「シュウちゃん、おはよ」
学校で教室に入る直前に、ハルちゃんが僕の背中を叩きながら声を掛けてきた。ハルちゃんはそのまま僕を追い抜いて教室に入っていく。
「痛ってぇな、ハルちゃん」
僕はその背中を追って教室に入る。遅刻ギリギリのこの時間、教室にはほとんど全員が揃っている。
「今日は遅刻じゃないんだ」
ハルちゃんの後ろの席に座る。
「遅刻なんかしたことないだろ」
しれっとハルちゃんが言った。
「ああ、ハルちゃんの頭の中とは時差があるもんね」
僕はカバンを開けて、教科書を机の中に入れながら答えた。
ハルちゃんはいつも時間ギリギリに登校してくる。っていうか、いつも時間ギリギリで遅刻する。あと1、2分早く家を出るか、その分少しだけ早足で歩けば間に合うのに、その努力をしない。今日のように、僕を追い抜いて教室に入るなんてことは本当に珍しいことだ。
「で、今日はなにがあったの?」
そう、何かなければこんなことはあり得ない。
「別になんにもないよ」
椅子に後ろ向きに座り直して僕に言った。少し顔を近づけてくる。
「朝勃ちしすぎて目が覚めた」
小さな声で言った。
「この、エロトが」
僕も小さな声で返した。
こいつは中村晴人。中学に入ってから知り合ったこいつとは、かなり仲がいい友達だ。そして、たまにエロいことを言う奴だ。しかも、普通に、しれっと。
「ほら、席に着け」
教室の扉が開いて先生が入ってきた。
「こら、いつまで話してるんだ」
ハルちゃんは僕との会話を切り上げて、前を向いて座り直した。
退屈な授業が終わって、帰ろうとする。
「シュウ、帰りに本屋行くの付き合ってよ」
冬樹が僕に声を掛けてきた。
「夕方までならいいけど・・・ハルちゃんも行く?」
いつものように、分かっていたけどハルちゃんにも声を掛けた。
「ああ、僕、家の用事あるから」
いつものようにハルちゃんが答えた。ハルちゃんの家は商売か何かしているのか、いつもハルちゃんは学校が終わるとまっすぐ帰って家の用事を手伝っているらしい。
「分かった」
いつものことだ。それが分かってるから僕もそれ以上誘わない。というか、それが分かっていながら誘うのは、誘わなかったらハルちゃんをのけ者にしてしまうような気がするからだ。僕はもちろんハルちゃんをのけ者にはしたくない。ハルちゃんだってそれは分かってるから、毎回毎回同じことの繰り返しでも、僕はハルちゃんを誘うし、ハルちゃんはちゃんと断る。
冬樹と僕は学校帰りに、二人で一緒に本屋に向かった。
この谷原冬樹も僕の友達だ。冬樹とは幼なじみで、ハルちゃんよりも付き合いは長い。ほぼ生まれた時からの付き合いだから、もう12、3年になる訳だ。ハルちゃんこと中村晴人。僕、五十嵐秋矢。そして谷原冬樹。ハルと秋と冬。あと夏がいれば四季が全部揃うんだけど、残念ながらクラスの男子に名前に夏が入ってる奴はいない。
そんな感じで、僕等は名前が・・・ちょっと強引だけど・・・四季繋がりだったりする仲のいい三人だ。
そうやって、僕は放課後の時間を冬樹と一緒に本屋に行き、冬樹イチ推しのコミックスの最新刊を買うのに付き合って、夕方別れた。
学校から駅の向こう側に行ったところにあるコンビニの前に僕は立つ。ちらっと時計を見ると、まだ少し早いようだ。コンビニの中に入って雑誌とかを眺めて少し時間を潰す。しばらくすると、ポケットの中のスマホが震えた。それを取り出して画面を見た。
『もう着く』
LINEの通知が表示されていた。慌てて僕はコンビニを出て、そこに向かった。
陽良さんが僕の中に入っている。
陽良さんは熱くて太い。その熱さが僕の体に伝わって来る。
「ああ、陽良さん」
僕は陽良さんの上で体を動かす。陽良さんが僕の体の内側を満たす。
「秋矢、お前の中は最高だ」
陽良さんが僕を見上げて言う。
「うれしい、陽良さん」
僕は体を前に倒して陽良さんにキスをする。陽良さんが僕の背中に腕を回す。僕を抱き締めたまま腰を動かす。
「ああ、いい」
陽良さんはそのまま体を横に向ける。僕の背中を抱えたまま、陽良さんは体を起こす。
陽良さんの首に手を回す。僕の体が持ち上げられる。僕の体が宙に浮き、それを陽良さんが支えている。陽良さんが僕の中に入っている。陽良さんが僕の中から僕の体を支えてくれている。その陽良さんが僕の中で動く。僕の奧に入ってくる。僕の中が陽良さんでいっぱいになる。
「ああ」
そんな声しか出ない。もちろん、そんな声では僕の気持ちは全然伝わらない。
「陽良さんが奥まで入ってる」
そう言って陽良さんの口に口を押し付ける。
「んあ」
口に陽良さんの舌が入ってくる。その舌を僕は唇で挟むようにして吸う。
陽良さんは僕に入れたまま僕を抱え上げていた。陽良さんが腰を動かし、僕の体が前後に揺れる。僕は陽良さんの首に両手を回して陽良さんにしがみつく。
「ああ・・・気持ちいい」
掘られながら言う。陽良さんが僕の体を抱え直す。僕の顔を見る。僕は陽良さんの顔に顔を寄せる。キス。それだけじゃない。口の中に何かが流れ込んでくる。陽良さんの唾液。僕はそれを口の中に少し溜めて、舌でかき回すようにしてから飲む。
「もっと飲ませて」
少し口を離しておねだりする。すると陽良さんは僕をベッドに下ろして僕に覆い被さってきた。もちろん、僕のお尻には入ったままだ。僕にキスしてくれる。陽良さんが顔を離す。僕は口を開く。陽良さんの口から、僕の口の中に唾液が滴る。それを味わう。
「うれしい」
僕は笑う。陽良さんが僕を抱き締める。そのまま僕を掘り続ける。
僕と陽良さんは出会ってまだ1年とちょっとしか経っていない。
きっかけは・・・
小学5年の終わり、僕は担任の男の先生にレイプされた。それも、学校で。
机の中に入っていた手紙で、僕は放課後、理科準備室に呼び出された。しばらく待ってみたけど、誰も来なかった。もう帰ろうと思ったとき、準備室の扉が開いた。
「こんなところで一人でなにをしている?」
担任の里田先生だった。僕はあの手紙を先生に見せ、誰かに呼び出されたことを伝えた。
「そうか。それで一人で来たのか」
里田先生が僕に覆い被さってきた。
何が何だか分からなかった。覆い被さってきて、手を掴まれて、キスされた。長い時間キスされた後、ズボンを脱がされ、アナルを舐められ、入れられた。
とにかく痛かったことしか覚えていない。
それが終わった後、あの手紙を取り上げられ、スマホで全裸の写真を撮られて脅された。
僕は先生の性処理道具になった。
6年になっても担任は変わらず、性処理道具であることも変わらなかった。
ただ、僕はその行為に少し興奮を覚えるようになってきていた。僕は先生に呼び出されると、積極的にセックスをするようになっていった。
里田先生はそんな僕に飽き始めた。
やがて、僕は先生に捨てられた。
里田先生に捨てられた僕は、自分でそういう行為が出来る相手を探し始めた。相手は結構簡単に見つかったし、自分の体がお金になることも知った。初めはそれでうれしかったし楽しかった。でも、少しづつ、何か違うような気がし始めていた。
そんな時に知り合ったのが陽良さんだ。小学生でいるのもあと数ヶ月という頃だった。
陽良さんと初めてホテルで会ったとき、陽良さんは何もしなかった。ただ、全裸の僕と、ベッドで抱き合っているだけだった。ペニスを触ったり触られたりとか全くなかった。
「なんでしないんですか?」
そろそろホテルを出なきゃならない時間が近づいてきたころ、僕は陽良さんに尋ねた。
「俺には、君がお金の為にそういうことをしたいと思ってるようには見えなかったから」
僕を抱き締めたまま陽良さんが言った。
僕は何も言えなかった。半分外れ、半分は正解だ。別にお金が欲しかった訳じゃない。そういうことをしたくない訳でもない。でも、お金をもらうことを、そういうことをする言い訳にはしていたような気がした。
「きっと、誰かにこうして抱き締められたかったんじゃないかなって」
僕を抱き締める陽良さんの腕に、少し力が加わった。
別れ際、陽良さんの背中に声を掛けた。
「また、会ってくれませんか?」
陽良さんが振り向いた。
「君の気持ち次第だよ」
そして去って行った。
僕の気持ち。
それからしばらく僕は誰ともそういうことをしなかった。里田先生からの久しぶりの呼び出しも断った。毎日、自分の中のそういうことをしたいという気持ちについて考えた。
なぜ、したいのか。
どういうことをしたいのか。
どうなりたいのか。
どうありたいのか。
誰としたいのか。
オナニーは毎日した。別に性的なことを一切やめるなんて気はなくて、ただ、目的が分からないまま誰かとセックスするのをやめた、というだけだ。
でももう分かっていた。
僕は誰かに愛されたい。
僕は誰かを愛したい。
そうやって愛し合えれば、きっとセックスはもっと気持ち良くなるんだろうって。
そして、僕が求めるその「誰か」は陽良さんだということも。
陽良さんの動きが速くなってきていた。
「ああああ」
僕は喘ぐ。気持ちいい。本当のことを言うと、前はそういうのが分からなかった。でも、今は本当に気持ちがいい。陽良さんが僕に入っていて、僕を抱き締めてくれて、僕を貪ってくれている。お尻の中が気持ちいい。
「気持ちいいよ、陽良さん」
「秋矢、俺もだ」
腕に力が入り、力強く僕のお尻を突き上げる。
「ああ、愛してる」
「俺も愛してる、秋矢」
陽良さんが僕の中で射精しているのを感じる。
(ああ・・・うれしい)
僕は心の中で叫ぶ。陽良さんが僕の口を求める。僕は少し首を持ち上げて陽良さんにキスをする。陽良さんが僕に入ったまま、僕等はキスをする。そのまま抱きしめ合い、愛の余韻を感じ合う。
「僕、妊娠しないかな」
終わった後、僕の中に陽良さんが精液を出してくれた後、僕はお腹を撫でながら言った。
「男だからな、大丈夫だ」
陽良さんは常識人だ。
「そうじゃなくて・・・僕、陽良さんの子、妊娠したい」
すると、陽良さんが僕を見つめた。
「陽良さんと僕の子が欲しい」
僕はその目を見つめ返す。
「でも無理だよね、男だし」
陽良さんが僕に近づく。
「秋矢の気持ちはうれしい」
「重いよね、こんな気持ち」
すると、陽良さんが僕を抱き締めた。
「秋矢のことは本気で愛してる。でも」
陽良さんを困らせているんだと感じる。
「大丈夫だよ。分かってるから」
僕は陽良さんに笑顔を見せる。
「俺が神様だったら良かったのにな」
陽良さんは真剣な顔で言った。
里田先生に犯され、捨てられ、陽良さんと出会って、僕の中の何かが変わった。
小学校の卒業式の前日、再びあのホテルで陽良さんと会った。卒業式の前に、あの日・・・里田先生にレイプされたあの日からの僕のセックスへの考え方をリセットするために。
その日から、僕等は付き合い始めた。
翌日、冬樹は昨日一緒に買いに行ったコミックスを学校に持って来た。
「没収されんじゃね?」
ハルちゃんがその本を少し開いて言う。
「だから、休み時間だけな」
少し声をひそめて冬樹が言った。
「シュウちゃんはもう読んだの?」
「まだ」
すると、ハルちゃんが冬樹を見た。
「先にシュウちゃんでいいんじゃない?」
本を僕に差し出す。
「シュウはいつでも読めるから」
「ハルちゃんは家で読む時間ないでしょ?」
僕は本を押し返す。
「マンガくらい読む時間はあるけど」
本を受け取る。
「まあ、今日、僕が学校で全部読んだら、シュウちゃんは今日の夜読めるか」
「そうそう」
「分かった。ありがと」
ハルちゃんはさっそく机に座ってそのコミックスを読み始めた。
「はい、読んだから、次、シュウちゃんでいいんだよね」
学校から帰る前、ハルちゃんが僕と冬樹に言った。
「どうだった?」
僕はハルちゃんに感想を尋ねた。
「聞きたい?」
ハルちゃんが少し悪い顔をした。
「あ、その顔、絶対ネタバレするやつじゃん」
僕は耳を両手で塞いだ。
「だって、シュウちゃんが聞くから」
そりゃあ確かにそうだ。
「でもネタバレしろとは言ってない」
「ネタバレ禁止とも聞いてない」
僕が言い返すとハルちゃんも言い返す。そんな僕等を冬樹が笑顔で見ている。
「二人仲いいねぇ」
なんだかしみじみとそんなことを言ったりする。
「うるせーよ」
僕とハルちゃんが一緒に言った。
その日は三人でまっすぐ帰る。三人の中で一番家が遠いのがハルちゃんで、次が僕。一番学校に近いのが冬樹だ。だから、三人で一緒に帰ると、まず最初に冬樹と別れる。曲がり角で少しだけ冬樹の背中を見送った後、僕とハルちゃんは歩き出す。
いろいろ話をしている間に、ハルちゃんと別れるところに来た。僕はそこで角を曲がって歩き出す。ハルちゃんは少しの間、僕を見送ってくれている。
ハルちゃんが見えなくなるとすぐ、僕は別の角を曲がった。早足になる。そう、今日も、僕は陽良さんと待ち合わせていた。
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