1.
日中でも薄暗い路地の奥、少年は跪いていた。少年の前には男が一人。口から白い息を吐いている。二人の間に会話はない。男は少年の方すら見ていない。少年も、目の前の男の股間を見ているだけだった。
少年の口から、くちゅくちゅという音がする。
「うっ」
男の体が少し震える。少年はそのまま男のモノを咥え続ける。
「もういい」
やがて、男が言う。少年は男の股間から頭を離す。腕で口を拭う。
男が無言で手を差し出す。その手には、紙幣が3枚握られていた。少年がそれを受け取ると、男はさっさと路地から立ち去っていく。路地の前の道に出るとき、男に人影が近寄った。男より頭一つ分小さいその人影と男が何か話をしている。男が少年の方を顎で指し示すような仕草をした。それを見ていた少年は、男から受け取った紙幣のうちの一枚を、ズボンのポケットに押し込んだ。
「ほら」
人影が近づいて、少年に手を差し出した。少年より少し年上の、こちらも少年だった。
男のモノを咥えていた少年が、男から手渡された紙幣2枚を差し出した。
「足りない」
年上の少年が言った。
「これで・・・全部」
「ごまかそうったって無駄だぞ。3枚渡したって聞いたからな。出せよ」
年上の少年が少し顔を寄せた。少年は、ズボンのポケットから皺になった紙幣を取り出し、年上の少年に渡す。
「さっさと出せばいいんだよ」
年上の少年はその紙幣を受け取り、そして少年の腹を殴る。
「うっ」
少年は路地の奥にうずくまる。年上の少年は、紙幣をポケットに入れ、また路地の入口に戻って行った。
うずくまったまま、少年は地面に唾を吐いた。男の精液が混じった唾を。そして立ち上がり、壁にもたれ掛かった。そのまま、あの年上の少年が次の客を引き込むのを待った。
何人かの客の相手をした後、少年は、年上の少年と二人、どこかへと向かう。しばらく歩くと、彼等の先に少し大きな建物が見えてきた。しかし、よく見るとあちこちガタが来ているように見える。そんな建物の入口で、男が立って彼等二人を見ている。
先にドアをくぐったのは年上の方の少年だった。彼はポケットの中から何枚かの紙幣をその男に手渡す。男はざっとそれを数えると、その少年に入ってもいい、とでも言うように、顎でドアの中を指し示す。年上の少年はドアの奥に消える。
少年が男の前に進み出る。少し、おどおどしていた。男の前で、ポケットに手を入れたまま突っ立っている。
「またか」
男が口を開いた。無精髭というには余りに見苦しいその髭、そして、欠けた歯に酷い口臭。そんな男に見下ろされながら、少年は頷きもせず、ただ立っている。男は少年がドアをくぐるのを邪魔するように、彼の前に立ちはだかった。
「お前、何日目だ?」
少年は答えない。
「稼ぎのない奴に飯はない。わかってるよな、イーサン」
少年は顔を上げた。
「なんだ、その顔は」
イーサンと呼ばれた少年が口を開く。
「でも、セブが」
そこまで言ったところで、先に中に入っていた年上の少年と目が合った。イーサンは口ごもる。
「はあ? セブがどうしたって?」
男がちらりと年上の少年を見る。その少年、セブがイーサンを睨んだ。
「い、いえ・・・なんでも・・・ないです」
イーサンの声が小さくなる。
「明日、稼ぎがなかったら、飯は抜きだ。こう見えても俺は優しいからな」
どう見てもそう見えない男がイーサンに言う。
「後で来い。分かってるな」
「はい」
イーサンは小さな声で答えた。
建物の中は、外観以上にみすぼらしかった。薄汚れた壁にはたくさんのシミがあり、窓にかかったカーテンはあちこち汚れ、破れている。部屋の隅には埃が溜まり、あちこちにひび割れや穴があった。そんな建物の一室で、イーサンはテーブルに向かっていた。彼は椅子に座っているが、体が少し斜めになっている。彼が座る椅子の脚は折れて適当に取り繕われていた。そんな椅子だから、折れている方の脚の部分に体重を掛けることができない。そんなことをすると、取り繕ったところからまた折れてしまう。そして、折れた脚の修理代を寄こせと言われることになる。だから、イーサンは椅子に座りながらも左足を伸ばし、つま先を床に当ててその脚に体重が掛からないようにしていたのだ。
目の前には皿とコップが一つずつ。皿にはスープが入っている。それを抱えるようにして、イーサンはそのスープを口に運ぶ。スープといっても味はほとんどなく、具は豆が数える程度入っているだけだ。それでも、彼に与えられる1日で唯一のまともな食事だった。それは、この救貧院で暮らす他の孤児にとっても同じこと。だから、油断するとすぐに他の孤児に取られてしまう。今だって、この食堂で2人の孤児がイーサンを見ている。彼等に油断なく目を配りながら自分のスープを平らげる。もちろん、それでお腹が膨らむ訳ではない。
食堂にセブが入ってきた。イーサンを見る。そして、鼻で笑う。
「いつまでそんなもの食ってるんだ?」
この救貧院では何をするにも稼ぎのいい者からだ。だから、食事の豆の量にしても、稼ぎのいい者の方が当然多い。セブが一番、と言うわけではないけど、それでもイーサンに比べれば何倍もの豆を食べていた。
イーサンがセブを睨む。セブはその視線に気付くと、イーサンの前に座った。その椅子の脚は折れていない。これも、セブの方が稼ぎがいいからだ。
「僕が稼いだお金、返せ」
低い声でイーサンは言った。セブはニヤニヤ笑う。
「そうだな。お前が男のチンポしゃぶって稼いだ金だな」
「僕の金だ」
「じゃあ、取り返してみろよ」
この救貧院での稼ぎというのは、さっきの男、一応院長、ということになっているジェイにいくら渡せるか、ということに他ならない。つまり、誰かからお金を得る、ということについては、イーサンの方がセブより上だ。だが、そんなイーサンが稼いだ金は全てセブに巻き上げられる。そして、その金をセブはジェイに渡す。それはセブの稼ぎとなり、イーサンは全く稼いでいない、と言うことになるのだ。稼ぎの違いは食事の違いになり、それは体格や力の違いにもなる。小柄なイーサンはセブよりかなり年下に見られるが、実際のところは一つしか違わない。それでも、イーサンは力ではセブには全くかなわない。そして何より、セブは人を傷付けることをなんとも思わない。イーサンも何度も殴られ、蹴られ、時にはナイフを突き付けられ、そして今までに2度、そのナイフを突き立てられたことがある。そんな相手には、今のイーサンでは屈するしかなかった。
何も言わないイーサンは、さらにセブに見下される。セブの稼ぎ、つまり実際はイーサンの稼ぎは、この救貧院の孤児の中で、上から2番目だ。それはジェイにも気に入られているということになる。ジェイに気に入られた者は、ここでは露骨に差別される。それがこの救貧院という名の監獄のルールなのだ。
「どうせ何も出来ないくせに」
その通りだった。自分の稼ぎをセブに巻き上げられたと訴えても、何の解決にもならない。騒いだところで悪いのはイーサン、と言うことになる。下手をすれば、懲罰ものだ。ここでの懲罰、それは一方的に暴力を振るわれ、食事を取り上げられ、更にセブに屈することになるだけ。なにせ、セブはジェイのお気に入りなのだから。
イーサンは、ただ、自分の分の薄いスープを飲むことに集中した。セブと話をしたって腹の足しにはならないからだ。視線をスープに向ける。しかし、皿の上に手が差し込まれる。その手が引っ込む。すると、スープに何か浮いている。この部屋のあちこちに溜まっている埃だ。セブがイーサンのスープに埃を入れたのだ。
しかし、イーサンは何も言わない。セブを見もしない。埃を皿の向こう側に避けて、残りのスープを飲み干す。スープを吸った埃だけが皿に残る。
そっと椅子から降りようとする。この瞬間が、脚に一番負担がかかる。だから、慎重に椅子から降りようとした。
「おい、まだ残ってるぞ」
誰かが言った。顔を上げる。この救貧院の孤児の中で一番年上のヨハンだった。ヨハンの向こうには、セブがニヤニヤと笑いながら立っている。
「『残す奴には次はなし』、分かってるよな」
つまり、食事を残すことは罪であり、次の食事は食べさせてもらえなくなる、というここのルールだ。
「食事じゃない」
椅子から降りたイーサンは反論した。
「いいから皿に載ってるものは全部食えよ」
ヨハンが腕組みをしながらイーサンを見下ろす。イーサンはその顔を見上げる。しばらく無言だった。やがて、イーサンはもう一度、椅子に座ろうとした。その時、セブがヨハンに何かを告げた。ヨハンはテーブルの上の皿を取り上げ、それを床に置いた。
「ほら、四つん這いになって食えよ」
数人の笑い声が聞こえる。皆、無関心を装っているが、興味津々なのは明らかだ。イーサンは膝を折る。そのまま手を突き、床に置かれた皿に向かって四つん這いになった。
「男に掘られるときもそんな格好だよな」
セブだ。四つん這いのまま、セブを見上げる。
「何だよ、違うのかよ」
イーサンは何も言わない。セブは四つん這いのイーサンの頭の上に、靴のままの足を乗せた。
「さっさと食えよ」
足に力を入れ、イーサンの顔を皿に押し付けようとする。イーサンはそれに逆らって手に力を入れる。
「早く食え」
セブがイーサンの上に馬乗りになった。イーサンは体を起こそうとする。そんなイーサンをセブは押さえ付ける。そして、二人がもみ合いになった時だった。
「何してんだ」
ジェイだった。少年達の騒ぎ声が耳に入ったのだろう。
「イーサンがスープ残してます」
誰かが言った。
「それをヨハンが」
「うるさい、だまれ」
ジェイは床にしゃがんで、イーサンの皿を持ち上げた。
「残ってやしないじゃないか。ほら、さっさと皿を片付けろ」
ジェイがイーサンに言う。イーサンにとっては、この場から解放されるチャンスだ。ジェイから皿を受け取って洗い場に行く。冷たい水で皿を洗い、片付けた。
食堂に戻ると、ヨハン以外はいなくなっていた。
「早くしろってさ」
そのヨハンも、ジェイの伝言を伝えると、さっさと自分の部屋に引き上げていった。
「はぁ」
イーサンは溜め息を吐く。さっきもみ合ったときに乱れたシャツをズボンの中に入れる。肩から外れかかっていたサスペンダーの位置も直す。そして、ジェイの部屋に向かった。
院長ジェイとはいえ、その部屋は、他の部屋と大して変わらない。壁は薄汚れ、ところどころひび割れている。そんな部屋の中央にベッドが一つ。そのベッドだってきれいとは言えない。隅には机と椅子。机の上には酒瓶が並んでいる。中にまだ入っているもの、空になったのものが入り乱れている。ジェイはそんな酒瓶の一つを握って椅子に座り、足を机の上に上げている。ジェイがイーサンを見る。
ジェイは何も言わない。何も言わずにイーサンを見ている。何も言われてはいないが、イーサンは靴を脱いでベッドに上がった。そこでサスペンダーを外す。ズボンの釦を外し、それを下ろす。ゆっくりとシャツのボタンを外す。ジェイはただ見ている。相変わらず、何も言わない。そんなジェイをチラリと見て、イーサンは下着だけになる。手をベッドに突き、四つん這いになった。そして、目を瞑る。
ベッドが揺れる。ジェイが上がって来たんだろう。酒の臭いがする。ジェイの手が、イーサンの尻に触れる。その尻をなで回す。そのまま下着を脱がされる。
イーサンのアナルに生暖かい感触。ジェイがアナルを舐め回していた。
(今日は入れられてないな)
すぐにアナルに何か入ってくる。ゴツゴツとしたジェイの指だ。広げるとか慣らすといった感じではない。こじ開けるという感じだ。そして、ジェイのペニスが入ってきた。
「うっ」
ほとんど慣らすこともなく、いきなり太いペニスが入ってくる。しかし、それをイーサンのアナルは受け入れる。これまで何度も何度も犯されてきたイーサンのアナル。そのアナルを使うことは、ジェイの毎日の日課だ。そして、この救貧院ではそのことを知らない者は誰もいなかった。
イーサンの最初の記憶は、ここ、救貧院だった。
彼はまだ赤ん坊の頃、この救貧院の前に捨てられていたそうだ。
その頃の救貧院は今とは全く違っていた。建物もまだきれいだったし、職員も数人いた。院長は女性で、毎日暖かい食事と、そして勉強の時間もあった。もちろん、救貧院にいる以上は働かなければならない。公共施設の掃除や川の土手の整備の手伝い。そんな”まとも”な仕事だった。
それが一変したのが3年前。この救貧院が閉鎖される、ということになった時だ。どうしてそうなったのか、救貧院に収容されていた孤児たちに説明は一切なかった。そして、救貧院が存続することになった説明もなかった。ただ、その時、ジェイが来た。2年前のことだ。そして、何もかも変わってしまった。職員も、建物の外観も、孤児達の性格すら。
ジェイがイーサンのアナルを犯す。イーサンにとっては苦痛の時間だ。しかし、それは肉体的な痛みではない。自分だけがこんな目に遭っているという、その辛さだ。
初めての時。それは他の孤児達の見ている前で行われた。夕食の後、まだ全ての孤児が食堂にいる時に始まった。突然、ジェイがイーサンに全裸になるように命じた。突然の命令に戸惑ったイーサンは、ジェイに殴られ、蹴られ、無理矢理全裸にされ、そして、アナルを犯された。激しい痛み。そして、皆に見られながらの行為。それがイーサンの初めての体験だった。まだ11才だった。
あれから2年が経つ。
イーサンはジェイの上に跨がっていた。もちろん、イーサンのアナルにはジェイの太いペニスが奥まで入っている。その体の上で、イーサンは体を揺らしながら、自分の勃起したペニスを扱いていた。目を軽く閉じ、口は軽く開いている。その口からは喘ぎ声が漏れている。ジェイはただ横たわっている。イーサンは体を折り曲げ、ジェイの口にキスをする。その口を貪りながら、尻を上下に動かす。そのままジェイにしがみつくように腕を回す。すると、ジェイはベッドの上に上半身を起こす。そのまま、イーサンを軽々と抱え上げ、立ち上がった。イーサンはぎゅっとジェイにしがみつく。ジェイのペニスが奥まで入る。ジェイは腰を揺らす。イーサンのアナルにジェイのペニスが出入りする。
「あ、あぁ」
イーサンが喘ぐ。イーサンのペニスからあふれ出る先走りがジェイの腹を濡らす。イーサンのペニスは勃起したままだ。ジェイはイーサンを抱えたまま、部屋の中を歩き回る。ジェイが歩くと、イーサンのアナルにペニスが入り込む。その度に、イーサンは軽く声を上げ、ジェイにしがみつく。
ジェイは部屋のドアがわずかに開いていることに気が付いた。誰かがそこから覗いている。ジェイは、敢えてその誰かに見える位置に立ち、イーサンを犯す。イーサンは覗かれていることに気付いているのか、あるいは気付いていないのか・・・大きな喘ぎ声を出す。ジェイはイーサンの体を抱え上げる。ペニスが抜けるその手前で止める。そのまま、ドアの方に近づく。その誰かに入っているその部分を見せるために。そして、イーサンの体をゆっくりと下ろす。アナルがペニスをゆっくりとくわえ込む。誰かに覗かれながら、ジェイはドアの傍らでイーサンを犯し続ける。しばらくは誰かが覗いている気配があったが、それはいつのまにか消えていた。それに気が付くと、イーサンの体をベッドに横たえた。足を持ち上げ、イーサンのアナルに腰を打ち付ける。パン、パンと大きな音がする。その音は別にこの部屋を覗いていなくても、あるいは隣の部屋から聞き耳を立てなくても施設中に響いていそうな音だ。それに負けないくらいのイーサンの喘ぎ声。やがて、それ等の音は聞こえなくなる。ジェイがイーサンの奧で射精した。
ドアの隙間から二人が交わる様子を盗み見ていたセブは、ズボンの上から勃起したペニスに手を這わせていた。セブにとって、イーサンは商売道具、傷付けられるのは困る。が、相手はジェイ。ジェイはセブにとっては院長と言うよりも、ボスだ。ボスのご機嫌を損ねたくもない。さらに言えば、ジェイがイーサンを気に入るのも困る。今はジェイにとって、イーサンは恐らくただの性処理道具だ。取りあえずその関係に変わりがないことを確認することが、彼にとって重要だった。それは、この救貧院でのセブの立場に直結する問題なのだから。
やがて、二人はベッドの上で動かなくなる。一旦、セブはドアから離れ、食堂に戻った。しばらくすると、イーサンが食堂に来た。入れ替わりにセブは立ち上がる。ジェイの部屋に行き、ドアをノックする。
「入れ」
ジェイはセブが来るのが分かっていた。ベッドから身を起こし、何も言わずにセブを見た。セブも何も言わずに、ただ、ジェイに向かって手を突きだした。
「たまにはいいだろ」
「駄目です。あれは俺の道具なんだから」
つまり、イーサンを抱いたのだから、金を払え、と言うことだ。
「どうせ俺のところに帰ってくる金だ」
ジェイが渋々、といった様子で金を差し出した。
「ありがとうございます」
セブはその金を受け取る。
「まぁ、お前のそういうとこ、好きだけどな」
ジェイはそう言うと、またベッドに寝転んだ。
「どうだ、お前も抱かれていくか?」
「結構です」
ジェイは、部屋から出て行くセブを半笑いで見送った。
「よくやるよな」
そんな声とクスクス笑う声が聞こえてくる。そんな中、イーサンは食堂の、あの脚が折れた椅子に座る。両手には水が入った小さなコップが挟まれている。
イーサンは顔を伏せる。いつものこととはいえ、この瞬間は少し辛い。かといって、自分の部屋に戻れば、ここよりももっと明け透けにいろいろと言われる。時にはどういうことをしたのかを根掘り葉掘り聞かれることもある。それに比べれば、陰口ですんでいるだけましだった。
「ジェイだぜ」
「無理だよな」
そして、また笑い声。
「きっと、ああいうのが良いんだよ」
そこに、セブが入ってきた。
「稼ぎがない奴は、何されても文句言えないんだよ」
食堂の隅でこそこそと陰口を叩いていたダニーとノアに向かって大きな声で言った。そして、イーサンの方を向く。
「来いよ」
そして、食堂から出て行った。イーサンはすぐにその後を追う。
「今度は誰だ?」
そして、また笑い声が聞こえた。
この小さな救貧院には6人の孤児がいる。一番上がヨハン、次がセブ、そしてダニー、ノア、イーサンとリアムだ。これがこの救貧院の孤児の順番だ。稼ぎの順でもあり、年齢順でもあり、そして力の順でもあった。もっとも、イーサンとリアムはここ1,2週間稼ぎはない。そして、ヨハンがどうやって一番の稼ぎを上げているのかは誰も知らない。時々ジェイに呼ばれてどこかに出掛けていく。そんなに頻繁じゃない。数日に1回、ひょっとしたら1週間に1回くらいだ。それでもヨハンは一番の稼ぎを上げているらしい。
らしい、というのは、誰もいくら稼いで来ているのか知らないからだ。セブがどんなに頑張っても・・・つまり、イーサンがどんなに頑張っても・・・今まで一度もヨハンより上になったことはなかった。
そして、ヨハンとセブは一人部屋が与えられている。本当は、ヨハンとセブは同じ部屋の筈なのだが、ヨハンが嫌がったのか、あるいはセブが嫌がったのか、あるいはその他の理由なのか、セブはヨハンとは別の部屋となった。いや、別の部屋を奪い取った。この救貧院で孤児達の部屋は3部屋ある。いずれもほぼ同じ大きさの部屋だ。だから、本来は2人ずつになる。その3部屋のうちの2部屋をヨハンとセブが一人ずつ独占していた。セブに追い出された2人は、最後の部屋に転がり込む。そして、その部屋には4人が押し込められる羽目になったのだ。ジェイは何も言わない。ジェイが何も言わないということは、それで良いと言うことだ。それがここでのルールなのだから。
イーサンが連れて行かれたのは、ヨハンの部屋だった。
「連れてきた」
セブはヨハンの部屋のドアの前でそう言うと、イーサンを置いて、隣の自分の部屋に入っていった。イーサンは一人ドアの前でヨハンがドアを開けるのを待つ。すぐにそのドアが開いた。ヨハンが少し顔を出して、廊下の左右を見る。
「セブは?」
イーサンは隣のドアを指差した。ヨハンは頷くと、イーサンを部屋に引き入れた。
その部屋にはいろいろなものが置かれている。それがなんなのかはイーサンには分からない。ぎりぎり片手で持てるかどうかという大きさの木箱が隅に積み上げられている。麻の袋のようなものがその上にいくつか置いてある。そういったものが、一番の稼ぎになっているのかも知れない。が、イーサンはそれを質問するつもりはない。それどころか、出来ればヨハンとは関わりたくないとすら思っている。
それはセブも同じだった。セブとヨハンは仲が良い。が、それは表面的なものだ、ということは、孤児達はみんな知っている。セブにしてみれば、怪しい仕事でトップの稼ぎを取ってくるヨハンを邪魔だと思っている。ヨハンさえいなければ、何もかもセブの思い通りになるのに・・・ジェイ以外は・・・ということだ。
ヨハンはイーサンを部屋の真ん中に立たせた。そして、頭を手で押さえる。イーサンはそれに素直に従い、床に膝を突いた。ヨハンが何も言わずに股間を弄り、ペニスを取り出す。イーサンも何も言わずにそれを口に咥えた。
イーサンが喉を鳴らした。ヨハンがイーサンの口の中で放尿していた。イーサンはそれを喉を鳴らして飲み込む。これもいつものことだった。ヨハンはイーサンを犯したことはない。が、こうしてイーサンを便器にすることで、セブに自分が上だと誇示するのだ。セブはそれを分かっているからこそ、イーサンを連れては来たものの、ヨハンとは顔を合わさず、さっさと自室に戻っていったのだ。
「うまいか?」
小便をし終わる頃に、ヨハンはイーサンに尋ねた。
「美味しいです」
ヨハンの小便を全て飲み終え、イーサンはそのペニスから口を離して言った。
「うまいか?」
もう一度、さっきよりも大きな声でヨハンが尋ねた。つまり、隣室のセブに聞かせよう、ということだ。それを理解しているイーサンは大きな声で言った。
「ヨハンのおしっこ、おいしかったです」
ヨハンはそれ以上は何もしなかった。イーサンはただ、ヨハンの力をセブに見せつけるためだけに使われた。二人のつばぜり合いに使われるイーサンとしては、迷惑この上ない。が、二人は、更に自分の力を見せつけようとするのだった。
部屋に戻ったイーサンを待ち受けていたのは、ダニーとノアの蔑むような目だった。二人と目を合わさないようにして自分のベッドに潜り込んだ。この部屋には二段ベッドが二つ。そのうちの一つをダニーとノアが、もう一つをイーサンとリアムが使っている。イーサンは上のベッド、そして、リアムが下だった。
「なんか、臭くねぇ?」
ダニーが言った。
「臭う、小便臭い」
イーサンは二人に背を向けて体を丸めた。
「それに精液の臭いも」
ノアが言う。イーサンは相手にしない。そして、いつものように、イーサンがしていることを、二人はネチネチと責め始めた。
二人はセックスのことも明け透けに言う。ここでは誰に気を遣う必要もない。汚い言葉が次々とイーサンに浴びせられた。が、それは全て事実だった。表現はともかくとしても、そういうことをイーサンがしているのは事実だ。否定のしようもない。
と、下のベッドのリアムが咳き込み始めた。リアムはこの救貧院では一番年下で、少し体が弱い。ここしばらくずっと体調を崩している。だから稼ぎも少ない。彼にできることはせいぜい道行く人にお金を恵んでもらうことくらいだ。だから、当然食事もあまりもらえない。体は益々弱くなり、体調も良くならない。悪循環ってやつだ。イーサンはベッドから下りて、リアムの額に手を当てる。熱はないようだ。だが、苦しそうに咳をしている。
「よりによって、なんでこんなのと同室なんだよ」
ダニーがわざと聞こえるように言った。
「こんなクズ、さっさと死ねばいいのに」
イーサンはダニーを睨んだ。
「なんだ、何か文句あるのか?」
ダニーが言う。
「それとも、お前が誰かとやって金稼いで、薬でも買ってくるか?」
イーサンはリアムを抱き起こした。
「水、飲みに行こう」
小さな声でそう言う。リアムはこくっと頷いて、ベッドから下りた。
「あーあ、このままどっかに消えてくれないかな」
ノアがそういうのを聞き流して、咳き込んでいるリアムの肩を抱きながら、部屋から出て食堂に向かう。
リアムがこの救貧院に来た頃・・・1年と少し前・・・その時はリアムはこんなではなかった。そんなリアムがこんな風に変わってしまったのは、たぶん、ここの環境や、満足な食事をさせてもらえない、といったことだけじゃなくて、あの二人と全く合わないから、ということもあるんじゃないか、イーサンはそう思っていた。だからといって、イーサンに何かできることもない。こうして、時々あの二人のいないところで咳き込むリアムの背中をさすってやることくらいしか彼に出来ることはなかった。
「ほら、水だよ」
昔を思い出す。まだ、この救貧院がまともだった頃を。あの頃だったら、たぶん暖かいミルクを飲ませてもらえただろう。でも今は、冷たい水しか飲ませてあげられない。
「あり・・・がと」
少し苦しそうにリアムが言った。ゆっくりと水を飲む。それをイーサンは見守った。
「僕、いない方がいいのかな」
ときどきリアムはこういうことを言う。いない方がいいだとか、死んだ方がいいだとか。
「僕、お金、稼げないし」
でも、イーサンは何も言えない。イーサンだって、セブの言いなりに稼ぎを巻き上げられ、ここでは何もできない。イーサンに言えることは一つだけだった。
「僕、リアムが好きだよ」
そして、ぎゅっと抱き締める。咳き込んでいたリアムが落ち着くまで、ずっと抱き締め続けた。
やがて、抱き締められたまま眠ったリアムを抱いて部屋に戻る。
「リアムとやったんだ」
案の定、ノアがそんなことを言う。イーサンは無視をする。リアムを彼のベッドに寝かし、そして自分のベッドに上がる。
「男とするようなやつは気持ち悪いし、そんな奴と仲いい奴も気持ち悪い」
今度はダニーだ。
「じゃあ、ジェイにそう言っておくよ」
皆、イーサンがジェイに抱かれていることは知っている。
「ダニーが、ジェイが気持ち悪いって言ってたって」
そう言うと、二人はもう話し掛けてこなかった。取りあえず、今日は終わり。でも、明日になれば、またこういうことの繰り返しだ。
イーサンは眠ろうとした。そして、さっきヨハンの小便を飲まされてから、何も飲んでいないことに気が付いた。もう一度ベッドを下り、今度は一人で食堂に行く。水で口を濯ぎ、コップに水を汲む。それを持ってテーブルに、あの椅子に座る。食堂には他に誰もいない。しばらくイーサンはそのまま動かなかった。コップの中の水を少し飲む。コップを下ろし、その中を覗き込むように俯いた。
「神様・・・」
何を祈ればいいのか分からない。そもそも、自分のような孤児を神様が見ていて下さるかどうかも分からない。でも、何かにすがりたくなるときがある。
「神様・・・」
何を祈るでもなく、呟き続けた。
ガタン、と音がした。廊下が軋む音。たぶん、ジェイだ。イーサンは、ジェイと顔を合わせる前に、部屋に戻った。そのままベッドで、体を丸めて目を閉じた。
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