家に呼ぶとしたら・・・たぶん、お母さんとまた揉めるのかもしれない。だってお母さんはクリスマスは絶対家族で過ごす派だから。そんなわけで、僕も少し譲歩することにした。
「ねぇ、今年のクリスマス、家でするよね?」
つまり、24日はクリスマスの準備をして、25日はクリスマスディナーを家族で食べるよね?ってことだ。
「和成はどうするの?」
お母さんが早速ジャブを入れてくる。ここで友達とカラオケとかって言うと、いつもの戦争勃発だ。
「今年はさ・・・家でいいんだけど」
チラリとお母さんの表情を盗み見る。特に何も表情は変わっていない。
「友達、呼んでもいい?」
上目遣いでお母さんを見る。お母さんは何も言わない。つまり、説明が足らないということだ。
「あの、堯宰って奴なんだけどさ、家でクリスマスとかやったことがないんだって」
「え、あの、堯宰さん?」
そこにお母さんが食い付いた。堯宰家はこの街じゃ有名だ。なんだかすごい家柄で、大きな家、というか屋敷があって、みたいな。
「あの堯宰家の人と友達なの?」
「まあね」
なんだか少し嫌な方に話が流れている気がする。
「で、誘ってもいいなら、今年のクリスマスは家に居る」
「だったら、大掃除しなくちゃ」
お母さんが少し舞い上がってる。堯宰家は地元の有名人ってわけだ。
「お母さん・・・ヒロちゃんは、堯宰くんは普通の奴だからね」
そして、真面目な顔で言った。
「ヒロちゃん、家の話されるの嫌がるから。僕の普通の友達なんだからね」
そして、今年のクリスマスの予定が決まった。今年のクリスマスはヒロちゃんを招待して、ちょっとしたクリスマスディナーをみんなで食べる、ということに。
少しだけ不安を感じながら。
夕食の時に、お父さんとお母さんにヒロちゃんは家の話をされるのが嫌いだ、ということを念押ししておいた。そして、変な興味を持たないように、僕が知ってる堯宰家のことを話した。なんだか有名人とお近づきになれる、そんな感じでそわそわしているような気配を感じる。さらに、クリスマスまでに一度家に連れて来たら、みたいなことまで言い出した。
もう一度ヒロちゃんのことを話す。学校帰りに寄り道はしないし、休みの日に僕等と遊ぶようなこともしないって。
「それって、友達だと言えるのか?」
お父さんが言った。ま、当然の疑問なんだろう。普通の子なら。
「たぶん、僕が誰より一番ヒロちゃんと仲がいい・・・と思う」
自信がある。いや、どうだろう。僕が知らないだけで、あの許嫁のように家の格みたいなのが同じような奴と仲良かったりするのかもしれない。
(まあ、それならそれで仕方がないか)
そう思った。そう思ったけど、モヤモヤした何かが心の中に少しだけ湧き上がった。
「ね、毎年クリスマスは家族でパーティみたいなことするんだけど・・・今年はヒロちゃんも来ない?」
そう声を掛けると、ヒロちゃんは少しびっくりした顔を見せた。
「って、なんでそんな驚くんだよ」
「だって・・・初めてだし」
まあ、ヒロちゃんにとってクリスマスは初めてのことだ。そりゃ、驚いたりするのかもしれない。
「大丈夫だよ。別に一緒にケーキ食べたり食事したりってだけだし」
まあ、パーティといってもそんな程度だ。
「あ、いや・・・友達ん家にお呼ばれするのが初めてだから」
そうか。そっちか。
「そっか。ヒロちゃん呼ぶの、初めてだもんね」
「和くん家ってことじゃなくて・・・友達の誰かの家に行くのって、初めてだから」
そして、少しだけ俯いた。
「それに、家が許してくれるかどうか・・・」
そうだ。ヒロちゃんの家は厳格な家なんだ。特別な家で、人の家に遊びに行くなんてことは許して貰えないのかもしれない。
「人の家に行ったりしたことないの?」
僕は少し声をひそめた。ヒロちゃんの家に関わることだから。
「分家に行ったりはするけど・・・他人の家は行ったことない」
「へぇ」
急に不安になってきた。許して貰えなかったらもちろん遊びに来ることなんて出来ないだろうし、そもそもそんなこと言うだけで怒られたりするのかもしれない。
「まあ、聞いてみる」
「うん」
そして、ヒロちゃんが言った。
「あのさ・・・」
「うん?」
「もし出来たら、だけど・・・」
なんだか言いにくそうにしている。なんなんだろう・・・
「出来たら、お泊まり、なんてしてみたいな」
小さな声だった。そうだ。人の家に行ったことがないヒロちゃんは、もちろん友達の家に泊まって、夜通しいろんな話をしたり、ゲームしたりなんて経験はないわけだ。
「それ、いい!」
僕は歓声に近い声を上げる。ヒロちゃんが僕の家に泊まって、僕の部屋で二人であれこれ話をする。普段出来ないような、僕とヒロちゃんの間でも、普段はあんまり話せないようなことを話したり、二人だけの秘密を共有しあったりとか・・・
「ああ、なんかワクワクする」
そう。考えただけでワクワクしてきた。
「でも、ヒロちゃんの家が許してくれる?」
「うん、聞いてみる」
それが問題だ。僕の家の方は全然大丈夫だ。今までだって友達を泊めたことはある。ただ、少し心配事もある。
「ウチの親がさ・・・あれこれ家のこと聞くかもしれない」
なるべくそうならないように、ちゃんと親に言っておかないと。特に泊まりとなると、僕のテンションだけじゃなくて親のテンションも少し上がってしまうから。
「まあ、いいよ。あんまり人には言わないで欲しいけど」
「僕がちゃんと親に言っとくよ。だから、なんとかヒロちゃんの家に許可出してもらいたいな」
「頑張ってみる」
「うん」
なんだか楽しみになってきた。その一方で、ダメってなる可能性もある。だけど・・・
その日の夜はワクワクして眠れなかった。まだクリスマスまで一週間以上あるというのに・・・
(そうだ、ヒロちゃんの好物とか聞いておこう)
(ヒロちゃん、泊まったら何かしたいこととかあるかな)
(それより部屋、片付けておかないと)
いろんなことが頭に思い浮かぶ。ただ、友達が泊まりに来るかもしれないってだけなのに、なんでこんなにワクワクしてるんだろう。ヒロちゃんだからかな。普段、こういうことしないヒロちゃんが、僕の家に、僕の部屋に泊まるからかな。友達の家に泊まったことがないって言ってたから、僕が、僕の部屋が最初なんだな。
(なんだろ、すっごい嬉しい)
「あっ」
声を上げてベッドからガバッと身体を起こした。
(一緒にお風呂入るかも)
急にドキドキし始めた。
(なんでドキドキすんだよ)
やっぱりヒロちゃんは特別な家の子だから、僕にとっても特別なのかな。いやいや、僕にとっては普通に友達だ。ただ、仲がいい友達だ。ヒロちゃんの家なんて関係ない。やっぱりヒロちゃんだからどきどきするんだろうか。ヒロちゃんが家に泊まるのがそんなに嬉しいんだろうか・・・
そして、いつの間にか眠っていた。
翌日、学校に行くと、すぐにヒロちゃんが僕の席にやって来た。見たことがないような笑顔だ。
「お呼ばれも、お泊まりもいいって」
僕等はどっちからともなく手を差し出し、握手した。それだけじゃ終わらない。ハイタッチをして、そしてガッツポーズ。
「やったぁ!」
そして、僕は昨夜ワクワクして眠れなかったことを正直に話した。
「僕もだよ」
ヒロちゃんが言った。それがなんだか、ものすごく嬉しかった。
「じゃあさ、クリスマスの日にウチに泊まって、一緒にクリスマスディナーってことでいい?」
ヒロちゃんは頷く。
「ちょうど土日だし、それがいい」
友達と一緒にクリスマスを過ごす。友達が泊まりにくる。ただそれなのに・・・・・なんでこんなに嬉しいんだろう。
授業中もそのことを考えると顔がニヤけてしまう。僕は他の奴等に悟られないよう、それを必死に押し隠した。
そして、クリスマスイブの日になった。
いつもの年なら友達とカラオケ行ったりしてクリスマスイブを過ごすけど、今年はそういうのは無し。学校から帰ると家のクリスマスの準備の手伝いをする。それがクリスマスにヒロちゃんを招待する条件だったからだ。
一応ホームパーティだから、いろいろと飾り付けするものだと思っていたら、何にもなし。いつものクリスマスと同じように、クリスマスツリーを置いて、そのツリーをちょっと飾り付けるくらいだ。そして、ツリーの飾り付けは主にお父さん担当だから、あんまり僕が手を出すことはない。
キッチンに行っても、僕は結局お母さんの邪魔になるだけだった。
「だったら、お友達来るんだから自分の部屋を片付けておきなさい」
「分かった」
僕の部屋に行く。そんなに散らかってる訳じゃない。でも、きっとあのヒロちゃんなんだから、ヒロちゃんの目から見たらこれでも片付いてるとは言えないんじゃないかな。
まぁ、それは別にいいんだけど・・・僕の部屋なんだから。
でも、出しっぱなしの漫画だとかゲーム機とかは、一応本棚に片付ける。僕の本棚は上の三段は漫画で埋まっている。下の二段はゲーム関係のものを置いている。そこにあるドックにゲーム機を差し込む。出しっぱなしだったカードも全部一旦片付ける。
(ヒロちゃん、ゲームするのかなぁ)
一緒にしたいな、と思う。でも、ヒロちゃんがゲームをしているところは見たことがない。そもそも持ってるとも思えない、あの家だから。
(もし、一緒にできるなら・・・)
一緒にやりたいな、と思うゲームをいくつか取り出して並べてみた。ヒロちゃんと一緒にしているのを想像する。
(うん)
なんだか楽しくなってきた。
いつもは学校から帰ると鞄や服はベッドの上に放り出すんだけど、それもちゃんとクローゼットの中に片付ける。
(まあクローゼットの中はいいだろ)
そこはそんなに散らかってはいない。衣装ボックスとかにボクブリとか入ってるけど、別に男同士だから見られても平気だ。
机の上も片付ける。片付け終えると部屋を見回してみる。いつもより片付いた僕の部屋は、少しだけ広く見える。
(ここにヒロちゃんと二人なんだな)
「よしっ」
廊下の物入れから床掃除用のシートと掃除機を取ってくる。まず、机の上とか本棚の棚とかをシートで拭いて、そして掃除機を掛けた。掃除機の音でお母さんが覗きに来た。
「めずらしい」
ドアのところで腕を組みながら見ている。
「いいだろ、別に」
自分でもめったにしないことをしている自覚があったから、半分照れ隠しだ。
「毎週お友達が来てくれるといいのにね」
「うるさいなぁ」
お母さんがキッチンに戻る。僕は掃除機を片付けに行く。部屋に戻る。そして、ヒロちゃんと二人でいるのを想像する。たぶん・・・ベッドに二人並んでもたれ掛かって、一緒にゲームするか、漫画読むとかそんな感じかな。僕はリビングに行く。そこでツリーを飾り付けていたお父さんに言った。
「クッション、部屋に持ってってもいい?」
お父さんが僕を見て頷く。僕はクッションを二つ抱えて部屋に戻った。
「これでいいかな」
部屋の準備は完了だ。あとは、このままヒロちゃんを迎えるまで散らかさないようにしないと。
(ヒロちゃん泊まるんだから・・・)
想像した。お客様だから、ヒロちゃんには僕のベッドで寝てもらう。僕はベッドの横の床で寝る。それは今まで友達が泊まってったときと同じだ。
「ねえ」
キッチンにいるはずのお母さんに向かって声を張り上げた。
「布団って、今から干せる?」
再びお母さんが僕の部屋にやって来た。またドアのところで腕組みをする。
「だから、この前お布団干すって言ったのに」
でも、僕は起きなかったってことだ。
「後で布団乾燥機かけておきなさい」
「分かった」
また廊下の物入れから布団乾燥機を取り出し、部屋に運んだ。
(でも、するのは明日の方がいいかな)
そのまま僕の部屋に置いておく。
(明日は早起きしないとな)
そう思った。
そんな心配は不要だった。
僕はクリスマスの日の朝、6時前には目が覚めていた。目覚ましは7時にセットしてたのに、その1時間も前に僕は目が覚めた。
起きて、顔を洗って布団乾燥機をセットする。
布団乾燥機を片付けて、お昼ご飯を食べる。部屋に戻ってもう一度見回す。ベッドの下を覗き込む。机から椅子を引っ張り出してその下も見る。
(大丈夫だ)
ワクワクしながら、そわそわしながら時間が過ぎるのを待つ。こんな気持ち、初めてだ。
そして・・・ヒロちゃんが初めて僕の家にやって来た。
この物語はフィクションです。
登場する人物・家・団体・名称等は架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
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