僕の腰の高さよりも高い草をそっとかき分ける。その先で小さな何かが光る。
(まだあるんだ)
その人工的な赤い光は、時々点り、そしてしばらく消える。僕は草を元に戻して少し横に動く。3メートルほどずれたところでもう一度草をかき分ける。今度は光るものはない。
(よし)
その先は木がたくさん生えていて、まるで森のようになっていた。そして、その奥にようやく巨大な建物が見えてきた。
「ああ、あれか」
思わず声に出した。そう、あれが僕が目指す古代研究所だ。
「ここまで来りゃ、もう大丈夫だろ」
そう言って男が草の上に座り込んだ。周りに別の男が二人。
「まさかこんな所に逃げ込んでるなんて、軍も想像もしないだろうな」
背負っていた鞄を地面に降ろす。彼等は大量の金を盗み出し、ここに逃げてきたのだ。
「でも、大丈夫なのか、ここ」
少し細身の男が周りを気にする。
「大丈夫だって。下調べ済みだ」
最初に座った男、リーダー格の男が言った。
「この一帯はセンサーがない。昔、ここらで火事が起きて、それ以来設置されていないらしい」
「じゃ、大丈夫だな」
もう一人、ニット帽を被った男が草の上に仰向けに寝転んだ。
「これからどうするんだ?」
細身の男が言った。
「取りあえず、ここで夜を明かして、それから」
言い掛けた時、草をかき分け誰かが顔を覗かせた。
「あっ」
草をかき分けたその先に誰かがいた。目が合った。僕は一瞬固まる。そして、逃げようとした。でも、誰かが僕の腕を掴む。
「待てよ」
男の野太い声だ。
「ご、ごめんなさい」
きっと古代研究所の警備員なんだろう。
「ちょ、ちょっと近くまで行ってみたいって思ったんです。警備員さんごめんなさい」
この森は、古代研究所の敷地内だ。古代研究所では特別な何かを研究しているとの噂があった。僕はそれを見てみたい、単なる好奇心だった。
「落ち着け」
男が強く腕を握った。
「俺達ゃ警備員じゃない」
僕は腕を掴んでいる男を見た。その後ろに別の男が二人。
「警備員だったらまだマシだったのにな」
3人の男は一様に薄笑いを浮かべていた。
「だ、誰」
男達の笑い顔に何か気味の悪いものを感じる。逃げたい。でも、男に腕を掴まれ逃げられない。
「お前こそ、こんなところで何してるんだ」
ニット帽を被った男が言った。
「ぼ、僕は、ただ・・・」
「ただ?」
「あそこに行ってみたくて」
僕は彼等の後ろの建物を指差した。
「そうか。でも、残念だったな」
ニット帽の男が言った。3人が僕を取り囲んでいる。
「な、なん・・・ですか?」
声が震える。
「そんなに怖がるなよ」
3人の中で、一番嫌な感じの人が言った。
「俺達と楽しもうぜ」
そして、僕は地面に押し倒された。
「何すんだ、やめろ!」
僕は男の手から逃れようと、体を捻り、足をバタつかせた。でも、男達は3人、僕は一人。とても逃げられる状態じゃなかった。
「な、何するんだよ・・・」
男達に押さえ付けられ、僕は身動きできなくなった。顔が地面に押し付けられる。土の匂いがする。
「大人しくしていろ」
二人が僕を押さえ付ける。もう一人が僕を見下ろしながら言う。
「こんなところにいるお前が悪いんだ」
男の手が僕のシャツに掛かった。シャツのボタンが弾け飛んだ。
人類が地球を捨てて、すでに300年近くが経つ。人類がボタンを押してしまった環境破壊。それはある時点から人類の英知を遙かに超えて暴走し始めた。地球上のありとあらゆる場所で異常気象が、いや、そんな生やさしいものではない。天変地異レベルの異常気象が荒れ狂い、その影響は地軸の傾きにまで影響を及ぼした。加速度的に地球は荒れ果て、人類はその星を捨てる決断をするしかなかった。
各国が協力し、移住可能な星を探査したが、その結果が出るだけの時間的猶予はなかった。その結果、人類は宇宙を放浪する民となった。宇宙歴元年のことだった。
地球人類は、国毎に宇宙艇で地球を脱出した。彼等はいくつものグループに分かれ、それぞれが移住可能な星を探しさまよった。やがて、日本から飛び立ったグループの一つがとある星を発見した。地球に良く似た環境のその星。彼等はその星に降り立ち、そしてそこを新たな地とすることを決めた。
その星は大気の成分や気候、その他いろいろな条件が地球と酷似していた。そんな地を新たな拠点と決めた人類は、3ヶ月は停泊した宇宙艇で過ごし、やがて危険がないと判断すると、徐々に外に出て生活を始めた。宇宙艇に積んでいた機材で基地を作り、他の宇宙艇にも連絡し、この星に呼び寄せた。
しかし、この星にたどり着いた元地球人類は、全体の1パーセントにも満たなかった。既にどこか宇宙の果てで航行不能となった艇、ブラックホールやその他危険な星域に踏み込んでしまった艇、原因不明で通信が繋がらない艇がたくさんあった。彼等わずかな地球人類の生き残りは、たどり着いたこの星を、新地球と名付けた。
彼等はまず新地球の各地を調査した。その結果分かったことはいくつかあった。おそらく過去に知的生命体が存在していたが、何らかの理由で絶滅し、今は存在していないと思われる、ということ。そのため、星の半分は自然に恵まれ、食用可能な動物や植物が豊かな土地であるということ。海もあり、飲用にできそうな水も多く、穏やかな天候で、宇宙をさまよった彼等にとってはまるで天国のような星であるということ。
そして、その星には、地軸に沿うように大きな断層が一周している、ということ。
その断層は、幅数キロに渡ってその星を2つに分割していた。が、その幅は一定ではなく、部分的には人が飛び越えることができそうなほど狭い箇所もあった。また、幅の広い部分でも、断層の向こう側とこちら側を繋ぐかのように、細い岩場が続いているところが数カ所は確認された。
その断層ができたのは少なく見積もっても数万年程度前のことだと思われた。巨大な星が近くを通過した際に新地球そのものが引き裂かれそうになった痕跡ではないかとか、古代、二つの星が衝突してこの星ができた名残ではないか等々、様々な憶測が成された。しかし、その結論は出されなかった。今、人類にとってはその解明は後回し、まずは文明を取り戻すことが先決だった。
しかし、後年、その調査を真っ先に行うべきであったと多くの者が言った。彼等がその断層の調査に着手したのは、この星に降り立ってから25年近くが経ってからだった。
その年、この星で巨大地震が発生した。幸い、彼等が住み着いたこの星の断層のこちら側、「新天地」では大きな被害はなかった。が、断層の向こう側、「彼の地」では地形が変わるほどの影響があった。この地震は星を一周しているあの断層と何らかの関わりがあると考えられた。そして、ようやく断層の調査に着手した。
断層の奧を無人探査機でくまなく調査をした結果、驚くべきものが発見された。おそらく地震で発生した新たな亀裂、その奧の断面に、生物らしきものが埋まっていることが確認されたのだ。それも、2体。その1体は断面の表面にほぼ露出する形で埋まっていた。それは、恐竜のような、巨大な動物のようなものだった。もう1体は部分的にしか露出しておらず、おそらくは同様の生物だったものと思われた。
彼等がその調査のための準備をしている時、再び地震が起きた。また無人探査機を降ろしてみる。と、表面に露出していた方の1体が消えていた。おそらく地震で表面から抜け落ち、断層の奧に落ちてしまったのだろう。そしてもう1体が露出していた。それは、まるで人だった。いや、人に似た、しかし生物とは異なる無機質な何かだった。
すぐに調査・発掘チームが編成され、大規模な発掘作業が行われ、人類はそれを掘り出した。それは全長が20メートルほどの、ロボットのようなものだった。
そのロボットのようなものは、とある研究施設に収容された。当初はあの断層を調査し、この星の古代から現代に至る成り立ち、そして先住民が滅んだ理由を研究するための施設だったその古代研究所は、その時からロボットを調査する研究所となった。
そのロボットは、もう1体の恐竜のような物に比べれば人間に似ていた。その表面は金属のような硬さであったが金属ではなかった。触っても冷たくなく、叩くとセラミックのような音がする。しかし、人類の持つ機材では、破壊することはおろか、傷付けることもできなかった。頭部には目や鼻と思えるような造形物がある。が、おそらく生物の目や鼻とは異なるもののようだ。口はない。耳に当たる部分には、小さな突起。そして、左の耳の後ろ側にあたる部分には長さ数センチ、幅数ミリのスリットがあった。その部分に内視鏡を入れてみたが、ただの四角い空間でしかなかった。胸に直径3センチほどの小さな赤い円が21個集まって丸い形を成している。同じような円が腰の周りを一周している。それ以外に穴や隙間、継ぎ目はない。
少しクリーム色がかった白いそれ、一般的にはロボットと言われていたが、それがなんなのか、人類には分からなかった。
そんな時、それは突然出現した。
断層の向こう側、彼の地にあの恐竜が現れた。それは彼等が断層で見つけた恐竜にとても良く似ていた。が、同じではなかった。恐竜は口から光線を放出し、辺り一面を蒸発させた。彼の地での出来事であることが幸いだった。が、恐竜は徐々に新天地との境界に近づいてくる。ただし、そのスピードはおそらく実際に恐竜がいたとしたらこの程度だろうと思われるようなスピードだった。いずれは何らかの対応を考える必要がある、とは思うが、今すぐに、という速度ではなかった。
が・・・突然恐竜が消えた。次の瞬間、恐竜は新天地に現れた。その特徴から見て先ほど彼の地にいた恐竜に間違いなかった。
新天地の辺境の街が、一瞬にして蒸発した。人類にはそれを食い止める時間も手段もなかった。
軍隊の出動が命じられた。が、その直後、また恐竜が消えた。今度はまるで体が分散していくかのように、かき消えていった。次はどこに出現するのか、人類はパニックに陥った。が、5分経っても、10分経っても恐竜は現れなかった。
それ以降、恐竜はほぼ2、3週間に1度のペースで出現し、辺境の街から、徐々に中心部へと近づきながら街を蒸発させていった。しかも、いつも同じ恐竜ではなかった。今のところ複数体が同時に出現することはなかったが、少なくとも4体の個体が確認されていた。さらに、恐竜は出現から11分16秒経つと、必ず消失するということも分かった。
僕は男達に組み敷かれていた。どんなに暴れても無駄だった。力の強そうな男が3人、一人が僕の背中に乗り、一人が僕の足を押さえ、もう一人が僕の横にしゃがみ込んでいる。
「やめろぉ」
僕がどんなに叫んでも、やめてくれるような気配は全くない。
突然、大きな音がした。耳を覆いたくなるくらいの大きい音。サイレンだ。いつも聞いているサイレンの音がすぐ近くで鳴り響く。続いてアナウンス。
「W103地区に異獣出現。付近の住人は直ちに避難してください」
W103地区というのは、ここから西、つまりあの断層の方に向かったところだ。
「おい、恐竜が出たとさ」
細身の男が僕の横にしゃがみ込んでいる男に言った。
「103なら随分と離れている。ここまでは来ないさ」
横の男が言う。
「あいつ等は10分ちょいで消えちまうんだからな」
僕のシャツが引きちぎられ、剥ぎ取られた。そして、男が近くのカバンを引き寄せた。
「もし来たら、その時逃げればいい。こいつを置いてな」
そして、カバンから取り出したロープで、僕の足を縛った。
「やめてください」
体を揺すってもどうにもならなかった。足は縛られ、そのロープが近くの木に結びつけられる。
「お前が抵抗すればするほど、時間が経っていく。恐竜がここまで来ちまうかもな」
男が笑った。
「さて。楽しませて貰うとするか」
裸にされた僕の上半身に男が手を伸ばす。この後、どんなことをされるのか、僕はどうなるのか・・・
「い、嫌だぁ!!!」
これまで出したことがないような声で絶叫した。何度も何度も叫んだ。叫び続けた。が、男達はその手を止めなかった。
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