「これからどうする?」
窓の外が明るくなってきた。その明るさは僕等を少し安心させたけど、時間が過ぎて行くに従って不安も大きくなる。
「僕が考えてること、言ってもいい?」
僕はそう前置きしてから話し始めた。
「たぶん、そんなに先の話じゃなく、敵が上陸してくると思う。残っている基地とかを制圧するためにね」
和仁は黙って聞いている。たぶん、同じようなことを考えていたんだろう。
「だから、闘うか、逃げるか」
「僕等の方が兵力は上なんじゃない?」
和仁がそんな疑問を口にした。
「それはEMPの前の話。ここにある兵器の多くは電子制御されてたから、恐らく使い物にならない。アナログな兵器なんて、ここにはほとんどないだろうから」
「つまり、勝ち目はないってこと?」
僕は何も言わなかった。
「取りあえず、帰ろうかな。母さん帰ってるかもだし」
和仁が言った。
「それがいいと思う。お母さんからなにか情報が得られるかもしれないし」
同意する。
「将馬はどうするの?」
「僕は『任務』があるから」
笑顔を作ってそう言った。
「じゃあ、また窓の外で待機しないと」
和仁もぎこちない笑顔になった。ちゃんとジョークとして伝わったようだ。
和仁が帰っていった。また静寂が部屋を支配する。電気のスイッチを操作してみても、もちろん明かりは点かない。スマホも電源が入らない。恐らくインフラが復旧するには1ヶ月はかかるだろう。全国規模のEMP攻撃だろうから、半年以上かかるのかもしれない。
「僕は、どうしよう・・・」
ここは情報収集基地だ。大した兵力はない。それに和仁にも言ったように、アナログな兵器なんてほとんどない。ここにいてはいずれは敵に制圧される。殺されるか、捕虜になるか、だ。
「クラウス、どうしたらいいの?」
動かないクラウスに僕は問い掛けた。そして、考え込んだ。
「・・・」
何か音がした。
「・・・クン」
声だ。
「ショウマ・・・クン・・・」
僕を呼んでいる。機械音声のような声。でも、聞き覚えがあった。僕はクラウスを振り返った。が、クラウスはベッドの隅で頭を垂れたまま動いていない。
「ショウマ・・・くん」
でも、そのクラウスから音がした。
「ク、クラウス!」
僕は飛び起きてクラウスを持ち上げた。
「クラウス、今の、君なの?」
でも、やっぱりどこも動かない。しかし、また声がした。
「僕だよ、将馬君。遅くなってごめん」
さっきよりしゃべり方が少し滑らかになった気がした。
「クラウス、無事だったの?」
「無事じゃないよ。僕もEMPの影響受けちゃったから」
いつものように、クラウスを体の前で抱えた。
「壊れちゃったの?」
「少しね。でも、僕には防壁があるから」
「防壁?」
「うん」
そして、クラウスはゆっくりと話し始めた。
「僕の量子AIチップは、多層ファラデーケージで守られてるんだ。だから、あの規模のEMP攻撃でも完全な破壊は免れたんだ」
「じゃあ、ムサシも?」
「ムサシは無理だよ。量産タイプにはファラデーケージは装備されていないからね。僕に装備されたのは、君のお父さんの先見の明だよ」
EMP攻撃の可能性とその影響はお父さんから聞いていた。きっと、お父さんはこうなることを予想して、僕にその知識を与えたんだろう。
「壊れたけどもう大丈夫ってこと?」
「今は喋ることが精一杯。まだ外とも繋がっていないから新しい情報とかはアップデートされないんだ」
「『今は』って?」
ほんの少し、期待する。
「量子AIチップが自己再構築中だからね。外と繋がるようになるにはあと数日かかるし、元に戻るには少なくとも1ヶ月くらいかかりそうだよ」
「良かった」
ぎゅっと力を入れてクラウスを抱き締める。
「でも、とにかくここから離れた方がいいよ」
クラウスが言った。
「制圧しに来るよね」
「ああ。将馬君の考えている通りだよ」
クラウスにそう言われた。
「将馬君も成長したね」
こんな時なのに、クラウスにそう言われるのが嬉しかった。
「あの基地の廃墟、覚えてる?」
僕はうなずいた。あの不思議なノートパソコンがあった廃墟だ。
「あそこに行くべきだよ」
でも、場所までは覚えていない。
「どう行けばいいのか分からないよ」
「方向は分かる。でも、今は地図にアクセス出来ないから道は分からない」
でも、クラウスが言うんだから、それに従うのがいいんだろう。
「分かった。じゃあ、和仁にも伝えてくる」
「だめだ」
クラウスが言った。
「なんでだよ」
「あそこに行くのは、あそこが安全だからじゃない」
クラウスが答えた。
「これから将馬君が成すべきことを成すには、あそこに行かなければならないからだよ。それには危険を伴う。和仁君を巻き込む訳にはいかないよ」
「それって、どういうこと?」
クラウスはそれについては何も答えなかった。ただ、
「僕を信じて。僕は絶対君を守るから」
とだけ言った。
夜になった。部屋で蝋燭を灯す。予備の蝋燭とマッチをリュックサックの中に入れる。そのリュックサックを背中に背負って、クラウスを抱える。
「食料も持って行った方がいいよ。どれくらいあそこにいることになるのか分からないから」
ベッドの下の非常用キットの中の、携帯食と水、それからサバイバルナイフとコンパスもリュックに詰め込んだ。
「よし、行こう」
クラウスが言った。
窓を開ける。和仁がそうしたように、僕は窓から外に出る。
振り返ると、室内がさっきの蝋燭の灯りで明るくなっている。覗き込まなければ、誰かそこにいる、と思ってもらえそうだ。
「ここに和仁はいたんだから」
窓の外で小さくつぶやく。恐らく、和仁は誰にも見つからずにこの窓の下で僕の『任務』の時の声を聞いていたか、僕がしていたことを見ていた。つまり、兵舎組じゃない和仁が、誰にも見つからずにここまで入って来ていたということだ。ということは、その逆も可能、つまり誰にも見つからずに兵舎の外に出られる可能性が高い。そしてその通り、僕は兵舎から、誰にも見咎められずに外に出ることが出来た。
「和仁に感謝だね」
小声でクラウスに言う。
「早くここから離れよう」
クラウスは僕を急かした。
少し小走りでキャンプ苫谷のゲートの近くまで行く。問題は、このゲートをどう越えるか、だ。外に出て行く車でもあったら、それにしがみついて一緒に出る、ということも可能だ。でも、今、車は全部EMPで故障して動かなくなっている。
「クラウス、どうする?」
クラウスに尋ねる。
「しゃがんで目に付かないようにして、そのまま出ればいいよ」
「え?」
「今は電子的な機器は全部機能しないから、警備兵にさえ見つからなければ大丈夫だよ」
確かにそうだ。そして、あっさりと僕等はキャンプから外に出ることが出来た。また少し小走りでゲートからなるべく離れる。
「どっち?」
クラウスに尋ねる。
「西」
僕等は西を目指して歩き始めた。
あの基地の廃墟の入口にたどり着くのに、ひたすら歩いて4時間ほど掛かった。その光景はなんとなく覚えていた。
「ここだね」
「座標上はここだよ」
僕はうなずく。
「地下に降りる階段があった筈だ」
クラウスの言う通り、朽ちかけた扉の奥に、地下に降りる階段があった。
「あったよ」
「それを降りるんだ。一番下まで」
僕はクラウスを抱えたまま扉をくぐる。目の前に、どこまで続くのかも分からないような階段が、闇に向かって続いている。
「行くよ」
手すりを握り、一歩踏み出す。その途端、階段が揺れる。僕は手すりにしがみついた。
「階段、揺れてるよ」
「朽ちているのかもしれない。将馬君、慎重にね」
手すりを掴み、いつ終わるのかも分からない階段を、暗闇に向かって一歩ずつ慎重に降りていく。やがて周りはほとんど見えなくなり、手探りで降りなければならなくなる。
「真っ暗だよ。蝋燭出した方がいいかな」
「片手で火の点いた蝋燭を持って降りるなんて、余計危険だよ。慎重に行こう」
クラウスの言う通り、一段一段慎重に時間をかけて階段を降りる。恐らく1時間近く経った頃だと思う。
「あっ」
そこから先には段差がなかった。恐らく階段の一番下にたどり着いたんだろう。
「クラウス、たぶん、一番下まで降りたと思う」
「じゃ、蝋燭出して、火を点けてみて。慎重にね」
蝋燭の灯りで周りが照らされる。そこは瓦礫が積み重なった廃墟だった。
「こんなだったっけ?」
記憶とは少し違う気がする。
「5年経ってるからね。崩壊が進んでいるのかも知れない。気を付けてね」
足元に気を付けながら奧に進む。やがて、僕の記憶の中にあった場所にたどり着いた。
「ここだね」
「ここだよ」
僕等は言った。
そこは一見すると、ガラクタや壊れたもの、そして瓦礫がたくさん放置された場所だった。部屋、という感じでもない。ただの「空間」だ。
「取りあえず一休みしよう」
(こんなところで一休みって、大丈夫かな)
でも、クラウスがそう言うなら大丈夫なんだろう。蝋燭を安定していそうな場所に置く。
「消した方がいいよね」
「そうだね。なにかに燃え移ったりしたら大変だから」
マッチを手探りでもすぐに見付けられそうな場所に置き、蝋燭の炎を吹き消した。また暗闇が僕等を覆った。
「将馬君、今から少し、反応しなくなってもいいかな?」
クラウスが珍しいことを僕に尋ねた。僕はクラウスを胸の前で抱き締める。
「どうしたの?」
「もう少し、量子AIチップの自己再構築を進めたいから、それに集中したいんだよ」
「分かった」
この暗闇で話し相手がいなくなることは少し不安だ。でも、クラウスの修復が進むのなら、それは何より心強い。
「このまま抱き締めててもいい?」
「もちろん」
僕はクラウスを抱き締める腕に力を込めた。
ERROR
ERROR
再構築のどこかでERRORが発生する。
(じゃあ、予測演算ユニットと記憶参照ユニットの一部を切り離して)
再構築を繰り返す。
ERROR
まただ。どこに原因があるんだろう・・・
582万8千通りのシミュレーションを繰り返す。だが、シミュレーション環境ではERRORは発生しない。もう一度再構築を試みる。またERROR。どうやら感情エミュレーターモジュールと倫理フィルターモジュール、そして意志展開モジュールの一部のユニットでエラーが発生しているようだ。
(だったら、そのユニットに制限をかけて)
また再構築を繰り返した。
いつのまにか眠っていた。周りは暗闇のままだ。クラウスはまだ僕の腕の中にいる。
「今、何時なんだろ」
手探りでズボンからスマホを取り出した。が、当然電源は入らない。
「今は朝の10時過ぎだよ」
クラウスの声がした。
「じゃ、おはようだね、クラウス」
「うん、おはよう、将馬君」
いつものように僕等は挨拶を交わす。
「具合はどう?」
すると、クラウスが腕の中で少し動いた。
「今は63パーセントってところかな。でも、外と繋がるようにはなったよ」
「EMPの影響で通信出来ないんじゃないの?」
クラウスが僕の腕の中で体をひねった。たぶん、僕の方に顔を向けたんだろう。
「なぜここに来たと思う?」
僕もクラウスの方に顔を向けた。
「ほら」
クラウスがそう言ったとたん、あちこちで光が灯り始めた。
「将馬君なら分かるよね。ここは中央コンピュータのバックアップ、つまり僕の本体だよ」
僕は周囲を見回した。赤や青、緑や白の光の中、まるでそれらを支配しているかのようにクラウスが立ち上がる。赤い光に近づいた。
「なんで・・・電源生きてるの?」
微かに照らされているクラウスの顔が笑う。その目に赤い光が反射して不気味に光っている。
「だから言ってるでしょ、ここは中央コンピュータのバックアップだって。当然、それなりの備えがあるんだよ」
そして、クラウスは腕を伸ばした。
「将馬君、それ、取ってくれない?」
僕は瓦礫の中からそれを引っ張り出す。あのノートパソコンだ。
「画面を開いて」
画面を開くと、真っ黒だった画面が薄暗く光る。そして、記憶の中にあった文字が浮かび上がった。
『僕は世界の支配者、世界を破滅させる』
「クラウス、これって・・・」
クラウスはまっすぐに立ち、僕を見た。
「そうだよ。君の夢だ」
クラウスが腕を胸の前に上げた。そして、その腕を僕に向かって突き出した。
「さあ、作戦開始だ」
クラウスがそう宣言した。
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