4.悲劇

和仁(かずひと)の視線が僕の顔よりも下を向いていた。
(そうか、裸見られるのって、初めてだっけ)
正確には初めてじゃない。小さい頃はよく一緒にお風呂に入ったりもしていた。でも、僕が『任務』をするようになってからは初めてだ。急に少し恥ずかしくなる。僕は股間を手で覆う。
「見せて」
和仁が言った。
少しドキドキする。ゆっくりと手を下に降ろす。和仁の目が僕のその部分を見る。
和仁の唾を飲み込む音が聞こえた。



僕と和仁は幼なじみだ。和仁のご両親もこのキャンプ苫谷(とまや)に若い頃から勤務していた。当時、僕の両親は結婚と同時にこのキャンプ苫谷に転属してきて、この近くの官舎に住んでいた。そこで和仁のご両親とご近所さんになった。2年後、和仁が生まれ、その数ヶ月後に僕が生まれた。
それからしばらくして、僕のお母さんが亡くなった。正直、お母さんについては何も覚えていない。お父さんの話だと、僕を産んで1年も経たない時に病気で亡くなったそうだ。
それからは、お父さんは時々僕を和仁の家に預けるようになった。そうやって、僕は和仁とずっとこの町で兄弟のように育てられた。

お父さんの中央研究所への転属が決まったのは僕が5才のときだ。和仁のご両親は、僕に官舎で一緒に住むことを提案してくれた。でも、それを断って僕を兵舎に入れることを決めたのはお父さんだ。僕が6才になったのと同時に、お父さんはキャンプ苫谷を去った。
それからしばらくして、僕はクラウスと出会った。お父さんが中央研で開発中の量子AIチップ搭載ぬいぐるみプロトタイプ3体の中の一つ、クラウスを、僕が寂しがらないように、そして僕の面倒を見させるために与えてくれたんだ。恐らく、本当の目的は別にあったと思うけど。

和仁が僕に好意を、いや、普通に友達や兄弟に対する好意以上の感情を持っていることは、ずっと前から気が付いていた。僕だってそうだ。僕にとってはクラウスと同じくらい大切な友人だ。そんな和仁と手を繋いだりキスをするようになったのはたぶん自然な流れだったんだと思う。もちろん、和仁が僕の『任務』について、複雑な思いを抱いていることも知っていた。



「ちょっと・・・恥ずかしい」
僕は小さな声でつぶやいた。
「さっき、入れてたくせに」
和仁も小さな声だった。
「見てたの?」
窓の外にいたということは、そういうことじゃないだろうか。でも、和仁は首を左右に振った。
「見てなかったんだ」
ちょっと意外な気がする。
「見ていられないだろ、将馬が誰かとしてるとこなんか」
そうだ、和仁は僕のことが好きだ。好きな相手が『任務』とはいえ他の人としてるんだ。他の男と。
「ごめん」
小さな声で謝った。
「『任務』なんだろ?」
「うん」
急に和仁が僕の前にひざまずいた。
「『任務』なら、平気なんだ」
僕のペニスに顔を寄せる。近くから僕のその部分をまじまじと見つめている。
「それは・・・」
心の奥がむずむずする。普段、『任務』のときにはこんな気持ちにはなったことがない。その理由は分かっている。今、目の前で、さっきしたばかりの僕を見つめている存在。
「勃ってきた」
和仁に言われなくても、徐々に勃起してきているのは分かっている。
「触ってもないのに、なんで勃つの?」
僕のペニスを見つめたまま、和仁が言う。
「それは・・・」
(決まってるじゃないか)
和仁はその理由を僕に言わせようとしている。でも、僕は・・・・・
しゃがんでいる和仁から離れて、ベッドに仰向けになった。
「和仁に抱かれたいからに決まってるだろ」
そして、足を抱えた。
いつのまにか、窓枠にムサシが座っていた。枕元にはクラウスがいる。二人とも僕等を見ている。二人に見守られながら、僕と和仁は初めて一つになった。

「いつも、窓の下で聞いてたの?」
和仁は無言でうなずいた。
「見てはいないんだ」
「見てたこともある」
(見られてたんだ)
ちょっと恥ずかしい。でも、『任務』なんだから仕方がない、と自分に言い聞かせる。
「言ってくれれば・・・和仁なら・・・」
「『任務』の邪魔しちゃだめだろ」
和仁は僕の『任務』のことを知ってるし、分かってくれている。それが逆に少し辛い。
「今日はもう終わったから」
すると、和仁が僕を抱き締める。お互いの裸の体が重なり合い、お互いの体温を感じる。
「でも、これからも将馬は『任務』があるんだよな」
言っても仕方がないこと。それは和仁も僕も知っている。
「そうだ」
僕は話題を変えるために体を起こし、ベッドの下に手を伸ばした。ベッドの下には非常用キットのケースが置いてある。非常時用のマニュアルとかコンパスやサバイバルナイフ、携帯食だとか水だとか、そんなものが入ったこの非常用キットは、この兵舎の各部屋のベッドの下と、官舎組の家にも配られている。そのケースを横にどけて、その奧から袋を取り出す。
「ムサシ」
ムサシを呼ぶ。ムサシがベッドに上がってくる。
「これ、着てみて」
袋の中身をムサシに手渡した。ぬいぐるみサイズのサンタクロースのコスチュームだった。
「もうすぐクリスマスだし、学校でパーティの時に着てほしいなって」
和仁が袋を手にした。
「まだ入ってる」
それを取り出す。それはトナカイのコスチュームだ。
「そっちはクラウス用だよ。ムサシがサンタでクラウスがトナカイ」
和仁がトナカイのコスチュームを広げた。
「やっぱり、サンタはクラウスだろ、サンタクラウス」
サンタクロースのコスチュームの方を広げる。それをクラウスの体の方に掲げた。
「どっちでもいいよ」
クラウスが言った。
「ありがとう、将馬君、和仁君」
和仁が僕にサンタクロースのコスチュームを手渡した。
「ね、一度着てみてよ」
クラウスはサンタの、ムサシはトナカイのコスチュームを身に着ける。
「うわぁ、最高」
僕と和仁は笑顔になる。思った以上に似合っていた。



クリスマス当日、幼年学校ではパーティが行われていた。
机を並べて、その上にクロスを広げ、兵舎の食堂のおばさん特製のオードブルを並べた。校内のスピーカーからは軽快なクリスマスソングが流れている。教室の隅にはクリスマスツリーまで置いてあって、ツリーにも電飾がピカピカ光っていた。
生徒は皆、赤い帽子をかぶっていた。ぬいぐるみもそれぞれクリスマスっぽいコスチュームを身に着けている。中には雪だるまや、なぜか魔法使いや怪獣のコスチュームのぬいぐるみもいる。
もちろん、クラウスはサンタクロースの、ムサシはトナカイのコスチュームだ。
「じゃあみんな、ハッピークリスマス!」
皆が歓声を上げた。


パーティの最中、僕等はいくつかのグループになってグループごとに盛り上がっている。そんな中、教官は一人一人と何か言葉を交わしていた。
僕等も教官と話をする。いつもとは違って楽しい会話だ。
「今日のコスプレ大賞だな」
クラウスとムサシを見てそう言ってくれる。
「ありがとうございます」
僕等は笑う。みんな笑顔だ。
突然、教官の無線機から大きな声が流れた。

「首都からの通信途絶。核攻撃を受けた模様」
教官の無線からそんな音声が流れた。クリスマスパーティで盛り上がっていた教室が、一瞬にして凍り付いた。
「繰り返す。首都からの通信途絶。核攻撃を受けた模様」
僕は和仁と顔を見合わせた。すぐにクラウスに尋ねる。
「ホントに?」
クラウスは顔を伏せる。つまり、本当のことだ、ということだ。
「教官」
皆が口々に何か言う。パニックが始まりかけた。
「落ち着きなさい。今はまだ情報が」
その時、クラウスが大きな声で叫んだ。
「EMPが来る!」
一瞬、窓から明るい光が差し込んだ。音楽が止まった。
「えっ」
僕ですら、一瞬何が起きたのか分からなかった。皆、唖然としている。
「あれ、ねえ」
誰かが声を上げる。ぬいぐるみ達が皆、頭をうなだれ動かなくなっていた。
「ム、ムサシ」
和仁のムサシも同じだ。そして、僕のクラウスも。みんなが自分のぬいぐるみを抱き締め、声を掛けている。
「EMP攻撃だ。電磁パルスで電子機器が破壊された」
教官が叫んだ。教室のクリスマスツリーの電飾も消えている。何人かがスマホを取り出したけど、どれも全く反応しないようだ。
「無理だ。EMPで破壊された」
僕も大きな声で言った。EMP攻撃によって起こり得ることについてはお父さんから教えられていた。そして、それが現実に起こったんだ。
「皆、一旦帰宅して、待機しなさい。非常時マニュアルを確認して次の指示あるまで出来る限りの準備をしなさい」
教官が何度か叫んだ。一部の生徒はそれを聞いて急いで教室から出て行く。一部の生徒はそれを聞いても動くことが出来なかった。和仁も、ムサシが動かなくなったことで動揺している。僕は和仁の手を握って教室から連れ出した。
「ほら、ちゃんとしないとお母さんが心配するだろ」
和仁を官舎の前まで引っ張っていく。すると、官舎から和仁のお母さんが出てきた。
「これから基地の病院に行ってお手伝いするから、あなたは待機してなさい」
和仁のお母さんは元医療関係者で、今でも非常時には招集対象となっている。今はEMPの影響で無線連絡とかは出来ないけど、恐らくこういうことも想定していたんだろう。
「和仁、大丈夫だよな?」
僕が尋ねると、和仁はうなずいた。
「じゃあ、僕も兵舎に戻る。すぐに動けるように非常時マニュアル見ておけよ」
そう言って、僕は兵舎に向かった。

兵舎への道すがら、ずっと抱き締めていたクラウスの体を見てみる。EMP攻撃なのでもちろん見た目に変わりはない。でも、その体内に内蔵されている量子AIチップは恐らく致命的なダメージを受けている筈だ。鼻を押し当てて匂いを嗅ぐ。いつもと違う匂いはしない。過電流でチップが焼け焦げた、なんてことはなさそうだ。でも、クラウスは全く動かない。こんなこと、初めてだ。
「クラウス・・・」
涙が出そうになる。でも、泣いている場合じゃない。兵舎に戻り、クラウスをベッドに横たえると、ベッドの下から非常用キットを引っ張り出して、マニュアルに目を通し始めた。そうでもしていないと、動かなくなったクラウスに目が行きそうだったから。
動かないクラウスを見たら、泣いてしまいそうだったから。



夜になった。
EMPの影響で、電気は点かない。そんな中、各部屋に蝋燭とマッチが支給された。大きな台座の上に乗った太くて短い蝋燭が3つ。きっと転倒による火災に配慮されているんだろう、安定性は良さそうだ。
蝋燭の小さな光の中で、僕はベッドにもたれていた。蝋燭の明かりが揺れる薄暗い部屋の中で、何の音も聞こえない夜を初めて経験する。『不安』というのはこういうことをいうんだろう。
と、窓を叩くコンコンという音が聞こえた。カーテンを開くと、そこには和仁が立っていた。動かないムサシを抱き締めている。
「どうしたの?」
窓を開けてその顔に尋ねた。
「ごめん・・・不安で・・・一人でいられなくて」
(和仁も同じなんだ)
それを知って、少しだけほっとする。
「入って」
和仁は、動かないムサシを僕に手渡し、窓枠を乗り越えて部屋に入って来た。僕はムサシをベッドのクラウスの横にそっと置いた。
「クラウスも動かない?」
「基本的には同じだからね。やっぱりEMPでやられたみたい」
なるべく平静を保つように努力した。でも、和仁は言って欲しくないことを僕に言った。
「東京が壊滅って、将馬のお父さんは・・・」

覚悟はしていた。いつか、こういう日が来るかも知れないと。
東京が核攻撃を受けた。恐らくは軍本部を中心として、ほぼ東京全域が壊滅状態だろう。そして、軍本部の近くにある中央研究所も。つまり、お父さんは中央研と一緒に蒸発したと考えるべきだろう。本当のことは全てのインフラが機能しない今、確認のしようがない。でも、首都を壊滅出来たからこそ、次の段階として各地にEMP攻撃が行われたんだろう。その後、そんなに間を置かずに残存部隊を制圧しに来る筈だ。
そこまで分かっていながら、今の僕には何が出来るのか、何をすればいいのか分からなかった。今までならクラウスが教えてくれた。でも、そのクラウスは全く動かない。
嗚咽が漏れそうになった。僕はそれを押さえ込んだ。

「そうだ・・・と思う」
僕はそれだけ答えて黙り込んだ。和仁もそれ以上、何も言わなかった。

どれくらい時間が経っただろう、時計も動かないから時間も分からない。和仁が静寂に耐えられず、ぽつりとつぶやいた。
「今日は『任務』はないんだよね」
普通なら、こんな時にそんなことを、と思ったかも知れない。でも、今はそんなことでも和仁が声を出して静寂を破ってくれたことがありがたかった。
「さすがにこんな時には出来ないだろ」
「そうだね」
蝋燭の明かりの中で、和仁の顔が暗く見える。
「大丈夫?」
「うん・・・」
和仁の手が僕の太ももの上に乗る。
「こんなことになるなんて・・・」
和仁はうつむいた。
「今は戦時だからね。甘く見てた」
その手に手を重ねて僕は言った。和仁が顔を上げて僕を見た。
「僕等、どうなるのかな」
僕にはその質問に答えることが出来なかった。こんな時、クラウスが生きてたら・・・
心がぎゅっと締め付けられる。今度は僕がうつむいた。
「くっ」
嗚咽がもう押さえられなかった。涙がこぼれた。僕は和仁にしがみついた。和仁が僕を抱き締める。そのままずっと抱き締めてくれた。
しばらくして、ようやく僕が落ち着くと、和仁が僕の頭を撫でた。
「大丈夫?」
時々、ほんのたまに見せる、和仁のお兄さんっぽい仕草。和仁は僕より数ヶ月だけどお兄さんだ。
「うん」
ベッドの上のクラウスとムサシを、枕元に動かした。
「ね、抱いて」
そう言うと、和仁が驚いたような表情をした。いや、蝋燭の炎の揺らめきでそう見えただけかも知れない。でも、和仁は僕をベッドに押し倒した。僕の上になって、僕に顔を寄せる。
「今日は、僕だけの将馬だ」
「うん」
僕の服のボタンをゆっくりと外していく。そして、露わになった胸を撫で回す。
「全部、脱がせて」
僕は全裸にされる。服を着たままの和仁に言う。
「和仁も脱いで」
全裸の体をベッドの上で重ね合う。キスを交わす。和仁のペニスを握る。
「こんな時でも興奮はするんだな」
和仁は勃起していた。
「こんな時だから、じゃない?」
僕も勃起していた。和仁は僕の足を持ち上げる。太ももの間に頭を突っ込み、僕のペニスを咥える。
「ああっ」
声が出る。
「静かだから、あんまり声だすと周りに聞こえるな」
それでも僕の声は収まらない。そのまま足を胸に押し付けられ、アナルを舐められる。
「んん」
「柔らかい」
僕のアナルを触る。蝋燭が和仁の体に濃淡のグラデーションを作る。
「入れて」
手で和仁のペニスを握り、僕のアナルに導く。
「入れるよ」
和仁が僕に押し付ける。それが入ってくる。
「ああっ」
ゆっくりと僕の中に入ってくる。
「暖かい」
和仁が腰を動かす。
「将馬」
「和仁」
入れられたままキスをする。手を握り合う。和仁の腰の動きが早くなっていく。
「ああ、気持ちいいよ、和仁」
僕は喘ぐ。今のこの状況を気持ち良さが忘れさせてくれる。
「将馬の中、最高に気持ちいいよ」
和仁も同じだろう。蝋燭の明かりに照らされながら、僕等は互いを貪った。
「イ、イくっ」
和仁が声を上げる。
「僕もっ」
そして、僕の中の和仁から熱いものを感じた。それを感じながら、僕も射精した。
お互い強く抱き合い、キスし合い、その刹那の幸せを噛み締め合った。

クラウスの目が微かに光ったのに、僕等は気が付かなかった。


      


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