I wish
〜怨望〜

1月18日(月)

「柳田先生、大荷物ですね」
同僚の五十嵐先生が俺に声を掛けた。
「ええ、今日は生徒達にちょっと体験学習させてやろうと思って」
俺は、引きずっているキャリーバッグとゴルフバッグを軽くノックするように叩いた。
「それ、なにが入ってるんですか?」
五十嵐先生はゴルフバッグに興味を示す。
「ああ、これ」
俺はカバーを開ける。中に入っている模造紙の筒を見せた。
「他にいい入れ物がなかったんで」
笑顔でそう言うと、五十嵐先生は納得した様子だった。
そう、俺は今日、俺の生徒たちに、大切なことを教えたいと思っていた。一生に残る授業をやってやろう、そう心に決めていた。

その日の午後、まだ授業が始まる前に教室にそれらの荷物を運び込んだ。生徒達は興味深そうにそれを見ている。
「先生、なにそれ」
誰かが言った。
「これか? あとで使うから楽しみにしておけ」
俺は明るく答えた。生徒達も少しざわつきながらもそれぞれ席について、授業開始を待っている。
俺は腕時計を見る。まだ少し早い。教室を見渡す。今日は5人が欠席。だから、男が11人、女が12人の合計23人だ。
「お前ら、ちゃんとうがい手洗いしてるか?」
他のクラスではインフルエンザにかかった生徒が増えてきている。このクラスもそうだ。5人のうち、3人はインフルエンザだという連絡が来ている。
「あと一人で学級閉鎖でしょ?」
柴田が言った。
「まだインフルエンザは3人だから、誰か一人がずる休みしても閉鎖にはならないぞ」
ブーイングが起こる。
「ほら、学級閉鎖を期待しない」
少したしなめるが、効果はない。もう一度腕時計を見る。まもなく授業開始だ。俺は目を閉じた。
 



えん-ぼう 【怨望】 怨みを抱くこと



 
.01

1月2日(土)


「僕さ、毅とキスしたんだ」
吉田がそう言った。
「先生とは別れたい」
どこかでそうなることを予想していた。
吉田は中尾ととても仲が良かった。そんな吉田が中尾のことを心配し、中尾の力になろうとしていた。俺の好きな吉田が、友達のために何かしてやろうとしていることを俺は嬉しく思った。そして、吉田にとって中尾が単なる友達ではないだろうという推測も充分出来ていた。だから・・・覚悟はしていたつもりだ。
「ごめんね、先生」
(謝るくらいなら・・・別れるなんて言うなよ)
覚悟していたつもりなのに、いざとなると・・・人間とはそういうものだろうか。

好きな人と付き合うこと、それは簡単なようで実はなかなか難しい。だからそれが出来るのは本当に幸せなことだ、というのは俺もよく分かっている。俺は吉田が大好きだ。そして吉田と付き合うことが出来ていた。別れたくない。でも、吉田が大好きな中尾と付き合うというのなら・・・
「中尾と仲良くな」
俺は笑顔を作った。ぎこちなく見えてなければ良いんだけど・・・




1月7日(木)

明日は3学期の始業式。そんな日の夜、俺は眠ろうとする。
目を閉じると吉田の体がまぶたに浮かぶ。そのしなやかな体を思い出し、俺は勃起する。
吉田の勃起したペニス。手を添えて皮を剥くと、亀頭が露出する。
吉田のアナル。まだピンク色だが、俺のペニスを難なく受け入れられる。
何度そのペニスを咥えたことか。
何度、そのアナルの中に射精したか。
吉田は俺を好きだと言ってくれた。
吉田は自分は先生の物だと言ってくれた。
あの体は俺の物。あのペニスもアナルも俺の物だ。
俺の吉田。今更別れるなんて、勝手なことを。
今更ごめんねなどと、どの口が言うのか。
その口は何度俺とキスをした?
その口で何度俺のモノを咥えた?
その口に何度俺は射精した?
お前は痛いと言いながら、俺のモノを受け入れたじゃないか。
お前は不味いと言いながら、俺の精液を飲んだじゃないか。
ごめんの一言で終わらせるつもりか。
それですむと思ってるのか。
俺は・・・・・

結局、眠れなかった。
昨日も・・・今日も。そしてたぶん明日も。


俺は夜中に起き出した。
押し入れの荷物を全部部屋に出す。そして、その奥の奥に隠すように置いてあるロッカーを引きずり出した。鍵を開けると中に散弾銃が入っている。
俺は趣味で狩猟をしていた親父の影響で、銃砲所持許可証を取得しており、狩猟者登録もしていた。だからこうして散弾銃を所持している。
散弾銃を枕元に置く。そして、俺はまた布団に入る。
その後は朝まで熟睡出来た。




1月8日(金)

始業式の日、俺は気持ち良く目が覚めた。昨日の夜の悶々とした記憶はあるにはあったが、それはもう過去の事、そう感じた。
学校に行く。始業式の準備をする。そして、生徒達が登校してくるのを門の前で待ち構える。
吉田が登校してきた。隣には中尾がいる。二人は笑顔で会話しながら登校してくる。
「柳田先生、おはようございます」
二人でハモりながら、頭を下げる。
「おはよう」
それだけ短く答える。他にも生徒が登校してくる。笑顔だったり、眠そうで不満げな顔だったり。生徒達のいろいろな表情が見えるこの瞬間が俺は好きだった。
吉田の顔を見ても、昨日の夜のような感情が沸いてこなかったのが少し意外だった。
(俺も吹っ切れたのかな)
そんな簡単には受け入れられないと予想していたが、案外あっさりしたものだ。二人の仲良く幸せそうな表情、中学生らしい表情が、俺の邪な心を洗い流したのか、などと口にするには恥ずかしいことを考えてみる。
俺は空を仰いだ。
(いい天気だ)
真っ青な空だった。雲一つない、とは行かないが、逆に真っ青な背景にぷかりと浮かぶ白い雲のコントラストが気持ち良い。そして、そろそろ始業時間だ。
「お前ら、急がないと遅刻だぞ」
まだゆっくり歩いている何人かの生徒に声を掛ける。彼等は慌てて走り出す。もう誰も歩いてこないのを確認して、俺は校門の鉄柵を閉める。
(清々しい気持ちで3学期を始められそうだ)
俺は小走りで始業式が行われる体育館に向かった。

始業式を終えて教室に戻る。28人全員出席だ。
「みんな、風邪とか引いてないか?」
しかし、何人かはマスクをしている。
「今年はこれからインフルエンザが流行るようだから、しっかりうがい手洗いしろよ」
そして、宿題を集めようとする。
「先生」
藤原が手を上げた。
「なんだ、藤原」
手を上げた理由は察しが付いていた。むしろ、この時期の恒例行事だ。
「宿題まだ出来てません」
(だろうな)
内心そう思う。が、それで済ませるわけにもいかない。
「他にまだ宿題出来てないやつ、手を上げろ」
およそ半数の手が上がる。吉田と中尾も手を上げていた。
(中尾はまぁやむを得ないけどな)
「お前ら、やる気あるのか?」
「ないです」
誰かが言った。くすくすと笑い声が広がる。
「しかたない。じゃ、1週間待つから、15日の金曜日には必ず全員提出だ。いいな?」
実は今朝、他の先生方とも宿題の提出期限については打ち合わせをしていた。他のクラスも15日までという期限のはずだ。
「はぁい」
少し気のない返事が返ってきた。
「それに間に合わなかったら、宿題終わるまで居残りさせるからな」
「ええぇ」
不満そうな声だ。
「1週間もやるんだから、当然だろ」
皆はしぶしぶという感じで受け入れた。




1月15日(金)

しかし、1週間経っても宿題を提出出来ない奴がいた。吉田だ。
「他のみんなはもうちゃんと提出したのに、なんでお前はまだなんだ?」
「すみません」
教室で、俺と吉田は向き合っていた。
「そうじゃなくて、出来てない理由を聞いてるんだ」
しかし、吉田は俯いて答えない。
「まさか、中尾と遊ぶので忙しかったなんて言うんじゃないよな」
吉田は答えない。
「中尾は仕方ないと思ってた。でも、あいつももう提出済みだ。なのに・・・」
俯いたまま、何も言わない吉田の顎に手を掛けて、顔を上げさせる。
「なにも言わなかったら分からないだろ?」
でも、手を離すとすぐに俯いてしまった。
(仕方ないな)
このままでは時間だけが過ぎていく。
「分かった。もういい」
「え、もういいの?」
吉田の顔が急に明るくなる。
「違う。とにかく、今から残って宿題を片付けろ」
「ええー」
「そういう約束だろ」
「そうだけど」
俺は吉田の目の前に宿題のノートを広げる。
「さ、日が暮れるぞ。早くしろ」
「ちぇっ」
吉田はしぶしぶ宿題に取りかかる。俺はそれを少し離れて眺めていた。
腕時計を見る。
「俺は職員室に戻るから、宿題終わったら持って来い。いいな?」
「はぁい」
吉田は小さな声で答えた。
(ったく、出来ない奴じゃないのにな)
吉田を一人で教室に残すのに多少不安を感じながら、俺は職員室に向かう。中尾が俺を待っているはずだ。妹の事故のことについて話をする時間を取って欲しいと言われていた。吉田から中尾の妹が目を覚ましたことは聞いていたので、恐らくは事故とその後の経緯についての話だろう。

中尾との話は1時間ほどで終わった。案の定、妹の話だった。今は家で療養していること、これまで病院の関係で時々休んだり早退していたが、これからはそういうこともないだろう、簡単に言えばそういう事だ。
話が終わってしばらく、雑談めいたことを話していた。主に吉田のこと。吉田とは仲が良いし、家も近所だから妹のこともよく知っていて、時々見舞いに来てくれた云々。しかし、俺が吉田から聞いていたような、抱きしめられたということやキスされたってことは中尾は言わなかった。まあ当然だ。中尾はそういうことを俺が知っているなんて思いもしない。俺と吉田がそういうことを話すような関係であったことももちろん知らないんだから。

もう暗くなってきた頃に、ようやく吉田がノートを持って職員室に来た。少し疲れた顔をしている。
「出来たのか?」
吉田がノートを差し出した。俺はノートを受け取り、ぱらぱらとめくる。一応全部出来ているようだ。
「じゃ、もう暗くなってきたから二人とも帰りなさい」
吉田と中尾はちらりと目を合わせると、二人で言う。
「じゃ、失礼します」
そして、二人そろって職員室から出て行った。

それからしばらく、俺は来週の授業の準備をしていた。他の先生方はもうみんな帰っていた。職員室には俺一人。外は暗くなっている。
「そろそろ帰るか」
そう独り言を言って伸びをした。
(帰る前に教室を確認しておかないと)
俺は立ち上がって教室に向かった。

教室に向かう途中、吉田と中尾が歩いてきた。腕時計を見ると、さっき二人が職員室を出てから1時間近く経っている。
「まだいたのか」
俺は声を掛けた。
「今帰るとこです」
中尾が答える。
「早く帰れよ」
そして、まず中尾とすれ違う。その瞬間、かすかに精液の臭いを感じる。すぐにぴんときた。吉田の顔を見る。さっきの疲れた顔が一変し、何やら満足げな顔になっていた。
「すっきりした顔になったな」
俺は吉田とすれ違いざまに小声で言った。吉田の顔が真っ赤になる。
(やっぱり、こいつら教室でやってたんだ)
少しあきれた。だが、吉田はすっきりした顔で笑って見せた。

俺は教室に入って灯りを点けた。別に変わったところはない。しかし、よく見ると吉田の席の周りの机が少しずれている。そのあたりに近づくと、間違いなくあの臭いが漂ってきた。
(机の上でしたのか?)
少し屈んで吉田の机とその周囲の机の表面を灯りに照らしてみる。光の反射の中に、何かを拭き取った痕があった。拭き取った痕が一番大きいのが吉田の右横の机。次が吉田の机。吉田の左横の机も少しずれていたが、そこには拭き取り痕はほとんどなかった。
(間違いないな。ここでしたんだ)
机を3つ繋げてみる。
(あっちが頭で、こう寝て、ここでこう入れて)
俺はその姿を想像する。屈んで床を見る。目をこらすと、陰毛が2本落ちていた。
(これ、どっちのだ?)
俺はそれを拾い上げた。吉田の陰毛なら何度も見ているが、さすがに陰毛を見ただけでは吉田のものかどうかまでは分からない。しかし、間違いなくあの二人のどちらかのものだ。
俺は机の表面を撫でる。
(ここで、入れられたんだ)
勃起していた。俺はズボンのチャックを下ろしてペニスを出した。
(もう一度、吉田に入れたい)
そんな欲望がムラムラとわいてきた。俺はペニスを吉田の机の拭き取った痕に押し付ける。そのまま腰を動かす。手で握り、そして吉田の机の上に射精した。
(とんだ変態教師だな)
少し情けなくなる。しかし、吉田が欲しい、その感情は納まらない。
俺は教室の後ろのロッカーに行き、吉田の出席番号の扉を開ける。体操着が入ったままになっていた。その体操着を掴んで机に戻る。机の上の俺の精液をその体操着で拭う。いや、むしろ机に塗り広げた。そして、その体操着をロッカーに戻す。机をきれいに並べ直し、灯りを消して教室を出た。


その夜、俺はまた眠れなかった。
教室で吉田と中尾がセックスしている場面を想像する。俺には想像しか出来ないが、あいつらは実際にあそこでしていたんだ。
しばらく悶々としていたが、ようやく眠りにつく。夢を見た。

学校・・・扉を開くと、真っ暗な教室の中でうっすらとシルエットだけが浮かび上がっている。よく見えないが、それが誰なのかは分かっていた。
吉田が机の上で足を抱えている。中尾がその吉田の股間に腰を打ち付ける。吉田のアナルに出入りする中尾のペニスが見える。吉田の顔・・・少し口を開いて、目を閉じてわずかに眉間に皺を寄せている。見慣れた気持ち良い時の顔。いつの間にか俺が吉田に入れている。気持ち良い。吉田もよがり声を上げる。
(そんなに気持ちいいのか?)
(もっと・・・毅・・・)
俺じゃなかった。吉田のアナルを犯しているのは中尾だ。
二人が俺を見る。冷めた目だ。
(もう先生じゃないから)
(先生、ごめんね)
何を言ってるんだ、吉田。
(先生、別れて)
(別れたでしょ、先生)
俺は・・・別れたくない。
(もう僕は先生の物じゃないから)
(龍聖は俺の物だから)
二人が交互に言う。
(待てよ、俺も・・・俺にもやらせろよ)
俺は中尾の体を掴もうとする。でも、俺の手は中尾を素通りする。
(気持ちいい・・・毅、もっと)
それに答えるように中尾の動きが速くなる。
(あぁ・・・は、は、は・・・・ん・・・)
俺の時にはそんな声は出さなかった。
(吉田、俺にも)
しかし、俺の手は吉田の体をすり抜ける。
(いくよ)
(出して)
中尾が吉田の中で射精したのが見えた。吉田も射精する。二人の精液が混ざり合って、波のように広がっていく。さらに中尾のペニスからどくどくと精液が吉田の中に注ぎ込まれる。精液は吉田の腸から体中に広がり、そして吉田は中尾になった。
(俺はもう、毅だから)
さっきまで吉田だった中尾が言った。
(先生さようなら)
廊下で二人が声を揃えて言った。
(待て)
二人の姿が小さくなっていく。
(待てって。俺はどうすればいいんだ!)
目が覚めた。
そしてもう、朝まで一睡も出来なかった。




1月16日(土)

俺はあの街に出掛けた。吉田と通ったあの街。しかし、今日の目的は違う。ショッピングモールにある店で模造紙を2束買う。玩具の、でも比較的しっかりした造りの手錠を40個、そして行きつけの銃砲店で銃弾を合計200発。10万円ほどの出費だが、金額なんてもはや気にする必要はなかった。
家に戻って、散弾銃と古いゴルフバッグ、キャリーバッグを押し入れから引っ張り出した。買ってきた模造紙は20枚くらいを筒状に丸めてテープで留め、その中に散弾銃を入れる。手錠は鍵の他にレバーで解除出来るタイプの物だったが、レバーを金槌で潰し、鍵以外では開けられなくして段ボール箱に詰めてキャリーバッグに入れる。銃弾は、大きめのウエストポーチに入るだけ入れて、あとはキャリーバッグに箱ごと入れる。そして、タブレットとノートパソコン2台、それ以外にもいろいろと詰め込んだ。




1月17日(日)

ゴルフバッグの中の模造紙の筒から散弾銃を取り出し、ゆっくりと時間をかけて手入れをする。安全装置が掛かっていることを確認し、弾を込める。そのままゴルフバッグの模造紙の中に戻した。

その日の夜、俺はそのゴルフバッグを横に置いて寝た。まるでそのバッグが吉田であるかのように撫で、抱きしめ、キスをした。
大切な授業を控え、俺はぐっすりと眠ることが出来た。




1月18日(月) 13:15

チャイムが鳴った。授業開始だ。
俺は目を開いた。

 【1−C 生徒名簿】
 
       


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