2003年クリスマス作品

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平日の昼間の特急電車には空席が目立っていた。僕は2人掛けのシートに一人で座っていた。横に座るべき人、横に座っていて欲しい人はいない。いや・・・もう、いない。

今日で1年、お兄ちゃんのことは、少しだけ僕の心の中から薄れた。でも、それはほんの少しだけ。あれから僕は何人かの人とつき合って、同じ数の人と別れてきた。ずっと、ずっと好きだったお兄ちゃんを交通事故で亡くしてから、しばらくはなにもする気がなかった僕を元気づけてくれた人たち・・・でも、僕はそんな人たちにお兄ちゃんの代わりとなることを望んでいた。だから、つき合った人たちもどこかお兄ちゃんに似ていた。それに気が付いたとき、僕はもう誰ともつき合わないって心に決めた。お兄ちゃんの代わりなんて絶対にいないって、僕のお兄ちゃんはお兄ちゃん一人だけなんだって。

お兄ちゃんのことは大好きだった。いつも一緒にいたいと思ったし、お兄ちゃんにだけは絶対に嘘をつかないでいようと思っていた。でも、お兄ちゃんは僕をどう思っていてくれたのだろう・・・僕を大切にしていてくれたことは知っている。でも、一度も好きだとは言ってくれなかった。一度も好きだって言ってくれないまま、僕の前から消えてしまった・・・

今日、お兄ちゃんのお墓にお参りしたときに、それを心の中で訊ねた。きっと、好きでいてくれたんだと思う。でも、自信はなかった。僕はお兄ちゃんに甘えていたし、わがままも言った。そんな僕を、本当は迷惑だと思っていたんじゃないだろうかとか、本当は他にもっと好きな人がいたんじゃないだろうか、とか・・・

もちろん、お墓の中のお兄ちゃんは、なにも答えてはくれなかった。

そんな中途半端な気持ち、何とかしたかったから、他の人とつき合ってみたりもしたんだよ。でも、なんにも変わらなかった。やっぱりお兄ちゃんにいて欲しかったよ。僕のそばにずっといて欲しかったよ。

こないだ、クリスマスパーティーに行ったんだ。ホントは行きたくなかったけど、でも、ほら、前にも話したと思うけど、猛がお前も来いって強引にさ・・・そりゃ、猛は僕のこと思ってそうしてくれてるってのはわかるんだけどさ・・・でも、正直、クリスマスは一人でお兄ちゃんのことだけ考えていたかったよ。
パーティーにね、あの人も来てたんだ。正直、ちょっとやだなって思ったよ。うん、悪い人じゃないってのはよく分かってるんだけど・・・ってか、すごくいい人。僕のこと本気で心配してくれて、いろいろ話かけてくれたりして、僕を楽しませようといろんな話してくれて。僕のこと「好き」って言ってくれて。

でもね、僕はお兄ちゃん以外の人とはもうつき合わないって決めたし、だから、もう僕を気にしないでって言ったんだけど・・・でも、まだ僕のことずっと気にしてくれてる。だから、なんだか悪い気がしてさ・・・

そうやって、お墓の前で1時間くらいかな、ずっとお兄ちゃんに話しかけてたんだ。
そして、お別れして、こうして電車に乗って・・・ホントに寂しいと思う。自分が半分しかないような、そんな隙間が開いてるような感じ。本当なら、僕のとなりにはお兄ちゃんがいてくれるはずなのに・・・



クリスマスパーティーは、退屈だった。学校の友達や先輩たち、その友達・・・その中にあの人がいた。お兄ちゃんの友達だったあの人は、僕をずっと気遣ってくれていた。
僕が退屈しないように、いろんな話をしてくれた。でも、お兄ちゃんを思い出させるような話はしなかった。そんな話題は避けていた。あの人だけじゃない、猛も、他の人もみんな・・・みんなの気持ちはよく分かっていた。あれから1年、結局僕はお兄ちゃんのことを忘れられなかった。お兄ちゃん以外の人を受け入れられなかった。そんな僕を元気づけようと、そんな僕が元気になるきっかけにしようと、みんな僕に気を使って、盛り上げようとしてくれる。みんなで僕を楽しませようとしてくれる。でも、みんなには悪いけど、今の僕にはそれがかえって辛かった。みんなの気持ちが分かっているだけに、僕もお兄ちゃんのことばかり考えるのをやめて、前向きにならなくちゃいけないって分かっているだけに、そして、あの人が僕のことを想ってくれているだけに・・・・・

クリスマスパーティーの終わり近くに、みんなでプレゼントの交換をした。みんなが持ち寄ったプレゼントをみんなで交換する。僕は・・・お兄ちゃんが欲しいって言ってたCDを買った。それをプレゼントにした。リボンはお兄ちゃんが好きだった緑色にしてもらった。本当はお兄ちゃんにあげたかった・・・

僕は、あの人とプレゼントを交換した。
「このCD・・・・あいつが欲しがってたやつだな」あの人は知っていた。僕はうつむいたまま小さくうなずいた。
「あいつの代わりに聞かせてもらうよ」あの人はそう言って、受け取ってくれた。お兄ちゃんにあげるはずだったクリスマスプレゼントを・・・
「はい、これ」あの人が小さな四角い包みを僕に差し出した。
「メリークリスマス」そう言って笑顔を見せてくれた。僕は相変わらずうつむいたままそれを受け取った。
「来年こそ、笑顔見せてくれよな」あの人はそう言った。すべて知っていて、すべて受け入れてくれているあの人・・・とってもいい人・・・だけど・・・・・



「切符を拝見いたします」車掌さんが、帽子を脱いで、僕に軽く会釈した。僕はリュックを開けて中をまさぐった。
「あれ?」リュックの内側の小さなポケットに入れておいたはずの切符が見あたらなかった。
「おかしいな・・・」確かに買って、ここにいれたはずなんだけど・・・僕はちらりと車掌さんの顔を盗み見た。車掌さんは無表情でそこに立って、僕が切符を見せるのを待っていた。僕はがさがさとリュックサックのなかを引っかき回した。
「あ・・・」あのクリスマスプレゼントが入っていた。そうか、ここに入れっぱなしにして忘れてたんだ・・・
「ありましたか?」車掌さんが声をかけた。
「あ、いえ」僕は焦って立ち上がって、ズボンのポケットに手を突っ込んだ。そこに切符はあった。僕はなにも言わずに切符を車掌さんに差し出した。
「ありがとうございます」車掌さんは、切符を確認すると、通路の奥に去っていった。
(そうだ・・・)僕は思い出した。リュックサックを膝の上において、内側のポケットからそれを取り出した。それは、去年のクリスマスにみんなで写した写真だった。僕が持っている、たった1枚のお兄ちゃんの写真だった。その写真の隅に、小さなマークがマジックで書き込まれている。お兄ちゃんと僕だけの秘密のマーク、昔の自転車、前のタイヤが大きくて、後ろが小さい、ずっと昔の自転車を模したマークが書かれていた。お兄ちゃんになにかメモを渡すとき、お兄ちゃんが僕にメモをわたすとき、必ず右下に書いていたマークだった。この写真は、お兄ちゃんが僕にくれたもの、お兄ちゃんが書き込んだマークがある、僕の宝物。今日、お兄ちゃんのお墓参りに来るのに持ってきたんだった。今日はこのポケットにこの写真が入っているから、切符はズボンのポケットに入れたんだった・・・



もともと僕の自転車の鍵のキーホルダーが、昔の自転車の形をしたものだった。それは、僕とお兄ちゃんが付き合うきっかけとなったものだった。
ずっと前、中学に入ったばかりだった僕が、学校から帰ろうとしたときに、通学に使っていた自転車の鍵がないことに気がついた。教室まで戻って、机を探してみたけど見つからなかった。朝から僕が行ったところを全部探してみたけど見つからなかった。僕は自転車の前で途方に暮れていた。
「どうした?」話かけてきたのがお兄ちゃんだった。
「自転車の鍵、なくしちゃって・・・」

お兄ちゃんは一緒に探してくれた。でも見つからなくて・・・結局、僕はお兄ちゃんの自転車に載せて貰って、二人乗りで家に帰った。お兄ちゃんは僕の家とは方向が違うのに、わざわざ僕を家まで送ってくれた。そして、自分の自転車の鍵に付いていたキーホルダーをはずして僕に渡した。
「スペアキーに、このキーホルダー付けておけばきっとなくさないよ」
そして、その昔の自転車の形をしたキーホルダーは僕の物になった。初めてお兄ちゃんが僕にくれたプレゼントだった。

お兄ちゃんが亡くなったあと、毎日自分の部屋に閉じこもって、あの写真を見て泣いたっけ。毎日毎日お兄ちゃんのことを思い出して、一人で泣いたっけ。そんなときだったっけ、あの人が初めて僕の家に来たのは。そして、僕は怒られたっけ。いつまでそうしているつもりだって。俺はあいつのこと、君以上に知ってる。君が毎日毎日こんなことしてて、あいつが喜ぶとでも思ってるのかって。初めてあの人の大声を聞いたんだっけ。そして、あれから1度もあの人の大声聞いてないんだっけ。
僕はあの人にすがりついたっけ。大声で泣いたっけ。お兄ちゃんが僕を好きでいてくれたのか聞きたかったって泣きじゃくったっけ。あの写真を見ながら、二人でずっと泣いたっけ・・・・・

クリスマスパーティーが終わったあと、みんなはカラオケに行った。僕は行かなかった。行きたくなかった。一人になりたかった。もう、あの人の顔を見ているのが辛かったし。
あの人がやさしくしてくれるのはうれしい。僕も・・・たぶん、あの人のことは嫌いじゃない。でも、それ以上になるのが怖かった。あの人は、あれから僕がつき合ってきたような人とは違って、お兄ちゃんと似ているところはなにもなかった。今までは、ずっとお兄ちゃんの面影を追いかけてきた。でも、あの人はそういう人たちとは違う。だから、僕は自分がお兄ちゃん以外の人を好きになるのが怖かった。

「これ・・・・やっぱり貰えません」別れ際、僕は、あの人がくれた小さな包みをあの人の手に押しつけた。
「僕は・・・あなたから物を貰うことは出来ません」
「どうして?」あの人は、そっと僕に聞いた。こんなときでも、あの人は僕に気を使ってくれている・・・
「それは・・・・あなたはお兄ちゃんじゃないから」それだけ言って、僕はその場から走り去った。いや、逃げた。
あんなこと言って、あの人を傷つけたかな、と思った。でも、あの人からプレゼントを貰うのが怖かったから・・・
猛が僕を追いかけてきた。僕を追い抜いて、僕の前で両手を広げて僕を止めた。
「なんでだよ」息を切らせながら、猛が僕に言った。
「ごめん」僕も息を切らせながら言う。
「お前の気持ちはわかるけど・・・」
「うん、みんなが僕を元気付けようとしてくれてるのは知ってる。けど・・・」
「けど、なんだよ」猛が僕の肩に手を回した。
「ごめん、だめなんだ、僕・・・・」涙が出そうになった。
「まだ、だめなんだ」繰り返し言う僕の肩を、猛がぎゅっと抱きしめてくれた。
「わかった。わかったけど・・・」僕には猛の言いたいことが分かっていた。
「うん、ごめんなさいって言っておいて」そして、僕は猛の手を振り切った。
「わかった」猛はそれだけ言って、みんなが待っているところに走って戻っていった。
なんだか後味の悪いクリスマスパーティーだった。

そう、だから、僕はクリスマスは大嫌いになった。

お兄ちゃんは、クリスマスに映画に連れていってくれた。暗い映画館の中で、僕はお兄ちゃんの手を握りしめながらスクリーンを見ていた。お兄ちゃんの体温が感じられた。お兄ちゃんの存在を感じられた。
でも、もうお兄ちゃんはいない。もう二度と、お兄ちゃんの暖かさを感じることはできない・・・



もし、本当にサンタクロースがいるのなら・・・僕は答えを聞きたいと思った。お兄ちゃんが僕を好きでいてくれたのか、お兄ちゃんは僕になにを望んだのか・・・でも、それは不可能だ。サンタなんていない。もう、お兄ちゃんの気持ちを確かめるすべはない。この先、ずっと答えは得られないんだ・・・

ふと、思い当たった。そうだ、あの包み・・・返したはずなのに・・・
僕はもう一度リュックを開いた。中の荷物を手で押しのけると、やはりそれは間違いなくそこにある。僕はそれを取り出した。
その包みは5センチ角くらいの小さな箱だった。手に持った感じでは・・・空っぽ?
僕はリボンをほどいてみた。包み紙をあける・・・小さな白い箱が出てきた。箱を開けてみる・・・箱の中には小さなカードが入っていた。箱に入っているそのカードを見て、僕は目を閉じて、シートにもたれかかって天を仰いだ。
”お前のことは大好きだよ”そうカードに書かれていた。
”お前が幸せになってくれることが俺の望み”そうカードに書かれていた。そして、右下に小さな自転車のマーク。

涙があふれた。これが奇跡・・・なんだろうか。



僕は、目尻に浮かんだ涙を手のひらでぬぐい取って、箱からカードを取り出した。裏にも何か書いてあった。
”ごめん、このカードは俺が書きました。あいつのことが忘れられない君にとって、こんなプレゼントは残酷なものなのかもしれない。でも、俺は君に前を見てほしい。あいつのことを忘れてくれなんて言わない。あいつのことを想ったままでいい。あいつのことを想ったまま・・・俺と一緒に前に進んで欲しい。俺はあいつと同じくらい、いや、あいつ以上にお前が好きだから”
あの人だった。そういえば、あの人には前に全部話していたっけ・・・一緒に写真を見ながら、あの人の胸で泣きじゃくったっけ・・・

もう一度、シートにもたれて目を閉じた。目の前にお兄ちゃんがいた。お兄ちゃんは何か言っている。
”ずっとお前のそばにいたかったよ”って言っていた。
”今はもう、そばにいてくれないの?”僕はお兄ちゃんに訊ねた。
”今はもう・・・できないから”お兄ちゃんの顔が少し曇った。
”俺のこと、好きでいてくれるのはうれしいけどさ・・・”お兄ちゃんが僕の肩に手をかける。
”お前はお前の人生をちゃんと生きるんだ。いつまでもこのままじゃいけないんだ”ゆっくりと、お兄ちゃんが僕を抱きしめる。
”ねぇ、ひとつだけ聞かせて”お兄ちゃんの胸の中で、僕は言う。
”僕のこと、好き?”お兄ちゃんのぬくもりの中で、僕は訊ねる。
”好きだった。大好きだった”お兄ちゃんはそう言ってくれた。僕は目を開いた。

「ありがとう、お兄ちゃん・・・」僕はそう小さくつぶやいた。

駅に着いて、僕は最初に電話をした。あの人に、謝りたかった。
「ごめん」最初に謝ったのはあの人だった。
「君の気持ちを傷つけるようなことして」それを聞いて、僕は涙ぐんだ。
「いえ・・・ありがとうございました。おかげで・・・答えがわかりました」目をぱちぱちさせて、涙をこらえながら言った。
「あの・・・もしよかったら・・・・もう1回、クリスマスパーティーしていただけませんか?」
「あ、ああ」
「できれば、二人きりで・・・いろいろ話したいことがあるから」
「わかった」

僕は電話を切った。あの人にどう伝えようか考えた。「ありがとう」って言おうと決めた。そして、「できるかどうかわからないけど、僕が前向きになれるように、僕を応援して欲しい」って言おうと思った。来年のクリスマスには、あの人と二人で、笑顔でお兄ちゃんの思い出を話せるようになりたいと心から思った。

いいよね、お兄ちゃん・・・お兄ちゃん以外の人、好きになっても・・・

今年のクリスマス・・・はもう過ぎちゃったけど・・・・・いいクリスマスだったのかも知れない。
僕は家に向かって歩きだした。
<mark 完>




あとがきにかえて

えっと、クリスマスウェブから来られた方、初めましてだったりおひさしぶりだったりいつもお世話になってますだったりすると思います。いつもおいらのサイトを見に来て下さる方、ども、毎度ありがとうございます。なぞのむぅ大陸管理人のむつみです。

一応、初めての方もいるかと思うので軽く自己紹介。鬼畜も書けるラブラブ作家でつ>そこ、突っ込まない(汗)
まぁ、最近は萌えない自己満足小説作家と化してまつが。

ってことはまぁ、置いといて・・・・・

去年のクリスマス小説は・・・(おいらとるーちゃんことるーとさんの2人で)クリスマスウェブの主催だったこともあったし、himaさんとコラボさせていただいたということもあって、気合い入りまくりの力入りまくりだったんでつが・・・今年は・・・ねぇ(汗)
すみません、あんまり考えずにぱぱっと書いちゃいました。制作期間・・・3日くらい(ぉ

んで、最初は「つまんねぇ小説だなぁ」ってことで書き直そうかとか思ったんですが、読み返して手を入れるうちに、何にも考えずに書いた割に、けっこう気持ちが入っていたことに気付きますた(ぉ
いやあのその・・・何にも考えなかったのが、かえってそのときのおいらの心情がもろに入っちゃったのかなって気も少し・・・
ま、一般的にはつまんない小説(うぅ、すみませんです)なんですけど、おいら的には結構お気に入りになってたりします。なんたって「哀しい男の子萌え」だし(爆)

ってことで、こんな小説を読んでいただいてありがとうございました。もし、感想なんかいただける場合は、メールもしくはおいらのサイトのけいじばんあたりにカキコしていただけるととっても喜びます。「つまんね〜よ」の一言でもかまいませんので、是非に。
んで、ついでに他の作品なんかも読んでみてもらえるとうれしいでつ(^^)/

んではみなさん、素敵なクリスマスをお過ごしください!
2003年クリスマス むつみ


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