ヒーロー

9 異獣

僕等はずっと、西に向かって歩いていた。
前をハルトが歩く。その後ろを少し距離を空けて僕がついていく。何もない、いや、全てが消え去った廃墟のような街を僕等はただ歩き続ける。夜になったら適当なところで僕等は愛し合う。セックスする。そして、夜明けとともに歩き出す。西に向かって。彼の地に向かって。

4日くらい経った頃だった。
「もうすぐだよ。ほら」
ハルトが指さすその向こうには、何かが地面を這うように続いていた。断層だ。新天地と彼の地を隔てている断層が見えてきたんだ。
「後、1日くらいかな」
僕を振り返って言う。そしてまた歩き出す。
「あれから、一度も異獣は出ていないよね」
「そうだね」
僕の問いにハルトはすぐに答えた。そして、僕は口をつぐむ。そのまま僕等は歩き続ける。歩き続けて夜になる。

廃墟の中で僕等二人はキスしあっていた。何もない、なんの音もしない世界の中で、僕等が交わすキスの音だけが聞こえている。
「愛してる」
ハルトが言う。
「僕も」
「知ってる」
二人で笑う。心の奥からの笑顔だ。二人で服を脱ぐ。抱きしめ合い、撫で合う。二人とも勃起している。僕はハルトの前に跪き、そのペニスを口に含む。
「ああ」
ハルトが声を上げる。僕はゆっくりと頭を動かす。ハルトのペニスに口を沿わせ、その先を舌でこじ開けるようにして舐める。ペニスを上に持ち上げてその付け根、玉にも舌を這わせる。その間中、ハルトはずっと僕の頭を優しく撫でてくれる。
「交代しよ」
ハルトが言った。今度は僕が立ち上がる。ハルトが僕のペニスを口に含む。ハルトの口の中は温かい。僕のペニスを舌で愛撫してくれる。僕と同じようにペニスを舐め、その根本に顔を埋めている。僕もハルトの頭を撫でる。僕もしゃがむ。ハルトの頬に手をかけてキスをする。ハルトもキスを返してくれる。軽いキス。そして、お互いの口を貪り合うような激しいキス。その間も僕等はぎゅっと抱きしめ合い、体を撫であう。ハルトの手が下がって僕のお尻を掴む。僕も同じようにハルトのお尻を掴む。そこを揉みしだく。ハルトの指が僕のアナルに触れる。
「ああっ」
それだけで声が出る。僕も同じようにハルトのアナルを触る。ハルトの体に一瞬力が入る。ハルトのお尻の割れ目の奥を、割れ目にそって指で撫でる。
「それ、くすぐったい」
ハルトが言う。でも、僕はハルトのお尻の奥を撫でるのが好きだ。そうしていると、ハルトも僕のお尻の割れ目を指で撫でてくれる。
「僕は気持ちいい」
そして、僕は床に仰向けになる。
「ハルト」
ハルトは僕の頭の両側に足を突く。そのまま、僕の顔の上に座る。僕は舌を伸ばす。その先にはハルトのアナルがある。僕はハルトのアナルを舐める。男達に舐められたことはあったけど、これまで舐めたことはなかった。ハルトだけだ。ハルトのアナルをじっくりと舐める。
「んっ」
ハルトが体を揺らす。
「気持ちいい?」
僕が尋ねると、ハルトは必ず答えてくれる。
「気持ちいいよ、ケンジ」
僕は舌を伸ばしてハルトのアナルの奥まで舐めようとする。でも、残念ながら入り口と少し先までしか届かない。
「僕に入れてみる?」
いつもハルトは言ってくれる。でも僕は首を横に振る。
「入れてみたいって思わない?」
確かに、いつも僕が入れてもらって気持ち良くしてもらっている。でも、なんとなく僕がハルトに入れるのは違う気がする。
「でも、僕はケンジになら入れられたいと思ってるよ」
それは嬉しい。でも、そこまで行ってしまうのは少し怖かった。
「僕が入れられる方」
「分かった」
ハルトが僕の上から降りる。僕は仰向けのまま足を抱える。ハルトが僕のお尻のところにしゃがみ込んで、僕のアナルを舐める。
「入れるよ」
そして、僕に入ってくる。
「ああっ」
入れられる、という行為。ただそれだけなのに、なぜ男達に犯されるのと、ハルトに入れられるのではこんなに違うんだろう。もちろん答えは分かっている。でも、それだけではないように思える。
「あったかくて気持ちいい」
ハルトが言う。そのまま体を倒して僕にキスする。
「ああ、ハルト」
その体を抱きしめ、口を貪る。アナルの中にはハルトがいる。そのハルトが動く。僕を中から抱きしめてくれているようだ。体の外も、中もハルトに愛されている。その気持ち良さ、その、幸せ。
「ああっ」
ハルトの体を抱きしめたまま、僕は射精した。
「ああ、ケンジ、愛してる」
僕の中でハルトが射精したのを感じる。
「ああ、嬉しい」
ハルトに入れられたまま、キスをする。抱きしめる。抱き合ったままで、一つになったままで僕等は一緒に朝を迎えた。

目の前に断層があった。断層の向こう側はよく見えない。ただ、少し先に断層の向こう側に渡れそうな、細い繋がった部分が見えている。
「やっと、ここまで来た」
ハルトが目をこらしながら言う。僕はうつむいていた。今朝から、ほとんど何も言わなかった。ハルトはそんな僕を気にしていたけど、でも何も言わなかった。きっとハルトも分かってたんだと思う。
「今日はここで泊まろうか」
まだお昼少し前くらいの時間だ。その気になれば、今日中に断層を渡ることも可能な時間だろう。でも、僕は何も答えなかった。
その周囲には何もなかった。もともと辺境の地だから、建物とかはない。僕は地面に座って頭を垂れている。ハルトは何も言わない。何も言わないまま、姿を消した。
僕は大きなため息を吐いた。仰向けに寝転がる。空が青い。遠くに雲がある。あれからここまで何日もハルトと二人で歩いてきた。その間、いくつもの廃墟を通ってきたけど、誰もいなかった。誰にも会わなかった。生きている人には、誰も。
あれから異獣が出現したのかどうか、それも分からない。
「はい、食べ物」
ハルトが帰ってきた。こうやって、ハルトはいつもどこかから食べ物を調達してくる。何もないところなのに、なぜか、ちゃんと調達してくるんだ。僕はそれを食べる。ハルトが僕のために調達してくれたんだから。そんなハルトの気持ちに応えるために。

「聞いてもいい?」
僕は久しぶりに口を開いた。
「うん」
ハルトが僕を見た。
「ハルトは・・・帰りたいの?」
「うん」
ハルトが当然のように頷いた。そして、笑顔で言った。
「やっぱり、気づいてたんだ」
僕は頷く。
「いつ気がついたの?」
「あの、ロボットの格納庫で、初めてセックスした時」
ハルトが少し驚いたような顔をした。
「あの時、もう、気づいたんだ」
「ひょっとしたらって思ったのは、もっと前。教室で助けてくれた時」
ハルトが目を丸くした。
「えっ・・・うまくやってたつもりだったのにな」
「うん。だから、最初は勘違いか何かかなって思ってた」
二人とも黙り込んだ。僕は顔を上げて、断層の向こう側に目を凝らす。
「なぜ?」
ハルトが短く尋ねた。
「最初は、僕が犯されることでロボットを操縦してるって知ってるような感じだったから」
あの教室での出来事の時だ。
「『それであのロボットが動いたから僕等は助けられた』って言った時、知ってるのかなって思った」
「あれかぁ」
ハルトが空を見上げた。
「あの時からハルトはずっと異獣って言ってた。異獣って呼んでるのは軍の人か研究所の人だけで、普通はみんな、恐竜って呼ぶんだよ」
ハルトが僕を見る。
「だから、ずっと軍関係か、それとも・・・」
「彼の地の者?」
「うん」
僕は頷いた。
「で、ロボットの格納庫でセックスした後、食べ物探しに行ったでしょ?」
ハルトが驚いた。
「あれもバレてたんだ」
「あの時、確信した。異獣出現のサイレンが鳴ったし。それからずっと、ハルトは一人で食べ物探しに行って、こんな何にもないところでもいつもちゃんと食べ物持ってきたでしょ?」
ハルトは僕を見続けている。
「異獣もロボットみたいに瞬間移動できるから、ハルトは食べ物探しに行くって言って、どこかに瞬間移動して食べ物手に入れてくれて、戻ってきてくれてるのかなって」
「参ったなぁ」
僕は口を閉じた。少し経ってから、また口を開いた。
「ごめん!」
二人同時に言った。
「なんでケンジが謝るんだよ」
「だって・・・」
僕はそれに気づいてからも、ずっとハルトと一緒にいたいと思った。新天地では誰も僕を愛してくれなかった。でも、ハルトは僕を愛してくれたから。
「僕は、ケンジをあっちに連れていく役目だったんだ。黙ってて、騙してごめん」
ハルトが僕に頭を下げた。
「ハルトも上からの命令だったんでしょ。それに分かってたし」
僕はハルトの横に行き、そこに座った。
「なんでここまでついて来てくれたの?」
「それは・・・ハルトが好きだから」
僕は正直に答えた。
「なんで、僕を連れて行こうとしたの?」
「あれを動かせたから」
ハルトが言った。
「あれは僕等が作ったんだよ。ケンジ達が来る、ずっとずっと前に、害虫駆除のためにね」
「僕等、害虫なんだ」
「だって、ケンジ達だって、自分達が住んでいるところに外から違う奴等が入ってきたら、駆除するんじゃない?」
少しは分かる気がした。
「そりゃ、共存するって考えもある。でも、君達はそれをしなかった」
「それは、最初に異獣が街を蒸発させたから」
「自分達の場所を元に戻しただけだ」
また僕等は黙り込んだ。
「人類はもう、駆除しちゃったの?」
僕は声を絞り出した。
「ほとんどね。ケンジがあの街を壊滅させたすぐ後、新天地の向こう側の地域に僕等の仲間が押しかけた」
「じゃ、もう」
「ごめん・・・ごめん」
少しのショックと、そしてやっぱりという気持ち。でも不思議と怒りや悲しみは湧いてこなかった。
「謝らなくてもいいよ。やめよう、この話」
「うん」
そのまま、僕等二人は座ったまま何も話さず、動かないまま夜を迎えた。

夜の暗闇の中で、僕は地面に突いていた手を、恐る恐るハルトの方に伸ばした。その指先がハルトの手に触れる。僕はゆっくりと顔をハルトの方に向ける。微かな星灯りの中、ハルトが僕の方を向いているのが分かった。
そのまま、僕は手を広げてハルトの方に、ハルトも手を広げて僕の方に体を寄せた。僕等はいつものように抱き合ってキスをした。
「ケンジ」
「ハルト」
お互いが、そこにいることを確かめるように名前を呼び合う。
「愛してる」
「僕も愛してる」
人と異獣。でも、その言葉は真実だという自信があった。抱きしめ合い、キスをし、口を貪り合う。そして、何もない荒地で二人全裸で抱き合った。

「一緒に来て」
「行かないで」
断層の向こう側に続く細い道の手前で、僕等はそう言い合った。そして、お互い何も言わずに手を差し出し、握り合った。
「僕が向こうに戻ったら、最後の駆除が始まる」
少し目が潤んでいた。
「ケンジは殺したくない。だから、戦いに出て来ないで欲しい」
僕は首を左右に振った。
「僕も人類の生き残りだから」
それでハルトは理解したようだった。ハルトがズボンのポケットに手を突っ込んだ。
「だったら、これ」
ポケットから取り出したのは、小さなチップだった。
「分かるよね」
僕は頷いた。
「これであいつはこのチップを入れた人の命令で動くようになる。ケンジはもう、解放されるはずだよ」
僕はそれを受け取った。
「ありがとう」
僕の目も潤んでいた。
「全部終わったら、僕はここで待ってる。だから、もし生き残ったら」
「来ないよ」
僕はそう言い切った。ハルトは何も言わなかった。
「じゃ、お別れだね」
僕はハルトに一歩近づいた。
「お別れだ」
しっかりと抱きしめ合い、そして最後のキスをした。
「じゃ」
ハルトが言った、
「じゃ」
僕も言った。ハルトは断層の向こうに続く道に向かった。僕は背を向けて新天地に向かって歩き出した。
気配を感じた。振り返る。灰色の、茶色の、黄色の異獣がいた。いや、ハルトだ。ハルトが本当の姿でそこにいた。ハルトの赤黒い目が僕を見ていた。僕がハルトを見上げると、次の瞬間、ハルトは消えた。



僕はロボットの格納庫に急いだ。3日かかった。でも、あの僕が蒸発させた街にはなんの変化もなかった。瓦礫を滑り降りてロボットのそばに行く。顔を覆っていた瓦礫をなんとか動かして、左耳を見つける。その後ろのスリットに、ハルトがくれたチップを差し込んだ。
スリットの上に、何かが灯った。多分、文字なんだろう。色々と表示しているらしく、文字らしい形が替わっていく。僕はロボットから離れた。ロボットはゆっくりと立ち上がった。
「お願いだ、僕をハルトの所に連れて行って」
ロボットが僕の前に跪き、手を差し出した。僕はその手にしがみついた。

次の瞬間、僕等は新天地の東側にいた。
異獣がいる。それも、見渡す限り10体以上はいるんじゃないだろうか。それぞれの異獣は、まるでエリアを分担するかのように、少しずつ街を蒸発させながら移動していた。その中に、見覚えがある異獣がいた。
「ハルト!!」
僕は叫びながらその異獣の方に走る。たくさんの人が異獣から逃げ惑っている。そんな人達をかき分けながら、僕はハルトの方に向かって走る。
「ハルトっ」
その時、別の異獣が光線を放った。僕は地面にしゃがみ込んだ。熱風が吹き抜ける。でも、僕は生きていた。ロボットの手が僕を覆い、光線から守ってくれていた。しかし、ロボットの手が半分溶けていた。
「前は平気だったのに」
そういえばハルトは言っていた。
『君があれを動かせるなんて思いもしなかった。しかも、僕等が知っているあれより遥かに強かった』
チップで動いている今は、あの時より弱いってことだ。異獣がロボットに突進してきた。ロボットが跳ね飛ばされる。異獣がロボットに馬乗りになる。そして、腕が引きちぎられた。
このままではロボットがやられてしまう。僕は周囲を見回した。僕を犯してくれそうな男の人を探す。
「誰か、僕を犯して!」
僕は叫んだ。でも、みんな逃げるのに必死だった。
「お、お願いします」
一人の男の人の前に僕は立ちはだかった。
「僕を犯せば、あのロボットが」
「邪魔だ」
殴られて僕の体が吹っ飛び、地面に倒れた。そんな僕をたくさんの人が飛び越え、踏みつけて逃げていく。
「お願い、お願いだから、誰か、僕を」
ロボットは離れたところで異獣と戦っている。が、あの傷一つ付かなかった体から何かが流れ出ている。まるで血のように赤いそれが、ロボットが動くたびに飛び散った。
「誰か、僕を」
その時、異獣が光線を放った。今度はロボットは間に合わない。赤い光が僕に迫った。
僕の前に大きな影が差した。一体の異獣が僕の前に立ちはだかっていた。
「ハルト・・・」
その後ろ姿は灰色で、茶色で、黄色かった。
「出て来るなって言ったろ」
ハルトの声が頭の中に響いた。
「ハルト!!」
僕はその異獣に駆け寄り、足にしがみつくようにして抱きしめた。ロボットが瞬間移動してきた。ロボットがハルトに襲いかかった。
「やめろ、ハルトは違うんだっ」
しかし、ロボットは止まらない。ハルトは僕が足にしがみついているから動けない。別の異獣が現れ、ロボットを引き離す。
「ケンジ、伏せろ!」
またハルトの声がした。僕は慌てて地面に伏せる。異獣が光線を放った。その光線はロボットの腰を切り裂いた。ロボットの上半身が地面に落ち、地響きを立てる。続いて、下半身がゆっくりと倒れていく。
「ハルトっ」
僕は叫ぶ。ハルトがゆっくりと僕の方を向いた。
「来るなって言ったのに」
ハルトの形がみるみる変わっていく。小さくなって、僕の知っているハルトになった。僕はそのハルトに抱きついた。
「会いたかった」
ハルトが僕の頭を撫でる。
「こんなところで何してるんだよ」
そんなハルトにキスをする。ハルトもキスを返してくれた。そして、周囲を見回す。
「流石にこんなところじゃできないね」
そう言って笑った。この戦いの場で、僕等二人だけが笑っていた。しかし、ハルトの顔はすぐに真剣になる。
「ケンジを見つけた以上」
「殺されるんでしょ?」
ハルトが頷いた。
「それが僕の任務だから。連れて行くか、それとも殺すか」
ハルトが元の姿に戻っていく。僕はハルトを見上げて言った。
「いいよ。覚悟はできてる」
ハルトが僕に手を伸ばした。その手が僕の体を覆う。でも、そこで止まった。
「お願い、僕と一緒に来て」
僕は首を左右に振った。

ハルトの手が僕の体を掴んだ。でも、僕を傷付けないように、そっとだ。そのまま顔の高さまで持ち上げられる。
「きっと違う道もあったと思う」
ハルトの声がした。ハルトが口を開く。尖った歯がたくさん並んでいる。そして、僕をその中に放り込んだ。
ハルトの歯が僕の体に食い込んだ。
(ああ、僕はハルトに食べられるんだ)
僕の中で感情が爆発した。
(ああ、ハルト・・・)
僕は射精した。
(僕、初めて、ハルトの中でいったんだ)
その瞬間、体中に痛みのような快感が湧き上がる。
(中でいくのがこんなに気持ちいいなんて)
僕は少し後悔した。
(ハルトに入れるべきだったかな)
すると、ハルトの声が聞こえた。
(僕はケンジに入れて欲しかった)
そして、体を満たす幸福感の中で、僕の意識が途切れた。





宇宙歴317年、その星に降り立った人類は、一人残らず駆除された。

<ヒーロー 完>


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