Gift

1.
男が俺の腰を掴む。背中に生暖かい息が掛かる。見ず知らずの男の熱い物が俺のアナルを貫く。
(早くいけよ)
そう思いながら、俺はじっと耐える。いや、少し違う。ちょっとは気持ち良いと思う部分もある。でも、ねっとりと汗ばんだ男の手が俺の体に触れた途端、そんなものはどこかに消えてしまう。
やがて、男は絶頂を迎える。男の体が俺に押し付けられ、俺の中でビクビクと動く。少しだけ満足を感じる自分自身に嫌悪感を抱く。
ぬちゃっと音を立てながら、男が俺のアナルから物を引き抜いた。そのままバスルームに消える。俺はベッドで横になったまま、シャワーの音を聞いている。やがて、シャワーを終えた男が全裸のままソファの上の服に手を掛ける。
「ほら」
差し出された手には、何枚かの札が握られていた。俺は何も言わずに軽く会釈をしてそれを受け取った。
「いい若いもんが体なんか売って・・・ちゃんと働いて稼げ」
よくある説教タイムだ。はっきり言って、俺を金で買い、金を払うんだから生でやらせろなんて言ってた奴に言われてもなんとも思わない。大きなお世話だ。
そして、男は自分だけさっさと服を着て、部屋から出て行く。その背中を見送ってから、俺もシャワーを浴びた。

男にホテルで抱かれて、そして家に帰る。
年の瀬も近づきつつあるこの時期、街は徐々に慌ただしく、そしてきらびやかになっていく。でも、俺は逆だ。俺は徐々に生気をなくし、憔悴していく。ハロウィンも、クリスマスも正月も俺には関係ない。ただ、毎日が同じ事の繰り返しであり、同じストレスの繰り返しだった。

ほんの数ヶ月前。夏前だった。
突然、母親が蒸発した。
俺には父親がいなかった。そもそも父親が誰なのかも分からない、そんな家庭環境だった。俺が小さいころから、母は家に男を引っ張り込み、その度に俺は家の外に追い出された。家には鍵が掛けられ、男が帰るまで、俺は家に入る事が出来なかった。それは深夜に及ぶ事は日常茶飯事で、時には朝まで入れないこともあった。
そんな生活が嫌で、俺は中学、高校と全寮制の学校を選んだ。そして、国立の大学に入学し、アルバイトをしながら安アパートで一人暮らしをしていた。もちろん、学費も自分で捻出していた。
そんなある日、突然アパートに見知らぬ男が押しかけて来た。その男から、母親が蒸発したこと、借金が数百万円あるということ、そしてそれを俺が返さなければならないことを聞かされた。要するに、男は取立屋と言うことだった。
それ以来、俺は生活のほとんどをアルバイトに費やすことになった。もちろん学校も辞めざるを得なかった。寝る時間以外、朝から夜中までアルバイトをし、それで得たお金のほとんどを取立屋に持って行かれた。生活費すら残っていなかった。つまり、俺は生きて行くために体を売るしかなかったんだ。

そうやって得た金からアパートの家賃を差し引くと、結局残るのはわずかだ。それでなんとか生活をやりくりしても、どうしてもマイナスが出るときもある。食費を抑えたり、光熱費を抑えたりで努力はしたが、それでも追いつかない、そういうときは、わずかな家財を切り売りした。もう、家にはテレビもパソコンもない。まあ、バイトから帰っても寝るだけなので、不要なのだが。

そんなわずかな生活費から調達した食料をぶら下げて安アパートに戻ると、部屋に上がる階段の前に誰かが座っていた。
一瞬、取立屋かと思った。が、今は取立屋が来る時期じゃない。俺とは関係ないのかな、と思いながら、なるべくそいつの方は見ずに、その人影の横をすり抜けた。鍵を差し込んでドアを開ける。暗い部屋の中に入ったその時、ドアをノックする音がした。
(やっぱり俺か)
なんとなく予感がしていた。面倒な事になりそうな予感が。

ドアを開けると、さっきの人影が立っていた。小さなその人影をよく見てみると、まだ子供らしかった。嫌な予感がますます強くなる。
「なんだ、お前」
俺がそう言うと、その子供は黙って俺にメモのようなものを差し出した。俺はそのメモを開いて見た。良く知っている筆跡で文字が書かれていた。もう二度と見たくない、母の字だった。
「この子をよろしく」
それだけだった。俺はそのメモと子供を交互に見た。しばらく経ってから、ようやく俺はその疑問を口にした。
「どういうことなんだ?」
その子は何も言わない。微動だにしない。ただ、家のドアの前に突っ立っていた。
「説明しろよ」
俺は問いただす。が、やはりその子は動かない。そんな俺達のやり取りの最中、同じアパートの住人が、廊下を通っていった。チラリと俺を見る。俺は目だけで微かに会釈する。
「取りあえず入ってドア締めろ」
正直、家に入れたくはなかったが、他の住人に見られるのも嫌だった。それでなくても取立屋が来てるってだけでよくない評判が立っていることを知っている。これ以上評判を落としたくもない。それもあの女のせいで。

子供を部屋に引き入れ、電気を点けた。
子供は男の子であり、服装がほとんどホームレスのようだということが初めて分かる。そのまま座らせるのに、少し躊躇するような服装だった。頭にかぶっているニットらしい帽子と、上着というより、元の色が何色だったのかもよく分からないような、古い毛布のようなものを脱がせ、台所から持って来た大きなゴミ袋に入れさせた。その下に来ているシャツやズボンも大して変わりはないが、それまで脱がせると、暖房器具もないこの寒い部屋では代わりに何か着せてやる必要がある。俺の服を貸してやりたいとは思わない。そのまま床に座らせた。
「説明して」
俺はもう一度その少年に言った。少年が初めて顔を上げた。一瞬、母の顔を思い出した。

少年は小学校の高学年くらいという感じだった。その顔には母の面影があった。ということは・・・
「はぁ。マジかよ」
俺の弟なんだろう。そんなのがいたなんて、全く知らなかったが。弟はまた顔を伏せる。
しかし、考えてみると、年齢が合わない。俺が家を出たのが中学の時だから、今から8年前。こいつは見たところ小学校5、6年生くらいという感じだから、11才か12才くらいだろう。だったら、俺が家にいたころにはすでに生まれている筈だ。
しかし、俺がまだ小学生だったころ、一時期施設に預けられたときがあった。まだ小さかったので、何がどうなったのかは分からない。でも、施設にいる1年くらいの間、母親とは会うことはなかった。
(あれは確か・・・)
小学校2、3年生くらいだったと思う。ということは、その頃、あの女は男を作り、俺を施設に預け、その男と暮らし、その男との間に子供を作っていた、ということだったんだろうか。
(あの女ならやりかねないか)
妙に納得した。そして、施設に入れられたと言えばまだ聞こえは良いが、要するにその時一度、俺はあの女に捨てられたんだ、ということも今気付いた。もっとも、あの女も結局はその男に捨てられ、俺を連れ戻しに来たって訳だろうが。
(じゃあ、こいつはそれからどうしてたんだ?)
男の方に引き取られてたんだろうか。しかし、あの女と付き合うような男が、子供を引き取るなんて事をするとは思えない。ということは、結局この子も捨てられたんだろうか。俺と入れ替わりに生まれてきて、俺と入れ替わりで捨てられたんだろうか。
「お前、あの女に捨てられたのか?」
普通ならそんな事を聞くのには躊躇するだろう。だけど、なんとなくあの女の子供なら、遠回しに聞くよりはっきり聞いたほうが良いだろうと思った。
弟は俺の顔をチラリと見た。そして、目を伏せる。結局、何も言わなかった。
「あの女に言われてここに来たのか?」
しばらく時間が経ってから、今度は微かに頷いた。
「あの女はどこにいる?」
首を横に振る。
「今までどこにいたんだ?」
何も答えが返ってこない。
「何日くらい、一人でいた?」
少し頭を傾ける。そして何か唸った。
「なんだって?」
「・・・い、一ヶ月くらい」
「一ヶ月、なにしてたんだ?」
すると、ポケットから折りたたんだ紙を取り出した。それを広げて俺に見せる。紙には簡単な線が書かれていた。しばらくその線を睨んで、それがこの場所を示す地図なんだということにようやく気が付いた。そのスタート地点は、電車や車を使ったとしても、かなり時間がかかる場所を示していた。
「お前、一ヶ月掛けて、ここまで歩いて来たのか?」
弟は頷いた。
こんな子供が一ヶ月も一人でいたのか・・・わずかな生活費で生きて行くことのつらさが分かった俺から見ても、何の収入もなく、住む場所もなく、こんな風体で一人で一ヶ月も生きることが、どれほど大変だったかは容易に想像出来た。
「あの女はここにいるのか?」
弟は首を横に振る。
「だろうな」
なんとなく、あの女はこいつの父親と一緒にいるのではないかと思った。そして、こいつが邪魔になって、追い出したんだろう。
そして、俺は途方に暮れる。顔立ちを見ても、弟なのはたぶん間違いないだろう。そして、この弟もあの女に捨てられ、ここまで歩いて来たんだ。ほんの少しだけ、同情のような感情が生まれる。でも、俺に何が出来る?
「取りあえず、今日は泊めてやる」
そして、風呂の準備をする。光熱費の節約のため、風呂は3日に1回にしているが、あのほとんどホームレス状態の汚れたままでいられるのは嫌だから仕方がない。
風呂が沸くまでの間、お互い何も言わなかった。別に会話をしたい訳でもないし、しなきゃならない訳でもない。むしろ、これ以上距離を縮めたくないのが本音だった。
すると、弟の腹が大きな音を立てた。少し顔を上げ、俺を見る。俺は無視する。弟は顔を伏せる。が、腹は鳴り続けている。
「はぁ」
俺はまた大きく溜め息を吐いて、自分の為に調達した食料を弟の前に差し出した。弟は何の躊躇もなく、それにむしゃぶりついた。俺はその様子を見つめる。弟は時々上目遣いで俺をチラリと見る。俺と目が合うと、慌てて目を反らす。それでも食べ続けている。
「何日ぶりに食べるんだ?」
そう尋ねると、一瞬固まり、口の中の食べ物を飲み込んでから口を開いた。
「たぶん・・・3日くらい」
そりゃ、腹も盛大に鳴るだろうな、なんて思う。
「お前、名前は?」
今度はしばらく答えなかった。そして、ようやく口を開いた。
「おい」
最初は俺に呼び掛けたのかと思った。家に上げてやり、食べ物まで与えてやったのに、「おい」なんて口の利き方をするのか。俺は弟をにらみつけた。すると、弟が再び口を開いた。
「名前は知らない。おいって呼ばれてた」
一度も名前では呼ばれず、常に「おい」って呼ばれていたということか。それはつまり・・・
「学校とか行ってなかったのか?」
弟は頷いた。
(あの女なら・・・)
想像した。家で誰にも知られずに産み落とし、その父親と一緒に邪魔者扱いするあの女の様子を。ひょっとしたら、出生届すら出されていないんじゃないだろうか。
それ以上、重い話をしたくなかった俺は、風呂の湯加減を見に行った。丁度いい具合だった。
「風呂沸いたから入れ」
既に食べ物を食べ終わった弟は、素直に立ち上がり、身に着けていた服というか、ボロ布を脱ぎ去った。
「ちょっと待った」
俺は弟を呼び止めた。汚れたその体には、無数の痣や傷のようなものがあった。何が弟に起きていたのか、容易に想像出来た。が、俺はそれ以上は何も言わなかった。ただ、その体を風呂場まで押していった。
「湯船に浸かる前に体を洗えよ」
あんな汚れた体のままで湯船に浸かられたら、そのあと俺が入れなくなる。しかし、弟は全裸で洗い場に突っ立ったまま、俺を見て動こうとしない。
「わかったよ」
俺も服を脱ぐ。そして、洗い場で弟の体を洗ってやった。

本当の事を言ってしまえば、俺は少年が好きだ。まだ母親の借金に苦しめられる前、この部屋に少年を連れ込んで、行為に及んだことは何回かあった。そういう意味で言えば、この弟の体、少し毛が生えかけ、子供から少年に変わりつつあるその体は俺の好みの範疇だった。が、あの女の面影がある弟にはそういう気持ちにはならなかった。そう思っていたのだが・・・
弟の尻を洗ってやっていると、俺のペニスが勃起してしまった。幸い、弟は背中を向けており、それには気が付いていない。俺はあの女のことを思い出して気持ちを静めようとした。なんとかそういう気持ちをなだめて弟の体をきれいにし、湯船に浸からせて、もう一度、今度は自分で体を洗うように言う。そして俺は一人で湯船に浸かる。
(そういや、男の子で勃起したのすら、何日ぶりなんだよって話だよな)
ここの所はずっと、アルバイトと、生きて行く為に体を売るだけの生活だった。男に弄ばれて射精することはあったが、それはあくまで金を得るためだ。そういう意味では自分の意思で妄想を楽しみ、勃起させる暇すらなかった気がする。横で体を洗う弟の体を見る。顔さえ気にしなければ・・・いや、弟であることさえ気にしなければ、充分俺の好みの範疇だ。俺は湯船の中でペニスを握った。弟には見えていない筈。弟を見ながら、ゆっくりと手を上下させる。ペニスが硬くなる。
(俺もあの女の血を引いてるって訳かな)
男を取っ替え引っ替えしていたあの女。俺の前で平気で男に寄りかかり、胸に手を当てさせ、キスをしていた女。そして、恐らく血の繋がった弟を見て勃起させている俺。
「おい」
そう声を掛けてから、結局俺もあの女と同じように呼ぶんだな、と気が付いた。弟が俺の方を見る。俺は湯船の中で立ち上がる。弟の視線が俺の勃起したペニスを捉えるのが分かる。湯船の端に立ち、弟の頭を股間に引き寄せた。
「食わせてやったんだから、これぐらいしてもいいだろ?」
すると、弟は抗う事もなく、口を開いて俺の勃起したペニスを受け入れた。何も言わなくても舌を這わせ、頭を動かす。
「そうやって生きてたのか?」
弟は何も言わない。でも、その動きはそれを肯定するものだった。こんな少年が、一ヶ月も一人で生きて来れたのはそういうことなんだ。
(結局同じ生き方してるなんて、やっぱり兄弟なんだな)
しばらくフェラチオを続けさせ、そして俺は湯船から出る。
「あっち向け」
俺はボディシャンプーを泡立て、背中を向けた弟のアナルに塗り付けた。
「ここも大丈夫なんだろ」
弟は肯定も否定もしない。それはつまり大丈夫だと理解し、いきなりペニスを押し込んだ。
「うっ」
弟は一瞬腰を引く。だが、そのアナルは俺のペニスを奥まで受け入れた。そのまま腰を振り、弟の体に打ち付ける。弟が呻く。俺は構わずアナルを責め続けた。
久しぶりの少年の体は、俺を興奮させた。途中で引き抜き、そしてそれを口にくわえさせ、またアナルに押し込む。それを何度も繰り返した。久しぶりの射精は弟の口の中でだった。弟は俺が出したものを当然のように飲み込む。だが、俺のペニスはそれでは治まらない。再びアナルに挿入して、その奧で2度目の射精。入れたまま3度目。そしてようやく弟から離れた。
俺が湯船に浸かると、弟も入って来た。狭い湯船の中で体を密着させてくる。ほんの少し、このまま一緒に住んでもいいかな、と思った。

風呂から上がり、弟には俺のジャージを着せた。一組しかない布団で一緒に横になった。そして、弟の耳元で言った。
「俺にはお前の面倒を見る余裕はない。明日、どっか施設探してやるから、そこに行くんだ。いいな」
弟は何も言わなかった。


翌朝、目を覚ますと弟はいなかった。着ていた服は台所のゴミ袋に入ったままだ。ということは、あのぶかぶかのジャージ姿のまま出て行ったんだろう。
(結局服を取られたか)
まあ、それくらい許してやろう。そして、俺はまたアルバイトと体を売る生活に戻ることにした。


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