【前編】
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少年は客の一人に目を付けていた。 その客は一人で来ていた。客の横にはホステスが一人付いている。でも、あまり男は相手にしていない。それどころか、目の前をボーイが通る度に、目で彼を追いかけていた。 つまり、そういう客だ。 身なりはまあまあ。少年に服の善し悪しが分かる訳ではない。だが、そんな少年にも決して安くはない服なんだろうと思えるような、そんな雰囲気がある。 カウンターの端に一人で座り、頬杖をつきながらその男に声をかけるタイミングを見計らっている。と、ホステスが腰を浮かせた。 (今かな) そう思った少年の腕に手が置かれた。その店のママが、カウンター越しに少年の腕を軽く掴んでいた。 (やめときなさい) 別にそう言われた訳じゃない。でも、その目とその表情は明らにそう言っている。少年はそんなママの手を振りほどいて、男の隣の空いた席に座った。 「ねえ、僕にも飲ませてよ」 男が少年を見た。男の表情は変わらない。が、その目の奥で少年を値踏みしている。 「ふん、まだ子供じゃないか」 「いいでしょ、飲ませてよ」 言葉が返ってきた。ということは、興味がないって訳じゃなさそうだ。少年は手応えを感じていた。 「ママ」 少年がママに向かって片手を上げる。すぐに、ママがグラスを一つ、少年の前に運んできた。 「おいたするんじゃないわよ」 グラスを置きながら言う。 「ほら、乾杯」 少年はグラスを掴み、男の前に掲げた。 チン、と音がした。男もグラスを掲げている。少年はさりげなく男との間を詰める。 「お前、いくつだ?」 今度はあからさまに値踏みをするように少年の顔から体、足と視線を這わせる。 「13」 男がグラスに口を付ける。少年も同じようにする。目は男を見たままだ。 「そうか」 男が少年の肩に手を回した。 「やばいんじゃない?」 カウンターに座る別の少年がママに囁いた。 「忠告はしたわよ」 ママは答える。 「ま、いい社会勉強よ」 そのままカウンターの奥に引っ込んだ。 「いい、とは言えないだろうな」 その少年・・・男にしだれかかっている少年よりは少し年上に見える・・・は椅子から降り、手をポケットに突っ込んで店から出て行った。 「うぐっ」 どこかの薄暗い事務所。そんな雰囲気の場所で、安っぽいソファに少年は横になっていた。全裸で両手は背中で手錠を掛けられている。そんな少年にさっきの男が覆い被さっている。男のペニスが少年の口に押し込まれていた。 「ほら、金、欲しいんだろ?」 男は床に落ちている数枚の札を拾い上げ、少年の前にかざし、床に落とす。少年が口の中のペニスに舌で刺激を加えようとする。 「そんな程度で金がもらえるなんて思ってないよな?」 少年が頭を動かす。が、男はそれを押し留めるかのように少年に腰を押し付け、喉の奥にペニスを押し付ける。 「うごっ」 少年の喉が鳴る。 「ほら、どうした」 少年が嘔吐き、その目から涙が一筋溢れる。 「金欲しいんだろ?」 少年がのしかかっていた男を押しのけた。体を起こし、うずくまり、咳き込む。口から唾液と何かが混じった物を吐き出した。 「こいつ、なに汚してんだ、ああ?」 うずくまったままの少年の脇腹辺りに男の蹴りが入る。少年は床に横向きに倒れる。その腹に蹴りが入る、2回、3回とそれは続いた。 「や、やめて」 少年が腹ばいになって男の蹴りから逃れようとした。そんな少年の背中を踏み潰す。そして背中に馬乗りになった。 「誘ってきたのはお前だろ? 金欲しいんだろ?」 男の言う通りだ。あの店で、男の耳元で買って欲しいと言い出したのは少年の方だった。 「だったら、俺を満足させてみろ」 男が両手を合わせ、少年の後頭部に振り下ろす。ごん、と音がする。少年の顔が床に叩き付けられ、ポタポタと血が滴った。男が少年の体から降りる。 「ほら、立てよ」 少年は男を見た。そのまま後退る。 「立てって言ってんだろ」 男が少年に近づく。そして、腹を蹴る。少年は逃げるように部屋の隅まで這いずり、そこで壁を背にして立ち上がる。男が少年に近づく。男が少年の顔面に拳を入れる。少年がしゃがもうとする。が、左手で髪の毛を掴んで、また顔を殴る。2回、3回。ようやく髪の毛を離すと、少年は床に崩れ落ちた。 「ガキが、大人舐めてんじゃねーよ」 男が蹴り上げた足が少年の顔面を捉える。少年の後頭部が壁にぶち当たる。少年の体が斜めになり、床に倒れ込む。 「犯られたいんだろ?」 男がズボンをずり下げた。少年を乱暴に組み伏せ、その肛門に無理矢理挿入した。 「いぎゃあ!」 少年の肛門が裂ける。男はそのまま奥まで突き入れる。やがて、血をローション代わりに少年を犯し、その中で射精した。 「ほら、咥えろ」 少年の血と体液、そして男の精液に塗れたペニスを少年に咥えさせる。それが終わると、また髪の毛を掴んで少年を立ち上がらせる。顔、腹を殴られ、最後に膝で股間を蹴り上げられた。 「お前、運が良かったな」 床に跪いて痛みに耐えている少年に向かって男が言った。 「今日はもう、一人殺してる」 少年の後頭部を踏みつける。 「俺は一日一人までって決めてるんだ」 そのまま足に力を入れる。少年の顔が床に押し付けられる。その状態で、背中の手錠を外す。 「ほら、金だ」 男がソファの横に落ちている札を指差した。 「拾え」 少年は立ち上がろうとする。 「四つん這いでだ」 そんな少年の背中を蹴り飛ばす。少年の体が前のめりになり、額がテーブルの角に打ち付けられた。 「うぐっ」 それでも、そのままのろのろと四つん這いでソファの方に這って行く。男は笑いながらそれを見ている。少年は床に散らばった3枚の札を拾い上げる。そして、男を見た。その目には怒りの色が浮かんでいた。 「なんて言うんだ?」 だが男は少年に言った。 「俺に買われたかったんだろ?」 男が少年に近づいた。本能的に少年は顔を両手で覆う。 「ああ? 買ってもらえたんだ、お前の望み通りにな」 男が少年の前にしゃがみ込み、その手を掴んだ。 「なんて言うんだ? え?」 「あ・・・ありが・・・とう・・・ございました」 少年は小さな声で言った。 「ふん、このど腐れが」 男が立ち上がる。少年はそんな男から目を離さず立ち上がり、部屋の隅に投げ捨てられていた服を拾い集める。その間も男から目を離さない。 「なんだ?」 男が少年に近づく素振りを見せると、少年は服を抱えたままうずくまり体を丸める。 「いいな、その怯えっぷり」 おどおどと少年は男から離れる。全裸のまま服を抱えてドアを開け、その部屋から外に出た。 「気に入った。また買ってやるよ」 男の声がした。 「派手にやられたわね」 店に戻るなり、ママに言われた。 「はい」 まるでそうなることが分かっていたかのように、冷たいおしぼりを手渡された。少年は、そのおしぼりを腫れ上がった顔に押し当てる。 「知ってたの?」 ママは何も言わなかった。 (だからあの時) 手を掴んで止めようとしてくれた、ということだ。 「おい、正一、ひでえ顔だな。どうした」 店の奥で飲んでいた男が少年に声をかけた。 「あんたには関係ないわよ」 ママが声を張り上げた。 「そんな顔でいられちゃ迷惑よ。上に行ってなさい」 そして少年に小声で言った。 カウンターの奥にある階段を上って2階に上がる。階段を上りきったところに短い廊下があり、その左右に部屋が合計4つある。その中の一つを少年は使っていた。 部屋に入る。隅に畳まれた布団。それ以外は何もない。 「くっ」 布団の前で体を屈めた少年の口から苦痛が漏れる。体中が痛い。そのまま倒れ込むように横になった。その姿勢でズボンのポケットに手を入れる。くしゃくしゃになった札3枚を取り出した。それを目の前で広げる。五百札が3枚。少年はそれを見て笑顔になる。 「へへっ」 また顔が火照り始める。少年は部屋の奥の押し入れの襖を開け、小さな缶を取り出すと、その中に紙幣を2枚入れた。もう一枚は布団の下に隠す。そして部屋を出て、奧の手洗い場で蛇口の下に頭を突っ込んで、水を出した。 「ちょっと、大丈夫?」 ママの声だ。振り返ると手ぬぐいを渡される。 「だからやめときなさいって」 「でも、儲かった」 部屋に行き、布団の下に手を突っ込んで、五百円札を1枚取り出す。それをママに差し出した。 「お金のために命なくしたら元も子もないわよ」 そう言いながらもママはそのお金を受け取る。 「もう、あの人には近づいちゃだめよ」 それだけ言って、ママは下に降りていった。 少年は部屋に戻って仰向けになり、絞った手ぬぐいで顔を覆った。階下の店の声が微かに聞こえる。 「大丈夫よ」 ママの声が聞こえる。他の客が何か言っているが聞き取れない。 (相変わらずデカい声して) ママの姿がまるで見えているかのように想像出来る。 少年とママの付き合いは、もう1年近くになる。付き合いといっても、別に肉体関係がある訳じゃない。この街に流れてきた少年に住処と相手を探す場を提供したのがママだ。少年がふらっと立ち寄ったこの店でママと出会い、少し話をしただけで、ママはこの2階の部屋に住まわせてくれるようになった。たぶん、ほんの気まぐれ。でも、何故か少年はママに気に入られたのは事実だった。その証拠に、この1年の間に何人かの、彼と同じような少年がこの店に立ち寄ったが、ママはみんな追い払った。少年もいつか追い出されるものと思っていた。が、今もってここに居続けることが出来ていた。 ママの店は少し変わっている。ホステスもいれば、ボーイもいる。女好きな客もいれば、男好きの客もいる。どっちの客もここでは同じように酒を飲み、同じように気に入った相手を伴って姿を消す。時にはママに金を払って2階の空き部屋を使う事もある。そんな時に部屋にいると大変だ。男の呻き声や女の喘ぎ声。その他いろいろな音に悩まされることになる。 少年とて同じだ。店で見つけた相手と、この部屋で体を合わせることもある。その時は大きな喘ぎ声を出す。それで客が喜ぶなら恥ずかしいことなんて何もない。人の迷惑もどうでもいい。それで金が少しでも手に入るのなら。 「正ちゃん」 襖が少し開いてママが顔を出した。が、少年は畳んだ布団にもたれかかったまま眠ってしまっている。体の横に乾きかけた手ぬぐい。ママは少年の前にしゃがみ込み、その手ぬぐいを拾う。ついでに少年の顔を見る。顔の腫れは少し引いているようだ。 「まったく無茶する子」 ママが少年を抱え上げた。部屋の隅に寝かし、そして布団を広げる。もう一度少年を抱え上げ、その布団に横たえた。 「手間のかかる子」 少しの間、少年を見つめる。何故か気になるその少年。店に流れてきたあのとき、なぜ、彼をここに住まわせようと思ったのか・・・それはママにも分からない。 (まさか、こんな子の事が好きだなんて) ママがしゃがみ込む。眠っている少年の額に軽くキスをした。 (あり得ないわね) 立ち上がって店に降りていった。 |