあげられるのは、自分の気持ちに正直になりなさい、ということと、」 「自分の気持ちに正直にって?」おじいさんの言うてることがよぅわからへん。 「君は、なんでそんなことをしてしまうのか、わかっているはずだよ。自分の気持ちをもう一度よく考えてみなさい」 「うん」よくわからへんねんけど・・・とりあえず。 「それから・・・よく注意して見てみなさい」 「注意して?」 「そうだ。たとえば、今、この森は暗く、眠っているように見える」おじいさんに言われて、僕はまた森を見た。 「でも、ほら、あそこ。光が見えるだろう?」よく見てみたら、小さな白い光が見えた。 「あ、ほんまや」 「あれは、動物の目なんだよ。こうして、森は今も動物達を包み込んでいるんだ。決して眠っているわけじゃない」 「うん・・」 「だから、君ももっとよく注意してみてごらん。今まで気づかなかったことに、きっと気がつくと私は思うよ」 「うん」なんとなくわかったような気がした。なんとなくやけど・・・ 「じゃ、私はそろそろ眠るとするが・・・君はどうする?」 「僕は・・・もう少し」 「そうか。じゃ、おやすみ」 「おやすみなさい」 (ここの人なんかな)おじいちゃんが2階へあがっていくのを見つめながら僕は思った。 ベッドに戻った僕は、おじいちゃんに言われたこと、いろいろ考えてみた。自分の気持ちに正直に、か・・・僕の気持ちってなんなんやろ。なんで弘の前ではいつもあんなことしてしまうんか、自分の気持ち、よお考えたらわかるんやろか・・・ でも、な。ほんまはわかっとるんや。言われんでも。何年も前から。僕は弘が好き。ずっと大好きや。せやから、僕のこと、見てて欲しいんや。弘に僕だけを見ててほしいんや。せやから、僕は弘の前で、ついついいらんことしてしまうんや。弘に・・・僕を、僕だけを見ててほしいんや。 でも、そんなことわかったからってなんになるっちゅうんやろ。そんなん・・・辛いだけやんか。まさか、弘に好きやなんて言えへんし・・・自分に正直に・・・なにをすればええんやろ・・・ 昼間の弘の表情と声が、また脳裏に浮かんだ。僕はあわてて別のことを考えようとした。 よく注意して見るって言われてもなぁ・・・ なにを見ろっていうんやろ。森の話してたけど・・・たぶん、見方によって、違うように見えるってこと言いたかったんとちゃうんかなぁ・・・でも、そやからどやねんやろ・・・ わからへん・・・わからへん・・・全然わからへん・・・・・・・・僕は眠りに落ちていった。 翌日は、最終日のクリスマスパーティーの準備で朝からいろいろせなあかんことが多かった。おかげで、昨日の気まずさも、少し紛れた。せやけど、昨日の夜のこともあって、やっぱり弘とは顔を合わせ辛かった。 大人の人が切ってきた樅の木を運ぶのを手伝いながら・・・飾り付けを手伝いながら・・・僕は弘の方をちらちらと伺ってた。何回か目があった。いや、僕が弘のほうを見るたんびに目があった。なんか、弘も僕のこと気にしとるんかな・・・そう思た。でも、そのたんびに僕は目をそらした。まともに弘の目を見る勇気があらへんかった。 「なあ・・・昨日のこと、まだ気にしとんのか?」 森とは反対の方にある、小さな小屋に暖炉の薪を取りに行った帰り、途中まで弘が迎えに来てた。みんなと一緒におるの、なんか嫌やったから、僕が運ぶって言うてやらせてもらったのに・・・弘が来て、話しかけてきた。 「べつに・・・」それだけ答えるのが精一杯やった。 「怒っとんのか?」 「そんなことない」そんだけ言うて、後はもうなんにも言えへんかった。弘も黙って僕の横にならんで歩いた。沈黙が気まずかったんやけど・・・でも、なんかしゃべるのはもっと辛いような気がした。やっぱり、自分に正直になれへん。弘のことも、まっすぐ見れへん。辛いだけや・・・僕にとって、今年のクリスマスは最悪やと思た。 そのまんま、ほとんど弘とは口をきかへんまんま夜になった。また、眠れへんのやろなぁ、そう思てたけど・・・やっぱりその通りやった。また、あのおじいちゃんと話できへんかなって思って、階下に降りてみた。 暖炉の前で、おじいちゃんが昨日の僕のように、炎を見つめて座っていた。 「来たな」 おじいちゃんは、僕が降りてくるのを知ってたみたいにそういうと、暖炉の正面の席を僕に譲ってくれた。僕はそこに座っておじいちゃんに話そうとした。 「なにも言わなくてもいいさ。君のことならわかってるつもりだよ」おじいちゃんが先にそう言った。 「え、なんで?」 「一日、何度も目が合って、でもまっすぐ見ることができなかったんだろ?」 「なんで知ってんのん?」 「二人を見ていればそうなるだろうってことくらいわかるさ」 「だから、なんでわかんの?」 おじいちゃんは僕の質問には答えへんかった。そのまま、静かに笑顔のままやった。僕は・・・なんか、その笑顔をみてたら少し気持ちが楽になったような気がした。 「ちょっと、外に出てみようか?」 おじいちゃんはそう言うて、ソファに掛けてあった分厚いコートを手に、さっさと玄関のほうに向かった。僕はあわてて後を追いかけた。 「さぶっ」玄関を1歩出るなり、僕は立ち止まって両腕を胸の前でぎゅぅっとあわせた。おじいちゃんが、コートを僕の肩にかけてくれる。 「おじいちゃんは、寒ないの?」 「私はだいじょうぶだよ。ほら、しっかり前をあわせて」おじいちゃんが、コートのボタンを留めてくれた。左手の甲に大きな傷があるのが見えた。 「ほら、こっちだ」おじいちゃんが連れてってくれたのは、昼間、薪を取りに行ったあの小屋やった。 でも、おじいちゃんは小屋の入り口を通り越して、小屋の裏に回った。僕も後について小屋の裏に回る・・・ 「うわぁ・・・」言葉がでなかった。目の前には、ちいさな明かりがたくさん・・・たくさん浮かんでいた。そう、まるで夜空の星を見下ろすみたいに・・・小さな光がいくつも、いくつも・・・数え切れないほどたくさん瞬いていた。 「どうだい?」おじいちゃんが僕の肩に腕を回して、僕の体を引き寄せた。僕は、おじいちゃんの腕にしがみつくようにして立ってた。 「すっげぇ・・・」ほかに言葉が出てこーへん。感動してた。こんな場所があったなんて・・・知らんかった。 「ここは、私の秘密の場所なんだ。ここにくるのはずいぶん久しぶりなんだがね」 「これ・・・街の明かりなん?」 「そうだよ。この麓に広がる街の明かりだよ」 「すっげぇ・・・きれい・・・」 「この光景をよく覚えておくんだ。そして、明日、夕方くらいにもう一度ここに来てみなさい」 「うん」 しばらくの間、僕たち二人はそこに立ちつくしていた。これほどきれいなものは今まで見たことあらへんかった。 僕は暖炉の前に座ってた。あの感動がまだ胸に残ってた。おじいちゃんはずっと黙って隣に座ってた。 「なぁ・・・なんで、僕のこと、いろいろ・・・なんていうか・・・気にしてくれんの?」 「さあな」 「わからへんよ。なんでなん?」 「嫌かい?」 「ううん、そやない。なんかすっごく・・・うれしいんやけど・・・なんでかなって」 「神様が与えてくれた役割だから・・・かな」 「わからへん、なにを与えてくれたん?」 「それは・・・いまにきっとわかる時がくるさ」おじいちゃんはそういうと立ち上がった。 「それじゃ、私は休むことにするよ。君はまだここにいるんだろ?」 「うん、おやすみ」 「じゃぁ、元気でな」おじいちゃんはそういうと、2階にあがっていった。 (なんなんやろ・・・なにを与えてくれたっていうんやろ・・・)たぶん、今の僕にはわからへんことなんやろな、とは思いながら考えてみた。 しばらく考えてみたけど・・・やっぱりわからへんし、僕も寝ることにした。 翌日は、夜のクリスマスパーティーの準備でみんな忙しそうやった。僕等も細々としたことを手伝ったりで、あっと言う間に時間が過ぎていった。そして夕方、おじいちゃんが言うた通り、もう一度昨日のあの場所に行ってみた。 「なに、これ・・・」そこに昨日のあの美しさはかけらもなかった。ごみごみとした街が広がってた。その違いに僕は愕然とした。 「なんかあるんか?」急に声をかけられて、僕はびっくりして振り返った。弘やった。 「なんや、ついてきてたん?」 「なんか一人でどっか行くし、ちょっと気になってな」 「ここ、夜はむっちゃきれいやったんやけど・・・今はなんかぜんぜんちゃう」 「ごちゃごちゃした街やな」 「うん。そやけど・・・夜はすんごいきれいやったんやで」 「ふーん。なら、夜見にこかな」 「それがええと思うで」 「なぁ、ちょっと話あるんやけど」弘が僕に言う。 「なに、話って」 「あそこで話そ」弘は小屋に向かって歩き出した。僕も弘の後について行った。 小屋のなかは、だれかが片づけたみたいで、割合きれいになってた。隅のほうになんかいろいろおかれてるみたいやけど、布がかけてあって、なんなんかはようわからんかった。僕等は小屋の木の壁にもたれて座った。 「なぁ・・・俺のこと、避けてんのか?」 「そんなことないけど・・・なんで?」 「昨日から、目があうたんびに目そらしてるやん」 「それは・・・なんか、目合わせにくうて」 「それって避けてるってこととちゃうの?」 「そんなことない。そんなことないんやけど・・・」 しばらく二人は黙ったまま座ってた。 どれくらい時間が経ったのかわからんけど、弘が持ってた携帯電話がなった。 「うん、いま小屋におんねん」弘のお父さんからみたいやった。 「え、うそ!」そういうと、弘は小屋の戸をあけた。外は・・・真っ白やった。雪が激しく降っていて、全然周りが見えへんようになってた。 「うん、ここは寒ないし・・・うん、大ちゃんもいっしょ」 「うん、ちょっと待って」弘は携帯を顔から離すと、僕に向かって言った。 「吹雪になるかもしれんから、ここ動くなって。ここになんか毛布みたいなもんないか、ちょっと探してみて」 「うん、わかった」僕はとりあえず、小屋の奥の布で覆われた荷物の山を確認しに行った。 「うわ・・・なんや、これ」 そこには、まるでこうなることを予想していたかのように、毛布やシュラフ、そして食べ物が置いてあった。 「弘、ぜんぜん大丈夫やわ。なんでもある」 「もしもし、こっちは大丈夫、毛布も寝袋もあるわ、ここ。うん、食べもんもある。うん、わかった。そうする」そう言うて、弘は携帯を切った。 「雪がやんだら迎えにいくから、それまでここで毛布にくるまって待っときって」 「うん、わかった」僕は、荷物の奥におかれた毛布を取ろうとした。 「あいた!」思わずひっこめた僕の手から血がでてた。小屋の壁から出てた釘でひっかいたんや。 「大丈夫か?大ちゃん」 「いた・・・だ、大丈夫・・・やと思う」血がいっぱい出てた。 「なんか、包帯みたいなんないのかな」弘が探す。 「あ、あった。救急箱や」弘が箱を抱え上げた。木でできた、緑の十字が書かれた箱やった。 「ほら、手ぇ出してみ」僕は、弘に言われるまま手を出した。弘は慣れた手つきで消毒して、ガーゼを何枚か当てて包帯を巻いてくれた。 「結構深く切ってるみたいやし・・・傷残るかもしれへんな」 「なんか、慣れてるなぁ」 「前に弟怪我しよって、そんときにやり方教えてもろたんや」 「へぇ・・・」 「痛いか?」 「少しだけ」 「我慢できる?」 「全然平気や」 そして、僕は毛布にくるまって床に座った。弘は荷物のなかからオイルランプを見つけて、それに火をともした。 「もうじき暗なるからな」 「まだ雪降ってる?」 「うん。吹雪いてはないみたいやけど・・・今は外に出ぇへんほうがよさそうやな」 「弘も座ったら?」 「うん、毛布、もう1枚ある?」 「これしかないみたいやし・・・一緒にくるまったらええやん」 「うん」 しばらくは黙ってた。僕等二人の体温で、毛布の中はあったかかった。 「なぁ・・・おとついのこと、気にしとるんか?」 「もう、気にしてへん」 「ほんまか?」 「・・・少し」 「ごめん」 「なんであやまんの?」 「お前が気にしとるから」 「僕が悪いんやし・・・」 少し考えて、そして思い切って言うことにした。 「僕っていっつもそうやん、いっつも弘に迷惑かけてばっかで」 「そんなことない」 「せやけど、弘は何でもうまいことすんのに、僕はいっつも失敗ばっかで・・・なにやってもうまいこといかへんし」 「そんなことないって」 「僕も弘みたいになんでもできるようになりたい」 「ええかげんにせーよ、大輔は大輔やん」 「そんな自分が嫌やねん・・・」 「なにゆうてんねん」 「ごめんな、僕のせいで、さんざんなクリスマスになってしもて・・・」 「そんなことないって」 「昨日な、僕、ずぅっと弘のこと、気にしてたんや。ずぅっと見てた。あのおじいちゃんに、よく注意して見てみろって言われて・・・そやけど、目あわせられへんかったんや」 「あのサンタみたいなじいちゃんか?」 「サンタ?」 「白い髪の毛に白い髭。赤い服着せたらサンタクロースや」 「そやな。そのサンタさんに言われたんや。自分の気持ちよく考えろって。よく注意して見てみろって」 「で、どうやったん?」 「なにが?」 「自分の気持ち考えて、注意して見てみて」 「よぉわからへん。僕、弘にとっては足手まといなんかなって」 「なんでや」 「いっつも迷惑ばっかかけとるし・・・僕はやっかい者なんやって・・・」 「あほなこと言うな」 「せやけど」 「もうええから・・・そんなこと言わんといてくれ」 「うん・・・」 また黙ったまま時間が過ぎていった。弘はずぅっと目を閉じてた。寝たんかな、と思って顔を見てると、時々目開けたりしてて・・・そんなときはやっぱり目をそらしてしまう。 と、弘の携帯がなった。 「もしもし・・・うん・・・そうなん・・・ちょっとまって」弘が僕の方を見る。そして、携帯に向かって言う。 「今晩、ここで二人でおったらあかんかな」(えっ・・・なに言うとんのん?) 「うん。わかっとるけど・・・そやけど、たまにはええかなって。うん。それは大丈夫。毛布もあるし、ランプもあるから・・・うん、わかった。なんかあったら電話するし。うん、おやすみ」 弘が僕の顔をのぞき込んだ。 「迎えにこうへんのん?」 「うん。雪やんだし、迎えに行く言うてたけど・・・ええやろ? 今晩ここで泊まっても」 「うん。僕は、弘が一緒やったら」 「せやから、二人で・・・二人だけで。なんかあったら電話したら、すぐ来てくれる言うてたし」 「うん」 「なぁ、さっきのとこ、夜はきれいなんやろ?」 「さっきのとこって・・・あぁ、夜景? うん、すっごくきれいやった。」 「今から見に行かへんか?」 「でも、寒いで」 「このまんま、毛布にくるまって行ったらええやん」 「ほんなら、少しだけやで」 「ああ」 僕等は小屋から外に出た。ひんやりした空気が頬をなでる。二人で1枚の毛布にくるまったまんま、僕等は雪の上を歩いた。真っ白で、何の音もしない夜、二人だけの夜やった。 「うわぁ、すっげぇ」弘が声を上げた。 「な、すごいやろ?」 「さっきはあんなんやったのに・・・全然ちがうんやな」 「うん。同じとことは思えへん」 目の前に、昨日と同じような、いや、昨日よりさらに美しい光の海が広がっていた。 「お前もそうやで」しばらく黙り込んで、そして、弘が言った。 「え?」 「お前も・・・大ちゃんも、そりゃ人によってはいっつもいらんことばっかしてると思とる人もおるやろけど・・・俺にとって、大ちゃんはこことおんなじなんや。俺にとって大ちゃんは、こういう風にみえるんや」弘が光を見つめたまま言った。なんか、少しどきどきした。 「俺・・・な。お前がおらなあかんねん」 「え?」 「お前がおったら・・・大ちゃんがおってくれたら、自信もってやれるねん。せやけど、大ちゃんおらんかったらあかんねん。試合ん時でも、大ちゃんが見てくれてるって思てたら、なんか自信もてるし、なにやっても結構うまいこといくんやけど、大ちゃん見に来てくれへんときは、なんかどきどきして、こわぁて、あかへんねん」 「弘・・・」そういや、弘がぼこぼこに打たれたりしたときって、いっつも僕が見てないときばっかりやったっけ・・・ 「せやから・・・ずっとそばにいてほしい。自分が嫌いやなんて言わんといてほしい。俺、今の大ちゃん大好きなんやから、足手まといやなんて、そんなこと絶対にないんやから」 「弘・・・ほんまに、そうなん?」 「ほんまや。ずぅっと前から、そう思てた。ずぅっと前から、ずっと大輔のこと見てたんや」弘は前を見たまま言った。 「じいちゃんに言われたんやろ、注意して見てみろって。俺、ずぅっとお前のこと見てたん、気ぃつかんかったんか?」 「そういえば・・・」いつも目が合ったっけ・・・ 「そやねん。ずっと、ずぅっと俺、お前のこと・・・」 弘が、毛布の中で、僕の手を握ってくれた。僕も、弘の手を握り返す。 「それが言いたかった。そやから・・・二人だけでいたかったんや」 「でも、ほんとに僕でええの?」 「なにゆうてんねん、お前やからええんやろが」 「そう・・・なん?」 「これからもずぅっと、友達でおってな」 「うん」 「絶対やで」 「うん」 「約束やで」 「うん」 小屋に戻ってからは、なにも話はせぇへんかった。ただ、1つの毛布にくるまって、ずっと手をつないでた。いつの間にか、二人とも眠ってた。 明るくなってきた頃、僕は目が覚めた。隣では、弘が寝息をたててた。なんか、昨日のことが夢みたいな気がして・・・少し不安になった。毛布から出て、小屋の戸を開けてみた。真っ白な中に、僕と弘の足跡が残っていた。(少なくとも、全部夢っちゅうわけやなさそやな)そう思た。 「ん・・・あぁ、おはよう」弘が目を覚ました。 「ごめん、寒かった?」僕はあわてて戸を閉めた。 「ううん、なんか、ひんやりして気持ちええ」 「そやな」 弘が僕の横に立って、戸を開けた。 「きれいやな、真っ白で」 「うん」 「昨日の約束、忘れんといてな」弘はそういって、僕の手を握った。 「夢やなかったんや・・・」 「夢ちゃうで。ほんまやで」 「うん、わかった」 弘の手はあったかかった。 それからしばらくしたころ、父さん達が迎えにきた。僕たちのクリスマスは終わった。パーティーは台無しになってしもたけど・・・僕と弘にとっては、最高のクリスマスの夜を過ごした。 「おじいちゃん」 耳元で呼びかけられて、私は目をさました。長い夢を見ていた。私はもう何ヶ月もこのベッドで横になっていた。 「今日はおじいちゃんがびっくりするような方がこられてるのよ」私の娘が言う。 「どうぞ、お入りください」促されて入ってきたのは・・・ 「ひさしぶりだな、具合はどうなんだ?」弘だった。私と同じように年を重ね、老いた弘がいま目の前にいた。 「よく来てくれたな」私は、力の入らない手を差し出した。弘はその手を握ってくれる。彼は今は遠いところにいたはずだった。何度も会いたいと思ったが、いままで成しえなかった。何年ぶりなんだろう・・・ 「連絡もらって、本当はもっと早く来たかったんだが・・・すまなかったな」 「まぁ、間にあったからよしとしよう」私は、死を宣告されていた。まもなく、この世に別れを告げることになるはずだった。もちろん、弘にはすべて知らせていた。 「思ったよりは・・・元気そうだな」 「やめろよ、社交辞令は」私は自分の容姿がどうなっているのかよくわかっていた。髪の毛は真っ白になっていた。長い入院生活で、髭も伸び放題だった。 「まるでサンタクロースだな」弘が笑う。 「赤い服でも着ればな」私は、あのときのことを思い出しながら、そういって力無く笑った。それからしばらくはいろいろな思い出話を語り合った。あのときにもどったかのように・・・ 周りが騒がしかった。みんなが騒いでいるのが聞こえていた。どうやら、私の最期の時が目前にせまっているようだった。私は自分の人生に満足だった。幸せな一生を過ごせたと思っていた。特に、弘と出会えたことは、何事にも代え難い喜びだった。今、私は多くの人に見取られながら息を引き取ろうとしていた。 ふと気が付くと、私は見覚えのある公園に立っていた。目の前には二人の幼児がいた。誰なのかはすぐにわかった。私は彼らにたずねた。 「君達は仲がいいのかい?」 「うん、めちゃめちゃ仲ええねん」幼いころの弘がそう答えた。 「そうか。いつまでも仲良くするんだよ。君たちはずっと仲良しでいられるはずだから」 「あったりまえやん」 「あったりまえやん」幼い日の私が、弘をまねて言う。私は幼い日の自分の頭をなでた。 次の瞬間、私はあのペンションにいた。少年時代の私が窓の外を眺めていた。私は、私に話しかけた。 「眠れないのかい?」少年時代の私はびっくりした様子だった。 「うん」私は、少年時代の自分の横に立って、同じように森を見つめながら言った。 「夜は、森は暗く見えるね。でも、昼間は全然違う。そして、今でも森は命を育んでいるんだよ」 きっと、神様が最期に私に与えた役割なんだと思った。あのとき私の前に現れた、白い髪、白い髭の男・・・私は自分の役割、二人を結びつけるきっかけ、当時の私たちにとって最高のクリスマスプレゼントを渡すため、少年時代の自分に話しかけた。 <最高のプレゼント #1 〜 A Holy Terror 〜 完> |
あとがき おいらが公開する作品としては・・・Hはおろか、キスもないという、初めての健全作品です。 クリスマスにふさわしいものってことで・・・ おいらの作品をいつも読んでくださってる方の意表を突いてみようかと(笑) そして、もう一つ、初めてなのが・・・全編関西弁(らしき怪しい言葉(^^;)です。 なんとなく、ほわっとした感じをだしてみたいなってことで、こんな感じにしてみました。 おいらが普段使ってる言葉そのままっていうことで、けっこう書いていて気持ちが入りました。 いかがだったでしょうか? 感想お待ちしております。 それでは、よいクリスマスをお過ごしください。 最後までお読みいただき、ありがとうございました。 2001年12月24日 むつみ |