(ヒロ)(カズ)


ウチの母親はいわゆる帰国子女ってやつだ。
10才くらいまで、母親は両親とともにアメリカに住んでいたらしい。
まあ、今はもうそんな雰囲気は何にもないんだけど・・・ただ、いつものこの時期のことを除けば。
つまり、ウチの母親にとって、クリスマスとは家族が一緒に過ごす時間であり、それは譲れないということだ。

毎年毎年それで言い争いになる。お父さんはもう、お母さんのその方針に従って生きるって決めている。だからお父さんは何も言わない。というか、お母さんの味方だ。僕は、日本生まれの日本育ちだ。僕にとってのクリスマスは日本のクリスマスであり、お母さんのクリスマスとは違う。つまり、僕は毎年クリスマスは友達みんなでカラオケ行ったりパーティーしたりで盛り上がったりする。そういうクリスマスが僕のクリスマスだ。
「今年こそは、家族みんなで家でクリスマスディナーね。イブはお手伝いよ」
そんなことを言い出すお母さん。もちろん僕はその言葉を遮る。
「みんなとカラオケ行くって言ってるんだから」
「それはクリスマスじゃなくてもいいでしょ」
「クリスマスに行くことに意味あるでしょ」
僕等の話し合いは・・・いや、言い合いは毎年毎年繰り返される。そして、結論も分かっている。そう、僕には僕の付き合いがあるってやつだ。
で、結局妥協点として、クリスマスイブは日本風に友達とカラオケとかパーティーとか行って、クリスマス当日はアメリカ風に家族でクリスマスディナーを食べるってことになる。こんなふうに毎年毎年同じ結論になるんだから、もうお母さんも諦めればいいと思うんだけど、なぜか譲れないらしい。まあ、結局2日間、クリスマスを楽しめるからいいと言えばいいんだけど。

そして、僕の学校には、僕以外にも日本風のクリスマスを過ごさない奴がいる。それが僕の友達、ヒロちゃんだ。

ヒロちゃんの名前は堯宰尚洋。僕はヒロちゃんって呼んでる。人によっては尚洋って呼んでる奴もいる。そして、この堯宰って家は、なんだかすごい家らしい。聞いたことはあるんだけど、なんだかすごすぎてどんなふうにすごいのかは覚えていない。ただ、遡ると天皇家とも繋がってたりとか、昔は貴族だったりだとか、そんな話を聞いたことがある。本当かどうかは知らないけど。まあ、そんなことは関係ないし。
僕等にとって、ヒロちゃんはごく普通に友達だ。まあ、ヒロちゃんは真面目というか、あんまりいろいろできないんだけど・・・そのすごすぎる家のせいで。
つまり、学校内ではみんなとおんなじように遊んだり遊んだり遊んだり、ついでに勉強したりする。でも、学校を一歩出ると、堯宰家の格にあった行動をしなきゃならないらしい。
だから、寄り道だとか買い食いだとか、学校帰りに一緒にゲーセン寄るとか友達の家で一緒にゲームする、なんてことは今までやったことがないらしい。実際、僕もヒロちゃんとそういうことをした記憶は一度もない。
そんな堅苦しい生き方って思うんだけど、本人にとってはそうでもないらしい。僕等から見たら堅苦しい生き方だと思うんだけど、ヒロちゃんにとってはそれが当たり前だそうだ。ついでに言えば、そんなすごい家のヒロちゃんは、なんだかとっつきにくい奴だとかお高く止まるだとか、そういう感じは全くない。僕等と同じように昨日のテレビの話もすれば、サッカーとか野球とかの結果で盛り上がったりもする。そして、一部の奴とはちょっとエッチな話もしたりする。その一部の奴ってのが、僕だ。

僕は何故かヒロちゃんと気が合う。他の奴とはしないような話も僕とヒロちゃんの間でなら出来たりもする。実は、さっきの堯宰家のすごい話とか、本当はヒロちゃんは話したがらない。そんな家柄がどうとかこうとか、ヒロちゃんに言わせれば「昔の話」で「今は落ちぶれたってだけ」だそうだ。でも、僕には話してくれる。別に自慢でも自虐でもない。ただ、教えてくれただけだ。他の奴には言わないことを、僕には言ってくれるんだ。

そんなヒロちゃん、家がそんな家だから、なんていうか洋風のイベント、つまりクリスマスとかハロウィンとかは全くしたことがないらしい。ヒロちゃんの家はそういうのとは全く無縁なんだそうだ。その代わり、お正月とかは盛大らしい。たくさんの分家の人、つまり親戚?が集まって、餅つきをしたりするそうだ。僕は餅つきはリアルで見たことがない。そして広い庭で獅子舞とかもあるそうで・・・やっぱりそういう話を聞くと僕等とは違うんだなぁ、と思うけど、別にそんなにうらやましいと思ったことはない。
だって、クリスマス、なんにもしないんだよ?
ご馳走もないし、ケーキもないし、プレゼントもない。イルミネーションもない。ただの普通の日。
むしろ、僕はヒロちゃんは少しかわいそうだと思ってた。

前にも言ったとおり、ヒロちゃんの家は厳格らしい。でも、なにがどんなふうに厳格なのかはよく分からない。僕はヒロちゃんとは仲がいいとは言いながら、学校以外では会ったことがない。休みの日にどこかに一緒に遊びに行くとか、僕の家に遊びに来るとかヒロちゃんのあの大きな家に遊びに行く、なんてことは一度もない。それでホントに仲がいいって言えるのかってことなんだけど、これは僕に限らず他の誰もが同じだ。ヒロちゃんは学校が終わるとまっすぐ家に帰る。僕や他の奴等のように塾に行ったりとか、あるいは学校の帰りに少しどこかに寄り道する、なんてことは一度もない。休みの日の学校行事にすら参加しない。誰かが先生にそれを質問したことがあった。
「なんで堯宰君だけ欠席が許されるんですか?」
それを尋ねたのはクラス委員の岡本さんだ。岡本さんはしっかりした女子で、少し大人っぽい雰囲気もあってかなりの美人だ。男子の中で岡本さんがいいって言う人も結構多い、そんな人だ。だから、休みの日の学校行事に参加しないことを羨んだり、あるいは妬んだりしてそんな質問をしたんじゃないことはみんな分かってた。
「堯宰さんのお家の事情だそうです」
先生のその答えだけでは普通は納得しない。でも、僕等はもう、ヒロちゃんの家のことはよくは知らないけど普通じゃないってのは知っている。だから、それ以上は誰も何も言わなかった。
まあ、ヒロちゃんの性格が悪かったりしたら、それでもあれこれ言う奴はいただろう。でも、ヒロちゃんはいい奴だ。誰に対しても優しいし、家のことだって自分からは言わないし、もちろん鼻に掛けたりするようなことは絶対にない。下級生にも優しいし、頭もいい。それでいてノリが悪いってわけでもない。学校では、だけど。

実は、岡本さんはそんなヒロちゃんのことが好きだ、という噂もある。一度、僕はヒロちゃんに聞いたことがある。
「ヒロちゃんは岡本さんのことどう思ってるの?」
すると、ヒロちゃんはほんの少しだけ困惑したような顔をして、でも答えてくれた。
「いい女子だと思う。でも、それ以上でもそれ以下でもないよ」
「告られたんじゃないの?」
少しカマを掛けてみた。ヒロちゃんが僕の顔をじっと見つめた。
「それはどうかな」
(そうだろうな)
尋ねておいてなんだけど、ヒロちゃんはそういう人の秘密を明かしたりは絶対にしないということは分かっていた。これがもし、ヒロちゃんと岡本さんが付き合ってたりしたなら、正直にそう答えてくれていると思う。だから、きっとヒロちゃんは岡本さんに告られて、でもそれを断った、ということだろう。
「和くんはどうなんだよ?」
「えっ」
ヒロちゃんに反撃を喰らうとは思っていなかった僕は、その不意打ちに少し狼狽えた。
「僕にそんなこと聞くなんて、和くんこそ岡本さんが好きなんじゃないの?」
僕の頭の中が一瞬だけ空っぽになった。
(岡本さん・・・どうなんだろ)
そして、今までそんなことを考えたこともない、ということに気が付いた。少し困惑する。その顔でヒロちゃんに答える。
「考えたこともないよ」
「ふうん」
そして、しばらく無言。
「岡本さんでオナニーしてるのかと思った」
こういう所だ。僕と二人きりの時だけは、ヒロちゃんはこんな奴になる。
ヒロちゃんは、なんていうか・・・和風だ。いかにも日本人って感じの顔をしている。どういう顔が日本人っぽい顔かって聞かれたら答えに困るんだけど、なんていうか、坊主頭だったらいかにも野球少年って感じの顔。別に野球少年が和風の顔って意味でもないけど。短めの髪の毛で、眉が太くて目がくりっとしてて、そして、さっきみたいな話をするときにこの目に少し悪戯っぽい光を帯びる。鼻は・・・意外と低め。唇は薄い方かな。そんなヒロちゃんがたまにこういうことを言うと、なんだかガラッと感じが変わる。
「相変わらず、すぐエロに繋がるんだな、ヒロちゃんの頭の中は」
「まあね」
それを隠そうともしない。
「で、どうなの?」
エロモードに入ったヒロちゃんは意外としつこい。
「してねーよ」
「ふぅん」
ヒロちゃんが少し笑う。
「なんだよ」
「和くんは小林さんなんじゃないの?」
小林さん・・・大人っぽい感じの岡本さんとは違って、ちょっと小柄で髪の毛はショートで活発な女子だ。確かに、僕の好みはそういう子だ。
「いいとは思うけど」
「けど?」
僕の歯切れの悪さに突っ込みが入る。
「別に好きじゃない」
「ふぅん」
「ヒロちゃんは誰が好きなの?」
まあ、当然こういう流れになるってヒロちゃんも分かってた。
「僕は別に・・・」
そして、小さな声で付け加えた。
「許嫁いるし」
そうだった。前に聞いたことがある。

ヒロちゃんには許嫁がいる。
といっても、家が決めた相手で、ヒロちゃんもあんまり会ったことがないらしい。
これがヒロちゃんの家の事情って奴だ。
こういうところ、古い時代から、ヒロちゃんの家みたいなところは、親同士というか、家同士が勝手に結婚とか決めているらしい。そりゃあ、日本でも昔、そういう時代があって、地位の高い家ではそれが当たり前みたいだったことは知っている。でも、ヒロちゃんの家では、今でもそういう習慣なんだ。だから、ヒロちゃんの結婚相手は「釣り合いの取れる家」の人であり、それは本人達は関係なく、本人達がそういうことを意識したりするようになる遙か前に決まっているらしい。
「そっか・・・そうだったね」
やっぱり少しヒロちゃんがかわいそうに思えた。きっとヒロちゃんにだって好きな人はいるだろう。でも、ヒロちゃんはそんなことを思い始めるずっと前に、相手が決まっている訳だ。
こういうとき、ヒロちゃんはどんな気持ちなんだろう。聞いてみたいとは思う。でも、それってヒロちゃんを困らせたり辛い思いをさせるだけのような気がする。だから、僕はそれは聞かない。聞いちゃ駄目な気がする。

そんなヒロちゃんと普通のこと一緒にしたいなぁ、なんて思ったのはいつからだろうか。二人で、二人だけでいろんな話をしたりしてみたいと思ったのは、そんなに前じゃなかったと思う。そして今年のクリスマス、僕はヒロちゃんを家に呼んでみようかな、なんて思い始めたんだ。


この物語はフィクションです。
登場する人物・家・団体・名称等は架空であり、実在のものとは一切関係ありません。



index