繁華街を少し過ぎた辺り、人通りも少なくなつてきた通りを、書生風の學生が二人連れで歩いていた。
文學論か、はたまた政治論か、何かを鬪はせていた二人の耳に、呼び込みの声が聞こえてきた。
「はいはい紳士淑女の皆ゝ樣、竝びに學生樣からおぼつちやんおじようちやん、さあさ寄つてらつしやい見てらつしやい」
一人が首を傾げる。
「何だ?」
「知らないのか、見世物小屋だよ」
「そんなもの、此処ら辺にあつたかい?」
「先日から此処らでやつてゐるとの噂は聞いたよ」
「見て行くかい?」
二人はその呼び込みが声を張り上げてゐる、少し上等な掘つ立て小屋のやうな建物の前に行き、看板を見上げた。看板曰く「蛇女」だの「蜘蛛男」、「河童」に「象男」といつたやうな、ここでしか見られない、今見逃すのは一生の大損といつたものが見られるらしい。
「実にうさんくさひ」
「まつたくだ」
そんな二人に呼び込みをしてゐるこれまたうさんくさひ髭の男が云ふ。
「そこの學生さん、これも勉強だ。見ないと絶對後悔するよ」
その他にも絶妙な口上を竝べたてた。
「ああ、分かつた。見て行くよ」
「見て行かうぢあないか」
二人は薄暗い小屋の中に入つて行つた。
小屋の中は蛇女の見世物の最中だつた。
「ほら、なんのことはない、たゞ体に蛇を絡ませてゐるだけだ」
続く見世物は轆轤首。舞台の幕の間で首が上下に動いてゐる。
「これだつて、あの奧に何かあるに違ひない」
「さうだな」
二人はさもありなんといふ樣子で話をし、席を立とふとした。
「さて続いては、親の因果が子に報い、生まれ出でたるこの姿。かわいさうなはこの子でござい、「みの蟲小僧」の登場だ」
すると、舞台の上から何かがゆつくりと下りて來た。その何かは繩にぶら下がつてゐる。その繩がどんどん下りて來て、觀客が手を伸ばせばその何かに屆きさうだ。
「あれは」
二人はそれを見上げたまゝ何も云はなかつた。彼等はそれが人間の子供であることに氣が付いた。その子は、まるで種も仕掛けも無いとでも云ふやうに全裸だつた。全裸で、口に咥えた繩一本だけでぶら下がつてゐる。そして、手足が無かつた。手足は無いが、体をもぞもぞと搖さぶつてゐる。まさに生きた「みの蟲小僧」だ。
「子供ぢあないか」
彼等二人とさほど歳も変はらぬその少年は、見世物として好奇の目に晒されてゐた。
「あの子は何だつたんだらう」
二人は見世物小屋を出た後も、あの「みの蟲小僧」の話をした。
「あんなもの」
二人は默り込んだ。
噂が噂を呼び、その「みの蟲小僧」の見世物は大當たりとなり、各地で巡業するやうになつた。
それから数箇月、各地で好評だつた「みの蟲小僧」の見世物が打ち切られたとの噂が流れた。なんでも、「みの蟲小僧」は自らが咥えた繩一本で舞台の天井からぶら下がつていたのであるが、ある時、舞台に頭から落ち、首の骨を折つて死んだといふことだ。
それが、自らの姿を儚んで自分から落ちたのか、或は事故だつたのか、はたまた死んだといふことそれ自体がたゞの噂なのか、誰も本当のところは知らなかつたし、知る必要も無かつた。
しばらくすると、そんな噂さへ、誰も氣にしなくなつていつた。
「みの蟲小僧」はこの世から消え失せた。
そして、実際に「みの蟲小僧」を見た者も、噂を聞いたゞけの者も、「みの蟲小僧」がかつての子爵、松岡久持が嫡男、松岡幸久であつたといふことは、知る由も無かつた。
<虐遇少年浪漫譚 完> |