最悪な二日酔いだった。
目が覚めた俺は目が覚めたことを後悔した。それくらい最悪だった。
会社の奴らと忘年会で飲みに行ったのが、仕事納めの金曜日。
今年、いろいろあったことをあれこれぶっちゃけているうちに、どんどん俺のペースが上がっていって・・・結果、この二日酔いだ。
とりあえず、しばらくトイレにこもる。よろよろとベッドに戻り、そっと横になる。そのまま動かない。ようやくなんとか動けるようになったのは、土曜日の夕方になった頃だった。
それでもまだ食欲はない。夕飯はコンビニで買ってきたおにぎりを半ば無理矢理飲み込み、その勢いで胃腸薬も飲む。PCを起動する。メール着信を示すアイコンが表示されていた。メールを開くが、あまり読む気はしない。そんな中で、一つのメールのタイトルが目に止まった。
『申し込み内容のご確認』というタイトルのメールだった。
(申し込み?)
ここ最近、なにか申し込んだような記憶はない。迷惑メールだろうと思いながらも一応確認する。
『数あるレンタル店から当店をお選び頂きありがとうございます』
(レンタル?)
メールを読み進める。
『今回申し込み頂きました内容は下記の通りです』
そして、そこには・・・
『レンタル品目:少年(13才)』
と書かれていた。
(少年? レンタル?)
少年のレンタル。レンタル期間は12月31日~1月2日の2泊3日、そして、
『利用目的:恋人(性交渉有り)』
(な、なに?)
俺はもう一度メールを見直した。そんな申込みした記憶はない。
メールの下の方に、俺が申し込んだと思われる内容が記載されていた。
『受付日時:2013/12/27 23:57』
金曜日、家に帰ってきてからだ。何時に帰ってきたのか記憶はない。それどころか、どうやって帰ってきて、どうやって着替えてベッドに潜り込んだのかも覚えていない。パソコンを立ち上げたのも、こんなレンタルの申込みをしたことも覚えていない。というか・・・本当に俺は申し込んだのか? 少年の恋人のレンタルを。
レンタル店からの他のメールもあった。
『お望みの容姿を考慮してレンタル品を決定させて頂きますが、どのような品になるかは当日のお楽しみとさせて頂きます』
(なんだ、これは・・・本当に少年をレンタルするのか?)
しかし、そんなレンタル店に心当たりはない。
(どうするか・・・)
俺は腕組みをした。
(ま、誰かのいたずらか、それとも新手の迷惑メールだろう)
そのまま放置することにした。
そして、そんなことは忘れかけていた。
(そういや、今日・・・だったな)
年末も押し迫り、年賀状だ大掃除だとバタバタと時間が過ぎ、ふと気が付くとすでに大晦日の午前0時を過ぎていた。
(ま、本当にそんなこと、あるわけないし)
でも、本当に少年が恋人として年末年始を一緒に過ごしてくれるのなら、きっと楽しいだろうな、そうも考えるが・・・
(そんな期待するな。どうせいつもの通り、一人だけの寂しい年末年始なんだし)
もう、時間も遅いしな・・・俺はベッドに入る。
(明日は昼まで眠ろう。そして・・・いつも通り、DVDでも借りてきて・・・)
そんなことを考えているうちに、俺は眠りに落ちていた。
チャイムが鳴った気がした。
(う・・・うん・・・夢か?)
俺はもう一度眠ろうとした。そのとき、またチャイムが鳴った。
(誰だ・・・何時だ・・・)
枕元のスマホを見る。10時。
(ったく・・・)
変な勧誘とかなら、あきらめて帰ってくれるように、俺はゆっくりと時間を掛けて起き上がり、ドアに向かう。
「はぁい、どなた?」
ドアを開けた。そこには誰もいない・・・はずだった。
「こんにちは」
ドアを開けると、少年が立っていた。
「あ、契約頂きました・・・」
俺がぼんやりしていたのを見て、少年が口を開いた。あのメールを思い出した。
「あ、ああ・・・とにかく入って」
俺は彼をドアの中に招き入れた。玄関先で『恋人としてレンタル』なんて話をされて、隣近所の人に聞かれたら、きっと変な噂になる。
「お邪魔しま~す」
少年が俺の部屋に入る。
(まさか、なぁ)
俺は半信半疑で少年の後を追って部屋に戻った。
少年は、部屋の隅にちょこんと座っていた。
「あ、あの・・・」
俺は声をかける・・・が、何と言えばいいのだろうか。まさか、あのメールが本当だったとは思わなかった、なんて言えない。
「本日は申込み頂き、ありがとうございます」
少年は俺の戸惑いなど気にせずに、笑顔で言った。
「今日から明後日の19時までで申し込み頂いてますが、間違いないでしょうか?」
「えっと・・・たぶん」
明後日・・・今日が31日だから、2日まで。2泊3日、そうメールにも書いてあったっけ。そして、メールには、『恋人』さらに・・・
「ご利用目的は恋人、性交渉あり、ということで間違いありませんか?」
そう、性交渉あり、だ。
「は、はい・・・たぶん」
本当にそんな申込みをしたのかどうか・・・まったく記憶がない。しかし、今、こうして少年が目の前にいる。しかも、性交渉あり、というのが前提で。
「では、これから正式契約となりますので、目を通して頂いて、サインをお願いします」
少年が俺に書類を渡した。俺は書類にざっと目を通す。その間も少年の方が気になる。書類に目を通しているというよりも、目を通しているふりをして、少年をちらちらと伺う。
その少年は小柄で短髪、文化部よりも運動部系という感じだ。野球ならショートあたりかな、なんとなくそんなことを思う。
「あの・・・性交渉ありなんだよね?」
念のために確認しておく。あとでどうこう言われても困るし。
「はい、セックスありです」
(うわぁ・・・こんな子がセックスなんて言葉を口にするのが、なんかすごく・・・)
「そ、そうか」
俺は書類にサインをした。
「ご契約ありがとうございます」
少年がにっこりとほほえんだ。
(すごく・・・そそる)
勃起しそうになった。
「えっと、まず始めに名前ですけど、僕は祐樹です。名前で呼んで下さい」
「は、はい。俺はとりあえず落合で」
年下の少年に微妙に敬語だったりする。
「恋人なんだから、下の名前で呼んじゃだめですか?」
祐樹君が言った。
「そ、そっか。じゃ・・・渉で」
「渉さんですね」
そして、またにっこりと笑う。
「渉さん、よろしくお願いします」
「お、おう」
俺は・・・いったいどうすればいいんだ???
こんなレンタルを申し込んだことはまったく思い出せない。でも、今、目の前に少年がいる。どう考えても幻じゃない。名前は祐樹。とりあえず、明後日までは俺の恋人・・・セックスありで。それを理解して俺のそばにいる。本当なのか?
「あの、今からしたいって言ったら・・・」
「昼間っからですか? 渉さんがそうしたいのなら」
少年が立ち上がろうとする。
「あ、いやいやいや、その、たとえばの話。だから座って」
俺は慌てて制止した。
「もう、渉さん」
祐樹が笑う。俺も一緒に笑った。笑って・・・その後何も話せなかった。なんとなく・・・気まずい雰囲気だ。
「とりあえず、お茶でも入れましょうか」
祐樹がその雰囲気を変えようとする。
「ああ、そうだね。えっと・・・お茶は」
俺は祐樹と一緒にキッチンに向かう。祐樹の後ろに立って、カップを二つ取り出し、お茶を注ぐ。祐樹がカップを二つとも持って、リビングに戻る。
「祐樹君、そこに座って」
「祐樹でいいですよ、恋人なんだから」
リビングに置いてあるこたつに祐樹が座る。その前に俺が座る。俺の足がこたつの中で祐樹の足に当たる。
「あ、ごめん」
なんかこう・・・どきどきする。
「いえ・・・なんか、どきどきしますね」
祐樹も同じ気持ちなんだ。
「こういうこと・・・よくやるの?」
「レンタルですか・・・僕はまだあんまり」
「じゃ、その・・・」
「実は、まだ男の人としたことないんです」
俺の聞きたいことを察して答えてくれた。
「そうなんだ」
「すみません・・・でも、頑張りますから」
「いや、まあ・・・」
ますますぎこちない雰囲気になる。
「あの・・・」
祐樹が少し頭を伏せて、目だけをこっちに向けておずおずと言う。
「なに?」
「隣に行ってもいいですか?」
そして、祐樹が俺の隣に移動してきた。体が密着する。
「こっちの方が恋人っぽいですよね」
少し明るい声で言った。
「ああ、そうだね」
俺が言い終わる前に、祐樹が体を俺にもたれ掛けてきた。
「祐樹君・・・じゃなくて、祐樹・・・」
俺はおずおずと肩に手を回す。嫌がるかもしれないと思ったが、祐樹は何も言わない。
俺は少し力を入れて、肩を抱いてみた。
祐樹が俺の腰に手を回してきた。俺は思わず祐樹を押し倒す。祐樹の顔に俺の顔を重ねる。祐樹は目をつぶる。俺は、その小さな口に唇を重ねた。祐樹が俺の首に手を回してきた。
「祐樹・・・キスも・・・初めて?」
祐樹はこくっと頷いた。なんだか急に俺は恥ずかしくなる。
「あ、えっと・・・買い物行こうか」
この状況を変えたかった。
買い物に出掛ける前に、祐樹は冷蔵庫をのぞき込んで、なにやらメモをしている。
「食料品とかはここにあるので全部ですか?」
他の買い置きとかも全部調べる。
「お重って、ありますか?」
「あ、確かあったと思うけど」
誰かの結婚式の引き出物かなにかでもらった物がある筈だ。もちろん、一度も使ったことはない。
「えっと・・・確か・・・」
キッチンの戸棚の扉を開く。それらしい箱が見つかった。
「使ってもいいですか?」
「ああ、いいよ」
出掛ける前に、祐樹は重箱を手早く洗って食器乾燥機に入れた。
買い物は全部祐樹に任せた。正月らしい食品類を買い込む。ここ何年も食べた事が無い黒豆だとか田作りだとか、紅白のかまぼこだとか。
「お前、料理できるの?」
「任せて下さい」
祐樹が自信の笑顔を見せてくれた。
家に帰ると、祐樹はおせち料理を作り始めた。その片手間で、店で買ってきた出来合いの物を重箱に詰めていく。俺はリビングでこたつに入りながらそれを眺める。右に左に動く祐樹。きびきびと手慣れている様子だ。
「で、夕食はなに?」
「そりゃ、大晦日の夜は年越しそばですよ」
祐樹は何かをかき混ぜながら答える。
「料理、どこで教わったんだ?」
「僕の家、小料理屋なんです」
「へぇ・・・」
「ちっちゃいときから、お母さんの横で見てたので・・・見様見真似ですけど」
「へぇ・・・たいしたもんだな」
俺は料理なんて何もできない。その俺から見ると・・・
「いい主夫になれるよ」
祐樹はあははと笑う。ようやく、雰囲気が和んできた。
おせち料理がそれなりに完成したのは夕方近くになってからだった。待っている間、俺は買い忘れた材料をスーパーに調達に行ったり、祐樹に言われるがままに盛りつけを手伝ったりした。こんな男の子に命令されて手伝いするのもいいもんだ、と思ったが、そんなこと口に出せるはずがない。
「まあ・・・あんまりうまく行かなかったけど・・・」
詰め終わったお重に蓋をする前に、俺に見せてくれる。
「いや、充分すごいよ。和食って難しいんじゃないの?」
「難しいやつは、買ってきたのを詰めただけだし」
そう言いながら、祐樹は少し照れ笑いする。
お重に蓋をして、キッチンの片付けをする祐樹を、俺は後ろから抱きしめた。
「渉さん・・・」
祐樹が俺の腕に手を当てる。
「片付け済ませてからだよ」
そして、俺の手をそっと振りほどいた。
結局、おせち料理の片付けが終わると、祐樹は年越しそばの準備を始めた。すでに夕食の準備を始めるにはちょっと遅い時間だった。
「お前、今日は家に帰らないのか?」
祐樹に尋ねた。2泊3日のレンタルとはいえ、大晦日だ。さっきの話では、家は小料理屋をしている。ということは、家の方の手伝いもあるだろうし、大晦日は家族で過ごすんじゃないかとも思うし・・・
「泊めてもらえないの?」
「いや、祐樹の家の方は大丈夫なの?」
「平気だよ」
どう平気なのかよく分からない。本当に家の方は大丈夫なんだろうか。年末年始にこんなことをしているなんて、普通は家の人はOKしないだろう。帰りたくない、あるいは帰れない事情があるのか・・・
いずれにせよ、なにかある、そう感じた。なら、これ以上詮索するべきじゃない。
「まあ、祐樹がそれでいいのなら・・・」
「うん、泊まるね」
祐樹が明るく言った。
(それに、性交渉あり、だもんな)
俺の中の邪な心が頭をもたげた。
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