ハムラビ法典大賛成 by白き竜さま

−第三部−


【僕らを運ぶ船】

丑の刻に差し掛かる頃、船着き場には静かに人が集まり始め、無言で船に乗っていく。かなりの大きな船に僕は、期待と不安の気持ちでいっぱいだった。
顔はよく見えないが、感じる空気は痛いほど冷たい。
雰囲気から察するに、二〜三十代前半と思われる成人や、僕ら位の中高生。更には、まだ幼稚園に通っているのでは?って思う位の幼子まで幅広くいる様に見えた。
中に入ると薄暗く重苦しい雰囲気の中、僕らは一ヶ所に集められた。
幼子はやはり限界のようで眠ってしまっている子が大半で、比較的若い黒服が、荷台に乗せ運んでいた。
ふと思ったのは、ここに集められているのは全て比較的若い【男】だと言うことだ。

幼子は眠っているのでよく解らないが、成人の男たちは緊張からなのか震えているような人もいる。震えていると言っても、寒さからではなく、かと言って定期試験のような緊張とも違う、もっと重い空気が漂っていた。

受付担当と思われる黒服の男が現れ、事前に送られてきた【パスポート】を提出するように言われ、続々に列が出来た。
一部の人は、パスポートを見せた後別室に案内されていたが、基本はその場での対応だった。
僕の番になり【パスポート】を渡すと、【ナンバーが入った首輪】と【白いガウン】更に【白ブリーフ】を受け取り、僕はその場で着用するように命じられた。
どうやら【パスポート】は幾つかの種類があるみたいで、僕と色や形が違うのを持っている人の姿が見える。

(…まるで入院の格好みたい)

『着替え終えた者から荷を箱に詰めて提出しろ。財布や携帯、身分が判るもの全てだ。ここに居るお前らはこちらから支給した物以外の使用は一切禁止だ』

黒服の男がドスの効いた声で伝達する。着替えを終えた者は次々と脱いだ服や持ってきた荷物を箱に入れていった。多少ざわついではいたが、諦めからなのか素直に従っていた。

(…やっぱり精神病棟に入院させられた時みたいな格好だなぁ)

服に袖を通し腰ひもを蝶結びにしてとめる。更に首輪も装着し、既に着替え終えた人に目をやる。

(…あれっ?)

薄暗くてハッキリとは見えないが、僕と明らかに違う格好の人たちがいる…

別室に案内されていた人達は、来た時より豪華な服になっているし、一部の人は首輪だけでほぼ全裸だった。

(…何?この区別!)

全裸で首輪だけの人と比較すると僕に渡されたガウンやブリーフはそれでもかなり贅沢に思えてきた。

スヤスヤと眠っている幼子たちは一ヶ所に集められ、【保育士?】みたいな童顔の黒服がパスポートを照合した後、器用な手つきでそれ相応の服に着替えさせていた。着替えが終わると、早々に何処かへ運ばれて行った。
何かの区別なのか【豪華な服】の幼子と【ほぼ全裸】の幼子は別々の場所の様だった。

(…あんな幼子にも服のランクがあるのか…)

考えても仕方がないが、僕はどんな地位に居るんだろう。

一通り見回りした後、着て来た服は綺麗に畳んで鞄に入れ、それごと箱に入れて提出した。

身なりを整えた【豪華な服】の人達は一足先に個室に案内され始めた。その他は、全員の受付が終わらないと案内もされず、船も出発しないそうなので、立っているのも疲れるから僕は壁側に腰を下ろした。

(…僕はどうなっちゃうんだろう)
不安な気持ちからか少し涙ぐんでしまう。
その瞬間、妙な視線を感じた。

『…ようっ』
(…なんだよ。こいつは?)
「…僕に話しかけてるの?」
『目の前にはお前さんしかいないだろ(笑)』

馴れ馴れしく話し掛けてきたのは、僕と同じ年位のちょっとイケメンな子だった。
でも、上半身は裸で下半身もケツワレって言うの?前だけ隠れてお尻は丸見えの下着一枚だけだった。

「…君…その格好?」
『あぁ、俺はお前さんと違って【性奴隷】だからなぁ〜(笑)』
「…僕と違って?」
『あぁそうさ。お前さんは、オークションの商品だろ?』
「…」
(あぁ…なるほど。だからナンバー入りの首輪なんだ)

「ここは皆僕みたいなのが集まっている訳じゃないんだ?」
『なんだぁ〜?お前さんそんなのも知らないでここに来たのかよ』
「…うん」
『しゃーない。俺が簡単に説明してやる』
「あ…ありがとう」
『まず自己紹介な。俺は貴重の貴に樹木の樹と書いて貴樹(タカキ)お前さんは?』
「僕は乾」
『名字じゃなくて名前は?』
「えっ?貴樹って名字じゃないの?」
『…(汗)お前さんもそう言うボケをかますんかい』
「…だって」
『まぁいい。で名前は?』
「飛ぶ鳥と書いて飛鳥(アスカ)」
『へぇ〜いい名前じゃんか』
「貴樹君もね」
『貴樹で構わんよ。俺もお前さんのこと飛鳥って呼ぶから』
「…わかった」

それから、貴樹とは出発までの間色んな話をした。

『そうか…あの【松野グループ】に復讐をねぇ…また、随分と大胆な事を思い付いたもんだな』
「うん…でも、誰かがやらないと。今までに多くの人が松野に辱しめを受けていたみたいだし…」
『良い主に買ってもらえたらいいな』
「そう…だね…」
『飛鳥なら頭よさげだし顔もそこそこだからイケんじゃねぇか?』
「ふふっ…ありがとう」

僕の話をした後に、この船について説明してくれた。

簡単に言うとこの船に乗る人達にはランクがあって、大きく4つに分類されるそうだ。

1つは、才能を買われ【富豪】の家に養子や跡取りとして迎えられる人達。服も豪華なものだし、着くまでの間は個室を与えられ豪遊できるらしい。そう言えば首輪ではなくブレスレットだし、既に別室に案内されていたりと、待遇もかなり良い。黒服の人もこの方々には丁重に扱わなきゃいけないみたいだった。

1つは、自分が【商品】となりオークションで買っていただく者達だ。買い主様がどう扱ってくれるかにも依るけれど、富豪にも性奴隷にも成りうる。
身寄りがなくなった者や日本に居場所がなくなった者等、借金がなく別の人生を歩みたい人が志願したりチャンスを狙う。執事や書生みたいな感じらしい。
ある種の賭けの様なもので、僕はココに分類されるそうだ。

1つは、【性奴隷】として自分の身体を全て使いご奉仕する者達。僕とは立場が違い、性奴隷だけが集まる場所に強制的に入れられるそうで、ご指名を貰って賃金を得て借金を返済する。
そこそこイケている人達がここに集められる。返済さえすれば自由の身になるらしいが、お客が引き取ることでもない限り、結局は性奴隷として生きるしかない。
極まれにお客で性奴隷を買い取り借金も肩代わりしてくれる人もいるらしいから、希望はある。
貴樹がココに分類され、格好もかなり際どい。

そして…最後の1つは、【提供者】としてこの世を終える者達だ。主に返せない多額の借金返済のために臓器を売る者で、早い話殺されに行く様なものだ。一応オークションにも出られるが、余程の金額を提示されない限りは助かる道はない。ココに分類された者も一つの場所に集められ、わずかな望みをかけて普段は【性奴隷】や【実験台】として日々を送る。
でも…一人また一人と帰らぬ人を間近で見るので、死刑を待つ死刑囚の気分なんだそうだ。
新薬の検体(モルモット)に使われたり、各臓器に加え、血液や眼球。髪の毛や皮膚、更に指紋に至るまで全身使える物は全て剥ぎ取り使われる。
震えていた者達がきっとココに分類されたに違いない。
無邪気に眠ってしまっている子にも当てはまるのか、黒服の人が別々に運んでいったから…きっと近々提供者になるのだろう。
既に臓器提供としての役目がある者は最期に豪遊する事が許されているが、それ以外の者はほぼ全裸で、【モノ】の扱いを受ける。新薬を射たされたりした者も、副作用で死ぬかもしれないし、すごい力を得るかもしれないが、どの道長くは生きられない。

「…」
僕は言葉を失っていた。
殺される為の人が一緒の船に乗っている。ほぼ全裸で首輪だけの人が、性奴隷で日々を送り、数日後には全て剥ぎ取られて死ぬ。
それを知った今、怖くなった。

『大丈夫か?飛鳥』
「…うん。平気」
『そうか…』
「ねぇ…貴樹は、殺されないよね」
僕は急に不安になった。
『あぁ…俺は売れっ子なんだぜ。俺とヤリたい奴は五万といるのさ(笑)』
「…」
『んな顔すんなよ。俺はな自ら性奴隷に志願したんだぜ。弟や妹を養うために』
「…そうなんだ」
『あぁ…俺の両親は一番下の妹が産まれた直後に事故で死んで、俺がウリ専で稼ぎながら育てていたんだけれどさ、やっぱり金が足りなくて…ココで性奴隷に成ることを条件に残された奴等は成人になるまで育ててもらえることになったんだ。まぁ大体2億位らしいから、沢山奉仕して稼ぐつもりさ』
「…苦労したんだね」
僕は既に涙眼だった。
『何だよ。泣くなよ(笑)俺は嬉しいんだぜ。奴等にはいい生活が待っているし、俺は毎日ヤりまくりだしな(笑)』
「…」

(…2億なんて一生かけても手に入る額じゃない。貴樹はもう性奴隷として死ぬことを覚悟している…)

僕は貴樹に声すらかけられなかった。


少し時間が過ぎた時、ある事件は起こった…

『た…助けてくれぇ〜』
全裸で首輪だけの三十前位の男が、叫びながら逃げ出した。

「バカ…出たらダメだぁ!」
貴樹が叫ぶ。

しかし…男はパニック状態で、走り回る。そして…入り口に差し掛かったその数秒後

(…ビリビリ…)
物凄い音と共に電流と火花が男に流れる

『ギ…ギャァァァァ…』

男は身体中が焦げており、口から泡を吐いて眼を開いたまま息を引き取った。

(…うわぁぁぁぁぁ)
(…なんてことを)

まわりがざわつき始めるが、黒服の人達は亡くなった男を台車にのせて運んで行った。多分使える臓器等を剥ぎ取るのだろう…

「あいつ…豪遊する前に死にやがったよ。バカだな…あいつ」

全裸で首輪だけの男達は、自分もこうなると解っているのか、亡くなった男が運ばれていくのをただ見ていた。叫ぶ者も若干居たが、流石に後追いする者はいなかった。

「…貴樹ちょっとだけ背中貸して僕…ぼく…」
僕は貴樹の背中で泣き崩れた。
『…大丈夫だ飛鳥』
貴樹は振り向いて僕を抱きしめてくれた。
「…貴樹死なないでね。僕も頑張るから」
『あぁ…飛鳥。お前さんも負けるなよ』

さっき会ったばかりの貴樹に、【生きていて欲しい】と願えるのはきっとここがそういう場所だからだと改めて思った。
逆を言えば、貴樹に出会ったからこそ【生き抜く】気持ちが強くなったのだと思う。

『…もうじき出航する。今からお前らの居場所に案内するから、着いてくるように』

黒服の男の声が聞こえる。

「貴樹…また…会えるよね」
『おぅ…飛鳥。また…会おうな』

僕は貴樹と握手をして、抱きあいそして、キスをした。時間が無情にも流れ、僕達は別々の道を進んだ。
同じ船の中にいるのに、どうしてこんなに世界が違うのだろう…
僕は、ますます松野に復讐をする気持ちが強まった。


そして…船は静かに動き始めた。

<第四部に続く>

   


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