2013年クリスマス作品

1.契


最悪な二日酔いだった。
目が覚めた俺は目が覚めたことを後悔した。それくらい最悪だった。

会社の奴らとクリスマスだからと称して飲みに行ったのが、金曜日。実際のクリスマスまでにはまだ数日ある。その日は、彼女持ちや妻子持ちの奴らはみんなそっちのつき合いで忙しい。俺のような彼女も家族もいない奴につき合ってくれるような暇人はいない。
だから、早めにクリスマスらしいことをしておこう、と思ったわけだけど・・・
ノロケ話や子供へのプレゼントの話、去年はどうだったとか、プレゼントを見た時の子供の笑顔がどうとか、そんな話を聞かされ続けてる間にどんどん俺のペースが上がっていって・・・結果、この二日酔いだ。

とりあえず、しばらくトイレにこもる。よろよろとベッドに戻り、そっと横になる。そのまま動かない。ようやくなんとか動けるようになったのは、土曜日の夜になった頃だった。

それでもまだ食欲はない。スポーツ飲料を飲み、テレビのスイッチも入れずにじっとしている。毎日の習慣でPCだけは起動した。メール着信を示すアイコンが表示されていたが、どうせ迷惑メールかネットショップの商品案内メールだろうと、見る気にもならない。
結局、土曜日はなにもしなかった。

そのメールを開いてみたのは日曜日の昼前だった。
『申し込み内容のご確認』というタイトルのメールだった。
(申し込み?)
ここ最近、なにか申し込んだような記憶はない。迷惑メールかと思ったが、一応確認してみる。
『数あるレンタル店から当店をお選び頂きありがとうございます』
「レンタル?」
メールを読み進める。
『今回申し込み頂きました内容は下記の通りです』
そして、そこには・・・
『レンタル品目:少年(13才)』
と書かれていた。
「な、なに?」
少年のレンタル。レンタル期間は12月24日〜26日の2泊3日、そして、
『利用目的:奴隷(性処理道具)』
「なんだってぇ!」
俺は思わず大きな声を上げた。一軒家に一人暮らしで誰にも見られる心配はないが、それでもあわててモニター画面を手のひらで覆い隠した。
「こ、これって・・・」
メールの下の方に、俺が申し込んだと思われる内容が記載されていた。
『受付日時:2013/12/21 02:35』
つまり、金曜日にぐでんぐでんになって帰ってきたその後、土曜日になった頃ということだ。いや、ひょっとしたら帰ってきたときはすでに土曜日になっていたのかも知れない。だが、そんなことは今はどうでもいい。
俺はあわてて送信済みメールのメールボックスを確認する。それらしいメールを送信した様子はない。だが、そのレンタル店からの別のメールに返信した形跡があった。
『OKです』
本文はそれだけ。下の方にレンタル店からのメールの引用が残っている。
『お望みの容姿を考慮して、画像の少年を候補としております。よろしければ』云々。
添付ファイルが付いている。クリックしてみた。それは、少しかわいい、でも、決して美少年ではない、どこにでもいるような「ちょっといいな」と思うような少年の画像だった。
「どストライクじゃん」
俺はモニターに向かってつぶやいた。

しかし、いったいどこでこんなレンタル店を見つけたのか、全く記憶にない。少年が好きなのは間違いないが、それは俺だけの秘密だった。レンタルは、仕事で使ったことはある。もちろん、普通の事務機器だが。それは一般的にも名の通った「普通の」レンタル会社だ。こんな「人間をレンタルする」ような会社じゃない。試しに仕事で使ったレンタル会社のホームページを見てみる。レンタル品目を順番に探すが、「少年」はない。当たり前だ。
レンタルを発注したメールがメールボックスに残っていないということは、このレンタル店のホームページのフォームから申し込みをしたはずだ。俺は店名で検索してみた。が、それらしい店はみつからない。
(どうなってるんだ・・・)
俺は腕組みをした。
(キャンセルするべきか・・・そもそも、キャンセルできるのか?)
先ほどのレンタル店からの『申し込み内容ご確認』メールをもう一度見直してみた。が、キャンセルに関する文言は記載されていない。レンタル料金は記載されていた。少し高いが・・・払えない金額でもない。
(あんな子を性処理道具にできるっていうのもなぁ)
キャンセルについての文言が記載されていないことを言い訳にして、レンタルしようとしている俺がいた。

そして、クリスマスイブの日が来た。

(彼女が家に来る時の気持ちって、こんな感じなんだろな)
俺は前日から家の掃除、片づけをしていた。正直、ここに住んで5年以上経つが、これほどがんばって掃除したことはない。
(当然、あの子は利用目的を理解して来るんだよな)
ローションを目立つところに置いてみた。
(いや、だからってなぁ)
やっぱり引き出しに片付ける。
(どこまでやっちゃっていいのかなぁ)
プリントアウトして、クリアファイルに入れておいた『申し込み内容ご確認』メールを見直す。もう、50回くらいは見直しているが、そこにはどこまでならOKなんてことは書かれていないことは分かっている。
そわそわしながら時計を見る。9時48分。予定では10時に来る、ということだ。でも、10時きっかりにくるわけじゃないだろうし、普通なら少し早めにくるだろうから、などと思いながら、落ち着かない時間を過ごす。9時50分になる。来ない。55分、来ない。57分、来ない。58分・・・59分・・・
10時ちょうど、彼がやって来た。

「こんにちは」
ドアを開けると、あの画像の少年が立っていた。いや、あの画像より、実物の方が俺の好みだ。少し小柄で適度に日焼けしている。
「3日間、よろしくお願いします」
にこっと笑ってぺこりと頭を下げた。
「こ、こちらこそ、よよよろしく」
俺は完全に動揺していた。まさか、本当に来るとは・・・・・

少年がドアのところにたたずんでいる。
「あの・・・」
かわいい声だ。
「あ、ど、どうぞ」
「お邪魔しま〜す」
俺は少年が通れるようにドアの影に体を寄せる。少年が目の前を通る。ふわっと少年独特の匂い・・・お日様のような匂いがする。その瞬間、俺は幸せを感じる。
少年は、部屋に進むと、部屋の真ん中で俺の方を向く。肩から下げていた鞄を下ろし、中から書類を取り出した。
「今日から明後日の19時まで、奴隷兼性処理道具ということで申し込み頂いてますが、間違いないでしょうか?」
この少年の口から性処理道具などという言葉が出てくることにもの凄い違和感を感じる。しかし、少年は笑顔のままだ。
「ひ、ひゃい」
舌が回らない。
「では、これから正式契約となりますので、目を通して頂いて、サインをお願いします」
少年がクリップボードを俺に差し出した。そこには契約文書と、契約条件が書かれたA4の紙が挟まれていた。
契約条件は、第1条(総則)から第18条(紛争の解決)までの両面印刷のものだった。通常であれば、あまり内容まで目を通さないが、今回は目的が目的なだけに、じっくりと目を通す。
第10条(遵守事項)で俺の目が止まった。
「ここに『合法、非合法を問わずお客様の責任で』ってあるけど、非合法なことに利用してもいいの?」
俺はまっすぐ立ったままの少年に尋ねた。
「はい、契約条件に書かれている通りです」
少年の笑顔とそのビジネスライクな答えに違和感を感じる。
(まあ、この子を奴隷にするってことがそもそも非合法か)
心の中にわき上がる期待を押さえつつ、契約条件の続きに目を戻す。さらに、同じ条項でひっかかる。
「あの・・・」
俺は自分が尋ねようとしていることが、あまりに常識はずれであることを十分認識していた。その程度の常識人である自信はある。
「『利用目的範囲外でのお客様の故意による負傷及び死亡』については別途費用請求ってあるけど、利用目的の範囲内なら怪我しても死んでもいいってこと?」
「はい。契約条件通りです」
笑顔で少年が答える。
「お、俺の利用目的の場合はどうなるの?」
声がうわずっていた。
「お客様のご利用目的の場合は、ここにあります通りランク7に該当しますので・・・」
少年が契約条件の裏面の表を指さした。その表には利用目的が1から9までランク分けされており、『奴隷(性処理道具)』はランク7、上から3番目だった。
「ランク6以上はご利用目的内に負傷が、ランク9は死亡が含まれますので、お客様の場合、故意による負傷まではご利用目的範囲内ということになります」
恐ろしいことを笑顔で言ってのける。
「なお、1日3万円の保険料をお支払いいただくことで、ご利用目的範囲外でのご使用により発生する費用を無料とさせていただくサービスもございます」
少年が床に置いた鞄からパンフレットを取り出し、俺に手渡す。
「ってことは・・・こ、このサービスを契約したら・・・」
それ以上はさすがに口にできなかった。
「はい。死亡した場合でも費用はいただきません」
少年はにっこりと笑った。

俺は基本契約にサインし、はんこを押した。もちろん、追加のサービスにも。


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