孝典復活
〜妄想海市&むぅ大陸相互リンク記念〜

第一話 悪夢の終わり


孝典はベッドに横たわっていた。なにも思い出せない・・・そう思った。しかし、彼の記憶の淵からは、あの忌まわしい出来事が少しずつ漏れだしていた。

殺されることを覚悟していた。もう、こいつらに殺されるんだ、そうとしか思えなかった。まさか、自分がこうして生きているなんて・・・

あいつらにつぶされたはずの睾丸はちゃんとそこにあった。それは、目覚めて最初に確かめた。記憶の中では、するどい痛みと、おなかから何か引きずり出されるような鈍い痛みの両方を感じたはずなのに・・・そして、その後は・・・

思い出したくなかった。今、こうして無事に生きてるんだから・・・と思い出すのをやめた。しかし、記憶の奥からあのさけるような痛みが少しだけ顔を覗かせる。ほんのわずかの記憶、それだけでも孝典の全身に鳥肌がたった。

でも・・・なぜ?
あのときのことを思い出すのも怖かったが、それが実際にはなんの痕跡も残していないことが、なおさら孝典を不安にさせた。
ようやく、枕から頭を持ち上げる。自分の部屋ではないことはわかっていた。ベッドの横に小さなテーブルがあった。その上には、孝典のメガネがきちんとたたんでおいてあった。手を伸ばしてメガネを手にとって光に透かして見てみた。別に傷もついてない・・・

その部屋は、病室らしかった。たぶん、ここはどこだって人に聞いたら、100人中100人が病室だってこたえるだろうな・・・そんな風に考える。孝典らしい考え方だった。

ベッドの脇にスリッパがおいてあった。孝典はベッドから降りて、スリッパを履く。自分が、よく入院患者が着ているような薄い青色の服を着ているのに気がついた。病室の中を少し歩いてみた。別に、痛むところはなかった。いや、1カ所だけ。孝典のアナルだけは、ひりひりと痛んでいた。孝典にとっては、それは今までの出来事の唯一の確証だった。それがなかったら・・・自分は狂ってるんじゃないかと思うところだったろうな・・・孝典には、自分がおかしくなっていない証拠がほしかった。あんなことをされたはずなのに・・・あれが夢だったとしたら・・・ぼくはおかしくなっちゃったんじゃないか、そう思いたくはなかった。だから、アナルの痛みは、孝典を少し安心させた。

病室の窓には、薄いカーテンが掛かっていた。カーテンを開けてみる。窓ガラスは凹凸のついた、向こうが見渡せないものだった。窓を開けようと思ったが、鍵もとってもなく、どうやら開かないようだった。ベッドと小さなテーブル、窓。そして、人の進入を拒むかのような大きな扉。病室にはそれだけしかなかった。ふと、孝典はトイレに行きたくなった。この病室の外にでるのはいやだった。だが、しかたがない、あきらめてベッドを降りると、大きな扉の取っ手に手をかけた。

たぶん開かないんだろうと思ってた。しかしながら、その扉は何の抵抗もなく開いた。頭だけを出して、廊下の様子をうかがった。誰もいない。トイレは・・・すぐ向こうにトイレを示す標識があった。孝典は素早く廊下にでると。その標識の下の扉を開けた。

きっと、ふつうのトイレじゃないんだろうな、なんとなくそう思っていた孝典は、ごく普通のトイレに少し拍子抜けした。自分がおかしな体験したからって、考え過ぎだな・・・そう思って少しはにかんだ。
小便器に向かい、着ていた服をまくってペニスをまさぐろうとした。そのとき、初めて自分が下着を身につけていないことに気がついた。
これも、証拠の一つかな・・・そう思いながら、孝典は用を足した。

トイレから出てくると、先ほどよりは少し余裕がでてきたのか、もう少し冷静にあたりを見回すことがきた。全く人気がなかった。どこか遠くの方で、人の気配はするような気はした。しかし・・・耳を澄ましてみても、物音一つしていなかった。少し、自分の病室とは反対の方向へと歩いてみた。自分の足音しかしなかった。突き当たりまで歩いてみる。そこで廊下はL字型に曲がっていた。その先にも人気はない。どの窓も外が見えないようになっていた。孝典は急に不安に駆られて、逃げるように自分の部屋に戻った。

思わず心臓が止まるかと思った。早足で自分の病室に戻り、あわてて扉を開けると、目の前に男が立っていた。白衣を着た、見たことのない男だった。
「もう、大丈夫のようだな、孝典くん? どこか痛むところはないかね?」

それから僕は、あのとき着ていた学生服に着替えて、その男に車に乗せられて、家へと返された。
なにがなんだかわからなかった。何度か訪ねようとしたけど・・・でも、まさか「玉つぶされたはずなんですけど」なんて言えなかった。夢だったんだ、そう思いこもうとした。

家の近くで車から降ろされた。男は車を発進させる間際に、「家の人には友達のところに泊まったと言いなさい。そのうち、また連絡する」と言い残していった。「まって」思わず声をかけたが、無駄だった。やっぱり、なにか、あったんだ・・・一度は夢だと思いこもうとしたあのことが脳裏によみがえった。もちろん、夢だなどとは思っていなかった。

家に帰った孝典を待っていたのは、ごく普通の日常だった。父も母もなにも言わない、それどころか、おかしなことがあったなんて気づいてもいないようだった。
(今日は・・・あれから何日たってるんだろう・・・)孝典は新聞の日付を確認した。意外なことに、あの日から1日しかたっていなかった。
(あれは・・・昨日のこと? たった1日しかたってないの?)孝典の主観的な時間と新聞の客観的な時間のずれは、大きな違和感となって孝典を襲った。
(でも・・・納得行かないけど・・・)
生きている事実で満足しようと孝典は思った。
<孝典復活 第一話「悪夢の終わり」完>


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