I wish
〜祈望〜

き-ぼう 【祈望】 祈り願うこと

犬のアグリがベッドにもたれかかっている龍聖の顔をペロペロと舐めていた。
(さっき精液かけられたの、アグリにはバレてるかもなぁ)
龍聖はそのパグ犬をベッドから下ろし、膝に抱きかかえた。
「ねえ、どうしたらいいと思う?」
アグリは荒い息をしながら、大きな目で龍聖を見つめるだけだった。



「先生、動かないでよ」
少年はそう言って、ベッドに全裸で横たわる男の上にまたがった。男の勃起したペニスに手を添えると、その上にゆっくりと腰を下ろす。男のペニスの先端が、少年のアナルに触れる。そのまま、少年は体を沈める。
「うっ」
少年は額にしわを寄せる。
「大丈夫か?」
男が少年の下から声をかける。
「大丈夫」
少年が答える。そのまま、ゆっくりと股間の上に腰を下ろす。
「入った」
「入ったな」
少年はゆっくりと腰を浮かし、また下ろす。
「いっぱいいっぱいだよ。先生の、太いから」
体をゆっくり動かしながら、少年は言った。
「もう慣れてるだろ、吉田は」
「慣れないよ、こんな太いの」
吉田と呼ばれた少年が答えた。
「動くぞ」
男が腰を突き上げた。
「いっつっ」
少年は腰を浮かせた。

少年の名は吉田龍聖。そして、少年を貫いている男は、龍聖の担任の教師だ。彼らは中学校の先生と生徒の関係であり、男と男の関係を1年近く続けていた。

「動かないでって言ったのに」
龍聖は、先生の腹の上に腕を突いて、体を上下させる。少しずつ、少年の動きが速くなる。
「ん・・・」
龍聖は片手で自分のペニスを握る。それをしごきながら、先生の上で体を揺らした。
先生が下から突き上げても、もう痛いとは言わなかった。
「うぅ・・・」
そのまま体を上下させる。そんな行為の最中、龍聖が先生に言った。
「ね、先生」
「ん?」
「毅の妹のこと、知ってるでしょ?」
「毅・・・中尾か?」
「うん」
こんな会話をしながらも、二人の体は動いたままだ。
「確か、交通事故にあって入院してるんだったな」
「そう」
先生が下から突き上げる。
「あっ」
龍聖の体が少し前につんのめる。先生は、そのまま龍聖の首の後ろに手を回し、頭を引き寄せる。
「でね、先生」
先生がキスしようする。
「まだ意識戻ってないんだ、知ちゃん」
先生の口に掌を当てて、キスを制して話を続ける。
「ああ、知ちゃんって、毅の妹ね」
龍聖が体を起こし、先生のペニスを再度根本まで迎え入れた。
「そうか。中尾、元気ないもんな」
「うん・・・毎日病院に行ってるんだって」
今度は先生が上半身を起こす。龍聖の背中に腕を回し、あぐらをかく。
「なんか、辛そうなんだ、あいつ」
「お父さんはいないんだったよな」
先生が体を揺らしながら言った。
「うん」
「吉田は中尾と仲が良いもんな」

話題に上がっている少年、中尾毅は龍聖と幼なじみだった。家が近く、母親同士も仲良かったこともあって、小さい頃から自然と仲良くなっていた。もちろん、お互いの家の事情もよく知っている。中尾の父親はまだ毅が小さいころ、妹の知世が生まれてすぐに亡くなっていた。それ以来、毅と知世は母親に女手一つで育てられてきた。
毅の母親は小さなアパレル会社を経営していた。決して裕福ではないが、それになりの収入があった。そのおかげで、毅たち兄妹は特に不自由なく生活することができたが、今、妹が入院して、初めて「片親」であることを実感していた。小さな会社でもあり、経営者である母親にはほとんど自分の時間を取ることができなかった。知世の付き添いにしてもそうだ。母親が病院に来られるのは夜遅く、ほんの数十分程度。従って、毎日の付き添いは兄である毅の役割になっていた。

「何かしてあげたいんだけど」
先生に抱きしめられながら、龍聖が言う。
「何ができる?」
(そこなんだよな、問題は)
龍聖は、ここ数日間、ずっと自問自答していた。幼なじみで親友でもある毅の力になりたい。でも、自分には何ができるのか。
先生が龍聖を四つん這いにさせる。そして、ぽっかり開いた龍聖のアナルに後ろから挿入した。
「うぅ」
奥まで挿入すると、腰を動かす。
「なんでそう思うんだ?」
龍聖の背中から先生が尋ねる。
「何かできないかなぁって」
龍聖はベッドに顔を押し付けながら言った。
「いや、そうじゃなくてさ・・・何で吉田は何かしてやりたいって思ったんだ?」
「だって・・・辛そうだし」
「辛いって、何が?」
先生の動きが速くなる。龍聖の体が前後に揺れる。
「ひ、一人だから」
「一人?」
「うん、あいつ一人だから」
先生が腰を龍聖の尻に打ち付ける。
「いきそうだ」
「うん」
しばらくは先生の腰が龍聖の尻に打ち付けられる音だけが響いた。急に先生が龍聖のアナルからペニスを引き抜き、龍聖の顔ににじり寄る。
「いくぞ」
龍聖は目を瞑る。その顔面に、先生が精液をぶっかける。
「うぅぅ」
龍聖がうなる。先生はわざとしばらくそのままにする。
「口開けて」
龍聖が口を開くと、その中に精液が流れ込む。先生が射精したばかりのペニスを咥えさせる。龍聖はそれを吸い、そして舌で舐め回す。
「もう、早く拭いてよ」
一通り先生のペニスを口で掃除すると、龍聖はすねたように言った。
「吉田はそのままでいいんじゃないか?」
先生の冗談に龍聖は怒って、精液まみれの顔を先生の腹に押し付けた。
「おい、べたべたになるだろ」
「僕はもうべたべただよ。気持ち悪い」
ようやく先生がタオルでまず龍聖の顔を、そして自分の腹を拭って、ベッドに横になった。
「さっきの続きだけど・・・一人だからって?」
先生が龍聖に尋ねる。
「一人だから、不安だったりするだろうし、そういうの誰にも相談できないだろうし・・・辛いんじゃないかなって」
先生は半身になって龍聖の顔を見る。キスをしようとすると、龍聖が寝返りを打って背を向けた。
「吉田はどうなんだ?」
「え、僕?」
「お前は一人で不安になったり辛くなったりしたら、どうするんだ?」
「僕は・・・」
先生が背中から龍聖を抱きしめた。龍聖はその腕に手を添える。
「僕は、先生がいるから」
「俺?」
「うん。先生に抱きしめられたら、その・・・」
龍聖は少し考えてから言った。
「ほっとする」
先生は、龍聖を抱きしめている腕に力を込めた。
「うん、こんな感じ」
「だったら、今、中尾にもそういうのが必要なんじゃないか?」
「そういうのって?」
龍聖は先生の腕の中で体の向きを変え、先生と向かい合った。
「毅とエッチしろってこと?」
先生は笑った。
「まあ、自分で考えろ」
そして、二人はシャワーを浴びに行く。
彼らの住む街から電車で約1時間のこの街のホテルで、彼ら二人だけの秘密の時間が過ぎていった。



学校での二人は、あのホテルでの様子とは全く異なり、ある意味よそよそしかった。担任教師とその生徒としての最低限の会話、それ以外は顔を合わせても笑顔すらない。龍聖にとって、学校では先生よりも中尾毅のことが気がかりだった。妹の知世が交通事故にあったのが9月末。それからもう3ヶ月近く経とうとしていた。ずっとほとんど一人で面倒を見てきた毅。龍聖の目から見ると、ずいぶんとやつれて見えた。それは外見だけのことではなく、毅の内面を見ていたのかもしれない。もっとも、ほかの生徒たちは妹の交通事故さえ知らないのだから、そんな毅の様子に気が付いている者はいなかった。
10月の龍聖の誕生日でさえも、毅からは一言もなかった。これまで、龍聖が覚えている限りではそんなことは一度もなかった。しかし、事情を知っている龍聖は、そのことを毅には言わなかった。それどころではないということは、龍聖もよく分かっている。
「ごめん、忘れてて」
後日、知世のお見舞いに行ったとき、毅がすまなさそうに言った。
「いいよ、分かってるから」
疲れたような顔をして言う毅を見て、龍聖はなんとかしてあげたいと思った。



「ねえ、アグリ」
龍聖は膝の上の犬に声をかけた。アグリは鼻を鳴らしながら、龍聖を見上げている。
「お前はどう思う?」
龍聖は、自分の部屋で愛犬のアグリに話しかけてみるが、当然アグリは何も言わない。ただ、大きな目で龍聖を見つめるだけだ。
「どうすりゃいいのかなぁ」
龍聖は、ベッドの上にごろんと寝転がって、アグリを体の上に持ち上げた。吉田家で龍聖が物心付いた頃から飼われているこの犬、パグのアグリは、人間で言えばけっこう老齢になる。その上少し太り気味で、最近はなにをするにものろのろした感じだった。そんな様子とその風貌は龍聖におじいちゃんを思い起こさせ、なにかあるとまるで祖父に相談するかのようにアグリに話してみることが多かった。
(もし、アグリが病気になったりしたら・・・)
想像してみる。が、あまりリアルには考えられなかった。アグリを脇に下ろし、目を瞑る。
(もしアグリが死にそうで・・・自分一人だけで誰にも相談できなかったら・・・)
「やっぱり、辛いよね、心が」
手を上に伸ばし、さっきのアグリの重さを思い出してみる。そして、もう一度アグリを抱き上げる。そのしっかりとした重さ。その感じ。
(思ってるだけじゃだめだよね。やっぱり)
何かしないと。そう龍聖は思った。
そのうち、アグリが傍らでいびきをかき始めた。
(いいよなぁ、お前は)
そう言いながら、龍聖も少しうとうとした。



「ねえ先生」
「ん?」
龍聖は、先ほどまで先生の太いペニスで満たされていたアナルから、熱い精液が垂れて行くのを感じていた。
「アグリ、僕等のこと気が付いてるかも」
先生は体を起こして龍聖の顔を見た。真剣な表情だった。
「アグリって、誰だよ?」
その真剣な表情に、龍聖は少し笑ってしまう。
「犬だよ。僕の家で飼ってるパグのこと」
「犬? なんだよ、びっくりさせるなよ」
先生はベッドに倒れ込んだ。当然ながら、龍聖と先生の関係は二人以外誰も知らない。
「こないだ先生、僕の顔にぶっかけたでしょ?」
「そうだっけ?」
「そうだよ」
龍聖は少し唇をとがらせた。
「あの後、家に帰ったら、アグリが僕の顔をずっと舐めるんだ」
「犬なら顔舐めるの普通だろ?」
「アグリ、あんまり舐めないんだよ」
龍聖は体を起こして先生の顔をまっすぐ見下ろす。そして、少し笑う。
「アグリに気付かれてるかもね」
「犬に気付かれても、どってことないよ」
「じゃ、今度アグリ連れてこようかな」
もちろん冗談だ。そんなつもりはないことは先生も分かっていた。
「見られたいのか? お前、そういうの好きだもんな」
龍聖は先生の上にまたがった。
「教え子の顔にぶっかけるような変態教師に言われたくないね」
先生が龍聖の尻をつかんで左右に開く。そのまま、再度勃起したペニスをアナルに押し付けた。
「じゃ、中出ししてやる」
「ちょっと待ってよ」
龍聖はあわてて先生の体の上から逃げる。先生はにやりと笑う。
「ローションどこ?」
龍聖は床に落ちていたローションを拾い上げ、先生の上にまたがった。
やがて、龍聖のアナルが再び太いペニスで満たされた。



龍聖が家に帰ると、二階の龍聖の部屋のベッドでアグリが眠っていた。人間で言うと大の字のような、およそ犬らしくない寝相だ。
「お前、知ってるの? 僕たちのこと」
そんなアグリの腹を撫でながら龍聖がささやく。
「そんな訳ないよな」
しばらく腹を撫で続ける。アグリは全く動かない。
「龍聖、ご飯よ」
階下から母親の声がした。
「アグリ寝てるよ」
龍聖はドアのところまで行って、叫び返した。
「アグリも連れてきて」
「はーい」
龍聖はそう返事をして、アグリを揺り動かした。が、アグリは目を閉じたままだ。
「ほら、アグリ。ご飯だよ」
もう一度体を揺さぶってみた。しかし・・・
「お、お母さん!! アグリが変!!」
そう叫ぶと、龍聖はアグリを抱きかかえて階段を駆け下りた。

アグリは人間でいうとかなりの年であったため、場合によっては覚悟も、とは思っていたが、いざそうなると落ち着いていられるものではない。母親はすぐにかかりつけの獣医に電話したが、あいにく往診中でしばらく時間がかかるということだった。
「アグリぃ」
物心付いた時から一緒に育った龍聖にとって、アグリは特別な存在だ。別の動物病院に電話をする母親のすぐ傍らで、動かないアグリを抱きかかえ、ずっとその体をさすっている。
「死なないで、アグリ・・・アグリぃ!」
龍聖の体が熱くなっていた。アグリを思う気持ちが体に影響したのかもしれない。あるいは、自分の体もおかしくなっているのかも知れない。頭の片隅でかすかにそう思いながらも龍聖はアグリを離さない。そして、同時に毅のことも頭をよぎった。
(妹なんだから、もっと辛いよな)
そんな冷静だった訳じゃない。いろいろなことが頭を駆け巡った。
と、アグリが腕の中でもぞもぞと体を動かした。
「アグリ?」
アグリは龍聖の腕から逃れ出て、リビングにある自分のフードボウルに向かうと、いつも通りに頭を突っ込んで餌を食べ始めた。
「アグリ? 大丈夫なの?」
アグリはちらりと龍聖を見たが、すぐにまたフードボウルに頭を突っ込む。その食べっぷりはいつもと特に変わりなかった。
やがて、かかりつけの獣医が吉田家に到着した。診察してもらったが、特に異常はないとのことだった。

その夜、龍聖は夢を見た。アグリが死ぬ夢。泣きじゃくる龍聖。そして、先生が抱きしめてくれる。そんな夢だった。龍聖は、夢の中でそれが夢だと理解していた。でも、妙に生々しい夢だった。



「ねえ、先生」
先生が、龍聖のペニスから顔を上げた。
「ん?」
「この前の話なんだけどさ」
「この前・・・中尾のことか?」
「うん」
先生は立ち上がると、全裸のままベッドに腰掛けた。ベッドに横になっていた龍聖も、先生の横で体を起こす。
「僕でも大丈夫かなぁ」
「何が?」
「だからさ・・・抱きしめるの」
前に先生に相談してから、龍聖はいろいろと考えてみた。
(なんで僕は先生に抱かれるとほっとするんだろう?)
先生の体が暖かいから。先生の腕が力強いから。先生が好きだから。
いろいろ理由はあると思う。じゃ、僕が毅を安心させてあげるには、どうしたらいいんだろう。エッチするってことじゃないのは分かっていた。先生と二人でいると、エッチしなくてもほっと出来る。じゃ、僕に出来るのは・・・
「僕が抱きしめてあげたら、毅に少しは安心してもらえるかなぁ」
先生は立ち上がり、龍聖の背後に回った。そのまま龍聖を抱きしめる。
「吉田が下心なしで抱きしめてあげられればいいんじゃないかな」
龍聖は首をねじって先生の方を見る。
「下心なんて・・・」
少し不満そうに言ったが、龍聖の心には小さな波紋が広がった。
(ない、とは言い切れないかも)
「ゼロって訳じゃないだろ?」
龍聖の心を読んだかのように先生が言う。
(毅に下心・・・)
今まで考えたこともなかった、と言えば嘘になる。例えば毅のことを想像しながらオナニーしたことだってある。でも、先生に対する気持ちみたいなものはない。こないだまでは。
龍聖が毅のために何が出来るか考える中で、実は気が付いていた。本当は毅のことを単なる友達や親友以上に思ってるってことに。いつからそういう気持ちになったのかはわからない。気が付いたら・・・気になる存在になり、そしていつの間にか好きになっていた。ただ、好きであることと、下心という言葉が龍聖の中では繋がらなかった。
「そんな気持ちじゃないよ・・・たぶん」
先生は龍聖の体の向きを変えさせると、その頭を自らの股間に導いた。
「じゃ、そっちの気持ちは俺が引き受けてやる」
「つまり、僕と先生は単なるセックスの相手ってこと?」
先生の股間に顔を埋め、上目遣いに見上げた。
「それはお前次第かな」
「どういうこと?」
先生は龍聖の頭を股間に押し付ける。
「俺はお前が好き。あとはお前次第ってこと」
先生の太いペニスが龍聖の口を封じる。
(僕は・・・)
先生のペニスを咥えながら龍聖は思った。
(先生も好き)
やがて、龍聖の口は先生の精液で満たされた。龍聖はそれを飲み下した。
「まっず」
何度飲んでも不味いと思った。その臭いを口の中に感じながら、龍聖は思った。
「こういう関係は先生だけでいいかな」
思ったことをそのまま口に出した。
「中尾とはプラトニックって訳だ」
「プラトニックって?」
「体の関係よりも精神的な関係って感じ」
「うん、そうかな」
そして、先生のペニスを握る。
「これもこれだけでいいし」
射精したばかりのペニスが、龍聖の手の中で再び固さを増していく。先生が仰向けになると、龍聖はその上にまたがった。



クリスマスイブの日、龍聖は小さなクリスマスケーキを買った。しかし、龍聖の家では今年はクリスマスのお祝いのようなことはしない、ということに決めていた。
龍聖の母親と毅の母親、そして龍聖と毅はそれぞれ親友という間柄であり、知世がまだ意識を失ったままの現状でそのようなことはしたくない、と家族で話し合って決めていたのだ。その分、毅の妹が回復したときに、盛大にみんなでお祝いしようと。
でも、龍聖は何かしたかった。今はまだ明るい話題のない病室で、少しでも希望が感じられるなにかを。だから、龍聖は知世のためにその小さなケーキを買った。
病室は、いつもの通り、毅と知世の二人きりだった。眠ったままの妹の傍らで、毅が一人なにをするでもなくパイプ椅子に座っていた。龍聖は病室に入ると、少し控えめな声で二人に呼びかけた。
「メリー・クリスマス」
毅がぱっと振り向いた。龍聖はベッドの向こう側に回り、手にしていたケーキの包みを知世の枕元にある小さなデスクに置いた。
「クリスマス、しないって言わなかった?」
毅は少し明るい声で言う。
「まあ、そうなんだけどさ」
知世の顔をのぞき込みながら言った。
「知ちゃん、ケーキとかあったらきっと食べたくなって目を覚ますかなって思ってさ」
そして、知世に語りかける。
「ほら、もうクリスマスだよ。ケーキもあるし、そろそろ目を覚まそうよ」
しかし、相変わらず眠ったままだ。
「それほど食いしん坊じゃなかったっけ」
すると、毅が少し笑った。
「ありがと」
龍聖は毅の横に立った。しばらくそのまま二人を見ていたが、やがて小さな声で言った。
「大丈夫?」
「なにが?」
毅も小さな声で言う。しばらく無言で毅の横顔を見つめる。
「こっち向いて」
毅が龍聖の方に向き直った。龍聖は椅子に座ったままの毅の頭を抱き寄せた。
「なにすんだよ」
抗うわけじゃない。でも、小さな声で少し抗議する。
「いいから、何も言うな」
龍聖は腕に力を込める。そのまま、二人とも数分間動かなかった。
やがて、毅が腕をゆっくりと龍聖の腰のあたりに回した。その腕に力が入り、毅が龍聖のお腹に顔を押し付けてきた。
「・・・こわい」
毅がそう小さく言った。
「分ってる」
龍聖はそのまま毅を抱きしめた。
「僕もいるから」
毅の頭がこくっと動いた。
「お前の不安、少しくらいは僕にも受け止められると思うから」
何分くらいそうしていただろう、やがて毅はそのままの姿勢で寝息を立て始めた。
(不安で毎日眠れなかったんだろうな)
龍聖はそんな毅の頭を軽く撫でる。ゆっくりと毅の腕が垂れ下がっていく。
(お前、がんばりすぎだよ)
龍聖は、毅を起こさないようにそっと上半身をベッドにうつぶせにさせる。妹の横で疲れて眠っている毅は、いつもより小さく見えた。
(僕に奇跡を起こせる力があったらな)
毅の頭をもう一度撫でた。そして、ベッドの反対側に回って知世に話しかける。
「毅、毎日心配してるよ。僕も心配だ。みんな心配してる」
毅が少し動く。目を覚ましたかと思ったが、またそのまま動かなくなる。
「みんな待ってるから、早く目を覚まして」
龍聖は自分の体が熱くなってくるのを感じた。その体温を伝えるかのように、知世の額に軽く手を当てた。
(必ず良くなるから。みんな信じてるから)
その手を額に当てたまま、心の中で祈り、願った。
(知ちゃん、目を覚まして)
クリスマスに奇跡が起きることを少し期待したけど、もちろん、目を覚ますようなことはない。そんなドラマみたいなことは実際には起きないものだ。龍聖はベッドから一歩離れようとした。その時、めまいを感じた。一歩さがるつもりが2,3歩あとずさり、壁に体が当たった。壁にもたれるようにして、ようやく体を立て直す。
(僕も疲れてるのかな)
そのまま壁にもたれて少し二人の様子を見る。やっぱり何も起きない。
(まあ、そうだよな)
龍聖は眠っている毅を起こさないように、なにも言わずに病室を出た。
病院の受付に戻る途中で、龍聖は仕事を早く切り上げてきた毅の母親に出会った。毅の母親も、さすがにクリスマスイブの夜くらいは二人と一緒に過ごすことにしたようだ。
龍聖は軽く挨拶して、病院を出た。


その日の夜、龍聖の家では特にクリスマスらしいことはしなかった。龍聖はいつもより早く、9時前にはベッドに入っていた。なぜかとても眠かった。そんな龍聖のベッドの下では、いつもの通りアグリがいびきをかいていた。
龍聖が寝入ってしばらくした後、龍聖のスマホに着信があった。しかし、龍聖は眠ったまま目を覚まさない。それに気が付いたのは、翌朝になってからだった。

翌日、龍聖はまた病室に来ていた。毅もいる。龍聖の母親もいた。
毅の話では、昨夜9時頃、つまり龍聖が帰った3時間後、知世が目を覚ましたらしい。
「今はお母さんと一緒に検査に行ってます」
毅が龍聖とその母親にそう説明した。
「クリスマスの日って、そういうことがあるのね」
龍聖の母親が言った。みんな顔が明るかった。毅も嬉しそうだった。
そんな毅の顔が、龍聖には嬉しかった。



その後、知世の検査結果も問題なく、お正月までには退院できることが確実になった。それまでの数日間、毅はもちろん、龍聖も毎日病院に通った。そして、その日の午後には退院という日の午前中、毅は龍聖を病院の屋上に連れ出した。
「あの、さ・・・」
二人で並んで病院の屋上の手すりを握って街の景色を見ながら、少し言い難そうに毅が切り出した。
「なに?」
「あの、クリスマスイブの日・・・ありがとう」
「あんな小さいケーキでごめん」
「いや、ケーキじゃなくて・・・」
毅が少し顔を伏せて、小さな声で言った。
「抱きしめてくれたろ?」
「ああ・・・あれ」
今度は龍聖が顔を伏せる。二人とも、思い出すのが少し恥ずかしかった。
「あれがなかったら・・・俺、潰れてたかも」
「そんなことないよ」
「お、俺、さ・・・」
毅の声がますます小さくなる。
「いいよ、なにも言わなくても」
「でも・・・俺・・・」
突然、龍聖ががばっと毅に抱き付いた。
「な、なにすんだよ」
反射的に毅は龍聖の手から逃れようとする。しかし、龍聖はぎゅっと抱きしめたままだ。
「いいお兄ちゃんしてたご褒美だよ」
「う、うるせー」
毅は抗うことをやめた。そして、あのときのように龍聖の背中に腕を回した。
「ありがとう」
「寝るなよ」
「うるせー」
抱き合ったまま、ゆっくりと二人だけの時間が過ぎていった。



それからしばらく経ったある日、龍聖は毅に1枚の絵を見せられた。
「意識がないときに見た夢に出てきたんだって」
知世が描いた絵、そこには一人の天使がいた。
「やっぱ俺、たぶんお前に感謝しないとな」
その龍聖に似た天使が知世の額にかざす掌からは、暖かい光が溢れていた。

<I wish 〜祈望〜 完>
 


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