そのいかがわしい街の隅、路地の奥の暗がりに二つの影があった。大きな影の方が、小さい方から小さな何かを手渡される。その後、その逆。今度はさっきよりは少し大きい物だ。小さい影が、その物を開く。袋だ。茶色い紙袋。その中に手を入れ、中身を確認する。
「うん、いいよ」
声がした。大きい方の影が路地の奥から出てきた。少し細身の眼鏡を掛けた会社員、というところだ。少し遅れて小さい方の影が出てきた。薄汚れたその姿。まだ少年だ。少年はズボンのポケットに手を突っ込んで足早に去って行く。路地の奥にはあの紙袋が落ちている。もちろん、その中身はそこにはない。
ごみごみした街の、雑居ビルの3階へと少年は階段を上がる。このビルにはエレベータなどという物はない。一番奥のドアの前に立つ。ポケットから鍵を取り出し、ドアノブの穴に差し込んだ。
「ん?」
小さな声を上げた少年は、そのままドアノブを回す。鍵は掛かっていなかった。
少年は靴のまま部屋の中に入る。どこかの事務所のようなその場所、奧から物音が聞こえる。少年はその部屋に向かった。
「帰ってたんだ」
物音は小さなテレビからだった。その前のソファに男が横になっていた。
「ああ」
男はそう短く答えた。
「はいこれ。今日の分」
少年はポケットから札を取り出し、男に渡した。男はそれを数える。
「ほら」
その中から何枚かを少年に差し出す。少年は黙ってそれを受け取った。
「あっ」
そして、声を上げる。
「また食べてたんだ」
男の前の小さなテーブルの上にお菓子の袋があった。
「ダメって言ったでしょ?」
少年がそのお菓子の袋を取り上げた。が、すでに空だ。
「もう・・・」
その袋をゴミ箱に捨てる。横になった男の頭を少し押す。男は体をずらして少年の為の場所を空ける。少年がそこに座った。
「ぶくぶくの豚になっても知らないからね」
そして、少年は男の頭に手を置く。その手に男は手を重ねた。
テレビの音しかしなかった。二人は座ったまま、いや、少年は座り、男は横になったまま動かなかった。二人の手が重なり、指が絡んでいる。男の手が微かに動く。やがて、少年は男の上に重なるように体を倒した。
「正一さん・・・」
息を吐きながら、少年が言った。少し頭を持ち上げて、男を見下ろす。男の顔はテレビの方を向いたままだ。そんな男の顔の前に、少年の顔が降りてきた。そして、少年は目を閉じ、男の唇に唇を重ねた。
そのまま2、3秒。少年が唇を離すと、男が仰向けになる。少年はソファの横に膝を突いた。
「正一さん」
再び唇を重ねようとした。
「するときはその呼び方止めろ」
唇が触れる直前、男が言った。
「うん・・・分かってる」
少年が男を見た。
「正一・・・」
そして少年は男の唇に唇を押し付けた。
男は何も言わない。ただ、ソファの上で右膝を立てただけだ。少年はその右膝に跨がるようにソファに上がる。そして、男の足に股間を押し付ける。
「はぁ」
溜め息が漏れる。すでに、少し顔が赤い。男は相変わらず動かない。しばらく男の足に体を擦りつけた後、男の股間に顔を押し付けた。そのまま息を吸い込み、そして吐く。それを何度か繰り返す。左手は自分の股間を弄っている。
「正一・・・」
喘ぎ声のように、少年は男の名前を呼ぶ。
と、男が体を起こした。
「帰るか」
少年は頷いた。
あの雑居ビルから歩いて15分ほど、駅前の開発された地域のマンションに男は住んでいた。そして、今は大きなベッドの上に、全裸の少年が横になっている。少年の体には、縄が這っている。
「はぁ・・・はぁ・・・」
少年は少し浅めの呼吸をしている。股間ではペニスが勃起し震えている。
「ほら」
男が少年に声をかけ、手にしたディルドを口に押し付ける。少年は口を開き、押し込まれたディルドを舐め回す。
男が少年の足を持ち上げ、先程まで彼が咥えていたディルドを肛門に差し込んだ。
「うぅ」
少年の顔が苦痛で歪む。
「ローションくらい使ってよ」
男は少年の訴えを無視する。そのまま、そのピンク色の肛門にディルドをねじ込む。
「いつっ」
少年は小さな声を上げる。しかし、その頃には少年の肛門にはディルドが根元まで入っていた。男はそのまま何度か出し入れする。そして、それを抜く。抜いたディルドを無言で少年の顔の前に差し出すと、少年が口を開く。その口にディルドを咥えさせる。
そうしておいて、ようやく男はローションを少年の肛門に垂らした。そこはすでに少し穴が開きかけている。口に咥えさせたディルドを再びそこに差し入れる。
「んっ」
今度はすんなりとほとんど抵抗なく奥まで入っていく。男は少年の下腹部に手を沿わせる。
「ごめんなさい、今日は剃ってない」
少年が言う。
「そうか」
男は短く答え、部屋を出て行く。すぐに別の縄を持って戻ってきた。少年の両手をその縄でベッドの左右の支柱に縛り付ける。そして、足を持ち上げ、左右の足首をそれぞれ左右の手首と一緒に縛り付けた。男が左手で右手をさするようにする。
「や・・・やめて」
少年が小さな声で懇願する。
「ちゃんと毎日剃るから・・・ごめんなさい」
男は手を少年の肛門に押し当てる。
「やだ、やめて!」
そして、指を揃えて少年の肛門にねじ込んだ。
「ぎゃあっ」
少年は悲鳴を上げる。男は表情を変えずに、腕に体重をかけるように少年の体に覆い被さる。そして、実際にその腕に体重をかけ、少年の肛門に押し込んだ。
「ぐあぁ」
少年の叫び声と共に、男の腕が少年の肛門を突き抜けた。
そして、男は笑った。
山奥にうち捨てられた正一を見つけたのは、キノコ狩りに来ていた少女だった。少女は全裸で動けない正一を見つけると、一緒に来ていた祖父とともに警察に駆け込んだ。警察が正一を保護し、入院させた。捨てられてから4日が経っていた。
最初は全身砕かれ、声も出せないほど弱っていた正一だったが、思いのほか早く回復していった。が、警察の問いには本当のことは何も答えなかった。そして、体が動くようになると病院を抜け出した。
正一が向かった先は、あの男にいたぶられた部屋だった。
正一はあの男に復讐するつもりだった。それだけが生きる目標であり、それが体の回復の原動力だった。
が、男は正一が帰ってくることを予想していた。そして、正一は再び男の物になった。あの時以上にいたぶられ、そして檻に監禁された。お父さんと呼ぶことを強要したあの男に、生活も、体も、命も、そして、やがては心さえも支配された。男の玩具に成り下がった。
男は、この混沌とした街に、ある意味秩序をもたらしていた。もちろん表立った秩序じゃない。その裏側にある秩序だ。麻薬や暴力、脅し、そして殺し。そういったことを手掛け、組織し、商売として成り立たせることに成功していた。男のペットとして、いつの間にか正一もそれを手伝っていた。正一がそれを手伝ったことへの報酬は、正一自身の命であり、そして男にいたぶってもらうことだった。つまり、正一にとって、男はもう、なくてはならない存在となっていた。
が、そんな男があっさりと死んだ。男に怨みを持つ誰かが差し向けた者に、背中から抱き締められるようにしてナイフで腹を何度も刺され、あっけなく死んでしまった。正一には悲しいという感情は湧かなかった。いや、すでにそういう感情はなくしていたのかもしれない。ただ、寂しかった。毎日体が疼いた。他の男に身を委ねたこともあったが、それでは正一は満たされなかった。男が死んだ後も、男に命じられた仕事をただ繰り返すことだけが、正一の心の唯一の救いとなった。男が作り上げた組織の中で、男がしていたように正一も働いた。ただがむしゃらに、男の影を追うように。
それから10年以上が過ぎた。
いつの間にか、正一は男の後継者になっていた。この街の裏側で、正一は若き支配者に上り詰めていた。
少年と出会ったのは、そんな頃だった。
「っと、ごめんなさい」
街の小さな路地で、少年が正一にぶつかった。少年はすぐに謝って走り去ろうとした。が、正一はその腕を掴んだ。二人の同じような少年が正一の視界の隅に入る。そして、その二人はすぐに姿を消した。
「なにすんだよ」
少年は抗った。が、正一はその腕をがっちりと掴んだまま離さない。
「死にたいのか?」
正一は低い声で言った。
「はあ? 俺がなにしたってんだよ」
正一は少年の腕を引き、地面に組み伏せる。その様子を見ていた正一の部下が近づいて来る。
「俺からスリ取るなんて、いい度胸だな」
近づいて来た男が服の内側から拳銃を取り出した。正一はその男に向かって手を伸ばす。男がその手に拳銃を手渡した。
「もう一度聞く。死にたいのか?」
銃を少年の口に突っ込んだ。
「あ、あが」
少年が何かを言っている。同時に少年のズボンの股の部分にシミが拡がっていく。体を捻り、自由な方の手で、ズボンのポケットから何かを取り出した。正一の財布だった。
「こいつ、連れてけ」
正一は財布を受け取ると、男に命じた。少年は正一の事務所に連れて行かれた。
事務所で少年は正一に犯された。犯されながら仲間を聞かれ、アジトを聞かれた。少年が所属していた小さな窃盗団は、その翌日には壊滅した。数人の下っ端だった少年達を除いて、皆、処分された。
そして、かつて正一がそうだったように、少年は正一にペットのように飼われることとなった。
少年の肛門の中で腕を動かしながら、正一はあの男、お父さんにされたことを思い返していた。それが体に染みつき、それなしでは満足出来なくなっていたあの頃。そして、この少年。かつての自分。そして、今は正一自身がかつてのお父さん。そんな関係を築いてから早1年が経とうとしていた。そして、この少年は早くもそういう生き方を受け入れようとしていた。
「ああ・・・」
喘ぐ少年のペニスから小便が迸る。正一はそんな少年のペニスを掴み、小便を少年自身の顔面に向ける。少年は口を開き、小便を飲む。小便の勢いが弱まると、正一は腕をかき回すように動かす。すると、また小便が勢いを取り戻す。小便が出なくなると、腕を引き抜き、今度は拳を握ったまま突き入れる。そのまま引き抜く。また拳を突き入れる。それを何度も何度も繰り返す。少年の小さな体が正一の腕で犯され、やがて失神する。その後は日によって違う。吊したり、鞭打ったり、数人の部下とともにマワしたり・・・
が、今日はそういう気分ではなかった。軽く頬を叩いて少年を起こす。
「ん・・・正一・・・痛い」
目を瞬いてる少年を立たせる。そして、そのまま顔面に拳を叩き付ける。無防備だった少年の体が吹っ飛ぶ。床に転がった少年の腹を蹴る。体を丸めた少年の背中を蹴る。尻を蹴る。つま先で玉を狙い蹴り上げる。少年は悲鳴も上げない。いや、悲鳴を上げる暇すらなかった。何度も何度も正一はその小さな体に蹴りを入れ、踏みつけた。首を掴んで立ち上がらせ、頬を殴り、腹を殴り、膝で玉を蹴り上げた。
「ふぐっ」
少年が前のめりに倒れ込む。しかし、少年のペニスは勃起している。お父さんにいたぶられることに快感を覚えたかつての自分と同じように、今、この少年もそれを快感と感じていた。
「ぐはぁ」
声を出しながら前のめりに少年は倒れ込む。床に頭がぶちあたり、ごとっと音を立てる。
「ああっ」
そして、少年の体が小さく震える。少年は射精していた。そのまま床に倒れ、再び気を失う。正一はそんな少年の頭を掴んだ。口をこじ開け、その中にペニスを入れる。意識のない少年の喉の奥までペニスを差し込んだ。
「がはっ」
少年が意識を取り戻す。そして、もがく。もがきながら正一のペニスを咥える。息が出来るように少し顔を離し、そして自ら喉の奥まで咥え込む。それを繰り返す。やがて正一は少年の後頭部を押さえて股間に押し付ける。その奧で射精する。喉の奥で正一の精液を感じながら、少年はまた気を失う。その瞬間、少年のペニスからどろっと精液が溢れた。
少年には名前がなかった。もちろん、親が付けた名前はあったであろう。が、少年がそれを知る前に親は死んだ。そんな少年を拾ったのがあの窃盗団だった。そして、窃盗団では少年は三郎と呼ばれていた。つまり、窃盗団で拾われた3人目の子供という訳だ。
「和夫」
正一は少年の頬を軽く叩きながら呼びかけた。『和夫』、それが正一が少年に付けた名前だった。
「んん・・・」
小さく呻いて少年が目を開く。その途端、和夫は咽せた。喉に正一の精液が絡みついていた。が、それをなんとか飲み下す。
「正一」
そして和夫は正一の首に手を回し、抱き付いた。腕にぎゅっと力を込める。正一も和夫の体を抱き締める。そのままベッドに抱き合ったまま横たわる。
「正一、愛してる」
和夫が正一にキスをする。そのまま胸に顔を押し付ける。和夫は正一のペットだ。しかし、かつての正一とお父さんの関係のように、それを超える関係になっていた。
和夫が正一のペニスに手を伸ばした。和夫がそれを握ると、正一のそれは硬さを取り戻す。和夫が正一の体に乗り、そのペニスを口に含む。正一も和夫のペニスをフェラチオする。お互い口で刺激しながら肛門にも指を這わせる。和夫が体をずらして正一の肛門に舌を這わせる。指でそこを開いて奥まで舌を入れる。正一の両足の間に移動し、足を持ち上げて肛門を舐め続ける。正一の下腹部を撫でる。そして、顔を上げた。
「消さないの?」
正一の下腹部を撫でながら和夫が尋ねた。そこには、あの男、お父さんに入れられた「奴隷」という刺青があった。
「ああ」
正一はそれだけ答える。かつてのお父さんのペットとして飼われていた時の物だ。今や、お父さんの唯一の痕跡と言ってもいいその刺青。それを消すことは正一の存在を消すことになる気がしていた。
和夫が少し暗い顔をした。
「なんだ?」
「・・・正一は僕のご主人様なんだから」
この会話はこれまで何度もしたことがあった。
「俺はご主人様じゃない」
「・・・僕の飼い主なんだから」
正一には和夫の気持ちが分からないでもない。自分が認めた自分の飼い主。その人が誰かの奴隷だったことをこうしてセックスの度に目の当たりにする。あまりいい気持ちじゃないだろう。
「もう死んだ人間のことだ」
「だったら・・・」
和夫が言いかけてやめた。これ以上言っても解決しないことを和夫は知っている。死んだ人間のことだと言いながら、その思い出をいつまでも残しておく正一。この矛盾について言い合っても何も解決しないことを和夫は知っている。
和夫が顔を寄せてきた。唇が重なる。正一は和夫を抱き締めた。せめてもの詫びのつもりだった。あの、お父さんをいつまでも記憶から消せないでいることの。
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