第T部 神の子


「兄ちゃん、お帰り」
僕が学校から帰ってくると、弟のクルムが声をかけてきた。てっきり、いつものように一緒に本を読もうって手を引っ張るのかと思った。でも、今日に限っては、廊下の向こうからなんとなく遠慮がちに僕を見ている。
すると、お父さんの書斎のドアが開いた。
「お帰り。ちょっと話がある。後で書斎に来なさい」
だから、クルムは僕を誘わなかったんだ。
「分かりました」
僕は、クルムの前を通って自分の部屋に行く。部屋にカバンを置いて、すぐにお父さんの書斎に向かう。途中、クルムが寂しげに僕を見上げた。
「あとで一緒に本読もうな」
クルムの前を通り過ぎるときにそう言う。少しだけ嬉しそうな顔をした。

お父さんの書斎のドアをノックする。
「入りなさい」
少し重いドアを開くと、奥のデスクにお父さんが座っていた。
この書斎には滅多に入れない。お父さんがいないときは、鍵が掛けられている。そして、お父さんがいるときでも、呼ばれない限り僕等からこの部屋に入ることはない。この部屋は特別な場所なんだ。そして、今日呼ばれた理由は分かっている。僕のことだ。明日、僕は12才になる。
「お前ももう、12才だ」
思った通りだ。お父さんは顔を手に持った書類に向けながら話している。
「明日から、お前も中央のために任務に就く。分かってるな?」
「はい、お父さん」
12才。その誕生日が来たら、僕等は任務に就かなきゃならない。それは学校でも教えられているし、友達も12才の誕生日を迎えると学校に来なくなる。みんな、任務をこなすようになるんだ。それは上級市民としての義務だし、名誉なことだと教えられてきた。
「明日、お前を強進センターに連れて行く。特になにか準備する必要はないそうだ。これまで通り、健康に気を配り、中央への忠誠心を忘れないこと、だそうだ」
「はい、お父さん」
「話は以上だ」
僕はお父さんの座っているデスクの前から動かない。
「なんだ?」
「あの……あいつは、クルムはどうなるんですか?」
お父さんは書類から顔を上げて、僕を見た。
「その心配はしなくていい。これまで通りだ」
僕は少し安心した。
「分かりました」
そして、踵を返して書斎から出た。ドアが閉まる重い音がした。
「兄ちゃん」
クルムが廊下の先で少し悲しそうな顔で僕を見ている。無理もないかもしれない。明日から僕は3年間、世界統制中央機関、つまり中央の、強進センターで任務に就く。その間は家には戻らない。そして、3年が過ぎたら、恐らくお父さんと同じように軍部に配置されるんだろう。そうなれば、もう二度とこの家には戻らないってことだ。
「そんな顔するな。兄ちゃんは任務が出来るようになるのが嬉しいんだから」
実際、心からそう思っている。具体的な任務の内容は誰も教えてくれない。でも、人類の将来のためにとても重要な事らしい。
クルムが無言で僕に抱き付いてきた。僕の腰に腕を回し、ぎゅっと力を入れる。
(やっぱり寂しいんだよな)
僕もクルムの背中に腕を回して抱きしめた。

夕食はいつも通りだった。いつものようにお父さん、僕、そしてクルムの3人でテーブルを囲む。中央から支給された食べ物が中心だけど、今日はいつもより一品多い。これも明日が僕の誕生日だからだ。中央から12才の誕生日に特別に支給されるというその肉を、僕等は3人で黙って食べていた。その肉以外はいつも通り。たまにお父さんが話をし、僕とクルムが相づちを打ったり質問に答える程度の会話だけの静かな夕食だ。
「トモロは明日から強進センターに入る。分かってるな?」
あまりそれは言って欲しくなかった。クルムがまた悲しい顔をするから。そう思っていたら、クルムは晴れやかな笑顔を見せた。
「名誉なことなんでしょ、兄ちゃん」
弟なりに気を遣っている。その雰囲気を壊したくはない。
「ああ。僕等が最後の世代だからな」
それを言ってから、しまった、と思った。が、クルムは気が付かなかったようだ。
「明日、施設で自慢するんだ」
クルムは楽しそうに言う。お父さんはいつもの通り、無表情だ。
「早く食べなさい」
それだけ言う。
「はい、お父さん」
僕とクルムが合唱した。

翌朝、クルムに見送られながら、僕はお父さんと強進センターに向かう。強進センターはこの街のほぼ真ん中にある、とても大きな建物だ。途中、同じように強進センターに向かう人から声をかけられる。
「やあ、今日からなんだろ。期待してるよ」
だとか、
「がんばれよ」
とか。お父さんと同じような軍人だ。きっと、強進センターに勤めてる人なんだろう。
「お父さんも強進センターだったら毎日会えたのにね」
お父さんの顔を見上げて言った。お父さんは首を左右に振る。
「そんなこと、考えたこともない」
そして、いつもの無表情。やがて、強進センターの入口が見えてきた。お父さんに連れられて、受け付けを済ませる。
「やあ、大尉殿」
奧から少し年配の人が出てきて、お父さんに手を差し出した。
「今日からですな。きっと立派に成果を挙げてくれることでしょう」
僕を見て言った。
「強進センターの所長だ」
お父さんが僕に言い、そして僕を紹介してくれる。
「最後の世代の……」
「いやぁ、例のお子さんですな」
なぜか、所長は上機嫌だ。
「あなたを迎える事が出来て、私も嬉しく思いますよ」
僕の肩に手を掛ける。
「それでは、よろしくお願いします」
「ご苦労様でした」
お父さんが去って行く。僕はその背中を見つめる。一度くらい振り返ってくれるかと思っていたけど、そのまま通りに出て行った。
「さあ、こちらに。早速今日からですよ」
所長が僕をセンターの中に連れて行く。途中で担当者という人が加わって、3人で歩く。大きな扉の前に立った。
「あなたのデータはもう登録済みですけど、生体データだけは今登録することになります」
そう言って、担当者が僕の首の後ろに何かを当てた。
「いつっ」
ちくっと痛みが走る。ほんの一瞬だった。
「これでチップが埋め込まれました。後はあなたがこのボタンを押して下さい」
大きな扉の右横に、3センチ角くらいのボタンがあった。言われるがまま、そのボタンを押す。と、大きな扉がガコンと音を立て、ゆっくりと開いた。
「これであなたの生体データが登録されました」
中に入る。そこは長い通路になっていた。通路の右側はガラス張りになっていて、そこから広い部屋が見下ろせる。
「ここがあなたの勤務先です。あなたはこれから3年間、ずっとここで過ごすことになります」
所長が説明した。その部屋は、まるで大きな体育館のように広くて天井が高い。今歩いている通路は天井近くにあって、その部屋全体を見下ろせた。部屋にたくさんの白い機械のようなものが縦横に並んでいるのが見える。一目ではその数は把握出来ない。その機械のところに人が何人もいる。広い部屋の向こう側に目をやると、ここと同じようにガラス張りになっている。たぶん、向こう側にもこれと同じような通路があるんだろう。しばらくその機械のようなものを見つめていると、そこに人らしきものが横たわっていることに気が付いた。
「あれ、人ですか?」
「なかなかいい目をしておられますね」
やっぱり人のようだ。更に目をこらすと、裸のようにも見える。
「裸……ですか?」
所長は腕時計を見る。
「もう少しで時間です。急ぎましょう」
そして、僕等は小走りで通路の奥へと進んだ。また大きな扉とボタン。そこを開くと正面にエレベータがある。それに乗ってしばらく下りる。エレベータが止まってドアが開くと、ドアのすぐ前に白衣を着た人が何人か立っていた。
「じゃ、お願いします」
担当者がそう言うと、白衣の人が僕をエレベータから外に連れ出した。
「さあ、脱いで」
そこで全裸にされる。
(やっぱり、さっきのはみんな裸だったんだろうか)
服を脱がされながら、そう思う。そして、また大きな扉の前に立つ。
てっきり、その扉の向こうはあの広い部屋なんだと思っていた。でも、そこは小さな部屋だった。ただ、部屋の真ん中にあの広い部屋にあったのと同じような白い機械が置かれていた。それはちょっと小さめのベッドくらいの大きさで、まるで人の形のような凹みがある。
「ここに腹ばいになって」
白衣の人が言う。
僕はその指示通りに、その凹みに体を合わせて腹ばいになる。機械はお臍の辺りから下が大きくえぐれていて、そのえぐれた部分に太ももが沿うような凹みがある。それに足を沿わせると、ちょうど跪くような感じでうまく収まった。
白衣の人がその機械に近づいて、何か操作している。首の後ろのチップの所に小さな機械を当て、それをそのベッドみたいな機械の、頭の横にあるくぼみにはめ込む。すると、手足が何かで押さえ付けられたみたいに動かせなくなる。別の人が反対側で何かを操作すると、足の部分が少し横に動いた。誰かがその開いた足の所にいて、何かをしている気配を感じる。僕の股間の下に何かがせり出してきた。
「うっ」
僕のペニスがその何かに包まれた。睾丸の付け根にも何かがある。その何かがぎゅっと締まって、僕の玉を締め付ける。
「どこか痛かったり苦しいところはありますか?」
白衣の人が尋ねた。動けないということ以外は、別に苦しくも痛くもない。
「大丈夫です」
そう答える。
「お名前はAHXWW8H67P2で間違いないですね」
「はい」
それが僕の本名だ。僕等は番号で管理されている。
「では、これから人類強制進化促進プログラム、いわゆる強進プログラムに参加して頂きますが、一度参加すると、基本的に3年間は続けて頂くことになります」
「はい」
それは学校でも教わった。
「その間、この促進用ベンチから離れることは出来ません。24時間、1095日間、あなたはこの状態のままということになります」
「え?」
それは初めて聞いた。
「トイレや食事もそのままで行って頂きます。また、体の筋肉が固定化されないよう、時々そのベンチが動くことがあります」
白衣の人は、事務的に何かを読み上げている。
「お願いします」
そして、部屋の隅にいた誰かに声をかけた。誰かが僕の後ろに近づいてくる。お尻に何かひんやりしたものが垂らされた。
「そして、最も重要な事項です。あなたはこれからここでスタッフにアナルセックスをされることになります。基本的に1日12時間、スタッフが交代であなたのアナルに挿入し続けます」
僕のアナルに違和感があった。誰か……僕の後ろにいる人が、僕のアナルに何かを入れている。
「今日は最初なので、ここで徐々にアナルを広げ、人類強制進化促進プログラムに対応出来るよう、慣れて頂きます」
アナルで何かが動いている。それはぐにぐにと体の中で動いたり、抜き差しされているようだ。
「なにかご質問は?」
アナルの違和感でそれどころではなかった。しかし、一つだけ聞きたいことがあった。
「あの、父や弟にはもう会えないんですか?」
「安心して下さい。保護者の方には年数回、ここでの状況をご覧頂くことが出来ます。保護者の方が要望されれば、他の方にもご覧頂けます」
「で、でしたら」
そう言っている最中にも、アナルの違和感が大きくなる。
「クルムも……弟も、呼んで欲しいです」
すると、白衣の人が何かをボードに書き付けた。
「弟ですか。記録に書いておきます」
なんとなく冷たい反応だ。
「では、あと、よろしくお願いします」
白衣の人達が部屋から出て行く。それと同時に、僕の後ろにいた人が、僕の背中にのしかかってきた。アナルに何かを押し付けられる。押し広げられるような感覚と、裂けるような痛みが襲ってきた。
「いいつっ」
しかし、その人は構わずに僕のアナルに何かを入れる。太い何か……
ふっと、痛みが遠くなった。少しふわっとした感覚……アナルの違和感が、違和感じゃなくなる。その部分を中心にして、じわじわと何かが体に広がっていく。
「ああっ」
知らず知らずの間に声を出していた。後ろの人が背中の上に乗って、体が機械に押し付けられる。でも、僕の体が押し付けられる部分は軟らかく、そして少し暖かい。アナルの奧で熱い何かを感じる。それが体中に広がって、まるで鳥肌が立つような感じだ。でも、嫌な感じじゃない。むしろ……
「あっ」
その瞬間、ふわふわした感じから現実に引き戻されたみたいに、急に頭がはっきりする。同時に体の奥で快感が膨れ上がり、はじける。何が起きているのか理解した。僕は射精していた。
頭の横でピッと音がした。少ししか動かない首をなんとか持ち上げて、目を精一杯そっちに向けてみた。『1』と表示されている。背中の誰かは相変わらず僕のアナルに何かを入れ、それを出し入れしている。それを見ることは出来なかったけど、もう大体想像は出来る。僕は、今、この人にアナルセックスされているんだ、と。
頭の横のカウンターの数字が3になると、僕の背中の人は、別の人と交代した。そして、その人も僕のアナルに挿入した。



2129年、それまで世界は危ういながらもなんとか平和を保っていた。しかし、アジアの小国の暴走が、世界大戦のきっかけを作ってしまった。
その戦争は最終戦争と呼ばれ、1年と少しであっけなく終結した。超兵器の使用により地球は壊滅状態となり、人類は絶滅間際まで追い込まれ、そこには敗者しかいなかった。さらに追い打ちをかけるように超兵器の影響による天候異変が発生し、地上には有害物質を含んだ雨が降り始め、そしてその雨は止むことがなかった。
わずかに生き残った人類は、生きる場所を求めて地下に潜った。そして失った文明を取り戻し、小さいながらもコミュニティが成立し始めた。最終戦争の終結から5年が過ぎていた。




その日は5人に交代でアナルに挿入された。頭の横のカウンターは9になっていた。
 


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