物 換 星 移(ものかわりほしうつる)
【前編】


部屋に戻って布団を敷き、その上に横になる。目を閉じて、あのセックスを思い返した。

少年が男に抱かれるようになったのは、もう何年も前のことだ。
最初は駅の待合室の隅で空腹を抱えて動けなくなっていた時だ。見知らぬ男が何も言わずに少年を抱きかかえた。そのままどこかに連れて行かれ、犯された。もちろん抗う気力も体力もない。そんな少年を男は玩具にし、そしてもらったのがおにぎり1つ。それでも、そのおにぎりがなかったら、少年に今はなかったかもしれない。
そして、それ以前から時々声をかけられていたことを思い出す。それは自分の体が金になる、ということに気付いた瞬間だった。これまで声をかけられたような場所をうろつくようになり、そういう世界があることを知り、そういう人が集まる場所があることも知った。
そんなふうにして、これまで何人を相手にしてきただろう。中にはいい人もいた。でも、ほとんどの人は自分の欲望に任せて少年を使うような人ばかりだった。金額を決めておいてもその通りにならないこともしばしば。それからは先に金をもらうようにもした。それでも出し渋る奴や、最後に渡された金を強引に持ち帰るような奴もいた。
でも・・・
あんなセックスしてくれる相手は誰一人としていなかった。
終わった後、体を寄せて甘えてしまいたくなるような人は初めてだった。
少年は体を起こし、店に降りていく。店ではママが掃除をしていた。ママは少年に気が付くと、だまってモップを差し出す。少年はそれを受け取り、床の掃除を手伝う。
「どうしたの、不気味ね」
普段手伝いなどしない少年に向かってママが言った。
「べつに」
ぶっきらぼうに答えた。二人はそのまま無言で掃除を続ける。
「あのさ」
やがて少年が言った。
「あの人・・・昨日の人」
すると、ママが少年の質問を知っているかのように言った。
「もう来ないと思うわよ」
少年は手を止める。
「あの人、昨日来たのも何年ぶりかしらって」
少年が手を止めてママを見る。
「あの人、そういう人なのよ。ある意味、毒みたいな人ね」
「毒?」
聞き返しはしたが、何となく分かった。あんなセックスを経験して、そして次はない。既に少年の心はあの男を求め始めていた。
「会いたいでしょ、あの人に」
ママも手を止めて少年を見つめている。少年は頷いた。
「無理よ。諦めて現実を見なさい」
だったら、なんであの人を少年に勧めたのか。
「世の中には、たまぁにいいこともあるって。そうしないとあんた、死んじゃいそうな顔してたから」
そんなに落ち込んでたのか・・・たぶん、ママ以外には分からないことだろう。今まで積み重ねられた男とのセックス。その中で少年に対し行われてきた虐待、搾取。そういったものが、少年の小さい体では受け止めきれないくらいに溜まっていた、ということを。
「あんた、いつまでこういうこと続けるの?」
ママがテーブルの上に伏せられていた椅子を下ろしてそこに座る。少年はテーブルに座った。
「考えてない」
少年は、これしか生きる術を知らない。
「他に生き方知らないから」
「そうね」
ママがタバコに火を点ける。
「運が良ければパトロンが見つかるかもしれないけど、あなたは運悪いのよね」
実はこれまでママには散々言われてきたことだった。男運が悪い、と。
「でも」
「あんたみたく男運悪い子、他に知らないわよ。そろそろ他の生き方考えときなさい」
タバコをもみ消し。掃除に戻る。つまり、この話は終わりだ。
「教えてよ、他の生き方っての」
テーブルから降りながら少年は言った。
「知らないわよ。自分で見つけなさい」
もちろん、ママは少年の保護者じゃない。少年だって住む場所を与えてもらえているだけで十分だ。でも、他の生き方というのが皆目見当が付かなかった。

その日も、店で見つけた男に、男の安アパートで抱かれていた。
男は少年を全裸にすると、部屋の電気を点けたまま、その体を隅々まで見回した。少年のペニス、お尻、肛門。まるでほくろでも探すかのように持ち上げ、向きを変え、広げ、つぶさに見る。それだけじゃない。少年のつむじ、目、鼻、耳。脇、臍、背中。太ももの付け根、膝、膝の裏、ふくらはぎ、そして足の指。じっくりじっくりと見回される。その後に、それら全てを自分の物にするかのようなセックス。少年には一切有無を言わさない、自分勝手なセックスをする男だった。少年が感じる筈の快感も痛みも、男は全て無視をし、自分の為だけに少年を使った。飽きるまで何度も使い、それで得たのは数百円。終わった後、少年は逃げるように服を着て男のアパートから出た。
男が後をつけてきているような気がした。店に戻る途中、何度も後ろを振り向いた。もちろんそんな訳はない。そもそも後をつける必要なんてない。それでも少年は後ろを振り返る。追われているような感覚。男から逃げたいという感情。それはつまり・・・
(ホントの毒だったんだな)
あの男とのセックス。あれが少年の中の何かを変えてしまった。生きて行く為の男とのセックスが、何か違う物になってしまった。
少年は店に戻ると、そのまま階段を上がって自分の部屋に入った。
布団を頭から被り、店から漏れ聞こえる喧噪を閉め出そうとした。

襖をトントンと叩く音がした。
「正ちゃん」
ママの声だ。少年は襖を開いた。
「正ちゃんを買いたいって客がいるんだけど、どうする?」
ママが尋ねた。少年はほんの少し考える。生き方を変えるといったところで、今すぐどうにかなるものではない。
「分かった」
ママの後について、階段を降りていく。ママが言っていた男は、初めて見る顔だった。少年を見ると、軽く手をあげた。
「初めまして、だよね」
少年は男の横に座る。
「ああ、ちゃんと会うのはね」
「じゃあ、どこかで会ったんだ」
「まあね」
男はなんとなくはぐらかす。まあ、そういうことはどうでもいい。見た目は普通。怖そうな人じゃない。身なりもまあまあ。これならそれなりに期待出来そうだ。
「おじさん、僕もなにか飲みたいな」
いつものおねだりだ。男がうなづくと同時に、ママが飲み物を持ってきた。男と他愛のない話をしながら、それを飲み干す。その間も男を観察し続ける。
「じゃ、行こうか」
やがて、男が言った。

少年は、店を出た男の横に並んで歩いた。駅の方に向かう。悪くない身なり、そして復興が進んでいる駅の方。期待出来るかも、少年は心の中で値踏みする。
が、もうすぐ新しくなった街という所の手前で、男は路地に入っていく。
(なんだ)
少年は少しがっかりする。そのまま狭い道をしばらく歩く。ごみごみした中の、見た目もごみごみした建物に入っていく。
入ってすぐに、別の男がいた。男がその男に声をかける。
「連れてきた」
男が頷いて、少年の前に立った。
「久しぶりだな」
あの、少年に手錠を嵌め、暴行を加えた男だった。少年はたじろいで2歩下がる。少年を連れて来た男が、そんな少年の背中を押し留める。
「お前に会いたかった」
男が少年に近づいた。後ろから肩を押さえ付けられる。そして、あの男が顎に手を添え、少年の口に吸い付いた。いきなり舌を入れ、激しいキスをする。
「ふぐっ」
少年は顔を背ける。男が顔を離す。
「あの時からお前を俺の物にしたかったんだよ。ずっと犯りたかった。それなのに、あのババアがな」
少年の横に回り、肩を抱き締める。
「けど、ようやく願いが叶った」
無理矢理少年を建物の中に連れ込む。もう一人の、少年を連れて来た方の男が後ろからついてくる。
「楽しもうな」
少年は怯えながら、チラリと男を見る。その言葉とは違って、冷たい表情だった。

連れ込まれたのは、広い部屋だった。部屋の隅に大きな箱。奧の方に木で組んだ格子状の物。一目で分かる。磔台だ。その他、あちこちに金属のパイプが設置されてたり、鎖らしき物だとか、金属製のバケツ。吸い殻が山盛りになった灰皿。少し破れたソファ。そして、少年の目を一番引きつけたのが、檻だ。
少年が檻から目が離せない様子を男は何も言わずに見ている。部屋の入口のドアは閉じられ、もう一人の男がそのドアの手前に立っている。少年はゆっくりと部屋を見回し、そして男を見上げた。
「い、いやです」
小さな声で言った。
「なにが?」
男が意外なほど優しい声で尋ねた。
「この前みたいなこと、するつもりなんでしょ?」
その声が少し震えている。男が少年の頭に手を乗せると、少年の体がびくっと動く。
「この前は済まなかったな。今日はあんなことはしない」
男が言った。が、少年に目を合わせない。
と、突然男が少年の足を払った。倒れかけた少年の背後に回り、腕を取る。そのまま少年を床に押し倒し、服の袖を捲る。もう一人の男が何かを男に手渡す。
「今日はもっと楽しいことをしてやるよ」
その何かが少年の腕に突き立てられた。注射器だった。
「この前はクスリなしだったからな。でも今日は」
男が少年を解放した。少年は立ち上がる。が、足に力が入らなかった。
「動けないだろ。でも心配要らない。すぐに良くなる」
男が、少年に使った注射器を自分の腕に刺した。そして、それをもう一人の男に手渡す。その男も自分の腕に注射した。
「さあ、みんなで楽しもうな」
ようやく男が笑った。その笑顔を見て、少年は寒気を感じた。

何かが体の中を這い回っている感じ。むずむずするような、ぞわぞわするような感じ。体をさすってみても変わらない。その感じは体の中から湧き上がってくる。じっとしていられない。床に寝そべり、体をもぞもぞと動かす。
「利いてきたか?」
男が尋ねた。男は普通に見える。もう一人の、少年を連れて来た方の男はソファに座って目を閉じている。でも、眠ってはいない。
「圭介」
男がソファの方に声をかける。ソファの男が目を開く。
「こいつ、檻に入れとけ」
圭介と呼ばれた男が立ち上がり、少年の腕を掴んで立ち上がらせる。
「ああ、その前に」
男が少年に近づき、さらに注射する。
「目が覚めたら、世界が変わってるぞ」
そう言って少年の頭をぽんぽんと2度叩いた。
少年は檻に入れられ、南京錠が掛けられた。

(頭がぐるぐるする)
少年は檻の中で倒れるように横になった。頭がぼんやりとしている。
(気持ち、悪い)
少年の目は開いていた。が、別に何かを見ている訳じゃない。ただ、目を閉じることすら面倒くさいと思うくらいに体が動かない。開いた目に見える景色を見ている。あの男はソファに座っている。圭介という男はドアの前であぐらをかいて少年を見ている。そのまま時間が過ぎる。

ふわふわとした感じ。体が浮いているようだ。
いや、心が浮いている。その証拠に、少年は自分の体を見下ろしていた。彼の体には男二人が取りついていた。一人は少年に跨がって股間を顔に押し付けている。もう一人は腰を抱えて少年の尻に体を押し付ける。
「ああ」
少年が小さな声を上げる。
「気が付いたか?」
少年の肛門を犯していた男が圭介に尋ねた。圭介は、少年の口に押し込んでいたペニスを抜いて、少年の顔を持ち上げる。少年の目が開いていた。が、目はふわふわと泳いでいる。
「起きてるけど、いってる」
「そうか」
男は少年の肛門を突き始めた。圭介も少年にペニスを咥えさせる。少年の体は二人の男に抱えられ、完全に宙に浮いている。二人の男のペニスで支えられているようなものだ。それに手が軽く添えられている。
「気を失ってたほうが、喉は使えたな」
少年の喉に突き入れながら、圭介が言った。
「気を失ってるのをいたぶっても面白くなかろう」
男が言った。
「兄貴の言う通り」
圭介は、片手で少年の頬を叩いた。
「一回下ろそう」
二人の男は少年の体を床に下ろす。頭がごとっと音を立てる。
「うぅ」
少年が呻く。口の端から涎が垂れている。
兄貴と呼ばれた男が、少年の顔の横にしゃがみ込んだ。
「気分はどうだ?」
少年は目を開く。微かに首を左右に振る。
「そうか」
その男が少年の上半身を抱き起こし、そこを撫で回す。
「うっ」
男の手が触れたところに、あのむずむずが、ぞわぞわが集まってくる。
「はあっ」
男に体を撫で回される度に声が出る。体がガクガクと反応する。
「感じてるのか?」
少年は首を横に振る。男の質問を拒絶した訳ではない。少年にはそれが「感じる」ことなのかどうなのかが分からなかった。
「じゃあ、これはどうしてだ?」
男が少年のペニスを握った。そこは固くなっている。
「分かん・・・ない」
ろれつが回らなかった。
「じゃあ、これは?」
男が少年の乳首を強く捻り上げた。
「ああっ」
少年の腰が浮き上がり、背中が反る。
「気持ちいいのか?」
少年はただ頭を前後に振る。
「マゾだもんな、お前」
少年には意味が分からない。が、何かが少年の中でうごめき出す。
「よし。じゃあ、始めるか」
男が少年を立ち上がらせた。


      


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