1.亮太と裕弥

僕が家を出るのとほぼ同時に、隣の家のドアも開いた。僕は立ち止まって、そのドアの方を見る。ドアの影から裕弥が顔を覗かせる。裕弥のお母さんの声がする。裕弥は後ろを振り向いて何か話しているようだ。そして、ドアから出て来る。すぐに大きなあくび。それを見て、僕もあくびをした。
家の門を出たところで裕弥と並ぶ。裕弥はまたあくびをしている。
「眠そうだね。ゲーム?」
裕弥は頷く。
「やりすぎ」
僕がそう言うと、裕弥はちらりと家の方を見て、そして言った。
「さっき母さんにも言われた」
そして、僕を見て言う。
「亮ちゃんも遅くまで起きてたでしょ?」
「うん」
「また動画?」
僕は黙って頷いた。

僕等の家は隣同士。そして、僕等の部屋は窓越しに向かい合っている。だから、お互いの部屋の電気が点いてると、ああ、まだ起きてるんだなってすぐ分かる。僕は昨日、ずっとパソコンで動画を見ていた。主に古いアニメ。お父さんの影響でけっこう古いアニメとかが好きだ。そして、裕弥はゲーム。僕が寝た時間もけっこう遅かったけど、裕弥の部屋の電気はまだ点いていた。

二人並んで一緒に学校に行く。同じ教室に入る。席は少し離れてるけど、僕等は授業中に何度も目を合わせる。僕等は仲が良い。そして、僕は裕弥が僕を、裕弥は僕が裕弥を好きだということを知っていた。

誰もいない放課後の理科実験室でキスを交わしたこと。それが僕と裕弥の唯一の経験だ。キスぐらい、どってことないって言われそうだけど、あの時、僕等はすごくどきどきした。あの日の夜は、裕弥とキスしたことを思い出しながらオナニーした。裕弥もそうしたって言っていた。僕等は一緒にオナニーもする仲だ。でも、直接裕弥のを見たことも触ったこともない。LINEで通話しながら一緒にするだけだ。
窓の反対側の壁にもたれて、勃起したちんこをしごく。顔を上げると正面に窓が見える。
(この窓の向こうで裕弥が今しごいてるんだな)
僕は自分の部屋の窓を見ながら思う。今、裕弥も同じように窓の向こうの壁にもたれてしごいている。そうLINEで伝えてきた。僕等は見つめ合いながらオナニーしてるんだ。裕弥がしているところを見てみたいと思う。裕弥のちんこを握ってしごきたいと思っている。でも、その勇気がない。キスは出来ても、一緒にオナニーしてても、窓を開ける勇気がない。僕にも、裕弥にもその勇気がなかった。



亮ちゃんの部屋に行くと、必ずパソコンでアニメの動画が流れている。亮ちゃんが家にいるときは、必ずパソコンが起動している。あいつはそういう動画サイトばっかり見ているけど、もちろん違うこともしている。亮ちゃんのパソコンを触らせてもらって、ブラウザの履歴を見る。なんとか掲示板とか、なんとかSNSとかが並んでいる。俺は亮ちゃんの顔を見る。
「いいよ」
亮ちゃんはいつものように言う。俺はその一つをクリックしてみる。とあるSNSが開いた。トップページには亮ちゃんの画像が貼ってあった。顔は隠れているけど、着ている服は亮ちゃんの服、そして背景はぼかしてあったけど、この部屋だ。
ネット上の友達らしき人の画像がいくつか並んでいる。
「誰かと会ってみたこと、ある?」
すると、亮ちゃんはそのSNSのメッセージ画面を開いた。いくつもやり取りした跡が残っている。適当にメッセージをクリックしてみた。
『今日はありがとう。きれいな身体で凄く興奮した。また会いたい』
とか書いてあった。
「この人とやったんだ」
「まあね」
「入れられるのって気持ちいいの?」
「気持ちいいときは気持ちいいかな。痛い時もあるけど」
俺と亮ちゃんの間にはタブーや隠し事はない。亮ちゃんはいろいろと経験している。それを俺に話してくれるから、俺もそれを知っている。
たぶん、亮ちゃんは誰かと何かしたら、それを全部俺に教えてくれている。俺がそういうことを聞いたら、ちゃんと答えてくれる。それは俺の事を好きだから、俺には隠さずに全部伝えてくれてるんだと思う。でも、俺にはキス以上の事は何もしない。俺と亮ちゃんにもいつかそういう時が来るんだろうな、とは思うんだけど、それは今じゃないらしい。
「裕弥はそういう事、まだしないの?」
こういう話をすると、亮ちゃんは必ずそう尋ねる。
「やってみたいとは思うけど・・・」
俺だってゲームばっかりしているわけじゃない。自分のパソコンで動画とか見ている。男の人同士のえっちぃ動画。それを見ているってことは、もちろん亮ちゃんも知っている。だって亮ちゃんに教えてもらった動画サイトなんだから。
「やってみればいいのに」
亮ちゃんは気軽に言う。そりゃ、亮ちゃんは気軽にしてるからそう言えるんだろうけど。
「亮ちゃんみたいに気楽にやれたらいいんだけどな」
俺はそういう話をしているだけで、ちんこが勃起する。それをズボンの上から撫でる。亮ちゃんは俺が勃起している事を分かっている。
「やっちゃえばいいのに」
そして、亮ちゃんは俺の性欲が強いことも知っている。1日に何度もオナニーしたりしていることももちろん知っている。
「誰か紹介してあげようか?」
これもいつものパターンだ。
「いいよ。いつか自分で見つけるから」
そう答えるのもいつものパターンだ。
「言ってくれたらいつでも紹介するからね」
亮ちゃんは決して無理強いはしない。それもきっと、俺のことが好きだからだ。



僕は何度も経験している。はっきり言えば、数え切れないくらいだ。
裕弥にも経験してほしいって思ってる。あのドキドキと気持ち良さ、そういうのを経験したら、きっと僕達がそういうことをするきっかけになるんじゃないかって思ってる。裕弥のちんこ、僕の部屋でそういう話をしていると、いつも勃起しているちんこを直接見てみたい、直接触りたいと思う。でも、それは僕に取っての宝物だ。いつも僕がしているような人のとは違う、僕がこの世で一番大切にしたいものだ。だから、僕はそれに触れるのが怖かった。きっと裕弥も同じように思ってる筈だ。だから、勃起させててもそれ以上のことは言わない。僕等はお互いの事が、触れるのが怖いくらいに好き合ってるんだ。



学校の教室では俺は目立たない。教室で目立っているのは亮ちゃんだ。亮ちゃんは頭が良い。それに真面目だ。学級委員もしているし、先生にも気に入られていると思う。そんな亮ちゃんは女子にも人気だ。バレンタインでチョコをもらっているのを見たこともある。でも、運動は俺の方が得意だ。俺はサッカーでも野球でもクラスでは一番上手い。亮ちゃんも下手ではないけど、俺には勝てない。スポーツ大会とかでは亮ちゃんより俺の方が目立ってる。だから、バレンタインには俺もやっぱり女子にチョコをもらったりもする。でも、俺が本当に欲しいのは亮ちゃんのチョコだ。それは亮ちゃんも同じ。だから、バレンタインデーは学校が終わってから、俺はもらったチョコを持って亮ちゃんの家に行く。亮ちゃんの家で、二人でお互いがもらったチョコを見せ合って、その場で食べたりする。そして、二人でチョコの交換をする。もちろん、亮ちゃんに渡すのは、俺が自分で作った手作りの本命チョコだ。そして、亮ちゃんは、少しはにかみながら、有名なお店のチョコを俺に手渡す。俺はそのチョコを大切に持って帰る。他のチョコは2、3日で食べちゃうけど、亮ちゃんにもらったチョコは、亮ちゃんの気持ちを感じながら、大切に少しずつ食べる。
たぶん、他の人が見たら、すっごくまどろっこしい関係なんだろう。でも、考えてみたら、もし、俺が女の子が好きで、女の子と付き合ってたら、たぶんこんな感じなんじゃないかと思う。相手の事が大好きで、大切で、キスはしてもそれ以上はなかなか進めない、みたいな感じ。だから、別に俺は慌てない。亮ちゃんが俺のことを好きでいてくれるのを知っているから。



そんなある日、亮ちゃんの部屋のパソコンでネット動画を漁っていた俺は、ある動画を見つけた。俺等とそんなに年が変わらない奴が、大人の人とセックスしている動画だ。
「亮ちゃん、これ、見たことある?」
俺は亮ちゃんに聞いてみた。
「あるよ」
あっさりと答えた。
「ふうん」
俺はその動画を全画面で再生する。亮ちゃんが俺の隣に来た。椅子から少しお尻をずらして、亮ちゃんが座れるようにした。亮ちゃんはすっとそこに座る。二人で一緒に動画を見る。
動画の中で、そいつは大人のちんこをしゃぶっていた。全裸のまま、自分のを勃起させながらしゃぶっている。
「亮ちゃんもこんな感じでしゃぶるの?」
「うん」
聞かなくても知っている。亮ちゃんが男の人とどんなセックスするのかは、これまでにも何度も聞いたことがある。でも、実際に動画を・・・亮ちゃんじゃないけど・・・その行為を見ながら話を聞くと、いつも以上にどきどきする。画面の中で、そいつは仰向けになり、男がそいつの足を持ち上げた。
「そろそろ入れるよ」
亮ちゃんが解説してくれる。男がそいつのお尻にローションを垂らす。そして、勃起した太いちんこをゆっくりと差し込んでいく。
「どんな感じする?」
「う〜ん、なんか入ってくる感じ」
「当たり前じゃん、入れられてるんだから」
半分ふざけた、でも半分は真面目に話をしながら動画を見続ける。画面の中のそいつは口を少し開いて、微かに喘ぎ声を上げる。
「気持ちいいんだ」
亮ちゃんは頷いた。
「痛いときもあるけど、気持ちいいって思う時もあるよ」
俺は唾を飲み込んだ。きっとその音は亮ちゃんにも聞こえただろう。勃起したちんこをズボンの上から撫でる。ちらっと亮ちゃんが俺の股間を見る。
「興奮してる?」
「めっちゃしてる」
男が腰を打ち付けている。そいつは目を閉じて気持ち良さそうな喘ぎ声を出している。
「亮ちゃんもこんな風に声出してるの?」
「たぶん」
目の前の動画の中の顔が亮ちゃんになっている。亮ちゃんが気持ち良さそうな顔をする。亮ちゃんが気持ち良さそうな喘ぎ声をあげる。少し呼吸が荒くなる。
「なに想像してんだよ」
亮ちゃんには俺の心の中が丸見えみたいだ。
「亮ちゃんが気持ち良さそうに喘いでるとこ」
亮ちゃんが身体を密着させてきた。亮ちゃんの息も心なしか早くなってる気がした。
「こんなに気持ちいいのなら・・・やってみたいかもね」
画面を見つめたまま言った。
「分かった」
亮ちゃんはそう短く答えた。そして、画面の中のセックスが終わるまで、俺等は無言で見続けた。



裕弥がやってみたいなんて言うのは滅多にない。こういうときは間髪を入れずにがんがん進める方が良いだろうと思う。だから、僕は僕が相手を見つけるのに使っているSNSを開いた。友達リストを開いて、したことがある人を拾っていく。そして、その中で裕弥の初体験の相手として紹介しても大丈夫そうな人を3人に絞り込んだ。
「この人達とはしたことあるの?」
「うん」
みんなどっちかというと優しい人だ。ちんこもそんなに大きくないし、それなりにセックスが上手いと思える人だ。
「亮ちゃんとした人かぁ・・・」
裕弥が少し考え込んだ。
「俺、やっぱり自分で探してみる」
裕弥が言った。僕は別に反対はしない。
「亮ちゃんが最初の相手なら良かったんだけど」
そう言う裕弥も、僕とセックスはあまりしたがらない。お互い怖いんだ。裕弥がもし男同士のセックスを体験して、それを嫌だと感じたら・・・なんて思うと、僕は裕弥としたいなんて言えない。裕弥だって同じだ。だから、お互い他の人で慣れてから、そうなる方が良いんだってずっと思っている。裕弥はやっとその一歩を踏み出してくれようとしているんだ。



亮ちゃんからネットの掲示板の探し方を教えてもらって、俺は自分で相手を見つけるための、そういう掲示板を検索してみた。思いのほか、いろいろとネットには転がっている。その中の一つに書き込んでみた。文面は亮ちゃんと一緒に考えた文面だ。少し怖くなって、パソコンを閉じた。でも、特に何も起きなかった・・・その日は。

翌日、パソコンにメールが届いていた。亮ちゃんに教えられて作った捨てアドレス、それは、あの掲示板に書き込むのに使ったメアドだった。
(来たっ)
ドキドキしながら、でも少し不安を感じながら、メールを開いてみる。
「掲示板見た」
そんなタイトルだ。やっぱり、あの掲示板を見た人からだ。取りあえず、メールが来たってことを、亮ちゃんに報告した。
『どんな内容?』
亮ちゃんがLINEで聞いてきた。俺はそれを伝えようとした。でも、それって、自分で探すって言っておきながら、結局亮ちゃんに相手を選んでもらうみたいになるんじゃないかな。
『秘密だよ』
俺は文面を伝えるのをやめた。

正直、少し怖じ気づいていた。やっぱり会ってすることが前提みたいなメールだ。まぁ、掲示板にもそういうことを書き込んだわけだから仕方がないし、そもそもそういうことをしてみたいって思ったから掲示板に書いたわけで。1日だけ、待ってみようと思った。もしその間に他の人からメールが来なかったら、そして、その間に俺がやっぱりやめようって思わなかったら、その人に返信しよう。その人と会って、しよう。そう心に決めた。

次の日、学校が終わるまで待っても、他の人からメールは来なかった。亮ちゃんはメールの内容を知りたがってる。でも、俺は教えない。家に帰ってすぐ、本当に怖じ気づいてしまう前に、その人に返信した。初めてだけど、会って、してほしいって。

本当の事を言えば、それなりに怖じ気づいていた。でも、亮ちゃんに自分で探すって言っちゃったし、メールが来たってのも言っちゃったから、ここでやめるのは少し恥ずかしい。そんな、見栄というか体裁というか、そういう気持ちが俺の背中を押していたと思う。すぐにその人からメールが来た。
『いつなら会える?』
次の土曜日って書いて送ってみた。またすぐにメールが来る。そうこうしている間に、今度の土曜日、電車で3つ目の駅のロータリーで、1時に会うことになった。



裕弥が男の人とセックスする気になったのは嬉しいと思う。でも、なんとなく、少し残念な気もする。裕弥に出来て僕に出来ないことはたくさんあるけど、僕に出来て裕弥に出来ないことはあまりない。男の人とのセックスはその一つだった。その貴重な一つが減ってしまうのが少し残念だ。それに、最近は何度か会ったことがある人とはしてるけど、初めての人とはしていない。裕弥がその人との待ち合わせの時に感じるあのドキドキと緊張、ずいぶん長い間、僕は感じていない。
(僕も、誰か知らない人と会ってみようかな)
対抗心というわけじゃない・・・と思う。でも、久しぶりにそんな気持ちになったのは、やっぱりそういうところがあるのかもしれない。

裕弥が掲示板に書いた文面は、僕等で一緒に考えた。だから、どんな事を書いたか大体分かってた。それっぽいキーワードで検索してみたら、裕弥が書き込んだ掲示板はすぐに見つかった。その掲示板に僕も書き込んだ。裕弥が見たら、僕だって分かるかもしれない。裕弥と同じところで同じように相手の人を探して、そして同じようにどきどきして緊張しながら出会って、そしてセックスする。なんだか少しワクワクした。
すぐにメールが来た。何度かやり取りする。そして、今度の土曜日、隣の駅で12時に待ち合わせることになった。

隣の駅で12時待ち合わせだったので、近くの駅に11時50分前くらいに着くように家を出た。50分の少し前に切符売り場に行って、切符を買って改札を入る。僕の行く方向は下りの方向だ。ホームに上がるとすぐに電車が入ってきた。それに乗り込む。車内は結構空席もあったけど、どうせ隣の駅で降りるんだから、僕はドアの前で立っていた。ドアが閉まる。少しどきどきしてくる。電車が動き出す。ちょうど反対側のホームから上り方面行きの電車も発車する。ぼんやりとそれを見送る。
(この感覚、久しぶりだな)
そして、今日、裕弥も初めて男の人と会ってする筈だ。もう会ってるのかな、まだなのかな・・・そんな事を考えている間に、電車は隣の駅のホームに到着した。



待ち合わせは1時。3つ先の駅だから、20分くらいかかるのかな。でも、相手の人を待たせちゃ悪いし、少し早めに行くことにした。確か、その駅ビルには大きな本屋さんもあったから、早く着いても時間は潰せる筈だ。
12時くらいに家を出たら充分だと思ってたけど、なんだかそわそわする。出掛ける準備が出来たのは、11時半前だった。
(あぁ、緊張する)
そんな時間からもう緊張していた。家にいても落ちつかない。漫画を読もうとしても、内容が頭に入ってこない。結局、11時40分くらいには家を出た。電車に乗ったのが12時ちょっと前。待ち合わせの駅には40分も早く到着した。
なんだか緊張しすぎてお腹が痛い様な気がする。駅ビルのトイレに入る。そこで少し時間を潰す。本屋さんをうろうろするけど、時間ばかりが気になる。12時40分には本屋を出て、駅前のロータリーが見渡せる場所に立っていた。
心臓が口から飛び出しそうなほど、どきどきしていた。
 


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