プロローグ

「早く起きなさい」
誰かが言っている。僕はうっすらと目を開く。まだ真っ暗だ。
「んん、もうちょっと」
僕が言った。僕が? いや、僕は言ってない。
「遅刻するわよ」
「もう起きる」
僕じゃない。誰かが言っている。
「ほら、遅刻するわよ。早く起きなさい」
その声がすぐ近くで言った。
「もう・・・」
と、突然揺れだした。
(地震?)
すごく大きい地震だ。体が揺れる。なんだか押し付けられる。ぐらぐらと振動する。僕の体が動いている。まるでどこかに運ばれるみたいに。
周りが少し明るくなった。しばらくそのままで、また暗くなる。また振動。今度は前より少し長い。
「ほら、早くご飯食べなさい」
「その前に、トイレ」
また誰かの声。
(しゃべってんの、誰だよ)
そう言おうとしたけど、声が出ない。と、急に周りが明るくなった。目の前に白い、何か見覚えのあるものが迫ってきた。
そして、僕の顔のまわりが何かに押し付けられる。
「ん・・・」
僕の体の奥の方から何か力を感じる。その力が僕の体を押し開く。
(え、な、なに?)
ちょ、ちょっとこれって・・・
それは、書けない。書けないことが起きてしまった。
やがて、ぽちゃん、と音がした。そして、何かが僕の顔に押し付けられる。ガサガサと音がする。また暗くなって、体がどこかに運ばれる。
(んぎゅ)
また僕の体が押し付けられる。
「ほんとに毎朝毎朝・・・もう中学二年なんだからしっかりしなさい」
女の人の声だ。
「分かってるよ、ママ」
誰かの声。なんとなく聞き覚えがある。
「じゃ、行ってきます」
なんだかわけが分からない。わけが分からないけど、僕には何もできなかった。

(え、なになに?)
僕の顔を何かが覆っている。それを取り払おうとする。でも・・・手が動かない。
(どうなってるの?)
手がおかしなことになっているのかもしれない。だから手を見ようとする。でも、顔が動かない。体が左右に揺れる。何がどうなってるのか、さっぱり分からない。
(夢だろ、これ)
そう思う。けど、僕の意識ははっきりしている。こんなはっきりしている夢なんてあるんだろうか。そのまましばらく体が揺れ続ける。
「あ、おはよ」
誰かが言う。
「御山君、おはよう」
別の声が聞こえた。
(ん、御山君? まさか、この聞き覚えのある声って、ひょっとして・・・)
「ね、御山君、宿題やってきた?」
「当然でしょ」
この声。
「悪い、写させて」
「自分でやらなきゃ意味ないだろ」
「そこをなんとか」
僕はその声に聞き耳を立てる。そうだ、この声は僕らのクラスの御山君の声だ。そして、もう一つは子安だ。間違いない。
(御山君)
僕は御山君に呼びかけた。けど声が出ない。
(御山君って・・・子安、聞こえるだろ、僕の声)
やっぱり声が出ない。二人は僕をガン無視して話を続けている。
(なんなんだ、これって)
やがて、ざわざわとした雰囲気。見えないけど分かる。教室だ。
(んぎゅ)
また顔が何かに押し付けられた。なんとなく分かってきた。いや、分からない。全く分からない。だけど、どうやら僕が押し付けられているのは椅子みたいだ。そして、押し付けられるだけじゃなく、誰かに上に乗られてるみたいな感じ。ってことは・・・
間違いない。僕は、御山君のお尻の下敷きになっている。
いや、違う。御山君のお尻そのものになってるんだ!


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