Gift

2.
その日、アルバイトが終わると、所謂ハッテン場近くの公園で買ってくれそうな男が現れるのを待った。が、その日は誰も見つからなかった。まあそんなもんだ。上手くいって週に2,3人。全然駄目な時もある。その日は早々に切り上げて、家に帰ることにした。
アパートの階段が見えてくると、やっぱり人影を探していた。でも、誰もいない。
(俺はなにを考えてるんだ?)
自問自答する。いることを期待したのか、いないことを期待したのか。しかし、その答えはすぐに分かった。俺の部屋のドアの前に座り込んでいる人影があった。俺はそれを見て、少し、ほんの少しだけほっとした。
俺が近づいても、人影は動かない。すぐ前に立っても動かない。
(まさか)
死んでるのかも知れないと思った。しゃがんで顔に手を当てる。頬は冷たかった。でも、人影は目を開けた。眠っていただけだった。俺は弟の体を跨いでドアを開け、部屋に入った。弟はドアのところで立ったまま、俯いている。入って良いのかどうか躊躇している。
「入ってドア締めろよ。寒いだろ」
弟は部屋に入ってドアを閉める。そのまま突っ立っている。
「ほら、入れよ」
なんというか・・・少し、世話を焼きたくなっている自分に気が付いた。弟が俺に近づく。そして、俺に手を差し出した。その手には札が握られていた。
「なに、これ」
弟は無言でもう一度俺に手を突き出す。俺が手を伸ばすと、その手に札を押し付けて手を引っ込めた。
「どうしたんだ、こんなお金」
数万円はあった。昨日の様子から、元々持っていたお金じゃないのは確かだ。
「まさか、盗んだりして・・・」
「違います」
初めて大きな声を出した。そして俺にはもう、このお金はどうやって手に入れたものか、想像がついていた。
「体売ったんだな」
弟はこくっと頷いた。
「はぁ」
俺は溜め息を吐いた。そして、口を開きかけ、やっぱりぎゅっと閉じた。あの男達とそんなに変わらないような説教をしそうになっていたんだ。
「お金、要るでしょ」
俺は弟の顔を見た。しばらくして、弟が顔を上げた。
「ここに置いて下さい」
そして、俺の顔色をうかがうように一息吐いた。
「あ、あの、お金、払いますから」
恐らくはこんな調子で「あ、あの、ぼ、僕を、か、買って、ください」なんて言ってるんだろうな、なんて想像した。俺は弟の体を舐め回すように見た。
「置いてやってもいいけど・・・」
そこで言葉を区切る。弟と目が合う。
「わかるな」
弟は何も言わなかった。俺はそれを合意だと受け取った。それ以上何も言わずに受け取ったお金を封筒に入れ、引き出しの奥に仕舞った。
「脱げ」
俺がそう言うと、弟は少しだけ躊躇した後、俯いてジャージを下ろした。その下には何も履いていない。昨日からそのままの筈だ。
「壁の方を向け」
すぐに背中を向ける。
「壁に手を突いて足を広げろ」
(なにか聞いたことがあるな)
自分で言いながら思った。
(そうだ、外国の映画とかで、警官が犯人を捕まえた時に言うセリフだ)
弟は素直に壁に手を付いた。足は肩幅より少し広いくらいだ。
「もっと広げろ」
俺はその足に自分の足を絡めて、更に広げさせる。そして、アナルに指を突き入れた。そこは、ぬるっと俺の指を受け入れた。
「入れられたまま、まだヌルヌルしてるんだな」
指を2本に増やす。そのまま、指の根元まで突っ込む。
「んっ」
少しだけ逃げるように腰を動かす。しかし、俺は奥まで指を入れ、そのアナルの中をかき回す。弟の息が少し荒くなる。
指を抜く。臭いを嗅いでみる。その指を弟の鼻先に突き出して、弟にもその臭いを嗅がせた。
「なんの臭いだ?」
弟は何も答えない。俺は指を弟の鼻に押し付ける。
「なんの臭いだ、これは」
弟が体を仰け反らせる。
「言えよ。なんの臭いだ」
「せ、精液の臭い、です」
かすれた様な小さな声で弟が言う。
「なんでお前のケツの穴の中で、精液の臭いがしてるんだ?」
「種付けされたから」
今度はすぐに答えた。答え終わると同時に、俺は指を弟の口の中に突っ込んだ。
「金の為に種付けされたのか?」
「は、はひ」
(やっぱり兄弟なんだな、俺とこいつは)
兄も弟も男に抱かれ、アナルの奧に種付けされ、お金をもらっている。あの女の血を強く感じさせられる。
「それで気持ち良くてよがってたんだろ?」
今度は何も答えなかった。弟にしゃぶらせていた指を、再びアナルに突き入れる。2本を奥まで入れて、少し抜き、又突き入れる。それを何度も繰り返す。やがて、弟の息が荒くなる。横から股間を覗き込むと、勃起していた。
「気持ち良いのか」
顔を見る。恥ずかしそうに顔を背ける。
「俺の目を見ろ」
弟の目が少し潤んでいるように見える。虐めたくなる顔だった。
「M顔だな」
そして、俺も以前、男に犯されながら同じ事を言われたのを思い出した。
「ちっ」
舌打ちする。本当に、間違いなく兄弟なんだと認めざるを得ないのに腹が立った。
「こっち向いて跪け」
弟がこっちを向く。そして、俺の足下に跪いた。勃起したペニスの先から少しだけ亀頭が見えている。その頭を掴んで俺の股間に導いた。俺もズボンを下ろす。弟が口を開く。その後頭部を引き寄せ、腰を突き出した。
「んぐっ」
弟の頭を揺さぶり、その顔面に打ち付けるように腰を振る。途切れ途切れに苦しそうな声とも呻きとも言えないようなものが聞こえる。俺は更に早く、更に強く腰を打ち付ける。時には股間に弟の頭を押し付けたりもした。いきそうになる。乱暴に弟を立たせ、再び壁に手を突かせると、そのアナルに勃起したペニスを押し込んだ。お尻に腰を打ち付ける。そして、絶頂を迎えると同時に弟の尻に腰を押し付け、抉るように動かした。弟がつま先立ちになる。そして、俺はその体の奥で射精した。


俺は体を洗いながら、湯船の中で緩んだ顔をしている弟を鏡越しに見つめた。弟は俺に見られていることには気が付いていない。少し体を揺らして波を立てて、なんとなく目を閉じて、首を上に向けている。ほっと溜め息を吐くようなしぐさ、そして両手で顔に滴る汗を拭う。こうして見ると、当たり前だけど普通に子供だ。ただし、髪の毛はボサボサだ。
「明日、髪の毛切りに行こうか」
そう言ってから、明日もアルバイトがぎっしり詰まっていることを思い出す。そんな辛い現実を一瞬忘れてしまうほど、普通に当たり前の日常の様な気がした。セックスを覗けば、だが。
弟は鏡越しに俺の顔を見る。少し笑顔だった。初めて見る弟の笑顔。なんとかアルバイトをやりくりして、替わってもらえそうなところは誰かに替わってもらう算段を頭の中でつける。と、同時にそんなふんわりした雰囲気を終わらせる。
「お前、1日1万稼いでこい。いいな」
ついさっきは普通の子供に見えたその体が、今は金を稼ぐ道具に見える。弟は湯船の中で少し顔を曇らせる。
「嫌ならいいよ。その代わり」
「わかり・・・ました」
弟が俺を遮って言う。初めは少し大きめの声で、でも、途中から小さな声になった。
「まあ、別に毎日じゃなくてもいい。5日とか1週間とかまとめてでもいい」
あまり考えずに1日1万って言ったけど、月に30万だ。子供がまともに稼げる額じゃなかったことに気が付いた。
(ま、まともに稼ぐんじゃないから構わないか)
その半分くらいだったとしても、今の俺に取っては貴重な収入だ。とにかく、こいつにも稼げるだけ稼いでもらって、ここのところずっと張り詰めていた気持ちに少しくらいは余裕が欲しい。そんなことを考えながら弟の顔を見ると、今にも泣きそうな顔をしている。
「無理だったら俺が客を紹介してやる」
俺を抱く男の中には、時々連絡を取り合っている相手もいる。まあ、常連さんって訳だ。その中にこういう子供が好きそうな奴がいる。そういうのに声をかければ、しばらくは休みがなくなるくらいに仕事は入るだろう。
「お前みたいなのが好きなおっさんは、いくらでもいるからな」
すると、弟の顔が歪み、目から涙がぽろっとこぼれ落ちた。
「そうそう。そうやって男の子を虐めて泣かせるのが大好きなおっさんとかな」
そう言いながらも、そんなことを言われただけで泣き出すなんて、何があったんだろう、と考える。セックスには慣れているようだから、男とするのが嫌だとか怖いとかそう言うのではないだろう。体の無数の痣や傷、その原因となったこと・・・恐らくは父親からの虐待・・・を思い出すというのだろうか。いずれにせよ、俺にはどうでもいい話だ。今は金。金さえ持ってくるなら、泣こうがわめこうが、俺の家に転がり込んで来ようが構わない。
「嫌だったらいいんだぞ、無理しなくても。出て行けばいいだけだし」
もちろん、他に行き先なんてないだろう。
「それとも、父親の所に戻るか?」
これについては、はっきりと首を左右に振った。
「どうしてだ? また虐めてもらえばいいじゃないか」
また首を左右に振る。
「だったら」
弟が急に湯船から飛び出して、俺の背中にしがみついた。
「な、なんなんだ、お前は」
背中から手が伸びてきて、俺のペニスを握った。背中に熱い物が当たる。それは堅くなっていた。洗い場で四つん這いになり、俺の前に体をねじ込んで、俺のペニスをしゃぶり始める。俺にはその行動の意図が理解出来ない。だが、俺のペニスは勃起する。さっきこの小さな体の奥で射精したばかりだというのに、すぐにいきそうになる。
「やめろ」
弟を引き剥がそうとしたが、何度も俺にしがみついてくる。思わず俺は手を上げた。
「いい加減にしろ!」
そんなに力を入れたつもりじゃなかった。でも、俺の拳をまともに顔面に喰らった弟の体は浴室の鏡の横の壁にぶち当たった。
「お、おい」
慌てて俺は倒れ込んだ弟を抱き起こす。
「大丈夫か?」
潤んだ目で俺を見上げ、すぐに目を反らした。
「お前が」
そこまで言いかけて、それ以上言うのを止めた。そして、弟と一緒に軽く湯船に浸かって、風呂から上がった。洗面所で体を拭いてやり、俺のジャージを着させる。俺が体を拭いている間に、弟は洗面所から出ていった。そして、そのまま家のドアが閉まる音がした。
「おい」
部屋に弟の姿は見えなかった。
(まずかったかな・・・)
弟がいなくなったことを気に掛けながら、一人、部屋の真ん中で頭をバスタオルで拭く。しかし、何を気に掛けているんだろうか・・・弟が心配なのか、それとも金になりそうなあの体がいなくなったのを残念に思っているのか、自分でも分からなかった。
俺は、弟を探しには行かなかった。

そんな俺でも、夜、ドアに鍵を掛けるのはやめておいた。ひょっとしたら帰ってくるかも知れないからだ。
(せめて、名前くらい付けてやるべきだったかな)
いろいろと名前を思案しているうちに、俺は眠っていた。

翌朝、俺は少し遅めの時間に目が覚めた。部屋を見回してみたが、弟の姿は見えなかった。
(ま、仕方ないか)
友達に連絡してアルバイトを替わってもらうよう段取りした上で、アルバイト先に連絡して、風邪で休む旨を伝えた。今日は何もする気にならなかった。
そのまま昼前まで布団の中にいたが、腹が減ったので、何かを食べようと起き上がり、冷蔵庫を覗いてみた。俺の記憶通りなら、何もないはずだ。案の定その通りだった。仕方なく服を着替えてサイフを持ってハンバーガーでも食べに行こうとドアを開けた。

家の外、ドアのすぐ横で弟が壁にもたれて座っていた。

弟が俺を見上げた。何かを訴えたい目をしている。俺に向かって手を伸ばした。その手には札が握られている。俺はそれを受け取る。3枚あった。つまり、3日分。少なくとも3日は弟を家に置いてやる義務が発生したってわけだ。
「飯行くぞ」
それだけ言って、俺は歩き出した。弟が俺を追いかける小さな足音が聞こえた。

      


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