第V部 上の世界


「たぶん、2168年に雌が絶滅したのは本当だと思う。たしか、雌の卵子保管倉庫が爆破されたのって2169年でしょ?」
学校ではそう習ったと思う。HNAKC8S21さんは首を横に振った。
「俺はあんまり歴史は詳しくないから」
クルムは何も言わない。それは僕の言ってることが間違ってないってことだと受け止めた。
「それが凄い事件になったんでしょ? もし、その時にまだ雌が生きてたら、それほどにはならなかったんじゃないかな」
「中央が、雌が生存していることを隠蔽してたとしたら?」
「それってなんのために?」
HNAKC8S21さんの質問に僕は聞き返す。
「雌が絶滅して、凄い騒ぎになったって学校で習ったけど、それって下手したら、世界統制中央機関がひっくり返るくらいのことだったんじゃないのかな」
「そうかもしれないな」
僕は写真の雌をもう一度見た。
「だから、本当に雌は2168年に絶滅したとして……」
「じゃ、ここに写ってるのは?」
クルムが尋ねた。
「女死病って、雌だけが死ぬ病気だよね」
クルムとHNAKC8S21さんが頷いた。
「でも、この人は2170年に生きていた。ってことは……」
僕は一息吐いた。
「えっと……ふたなりって聞いたことある?」
HNAKC8S21さんは首を縦に振り、クルムは横に振った。
「例えば、雌だけど、雄の性器もあるってこと」
「なにそれ」
そして、クルムは少し考える。顔を上げて言った。
「そういえばあの……嫌な人が言ってた、兄ちゃんはふたなりって」
「はあ?」
HNAKC8S21が声を上げる。
「MJYK7H64さんだよ。僕が雌みたいによがってたから、ふたなりなんじゃないかって」
僕が答えると、HNAKC8S21さんは少し怒ったような顔をした。
「そんなことはともかくさ……女死病は雌が罹るんでしょ?」
「ああ」
HNAKC8S21さんは頷く。
「もし、この写真に写ってる雌は実はふたなりで、ペニスもあったとしたら、女死病に罹るのかな」
「それは……」
僕はクルムとHNAKC8S21さんの顔を見た。
「つまり、普通に雌じゃなくて、少し雄も混じってたから、女死病の影響が普通の雌より少なかったって可能性はないかなって」
「その可能性がない、とは言えないな。あくまで可能性だけどな」
HNAKC8S21さんは言った。クルムはまだ少し理解が出来ていないようだ。
「つまり、この人は雌だけど少し雄でもあったのかもしれないってこと。だから、2170年にも生きてたってこと」
クルムは首を傾げている。
「でも、雄と交尾することで、子供が出来た……お父さんと交尾して、クルムが生まれたってこと」
「雌だけど雄でもあったってこと?」
「そう。簡単に言えばね」
あくまで僕の想像だ。でも、2170年に生きていたってことを考えると、僕にはそれしか考えつかない。
「じゃ、今も生きてるかもしれない?」
僕は目を伏せた。
「たぶん……やっぱり雌だから……」
「遅かれ早かれ女死病には感染したんだろうな」
HNAKC8S21さんが言った。
「うん。だから、たぶん……」
そういうことだ。
「そっか……」
僕は口を噤んだ。
「でも、だったら僕はお父さんの本当の子供なんだ」
クルムが嬉しそうに言った。
「僕、ヒトなんだ。兄ちゃんと同じヒトなんだ!」
そうだ。その疑問がまだ残っている。
「でも、クルムはクローンとして飼育施設で育てられた。それはどうしてなんだろう……」
「それはたぶん……」
HNAKC8S21さんが言った。
「あの頃、今もそうだけどクローンは中央が管理していた。それ以外で子供が生まれるなんて、あり得ない筈だ。だから、君達のお父さんと、その……雌の間に子供が生まれることも、あってはならない事だったんじゃないかと思う」
そして、クルムを見る。
「もし、クルムが生まれたことが中央に知られたら……」
「処分される?」
クルムが言った。
「処分というか……クルムも、その雌も中央に捉えられて、研究対象になってた可能性は高いだろうね。ひょっとしたら解剖とかも……」
「クルムを助けるために、クローンとして施設に入れたってこと?」
「恐らく。それがクルムを生かす唯一の方法だったんじゃないか?」
なんとなく納得した。だから、お父さんはクルムを探し、見つけ出し、引き取り、そして、逃がすのに協力してくれたんだ。
「たぶん君達のお父さんは、中央の中枢に、ひょっとしたら世界総帥その人になんらかの繋がりがあったんじゃないかと思う。だから、施設に入れることも、その後で引き取ることも出来たんだと思う。恐らく……」
そして、僕の顔を見た。
「トモロが神の子であることも関係してるのかもな」
世界総帥とお父さんが……にわかには信じられない。でも、そう考えたらいろんなことが可能になる。クルムを引き取ることも、僕等を兄弟として育てることも、それに……
「あの扉の番号も」
上の世界に出るためのはしごがあった部屋。あの部屋に入る扉を開くための番号も、お父さんは知っていた。
「だとしたら、君達のお父さんは、ただでは済まないとは思うけど、処刑されたりはしない可能性は高いと思う」
「そうだよね」
クルムの顔が輝いた。
「分からないけどね。可能性はあると思う」
「良かった……」
僕とクルムが同時に言った。
「でも、それじゃ、なんで神の子の兄ちゃんを連れ戻しに来ないの?」
「それは、さっきも言ったけど、もう特別じゃないから」
「でも、世界総帥の子供なんだよね?」
「実は……」
HNAKC8S21さんがちらりと僕を見た。
「僕は大丈夫だよ」
何を言おうとしているのかは分からない。でも、たぶん大丈夫だ。
「最後の世代、6人いるよな」
僕は頷いた。
「あの6人、全員が世界総帥の子供だって噂がある」
「僕じゃなくてもいいってこと?」
「まあ……そういうことだ」
少しの間、誰も何も言わなかった。
「なんだか……ほっとした」
僕は言った。
「ホントに連れ戻されない可能性が高いってことだよね」
僕は両手を広げて伸びをした。
「ああ、良かったぁ」
心からそう思った。クルムのことも、お父さんのことも、最悪じゃない。むしろ、良い方だ。

それから1ヶ月ほどかけて、僕等は居場所として候補に挙がった3ヶ所の廃墟で、数日ずつ過ごしてみた。結局、水場に近くて天井がちゃんと残っていた場所を、僕等の住処として3人で決めた。
3人で廃墟を細かく調べて回る。いろいろと使えそうな物を拾い集める。フライパン、パイプ、テーブル、その他いろいろ。
「これだけあれば、いい家が作れそうだな」
そして、HNAKC8S21さんがテントや拾ってきた物を使って家らしくする。その間に、僕等は調理器具を据え付けてキッチンを作る。翌日には、パイプを使って水場から家の裏まで水を引いてきた。僕等が据え付けた調理器具の周りに石を組んで、かまどを作る。穴を掘って、お風呂っぽいものまで出来た。
その夜は、穴に水を溜め、焼いた石を入れてお風呂を沸かした。何ヶ月ぶりかのお風呂だ。僕とクルムがHNAKC8S21さんの背中を流す。そして、お互いの体を洗い合った。ほっとする時間だった。
お湯にクルムと一緒に浸かる。すると、クルムが僕のペニスを握ってきた。
「やめろって」
もう発作はほとんど出なくなっていた。でも、油断は出来ない。僕はなるべくそういうことはしないようにしていた。
「僕だってずっと我慢してたんだよ」
クルムが僕を見つめた。
「お湯がぬるくなってきたから、また石を焼いてくる」
HNAKC8S21さんがそう言ってかまどの方に行った。
「兄ちゃん……」
クルムが顔を寄せてきた。僕等は口を重ねた。何ヶ月ぶりかのキス。記憶の中のキスよりも気持ち良い。お湯の中でクルムを抱き締める。肌が触れあう感触。
「ああ、クルム……」
今度は僕がクルムに口を押し付けた。勃起したペニスを握られる。僕も握り返す。
「兄ちゃん、立って」
僕は立ち上がる。すると、クルムが僕のペニスを口に咥えた。
「あっ」
久しぶりの感触。一瞬腰を引きそうになる。
(もう大丈夫だ)
心の中で自分に言い聞かせるように強く思った。そして、クルムの頭をペニスの前に抱き寄せる。
「んんっ」
ペニスの先がクルムの喉に当たる。顔を離して咳き込む。でも、すぐにまたペニスを口に含む。
「あぁ、気持ちいい」
体が震えるような快感だ。
「今度は僕の」
クルムが顔を離して立ち上がる。僕はその前にしゃがみ込む。クルムの足に手を掛けて、ペニスを口に入れる。クルムの足が微かに震えている。
(クルムも気持ちいいんだ)
少し嬉しくなる。ペニスを咥えながら、手をお尻に回す。割れ目を撫でて、そして指でアナルを撫でた。
「あぁ」
クルムが腰を突き出す。僕の喉にクルムのペニスが当たる。我慢してそれを受け入れる。
「ああ、兄ちゃん……嬉しい」
僕も同じだ。
「クルム……僕も」
僕は立ち上がる。クルムに背中を向けて、少し前屈みになった。クルムはしゃがみ込んで、僕のアナルを舐め始める。
「ああ、クルム」
僕は我慢出来なくなって、振り返ってクルムの脇に手を差し入れた。クルムを立たせ、抱き締める。口を押し付ける。そのままお湯から出て、横の床に押し倒す。クルムの顔の上にお尻を下ろす。クルムはアナルを舐めてくれる。僕は目の前のクルムのペニスを口に含む。手を太ももに回して強く引き寄せる。無意識に頭を上下させていた。
「ああ、兄ちゃん!!」
クルムが僕の口の中で射精した。口いっぱいに精液の臭いが広がる。クルムの種なしの精液……いや、クルムはクローンじゃないんだから、種なしじゃないかもしれない。種なしだって判定も、何か操作されていたって可能性もある。僕はクルムの精液を味わい、飲み込む。クルムのペニスはまだ勃起したままだ。僕は一旦立ち上がって、体の向きを変えて、クルムの上にしゃがみ込んだ。
クルムの勃起したままのペニスに手を添える。その上に腰を下ろす。クルムの先が僕のアナルに触れる。そのまま、腰を落とす。
「あぁ……」
クルムが僕に入ってくる。
「気持ちいいよ、クルム」
クルムの上に座る。奥まで入っている。ゆっくりと腰を上下させる。
「兄ちゃん……暖かい」
クルムが僕の腰に手を添える。その手の動きに合わせて、僕は腰を上下させた。
「ああ、クルム……」
すぐにクルムが僕の中で射精したのを感じる。でも、そのまま腰を動かし続ける。じんわりと気持ち良さが体中に広がる。僕のペニスもビクビクと揺れている。
「兄ちゃん……」
クルムが僕の腰を押さえる。僕はクルムを見る。クルムが僕に言う。
「僕、兄ちゃんに入れて欲しい」
僕はまだ、誰にも入れた事はない。でも、クルムがそうして欲しいというのなら……
僕はクルムの上から降りた。クルムが足を抱える。クルムのお尻を持ち上げる。クルムのアナルを舐める。
「ああ、気持ちいい……」
ここにはもう、HNAKC8S21さんの太いペニスが入っている。だから、僕のを入れても大丈夫だ。僕はクルムのアナルにペニスを押し当てた。
「兄ちゃん、入れて」
それに応じるように、僕はゆっくりとクルムの中に入った。
「ああ、兄ちゃん……」
その中は暖かい。僕のペニスをクルムの体が包み込んでくれる。
「クルム……」
「兄ちゃん……」
クルムが僕に向かって両手を突き出した。僕は体を倒してクルムに顔を近づける。クルムが僕の背中に手を回して引き寄せる。自然と口と口が重なる。アナルに入れながらキスをする。キスをしながら喘ぎ声を漏らす。キスをしながらお互いを呼び合う。
「ああ、気持ちいい」
溜め息交じりにそう言うと、クルムはキスで答える。
「出そう」
そう言うと、クルムがぎゅっと抱き締めてくる。ぴったりと体をくっつけたまま、僕はクルムの中に射精した。久しぶりの射精だった。
そのまま抜かずにまた腰を動かす。クルムが喘ぐ。クルムの体に僕の体を打ち付け、押し付ける。2回目の射精。クルムの体が震える。クルムもまた射精した。その瞬間、クルムのアナルが僕のペニスをぎゅっと締め付ける。僕は3回目の射精をする。
「ああ、兄ちゃん……僕、僕、幸せだよ」
「クルム……僕も」
「邪魔、かな」
いつの間にか、HNAKC8S21さんがそばで僕等を見ていた。
「ああ、HNAKC8S21さん」
僕は手を伸ばす。すると、HNAKC8S21さんはクルムに入れたままの僕の後ろに回る。アナルに指を入れられる。
「指じゃなくて……」
「分かってる」
HNAKC8S21さんが僕に入ってくる。久しぶりに体が押し広げられる感触。
「ああ、太い……」
アナルが広がっていく。そして、HNAKC8S21さんの太いペニスを受け入れる。
「俺も久しぶりだからな。遠慮はしないぞ」
そして、その太いペニスで僕のアナルを奥まで貫く。
「あぁ」
HNAKC8S21さんが腰を動かす。クルムに入れたペニスも、HNAKC8S21さんが入っているアナルも気持ち良い。僕はまた射精した。HNAKC8S21さんが僕の中で動くと、僕の体も動く。僕が動くとクルムも気持ち良さそうな声を上げる。そうやって、僕等は繋がったまま、何度も射精した。あの、機械に繋がれていた時のように、何度も何度も射精した。僕の精液がクルムを満たす。それは、ひょっとしたら……HNAKC8S21さんが言ってた血の繋がり、僕が思ってる通りだったとしたら……

僕等3人は、全裸のまま寝そべっていた。誰も立ち上がらない。誰も立ち上がれない。久しぶりに交わった僕等は、動けなくなるくらい貪り合った。
上の世界で初めて感じる幸せだった。


夢を見た。
子供がいた。
クルムが子供を抱いていた。その横で僕が笑っている。ちょうどあの写真のお父さんと雌のように、僕とクルムが並んで立っていて、そして、僕の横でクルムが子供を抱いていた。あの写真でクルムが雌に抱かれていたように……
(やっぱり……そうなんだ……)
夢の中で僕はつぶやいた。

僕等の家の一番広い部屋、いつもみんながいる部屋の少し高い場所に、あの写真を飾った。お父さんに感謝するために、そして、お父さんがこの写真に込めた、僕等に託した希望を忘れないために。




2330年、地下の世界では、細々と人類が生き延びていた。
世界統制中央機関による人類強制進化促進計画は、わずかながらも成果を上げ、結果として、雌が絶滅した後も人類は存続することが出来ていた。突然変異により生まれた『子供を産める男』は徐々にその数を増やしていった。しかしながら、そんな彼等からも雌が生まれることはなかった。
その年、最終戦争終結から200年が経ち、ようやく世界統制中央機関は地上の調査に乗り出した。20名の先行調査隊による調査の結果、大気に毒性はなく、また、降り続いているとされてきた猛毒を含んだ雨も降っていないことが確認された。その後の大規模な調査により、地上は植物が生い茂り、まるで原始時代のような状況であると報告された。
世界統制中央機関は、地上の一部のエリアについて、人類の土地として開拓することを決定した。それは、かつて人類が地上で謳歌した文明を取り戻す第一歩となった。

一方で、人類が立ち入ることが認められていない地域もあった。報告では、その東方地域は汚染が残り、人が立ち入るのが危険とされていた。が、それは表向きの理由だった。
2334年、その地を調査した部隊によると、その地には人類が生息し、小規模ながらコミュニティを形成していることが報告されていた。彼等の村には、多くの子供がいることが確認されていたが、雌は一人も発見されなかった。
その種族は、我々が一般的に使用している言語と極めて近い言語を用い、自らをクル族と称していた。そして、彼等の始祖を神として崇めていた。
彼等に伝わる神話によれば、神は地の底からやって来たと伝えられていた。
その神は、クルムと呼ばれていた。

<Rainy Planet 〜雨降星〜 完> 


Rainy Planet Index