(僕は・・・)
夢を見ていたような気がする。視界が少しぼやけて歪んでいる。2、3度まばたきするが、あまり変わらない。頭を左右に振る。自分が揺れているのが分かる。誰かの顔が分かる。肛門に入っているのが分かる。
正一は、男の腹に手を突いて、その体の上に跨がり男のペニスを受け入れていた。さらに自ら体を揺すり、その気持ち良さが体を支配しているのを感じた。
体を動かしながら左右を見る。さっきの部屋で、横になった男の上に乗っている正一。右手は横にいる圭介のペニスを握っていた。それを扱き、時々口に咥える。そういうことをしていたんだ、ということを思い出した。
「ん、どうした?」
そう言ったのは圭介だった。
「クスリが切れたみたいだな」
その声は正一の下から聞こえた。
「また打ちます?」
「いや、このままでいい」
二人の会話が聞こえる。そして、理解出来る。どうやらクスリを打たれていたらしい。そういえば、注射器で打たれた記憶もある。
正一は体を揺らし続ける。そして、体に違和感を感じた。胸の辺りがヒリヒリする。そこを見てみると、赤い筋が何本も浮き出している。背中も、足も同じようにヒリヒリする。首の後ろが痛む。肩の辺りが痛む。逆さに吊されていたのを思い出す。そして、口の中で感じる嫌な味。手を口に当て、息を吐く。その手を臭ってみた。
「う・・・」
男が正一を興味深そうに見上げている。
「おしっこの臭い」
男が軽く笑う。そんな男を正一は見下ろした。
「また飲みたいのか、お父さんの小便」
「お父さんの・・・」
そう自然に口から出てきた。そして、そう言ったことに少し驚いた。
(この男を、お父さんって・・・)
何があったのかはたぶん半分くらいしか覚えていない。絞め殺されそうになったとか、吊り下げられて鞭打ちされたとか。そして、お父さんと呼ぶことを受け入れたのも。
「飲みたいのなら、降りろ」
自然に体が動く。男の上で腰を上げてペニスを抜き、男の脇に座る。そのまま上半身を倒して男のペニスを口に含む。少年の肛門に入っていたそれは、少年の肛門の臭いがする。そして、口の中に溢れる男の小便。正一はすんなりとそれを飲む。思っていたほどの嫌悪感は感じない。さっき飲まされたからなんだろう。
「俺もいいっすか?」
圭介が言った。男は黙って頷く。
「じゃ、こっちも」
圭介が正一にペニスを突き出す。正一はそれを咥える。圭介が放尿する。口の中を満たすアンモニア臭。少し嘔吐きながらも正一はそれを飲み込む。いつになったら終わるのか、そう思うくらい、圭介の放尿は長く続いた。
圭介が正一の口からペニスを引き抜くと同時に、正一は口を腕で拭う。
「よし、一通り前戯は終わったな」
前戯の意味は正一も知っていた。セックスの前に触ったりするやつのことだ。が、さっき正一は肛門に入れられていた。前戯だけじゃなくて、その先の行為もすでにされている。
「なんだ、不服そうな目だな」
男が正一に言う。
「だって、前戯って」
(そうなんだ、お父さんにとっては、あれは前戯だったんだ)
言いながら気が付いた。そして、この男が本当にやりたいことは・・・
「来い」
男が命じた。
「嫌・・・です」
正一は男が言ったことを思い出していた。この男はいたぶり殺すことに性的興奮を覚えるんだと。
「俺の言うことが聞けないっていうのか?」
正一はしゃがみ込んだ。しゃがみ込んで体を小さくし、全てを拒絶する。
「そうか。せっかく楽しい雰囲気だったのにな」
男が立ち上がり、正一に近づく。髪の毛を掴んで引っ張り上げる。が、正一はそれでも動かない。と、引っ張られる力が消える。何かがパラパラと正一の腕に降りかかる。固く閉じていた目を開く。髪の毛だ。
また髪の毛を掴まれ引っ張られる。その力が消える。パラパラと髪の毛が落ちてくる。それが何度も続く。
「ほら、立て」
男が命じる。正一はうずくまったまま、首を左右に振る。
「鏡で自分の頭、見てこい」
男が言った。
(そうだ、毛を切られたんだ)
反射的に頭に手を回す。いつもと全く違う感触。立ち上がり、辺りを見回す。男が顎で何かを指し示す。部屋の隅に洗面所と書かれたドアがあった。そこに行く。鏡を見る。一瞬、自分ではない別の誰かが映っているのかと思った。
頭の前と横はいつもとさほど変わらない。でも、頭のてっぺんの方は毛が短くなっていた。ところどころ、頭の地肌らしい部分が見えている。
「なんだよ、これ」
思わずそうつぶやいた。
「どうだ? 気に入ったか?」
いつの間にか、洗面所の扉の所に男が立っていた。
「似合ってるじゃないか、ええ?」
そして、男の拳が飛んできた。洗面所の床に倒れ込む。その体を手当たり次第蹴り、殴り、腕を掴んで壁に叩き付ける。
「ぐはっ」
背中から壁に叩き付けられて、何かが口から出る。ただの肺の中の空気だったのかもしれない。それとも、正一の体の中に宿る魂なのかも。
「来い」
床に倒れ込んでいる正一に男が言った。正一はのろのろと四つん這いの姿勢になり、また腕で口を拭う。その腕に血が付いている。口の中が切れたのか、それとも何か内臓が逝ったのか、それは正一には分からない。ただ、男の命令に従わなければこのままじゃ済まない、ということだけは分かる。まるで犬のように四つん這いで部屋に戻る。男が立ち、指で足下を指している。そこまで這いずっていく。
「豚だな、こりゃ」
圭介が洗面所の扉の横に腕組みをして立っている。一瞬ちらりとその圭介を見て、そして豚と呼ばれた正一は、そのまま男の足下に這い寄った。
「舐めろ」
男はいつの間にか靴を履いていた。全裸に革靴。冷静に考えれば変な格好だ。だが、そんなことに構っていられない。正一は何も言わず舌を出し、その靴に顔を近づけ、舐め始めた。
「尻が丸見えだな」
圭介がなじるように言う。
(勝手に言ってろ)
男の靴を舐めながら正一は思う。男が足を上げる。靴のつま先の部分を口に押し付けられる。正一は大きく口を開き、靴の先を咥える。舌で靴底を舐める。
「覚えとけ。これがお前だ、正一」
(これが、僕)
裸で四つん這いになって靴を舐めることが正一であるということ、彼の立場であり、身分であり、彼に許されたことだ。
「あんまりいい気になってると」
男が靴を正一の口から引き抜いた。そして、そのまま正一の口を蹴り上げた。
「ぐああ」
正一は口を押さえ、床を転げ回る。そんな正一の頭を男がさらに踏みつける。
「うぅぅぅ」
男に踏まれ、体重をかけられ、正一の動きが止まる。口は血塗れ、そして、折れた歯を3本吐き出した。
「どうだ、そろそろ死にたくなってきたか?」
チラリと男を見上げる。勃起しているのが見える。
(殺される・・・)
正一にはそれが理解出来た。男は正一をいたぶり、そして興奮している。
「お前もまんざらでもなさそうだな」
そして、男は正一の勃起したペニスを踏みつけた。
あれから何度蹴られたのか。顔面、鼻、口、そしてペニス、睾丸。正一にはもう呻く気力も残っていない。そんな状態で無理矢理立たされ、その肛門を圭介に犯される。犯される正一を、男はタバコを燻らせながら蹴り上げる。つま先が顔面に入る。一瞬、正一の上半身が跳ね上がり、その反動で俯せに倒れそうになる。が、正一の腰を圭介が強く押さえ付け、倒れることを許さない。さらに蹴られる。つま先、膝が正一の上半身を襲う。その間も圭介が肛門を犯す。そして、正一のペニスはずっと勃起したままだ。
なぜこんなに辛いのに勃起しているのか、正一には自分が理解出来ない。が、勃起し続けていることが、男を、お父さんを喜ばせているのは間違いなかった。男は正一の勃起したペニスを両手で掴み、それを無理矢理折り曲げるようにする。あらぬ方向に引っ張り、さらにそこにタバコの火を押し付ける。
「ぎゃあぁ」
「おお」
正一が悲鳴を上げると同時に圭介が声を上げる。
「すげぇ締め付けてくる」
圭介が言う。すると、さらに正一のペニスにタバコが押し付けられる。
「おお、すげぇ」
泣き叫ぶ正一の様は、彼等にとって、ただの性的興奮を高めるための演出に過ぎなかった。彼等にとっての正一という存在は、ただのいたぶるための玩具でしかなかった。
この時は、まだ。
「うぅぅぅ」
床に転がる正一の口から、呻き声が漏れ続ける。すでにその顔は、彼等以外正一だと判断出来る者はいないくらい、元の正一の顔とはかけ離れていた。
顔に比べれば、体はまだきれいだ。といっても、幾筋もの切り傷、ミミズ腫れ、そして刺し傷もある。その体のおおよそ半分は血にまみれている。
「どうだ、そろそろ殺してほしいだろ?」
男がしゃがんで正一に尋ねる。
(僕は・・・)
どうしたいのか、自分でも分からない。ただ正一に分かるのは、このまま、この男のしたいようにされるしかないという事実だけだった。
「お、お前を」
「おい」
男が横たわる正一の頭を踏みつける。
「お父さんだろ、え?」
(お父さんだってんなら、なんでこんなこと)
そう正一は思ったが、その理由をすでに正一は知っていた。
「お父さんを・・・呪ってやる」
なんとかそれだけ吐き出した。と、男が笑い出した。その笑いは次第に大きくなり、声を上げ、それこそ腹を抱えて笑っていた。
「いいだろう。呪えよ」
男が正一の左手を握った。
「俺を呪い殺してみろ」
その左手をねじ曲げた。こりっと音がする。
「う・・・」
(手、折れたかな)
正一は思う。
「お前はここで終わりだ。でも、殺しはしない」
男が正一の横に立つ。圭介が野球のバットを男に手渡す。
「俺は殺さない。死ぬかどうかはお前次第だ」
バットが正一の右膝に振り下ろされた。恐らく、膝が砕けたんだろう。激痛が正一の全身を襲う。そして、むくむくと正一のペニスが立ち上がる。
次は左膝、そして左肩、右肩にも同じようにバットが振り下ろされた。
「このあと、お前をどこかに捨てる。人の来ないような、そうだな・・・山の中とかに」
男と圭介が服を拾い上げ、身に付け始める。
「野垂れ死にしたかったらそうすればいい。もし生きていたなら、俺の所に来い」
男が名刺を正一の口に突っ込んだ。
「そうしたら、お前を一生飼ってやる」
それだけ言って、男が正一の視界から消えた。部屋に残っているのは圭介だけだ。
「お前を気に入ったみたいだぜ」
動けない正一を圭介が抱え上げた。
正一は全裸のまま、どこかの山林にうち捨てられた。
体は動かない。食べ物もない。そんな中で、どうしろというのか・・・
だが、あの男の名刺だけは握りしめていた。いつか、必ず、あの男を呪い殺す、そう心に決めていた。
季節は秋から冬にさしかかろうとしていた。
うち捨てられた正一に、死が迫っていた。
<物換星移 前編 完 後編に続く>
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