闇。
遠くに小さな点がぽつんと見える。
その点が少しずつ近づいて来る。それはやがて光の玉となってゆっくりと顔の前を漂い、そして頭の方に流れていく。額にほのかな暖かさを感じる。目の前が白く輝いた。
頭の中で声がした。
(目を覚まして)
聞き覚えのある声。優しい声。
ゆっくりと光は消えていく。
やがて、また闇に閉ざされる。でも、前のような闇じゃない。その闇は目を開けば消し去ることができる闇だ。
知世は目を開いた。
知世の意識が戻ったのは、俺とお母さんが病室にいるときだった。
大抵、お母さんが病室に来るのは俺が帰ってから、ちょっと遅めの時間だから、3人がそろっていたのは結構珍しいことだった。しかもその日はクリスマスイブ。そんなタイミングで妹は目を覚ました。
その時は正直慌てた。早く目を覚まして欲しいって思ってたけど、まさかあのタイミングでとは思ってなかったから、ナースコールしてその後何をどうしたのか全然覚えていない。ただ、龍聖には電話した。なんとなく龍聖には真っ先に知らせたいって思った。でも、あいつは電話に出なかった。龍聖のお母さんに電話しようと思ったけど、ちょうどその時に先生が来て、妹の状態の確認やら何やらいろいろと始まったので、それも忘れてしまった。結局、ばたばたしてたのが少し落ち着いたのが、もう電話するにはちょっと気が引けるような時間だったから、翌朝また連絡してみようってことになった。
翌朝、先に龍聖から電話がきた。寝起きの声だった。妹が目を覚ましたことを伝えると、龍聖の声が変わった。すぐに龍聖のお母さんにも話が伝わって、面会時間になったら病院に来てくれることになった。なんだかすごくうれしい反面、これまでの疲れがどっと出てきたようにも思えた。実際、妹とお母さんが検査のため病室を出た後、龍聖たちが来るまでの間、俺は妹の病室で少し眠ってしまったりもした。
目を覚ますと、病室に龍聖とあいつのお母さんがいた。俺が目を覚ますのを待っていてくれたらしい。
「あ、今はお母さんと一緒に検査に行ってます」
俺はごく簡単に説明する。
「昨日の夜、9時頃だったと思いますけど、急に目を覚まして」
「クリスマスって、そういうことがあるのね」
龍聖のお母さんが言った。
(そうだ、知世が目を覚ましたのってクリスマスイブなんだ)
今、改めてそう思った。
そして数日後、知世が退院する日が来た。俺はその日が最初で最後のチャンスだと思っていた。龍聖を病室から誘い出す。階段を上り、病院の屋上に通じる重いドアを開いた。ドアは大きくきしみながら開く。その奥に、明るい青空が広がっていた。
「俺さ」
「なに?」
俺はゆっくり歩いて、屋上の手すりに手を掛けた。小高い所に建っているこの病院の屋上からは、俺達が住む街が見渡せる。
(あそこが俺の家、あっちが龍聖の家だな)
目印となるマンションの手前に俺達の家があるはずだ。
「俺達、あんなに近いんだな」
俺が見ている方を龍聖も見る。
「斜め向かいだもん」
「そうだけど・・・こっから見たら、ほんと、近い」
見渡す限り、俺達が住む街だ。その中で、俺達はこんなに近い所にいる。それが不思議なことのように感じる。
「そうだね」
龍聖も俺の隣で手すりを握っている。そんな龍聖の横顔を見つめる。いつからだろう・・・物心付いた頃から見慣れた横顔、よく知っている顔。ずっと一緒にいる顔。でも、今、初めて感じるものもある。
「お前、いい顔してるな」
「なんだよ、急に」
龍聖は景色を見たまま言う。
「いや、なんかさ・・・」
いい言葉が思いつかない。俺が何も言わないまま時間が過ぎていく。それでも何となく分かり合えていると感じる。
「僕じゃないからね」
龍聖が口を開く。
「でも、龍聖が夢に出てきたっていうのは確かだよ」
「でも、僕じゃない」
あの夢の絵のこと。そして知世の話では、あの夢を見た直後に目が覚めたということだ。龍聖は今日、俺がこの話をするつもりでいたことも分かっていたようだ。
「僕にそんなことができるんだったら、もっと早く目を覚ましてた筈だろ?」
それはそうだ。でも・・・
「たまたまタイミングが合ったって可能性もある」
知世の中の何かのタイミングと、龍聖が夢に現れたタイミング。
「でも、どっちにしても僕じゃない。偶然だよ」
「でも、さ・・・あの日、お前来てたろ?」
「しょっちゅう来てる」
それもそうだ。龍聖のお陰、という根拠がなくなる。
「でも、とにかくさ・・・ありがとう」
「それは、お見舞いに行ったことに対してって受け取っとく」
「うん」
でも、俺は間違いなく龍聖が何か力になってくれたんだと思っている。でなきゃ、知世の夢に出てきた説明がつかない。知世が覚えていた夢はその夢だけ。知世の夢に出てきたのは、俺でもお母さんでもない。龍聖なんだから。
「よかったじゃん、とにかく」
「うん、そうだな」
「お祝いしないとね」
「お正月明けかな」
お互い、顔を見ずに話していた。なんか違う。こんな風に話すために、龍聖を呼んだんじゃない。
「あのさ・・・」
龍聖の横顔を見る。龍聖が俺を見る。
「なに?」
「あの・・・さ・・・」
「だからなに?」
何を言いたいのか、分かっているつもりだった。でも、こうして龍聖と二人きりになって、そのことを切り出そうとすると、何をどう言いたいのか全然分からなくなる。
「俺・・・さ」
「ん?」
こんな自分が嫌になる。でも、龍聖は辛抱強く俺を待っていてくれる。
「俺・・・お前が・・・」
心臓がばくばくして、その先が言えなかった。龍聖の視線から目をそらして、俯いてしまう。
「たぶん・・・分かってる」
龍聖がつぶやいた。
「え?」
「僕、毅が何を言うつもりなのか、たぶん分かってる」
俺は龍聖の顔を見られなかった。
「だから、目を瞑って」
「なんで?」
「いいから、瞑って」
俺は目を瞑る。龍聖が俺の腕を掴む。すぐ近くに龍聖を感じる。そして、唇に軟らかい感触。俺は目を開いた。龍聖の顔がそこにあった。
「恥ずかしいから瞑っててよ」
龍聖が少し顔を離して言った。俺は慌ててもう一度目を瞑る。またあの感触。
(俺、今、龍聖にキスされてるんだ)
そう思うと急に心臓がどきどきしてくる。その鼓動に合わせて体が震えてるような気がする。それが龍聖にバレるんじゃないか、それが恥ずかしく思う。
しかし、龍聖はずっと俺の唇に自分の唇を押し付け続ける。
「ちょ、苦しいって」
その間、俺はなんとなく息を止めていた。まさか、そんなに長くされるとは思っていなかった。
龍聖はまっすぐに俺を見ている。視線を外すと負けだと思った。何に負けるのかよく分からないけど。すごく恥ずかしかったけど、でも俺も龍聖をまっすぐに見る。
「これでいいんだよね」
少し、龍聖の声が震えていた。
(なんだ、龍聖もどきどきしてたんだ)
俺は少しほっとした。
「うん」
俺がうなずくと、龍聖の顔がぱっと明るくなった。
俺は龍聖を抱きしめた。
「好きだから」
ようやく言えたのは、その一言だけ。
「知ってる」
龍聖が俺の背中に腕を回してくれた。
そうなるきっかけはずっと前にあったのかも知れない。
でも、気が付いたのは、あのクリスマスイブの日だった。俺を抱きしめてくれた龍聖の暖かさ、そして力強さ。俺の気持ちを支えてくれるのは、龍聖しかいないと感じたあの瞬間、俺はずっと前から龍聖が好きだったんだってことに気が付いた。
今は俺が龍聖を抱きしめている。そして、龍聖も俺を抱きしめてくれている。
(今年って、結局いい年だったのかも知れないな)
そんなことを思った。こんなこと、知世やお母さんに言ったら怒られるだろうな、とも思う。でも、俺は大切な、大切なたった一つのものを得た。それも今年の出来事だ。
「そろそろ戻った方が・・・」
「あ、そうだな」
俺はスマホを取り出して時間を見た。
「え、もうこんな時間」
知世が最後の検査から戻って来そうな時間になっていた。あわてて階段の方に向かう。その途中、龍聖が俺の隣に並び、そして俺の手を握ってくれた。その手はとても温かい。
俺は龍聖の顔を見た。龍聖が笑ってくれた。
(俺、さっきこいつにキスされたんだよな)
俺も自然に笑顔になった。
そして、知世は退院した。
その年の年末は正月の準備や大掃除してるような時間はほとんどなかった。けど、3ヶ月ぶりに家に知世がいて、みんながいるだけで明るい気分になった。
年が明けて元旦の日、龍聖一家がおせち料理を持って遊びに来てくれた。知世の退院のお祝いに、大きな花束ももらった。
お母さんからお年玉をもらう。クリスマスの分もあるから多めのはずだ。龍聖のお母さんもお年玉をくれた。少し気が引けたけど・・・お母さんが小さく頷いたので、そのままもらっておくことにした。
おせち料理をみんなで食べて、足りなくて宅配ピザを注文する。大人は酒を飲む。俺と龍聖は知世と一緒に届いたピザを食べながらテレビを見る。
お母さんがコーヒーを入れるためにキッチンに行った。俺はその後を追いかけて、キッチンで小声で相談した。
「龍聖に、何かお礼したいと思うけど、どうかな」
「そう言うと思ったから、その分お年玉多めにしてあるわよ」
コーヒーの良い香りが漂う。そんなことでも幸せを感じられた。
次の日、俺は龍聖へのお礼を探しに駅前のショッピングセンターに向かった。でも、あんまり龍聖にあげたいって思うものが見つからない。この際だから、電車で1時間ほど行った駅のすぐ近くにある、この辺りでは一番大きいショッピングモールまで行くことにした。その車中で何がいいか考える。
(ゲームとかは・・・あいつ、あんまりしないしなぁ)
いろいろ考えても思いつかない。服とか靴とか・・・
考えている間に駅に着いてしまった。仕方なく、とにかくショッピングモールに向かう。考えながら歩いていると、ふと何かが気になった。立ち止まって、辺りを見回してみる。
(あれ、柳田先生)
俺達の担任の先生が、駅の入口から少し離れた所に立っていた。そこから改札を出て来る人を見ている。
(誰か待ってるのかな)
俺はなんとなくそこでしばらく見ていた。そして、あいつが出てきた。
(あれ、龍聖)
正直、ヤバいと思った。あいつのために何かを買いに来た、ということはあいつには言ってないし知られたくない。サプライズって訳じゃないけど、やっぱり少しは驚かせたい。だから、俺は急いでショッピングモールの入口に入って、少し隠れてやり過ごそうとする。
(あいつ、ここに来たらどうしよう)
こんなところに来る理由なんて、このショッピングモール以外ないと思う。隠れていた所から少し顔を出して、あいつがどこに行くのか確かめようとした。
(あれ、いない)
駅の出口からショッピングモールの入口まで見渡してみても、龍聖はいなかった。どこに行ったのか・・・駅の方をずっと見渡す。先生もいなくなっていた。
(まぁ、出会わなければいいや)
大して気にせずに、俺は龍聖にあげる何かを探しに行くことにした。
僕は先生の股間から顔を上げた。
「ねぇ、先生」
「ん?」
先生はベッドに横になったまま、首だけ少し持ち上げて僕の顔を見る。
「あの・・・さ」
少し口ごもる。前から言わないとって思ってたんだけど、なかなか言い出せなかったこと。
「なに?」
先生に促される。
「あのさ・・・僕さ・・・」
やっぱり言い出せない。それをごまかすように、先生の亀頭をペロっと舐める。
先生が上半身を起こした。
(やっぱり聞かれるのかな)
でも、先生は何も言わない。ただ、僕を見て、僕が口を開くのを待っていてくれる。僕はもう一度先生のちんこを口に含む。この口で・・・そう、この口。
「僕さ、毅とキスしたんだ」
「ほぉ」
他に何か聞かれると思ったけど、やっぱり先生は何も言わない。僕が話すのを待ってる。
「でね・・・たぶん、毅と付き合う・・・と思う」
僕は先生の横で全裸のままあぐらをかいた。先生は僕の横に座る。
「中尾のこと、好きなのか?」
「うん、大好き」
先生が僕を背中から抱きしめる。
「そうか」
それだけ言う。
「だから・・・先生とは別れたい」
「そうか」
先生の顔は見えないから、どんな気持ちで言ったのかは分からない。ただ、ほんの少しだけ僕を抱きしめる腕に力が入った。
僕はそのまま先生に押し倒され、四つん這いになった。
結局、ショッピングモールでは龍聖にも柳田先生にも出会わなかった。そして、何を買えばいいのかも最後まで分からなかったから、ちょうどそこで売っていたメンズウェアの福袋を買ってみた。何が入ってるのか分からないけど・・・お礼に福袋をあげたなんて聞いたことないけど・・・それ込みでサプライズってことでいいかなと思った。
先生が後ろから僕を突き上げる。いつもより激しいセックスだった。
あれから先生は何も言わない。ただ、僕を四つん這いにして、そして後ろから入れてきた。いつもより少し乱暴な感じ、いつもより激しい感じで。
「んあっ」
先生の太いちんこが乱暴に奥まで入ってくると、少し痛い。いつもはそれを分かってくれているので、あまり激しくはしない。でも今日はいつもと違う。やっぱり、別れたいって言ったから怒ったんだろうか。
先生は僕の腰を掴んで腰を打ち付けてくる。奥まで入ったら、さらにもう一押ししてくる。僕の中にそれを擦りつけるような感じでちんこを中心に腰を動かす。僕の髪の毛を掴んで首を後ろに向けさせて、キスしてくる。舌が入ってきて、僕の歯の裏まで舐めていく。先生の体が汗ばんでいる。そして、僕の中で先生がいく。初めて、僕の中で先生がいったのを感じることができた。
駅に戻る途中も、龍聖や先生がいないかきょろきょろしていた。結局、あれ以降、二人を見かけることはなかった。福袋を体の前で抱えながら、その中に何が入っているのか、袋の上からの感触で探ろうとする。でも、全然分からない。店の人の話では、5千円の福袋だったけど、中身は1万から1万5千円分入ってるってことだ。でも、あいつが気に入るようなものがあるかどうか・・・
やっぱり、何かちゃんとしたものにするべきだったかな。少しだけ後悔した。
終わった後も、先生はほとんど何も言わなかった。
「ね、怒ってる?」
「べつに」
そんな答えしか返ってこない。それってつまり怒ってるってことじゃん、そう内心思うけど、でももう決めたことだ。
「ごめんね、先生」
すると、先生は大きくため息をついてから話し出した。
「怒ってない。っていうか、寂しいって感じだな」
「ごめんなさい」
「謝らなくていい」
そして、先生がタバコに火を点けた。先生がタバコを吸うのは知ってたけど、僕の前で吸うのはこれが初めてだ。
「俺は、吉田とこういう関係になれたことを感謝してる。そして、その関係を今まで続けられたことも」
僕がデスクの上の灰皿を先生に手渡そうとすると、先生はそれを制して、戻せという感じでデスクを指さした。
「前にも言ったけど、この関係は吉田次第だ。無理強いすることはできない関係って訳だ」
「先生と生徒だから?」
「それもあるし、大人と子供だからというのもある」
先生は立ち上がってデスクの灰皿に灰を落とす。
「だから、お前が別れたいっていうのなら、俺はそれに従うしかないと思ってる」
「先生・・・ごめん」
先生は僕の言葉を無視して続ける。
「ましてや、お前が一番仲がいい中尾と付き合うことになったからって言うんじゃ・・・もう俺の出る幕じゃないだろ」
そして、笑顔で言った。
「中尾と仲良くな」
「ありがとう、先生」
僕は先生に抱き付いてキスをした。初めてのタバコ臭いキスだった。
「ねえ、アグリ」
老犬のアグリは、前に一度、全然動かなくなったことがある。しばらくしたら、急にまた動けるようになったけど、あれ以来ますます動きが遅くなり、最近はえさのとき以外はほとんど僕の部屋で寝ているようになった。僕はそんなアグリの腹を撫でながら話しかけた。
「先生と別れちゃった」
アグリは一瞬目を開けて、すぐまた閉じる。
「お前、知ってたんだろ、僕等のこと」
アグリは反応しない。代わりにいびきで返事する。
「少しだけ後悔してる・・・かも」
(でも、毅に悪いしな)
アグリを膝の上に抱え上げ、座り直した。
「お尻、痛い」
(先生、やっぱり怒ってたんだろな、あんなに激しく・・・)
少しだけ涙が出そうになった。
約束の時間より少し前に、龍聖は来た。知世が出迎えに出てくれた。
「もう大丈夫なの」
「うん」
そんな会話が聞こえる。
「よっ」
知世の後ろから声を掛ける。龍聖と二人で俺の部屋に行く。たぶん、知世がコーラか何かを持ってきてくれるはずだ。長くベッドで寝ていたためにこわばってしまった筋肉のリハビリも兼ねて、家ではなるべく動くようにしているからだ。
案の定、すぐに飲物を運んできた。ただ、コーラではなく、オレンジジュースだったけど。
「これ」
俺は龍聖に福袋を差し出した。
「クリスマスプレゼント」
龍聖は少し驚いた様子だった。
「ってこれ・・・どう見ても福袋でしょ」
まあ、その通りだけど。
「それに、クリスマスってもう去年の話だろ」
「おっしゃる通りです」
でも、龍聖は中身が気になるらしく、袋の隙間を広げようとした。
「まあ、いろいろあったから・・・お礼とクリスマスプレゼントと、ついでにお正月のプレゼントってことでさ」
「何だよ、お正月のプレゼントって」
龍聖は袋の端っこの隙間に指を掛けて、中を覗き込んでいた。
「中、何なの?」
「たぶん、服とか」
「お前も知らないの?」
「知らない。開けちゃったら福袋にならないでしょ?」
龍聖にあげるつもりで買ったんだから、勝手に開けちゃうのはねぇ。
「開けていい?」
「もち」
隙間に掛けていた指で、袋を引き裂く。中から黒っぽいパーカーと、つばのところが皮みたいなので出来たキャップと、その他Tシャツやら靴下やら、結構色々なものが出てきた。
「へぇ・・・いいじゃん、これ」
龍聖がパーカーを広げた。最近よく見かけるロゴが胸のところに付いている。キャップにもそのロゴが付いていた。
「うわ、意外といいかも」
龍聖の顔がなんだかきらきらしていた。
(よかった。喜んでくれて)
そんな顔に俺は見とれている。去年のあの時は、龍聖が俺にキスしてくれた。だから・・・俺はそんな龍聖のすぐ前にしゃがみ込んで膝をつき、その顔を両手ではさんだ。
心臓がバクバクしていた。何となく深呼吸してから、龍聖の唇に俺の唇を押し付けた。その勢いで龍聖が後ろに倒れる。そのまま、俺は龍聖の上になって、キスを続けた。
「ちょ、ちょっと、毅」
龍聖が俺の体を押しのけた。
「知ちゃんいるでしょ」
事故に遭う前だったら、こうして二人でいるときに、知世はノックもせずに俺の部屋に入って来ることもあった。
「今は大丈夫・・・たぶん」
でも今は、まだ体が戻っていない。急に入って来るなんてことはない・・・たぶん。
「でも、見られたらマズいって」
と龍聖が言ったとたん、ノックの音がした。俺は慌てて飛び起きて、龍聖の斜め前に座ってそこにあったTシャツを広げた。
「これ、貰い物だけど、よかったら」
知世がトレイを運んできた。トレイにはバームクーヘンが載っていた。
「あ、ありがと」
「いいから、入ってくんなよ」
龍聖と俺が同時に言った。知世はちらっと俺を見る。何か言いたそうな表情だ。でも、そのまま部屋を出て、ドアを閉める。
「お前、そんな言い方かわいそうだろ」
龍聖はいつも知世にやさしい。
「いいだろ、別に」
「入院してたときとは大違いだな」
まあ、それは俺も認める。でも、
「いいお兄ちゃんしてたくせに」
それを言われると、照れくさいし恥ずかしい。特に龍聖に言われると。
「うるせぇ」
俺はもう一度龍聖を押さえ付けてキスした。龍聖も受け入れてくれる。お互い同じ気持ち。ただ少し恥ずかしいだけなんだ。
一つ困ったことがあった。毅の家でキスされたけど、それ以上のこと、いや、キスさえも、あいつの家ではやりにくい。知ちゃんがいるから。
まだ知ちゃんは完全に回復しているわけじゃない。だから、少し動くと結構疲れるみたいだ。だから、2階の毅の部屋にまで上がって来ることはそうそうないとは思う。でも逆に、そういう状態だから、家でもリハビリを兼ねてなるべく動くようにしているのかも知れない。現に、こないだ毅の家に行ったときは、2回も毅の部屋に来ている。それを考えると、毅の家ではキス以上は無理かなって。
じゃ、僕の家でできるかというと・・・こっちはお母さんがいる。たぶん、見つかる確率は毅の家よりは低いんじゃないかと思うけど、見つかった時のヤバさはこっちのほうが断然上だ。だから、毅とセックスしたいと思っても、なかなかそういうチャンスがなかった。
そう、僕はやっぱり毅とセックスしたい。
毅とはプラトニックな関係って先生に言われた。そのときはそのつもりだった。毅は幼なじみで親友、好きな相手ではあったけど、毅とセックスしたいとは思ってなかった・・・と思う、その時は。でも、先生と別れたあと、そういうことは全くしてないわけで、正直・・・疼くっていうの? なんだか時々して欲しくなる。先生にLINEしようかと思ったことさえあった。でも、それは毅にも先生にも悪いんじゃないかって思い留まった。そんなことがあると、そういうことをやっぱり考える。毅としたい、みたいな。そしたら、どんどんそういう気持ちが大きくなってくる。やっぱりキスだけじゃ満足できないんだよな。
先生とだったらホテルで出来たけど、毅と二人でホテルに入ってってのは無理だと思うし、お金もかかる。中学生には結構な金額だ。そりゃ、1回だけとかなら出来るけど、1回したらまたしたくなるのは当然だし。そもそも中学生だけでホテル使えるのかってのもよく分からないし、ひょっとして通報とかされたりするのかも知れないし。
そして、そもそも毅は僕とセックスしたいなんて気があるんだろうか。
キスはしてくる。結構二人きりになるとしょっちゅうしてくる。でも、それ以上はない。アレを触りに来たりとかもない。僕は触りたくてうずうずしてるのに。
拒否はされないだろうって自信はある。でも、実行できる場所とタイミングがないんだ。
そんな感じで悶々としていたある日の放課後、僕等は二人とも学校に残っていた。
僕は宿題を忘れた罰として、残って宿題をやらされていた。毅は先生に何か用事があるからって。たぶん、これまでのことでいろいろ学校を休んだりしたから、今の状況の説明とかしてるんじゃないかって思う。
夕方、宿題をなんとか終えた頃には、結構暗くなってきていた。先生に提出しに職員室に行ったら、そこに毅もいた。
「出来たのか。じゃ、もう暗くなってきたから二人とも帰りなさい」
先生は僕のノートを受け取るとそう言った。僕と毅の関係・・・付き合ってるってことは知っているから、ひょっとしたら気を利かせてくれたのかも知れない。
「じゃ、失礼します」
二人で職員室を出て、教室に向かった。
「宿題まだやってたんだ」
「うるさいなぁ、しかたないだろ」
「忘れなきゃいいのに」
「忘れたんじゃない。しなかったの」
廊下に僕等の声だけが響く。僕等の教室に着くまでの間、他の教室を覗いたりもしたけど、僕等の他には誰もいなかった。
「さ、帰ろ」
僕が机の上を片付けていると、毅が自分のカバンを持って横に立った。僕は急いで片付けを終えると、カバンを抱えて立ち上がった。
一瞬、目が合った。僕は、毅に顔を近づける。毅が目を瞑る。僕も瞑る。唇を重ね合う。きっと、毅はここまでだと思ったに違いない。
僕は毅の背中に手を回した。口を開けると、毅の唇を舌でなぞった。毅の唇がほんの少し開く。その中に舌をねじ込む。
「んん」
毅が声を出す。でも、腕は僕の背中を抱きしめる。僕はもっと大胆に、毅の口の中に舌を入れ、歯をなぞり、舌を絡める。毅も同じようにしてくれる。
「ふあ・・・」
唇を離して息継ぎをする。今度は毅がキスしてくる。舌を入れて、絡めてきた。僕のちんこは勃起していた。その熱いモノを毅の股間に押し当てる。毅の股間も熱かった。右手でそこを握った。案の定、固くなっている。僕はしゃがんで毅のズボンのジッパーを下ろした。そこから手を入れる。
(直接触りたい)
毅のベルトを緩める。ズボンを下ろし、ボクサーブリーフに手を掛けた。
「龍聖も」
毅はそれ以上言わなかったけど、僕は理解した。自分のズボンを下ろす。毅が抱き付いてくる。股間を僕に擦りつける。熱い。そして、気持ちいい。その状態で手を背中に回す。背中から手を下げていって、ボクブリの中に入れる。毅のお尻はすべすべだ。毅も同じようにして僕のお尻を触る。僕はそのまま毅のボクブリを下ろした。勃起したちんこがボクブリに引っかかって下を向き、そして勢いよく跳ね上がる。僕も毅に脱がされる。先に毅が握ってきた。僕も握る。一緒にお風呂に入ったりして何度も見たことあるちんこ、でも、勃起しているのを見るのは初めてだ。ましてや、それを握るなんて・・・
僕は毅の前にしゃがんだ。目の前に毅の・・・先生としてた時より興奮している。僕はそれを口に含む。先生に比べたら全然大きくない。でも、それが欲しいと思った。唇で皮を剥いて亀頭をなめ回す。
「うぅ」
毅は少し腰を引く。まだ亀頭を責められるのには慣れてないようだ。毅が僕の腕を引っ張る。僕が立ち上がると、代わりに毅がしゃがむ。僕がしたのと同じように僕にしてくれる。毅の口、毅の舌・・・すぐにいきそうになったので、慌てて毅を立ち上がらせた。
「ねえ・・・入れて欲しい」
毅に抱き付いて、そう耳元でささやいた。
「どうすればいい?」
僕は机を3つ寄せて、その上に仰向けになった。ボクブリを脱ぎ捨てる。毅も脱いで、お互い下半身裸になる。
「その・・・お尻の穴、舐めて欲しい」
言うのが恥ずかしかった。でも、毅にして欲しいっていう気持ちはそれ以上だ。
「そんなの汚いって思うなら・・・」
僕がしなくてもいいって言う前に、毅はしゃがみ込んで僕の足を持ち上げた。僕のお尻の穴を見る。指で軽く触る。そして、顔を近づける。
(恥ずかしい)
顔が真っ赤になっているのが自分でも分かる。そして、お尻の穴に毅の舌を感じる。力を抜いて穴を開くと、毅はその奥まで舌を入れてくれる。
「ね、ここに来て」
毅を呼び寄せる。僕は机の上に仰向けになったまま、顔だけ横に向けて毅のちんこを口に含む。
(ローションないけど・・・)
先生の太いモノが入るんだから、大丈夫だろうと思う。そして、毅のちんこを僕のお尻の穴に誘導する。
「入れるよ」
「ゆっくりね」
毅が僕の穴に触れる。ゆっくりと押し付けられる。徐々に力が入る。反対に僕は力を抜いて毅を受け入れようとする。入ってくる。少し痛む。でも、大丈夫、自分に言い聞かせる。
「大丈夫?」
僕の顔を見て毅が言う。
「うん。奥まで来て」
毅が僕に入ってくる。体が密着する。僕等は一つになる。
「動いていい?」
僕は無言で頷く。毅が動く。やっぱり少し痛い。でも、毅と一緒になれたんだから、我慢する。我慢できない訳がない。
「い、いくっ」
すぐに毅がつぶやく。
「そのまま出して」
言い終わる前に毅が息を吐きだした。どうやら僕が言う前にいってしまったらしい。
「ごめん、出ちゃった」
僕は腕を伸ばした。毅の上半身が僕の上半身に重なった。僕は毅を抱きしめた。
「すごく嬉しい」
そしてキスをした。
僕の中に入っていた毅のちんこを口できれいにした。毅が僕の服を拾い集めて渡してくれる。それを受け取ると、毅は自分の服を着始める。二人で服を着終えると、机を戻し、カバンを抱えて教室を出た。
下駄箱に向かう途中で向こうから先生がやってきた。
「まだいたのか」
「今帰るとこです」
毅が答えた。
「早く帰れよ」
そしてすれ違う。その瞬間、先生が小さな声で僕に言った。
「すっきりした顔になったな」
一瞬顔が真っ赤になった。でも、僕は先生に笑顔を返した。
「柳田先生、なに言ってたんだ?」
毅には、話の内容までは聞こえなかったようだ。
「なんでもないよ」
僕はそのまま笑顔を毅に向けた。
そして、僕等は一緒に帰った。あのことは二人とも何も言わなかった。何も言う必要はなかった。
「腹減ったな」
俺の腹がぐうぐう鳴りそうだったから、そうなる前に龍聖に言った。
「なんか食べてく?」
「そうだな」
お互い言わなかったけど、あれをしたあとだから、腹も減るってもんだ。
「駅前のカレー屋さんなら割引券ある」
龍聖が財布から小さい券を2枚取り出した。
「じゃ、カレーにしよ」
帰るには少し遠回りになるけど、二人で駅の方にあるカレー屋さんに向かう。
一緒に並んで何も言わずに食べる。それでも心の中は暖かい気持ちでいっぱいだ。
店を出て、また並んで歩く。俺達の家が見えてきたところで龍聖が立ち止まる。それもなんとなく分かっていた。
俺は龍聖の、龍聖は俺の背中に腕を回す。そして、キス。
その場で俺達は別れた。どうせ同じ方向に行くんだけど・・・やっぱり家の前でキスするのは恥ずかしいから。
俺の前を歩く龍聖の背中を見ながら、今日のことを思い出した。激しいキス、教室でのあのこと、龍聖と一つになれた幸せ。そして、今日の〆のカレー味のキスを。
ベッドの下でアグリがいびきをかいて寝ていた。アグリの横に座ってベッドにもたれ、目を瞑る。アグリを撫でながら、僕は毅のことを思う。そして、先生のことも。
(先生、毅とできたよ)
そして、僕はLINEから先生を削除した。
<I wish 〜一望〜 完>
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