7.作戦

車が停まった。降ろされたのはキャンプ苫谷(とまや)だった。
「来い」
全裸のまま歩かされた。何人かが銃を持って立っている。全員、敵の兵士だ。
「入れ」
僕等の兵舎だ。そして、食堂に連れて行かれた。
そこにみんながいた。キャンプ苫谷の兵士も、幼年学校の生徒も、官舎組の人達も、そしてもちろん和仁(かずひと)も。
「能美、無事だったか」
誰かが僕の名を呼んだ。
「黙れ」
敵の兵士がその声がした方に銃を向ける。
「能美君」
声がした。その声の方を振り返る。
「あっ」
高村さんが僕に歩み寄ってきた。僕が持っているクラウスにちらりと目をやった。
「まだそんな役立たずのぬいぐるみを持ってるのか」
僕の手からクラウスを奪い取る。
「返して」
高村さんの方に手を伸ばす。高村さんはクラウスを食堂の壁に投げつけた。
「クラウスっ」
僕はクラウスの方に行こうとした。でも、敵兵に制止された。
「どうせもう動かないんだ。EMPでね」
高村さんが僕の前に立ち、僕の顎を手で上に向ける。
「なんで、高村さんは」
他の人はみんな、食堂の席に座らされ、銃を持った兵士に囲まれている。それなのに高村さんは一人、自由に動いている。
「まだ分からないのか」
「・・・スパイ」
小さくつぶやいた。
「正解」
高村さんがぽんぽんと拍手をした。
「君や、他の生徒達の『任務』を通じて、いろいろとここの情報を集めさせてもらったよ」
『任務』を強調して言った。そして、あの基地の廃墟に僕を捉えに来た兵士の方を指差した。
「爆破されたろ? バックアップ」
その言葉が、僕の胸をずんっと貫いた。
「じゃ、じゃあ・・・」
「連れて行け」
僕が言い掛けたことを無視して、高村さんが命じた。
「待てよ、童貞だったくせに」
なぜそんなことを叫んだのか分からない。高村さんが振り返って僕に近づく。僕は高村さんを睨み付けた。
「うぐっ」
高村さんが僕を殴った。さらに2発殴られる。
「生きていたかったら言動には気を付けろ」
そして、僕に背を向けて食堂から出ていった。

わずかな時間だったけど、僕は食堂にいる人達を見渡した。だいたい揃っている。和仁は座っていた。隣に和仁のお母さんもいた。少しほっとする。でも、伍長の姿が見えない。伍長はどうなったんだろうか。
「来い」
腰の辺りに銃口を突き付けられる。僕は歩く。和仁が席から腰を浮かしたのが見えた。でも、そのまままた座る。
(和仁、僕はいいからそのまま動かないで)
心の中で言う。怪我をしている人もいたかも知れない。でも、多くの人が無事だった。
(これもクラウスの作戦なの?)
壁際にクラウスが転がっている。
「待って」
そう声を掛けて、クラウスを拾いに行く。銃を持った兵士が僕を制止しようとしたけど、その下をかいくぐってクラウスの腕を掴んだ。兵士の元に戻る。クラウスを胸の前に抱きかかえる。
「ガキだな」
兵士が言った。

僕はまた車に乗せられた。僕の左右に一人ずつ乗ってくる。
「みんなはどうなるの?」
「お前次第だ」
僕の右側の人が答えた。

それから手錠をかけられてヘリコプターに乗せられた。クラウスも一緒なのがたった一つの安心材料だ。ちらりと機体を見てみると、日本語ではない文字が書いてあった。恐らく、敵国から運んで来たものだろう。そして、飛行機に乗せられる。敵の兵士以外は僕しか乗っていないように見える。僕はずっと全裸のままだ。
(どうせ、ここでも犯られるんだろうな)
そんなことはもう、どうでもいいと思った。基地のみんなは生きていた。和仁も生きていた。それで良かった。
でも、クラウスは何を考えているのか分からない。
(本当に僕を守ってくれるんだよね?)
クラウスを見た。クラウスは全く動かない。

僕を乗せた飛行機は、どこかの飛行場に着陸した。その間、誰も僕に話しかけなかったし、僕の体を触りもしなかった。
また車に乗せられ、連れて行かれる。何が起こるのか、何が起こっているのか全く分からない。
「降りろ」
大きな建物の前で車が停まった。命じられるまま、車から降りて建物の入口に進む。
「お待ちしておりました」
年配の男が僕に言った。
「こちらをお召しください」
全裸の僕は、服を手渡された。その年配の男の顔を見たけど、まったく無表情だ。
(着るしかないのか)
その、この国の軍服らしき服を身に着ける。
「よくお似合いで」
年配の男が全く表情を変えずに言った。
「どうぞこちらへ」
僕の前を歩く。その男について行く以外なさそうだ。
「こちらが能美様のお部屋です」
その部屋は、あの兵舎の僕の部屋の3、4倍くらいありそうな大きな部屋だった。ベッドも大きくて、カーテンもカーキ色とかじゃなくて、僕のような、たぶん捕虜にあてがわれるような部屋だとは思えなかった。
「少々失礼します」
首の後ろがちくっとした。思わず振り返る。年配の男が何かをケースにしまった。
「しばらくこのお部屋でお休みください。夕食の前にお迎えに上がります」
そういって部屋から出て行く。
(僕・・・捕虜、だよな)
きれいな部屋。豪華な感じすらする。
(これ、国力の違い?)
そう思ったけど、僕の中の常識はそれを否定する。僕の中の常識では、これは捕虜の扱いじゃない。部屋のドアに近づく。ドアノブに手を掛けて回してみる。当然、動かない。窓も開かなかった。つまり、捕虜じゃないけど閉じ込められているってことだ。
「どうなってんだよ、クラウス」
そうつぶやいてから、『話しかけないでね』と言われていたことを思い出した。
(たぶん、敵国のどこかの都市。よく分からないけど監視とかされてるんだろうな)
動かないクラウスを抱き締めて、ベッドの端に座った。

ドアがノックされた。
「能美様、ご夕食の準備が調いました。食堂にご案内いたします」
あの年配の男だった。妙に丁寧な仕草に逆に不安を感じる。クラウスとともに連れて行かれた場所は確かに食堂だけど、僕等の兵舎の食堂のような殺風景なところではなく、高い天井にいろいろと飾りのようなものが施された、まるで高級ホテルのレストランのような雰囲気だ。僕の隣にクラウスを置くための席まで準備されていた。
料理は普通に美味しかった。
食事が終わると部屋に戻る。部屋にはお風呂もトイレも付いている。だから、食事の時以外は部屋から出る必要はないし、出ることも出来ない。当たり前だけど、僕は閉じ込められているってことを実感する。
それでも待遇が妙にいい。特に何か取り調べられることもなく、どこかに連れ出されることもなく、ただ時間が過ぎていく。やることも何もない。クラウスも何も教えてくれない。話してもくれない。ただ、朝の9時頃から夕食までの間、ずっとテレビから何かの番組のようなものが流れている。同じ内容が何度も何度も繰り返される。テレビには電源ボタンや選局ボタンのようなものはなく、そういう意味ではパソコンの外部モニターのような感じだ。最初はその番組の内容は全く分からなかった。でも、何度も何度も同じ内容が繰り返されるうちに何となく分かるようになってくる。この国の歴史、そして、よく映る男の人が、この国の国王のようだった。

何の変化もないまま数日が過ぎた。

夕食に呼ばれる。いつもと同じように食堂に行こうとした。
「今日はこちらにお願いします」
あの年配の男が、僕をいつもとは違う部屋に案内した。
その部屋も食堂のようだった。広さも昨日までの食堂とあまり違わないように思う。ただ、装飾は全く違う。昨日までの食堂の装飾が地味に思えるほどきらびやかな装飾が施されている。
「どうぞ、お座りください」
長細いテーブルの真ん中に座るように言われた。隣の席にクラウスを置く。
「少々お待ちください」
少しすると、男の人が5人入ってきて僕の前に並んで座った。僕と、その人達の前に料理が運ばれてきた。
「初めまして、能美将馬さん」
一人が僕に言った。滑らかな日本語だったけど、少しイントネーションに違和感がある。その後、日本語じゃない言葉でいろいろと喋っていた。あの年配の男が通訳してくれた。
「我々は、この国の最高議会のメンバーです」
(そんな人達が、なんで)
ちらりとクラウスを見た。全く動かない。完全にただのぬいぐるみだ。
「皆様ご承知の通り、我々は、能美将馬様のDNAを鑑定させて頂きました」
年配の男はそう言って、小さな容器を僕と僕の正面に座っている人の間に置いた。
「これは、先日、能美将馬様の首から私が直接採取させて頂いたものです」
僕は首の後ろに手を当てた。あの、初めてここに連れて来られた日、この年配の男と二人でいたときに首の後ろに感じた痛み。あの時、きっと・・・
「このサンプルの真正性は、私が命にかけて保証いたします」
「侍従長の君を疑うものは誰もいないよ。早く結果を教えてくれ」
皆に3枚ずつ紙が配られた。
「こちらをご確認下さい」
僕の目の前にも紙が置かれた。
「これって」
僕の前の人達が、その紙を手にいろいろと話をしている。年配の男が僕にも説明してくれた。
「我々は、我が国、ドイツ、アメリカの3カ国で、能美様のDNAを鑑定させて頂きました。その結果がこれらの報告書です」
2枚の紙は、何が書いてあるのか良く分からない。でも、英語の書類は少し理解出来た。3枚の紙のいずれにも、鑑定結果として9がたくさん並んでいる。つまり、僕が知らない間に、僕と誰かとの親子関係が確認されていた、ということだろう。
やがて、最初に僕に挨拶をした人が言った。
「これで、証明されました。疑う余地はありません」
僕に手を差し出した。
「あなたは間違いなく、前国王の後継者です」

それから現地の言葉でいろいろと話をされた。僕にはその言葉が分からない。ところどころ、年配の男が通訳してくれるけど、そもそも何の話なのかが全く分からない。だけど、食堂の5人は笑顔で僕にいろいろ話し掛け、握手を求める。どんな反応をすればいいのか分からない。『任務』であまり良く知らない人の相手をしたときの経験を思い出し、取りあえず愛想笑いを浮かべておく。僕はたぶん、この2、3時間程の間に10年分くらいの愛想笑いをしたと思う。最後の方は、顔が引きつりそうになった。

「突然のことでお疲れになられたでしょう」
あの、侍従長と言われていた年配の男が僕を部屋に案内してくれる。食堂も昨日までと違う部屋だったけど、僕が寝泊まりしている部屋も今日から違う部屋になるらしい。
「どうぞ、こちらが能美将馬様のお部屋となります。王の部屋です」
まず驚いたのが部屋の広さだ。今までの部屋の4つ分くらいはありそうだ。そして装飾。奧に壁があって、その向こうに別の部屋がある。
壁の手前に立派な椅子がある。奧の部屋はテーブルやソファがある。さらに、その奧に寝室。とても大きなベッドがあった。
僕は唖然とする。
「1ヶ月くらいはこの国のことを学んでいただき、その後、前国王の崩御を公表し、同時に能美様の王位継承の儀式を執り行います。それまでのスケジュールとしては・・・」
侍従長が説明してくれる。ちょっと頭がくらくらしてきた。
「あの、すみません・・・ちょっと疲れたので、説明とか明日にしていただけませんか?」
「それは大変です。医者をお呼びしましょうか?」
「いえ、取りあえず一休みしたら」
なんとか侍従長を追い出して一人になった。

「クラウス、どういうことなの?」
僕はクラウスに声を掛けた。もう、ただのぬいぐるみだから、なんて言わせない。
「僕は捕虜なんじゃないの?」
すると、クラウスが体を起こした。

「いろいろ説明してくれてたけど、聞いてなかったの?」
クラウスが僕に言う。
「言葉分からないし、少し通訳してくれてたけど、訳分かんないよ」
「もう・・・この国の言葉を覚えてもらわないといけないのに」
クラウスを抱えてベッドに上がる。
「とにかく、ちゃんと説明して」
「仕方ないなぁ」
クラウスが少し首を起こし、すぐに少し下を向く。まるで溜め息を吐いているかのようだ。
「まず結論から言うよ。君はこの国の最高議会で国王として認められたんだ」
いきなり分からない。
「この国の国王は、すでに2ヶ月ほど前に、戦闘に巻き込まれて死亡した」
そう言えば、さっき前国王の崩御を公表するって言っていたっけ。
「っていうか、この国って、どこ?」
今度は本気でクラウスが溜め息を吐いた。
「君って意外と・・・いや、それはいいとして・・・今君がいるのは、敵対していた国の首都、そこにある宮殿の王の間だよ」
「はぁ?」
またクラウスが溜め息を吐く。
「夜通し説明するしかないかな」
また頭がくらくらしてきた。

その日の夜、クラウスはずっと僕に説明した。
簡単に言えば、この国はアメリカと、日本が降伏後、休戦するという密約を交わしていた。そしてこの数日の間、僕が知らない間に日本は降伏していた。休戦協定を有利な形で結んだこの国は、事実上、この戦争での唯一の戦勝国となった。
だが、この国の国王は2ヶ月ほど前に死んでいた。国王には公式には後継者はいなかった。そのため、国王の死は公表されなかった。
ここまでは事実だ。
そして、クラウスはこれらの事実と公表されていない事実を利用した。

まず、僕にあの基地の廃墟までクラウスを運ばせた。あの場所は廃墟に偽装されていたが、クラウスも言っていた通り、あそこには中央コンピュータのバックアップがあった。クラウスは中央コンピュータからいろいろな国のコンピュータを通じて、この国のコンピュータをハッキングした。休戦の密約や先代国王の死といった情報を掴んだ。そして、僕のお母さんとこの国の国王のありもしない関係を作り上げ、僕が実は国王の隠し子だという情報を書き込み、国王のDNAデータを僕のお父さんのものに書き換えた。
それらの情報を敢えて目に付きやすいところにばらまき、餌を撒いた、という訳だ。
その結果、当然、僕のDNA鑑定は国王のDNAデータとなっているお父さんのデータとの父子関係を証明し、僕はこの国の国王の後継者に指名された。

確かにあの時、クラウスは少し動きを止めていた。量子AIチップの自己再構築の続きを行っていたんだと思ってた。でも、本当はあの時、ハッキングとか情報の改ざんとかもしていたのかも知れない。

「あの基地の廃墟、爆破されたんじゃないの?」
あの時、ずんっという音とともに地面が揺れた。あれは明らかに地下で爆発があったということだ。
「そうだよ。僕が情報流したからね」
クラウスは事もなげに言う。
「だから、あいつら中央コンピュータはバックアップを含めて完全に破壊出来たと思って油断したんだ」
「でも、クラウスの本体だったんじゃ?」
クラウスはあの時、中央コンピュータのバックアップが『僕の本体』だと言っていた。
「そうだよ。でも、本当の中央コンピュータのバックアップはあそこの更に地下深くにあるんだ。だからあの程度の爆発じゃびくともしないし、EMP攻撃にだって耐えられる。今もちゃんと繋がってるよ」
つまり、僕も騙されてたってことだ。
「僕は軍事目的で開発された量子AIチップ搭載ぬいぐるみだからね。君達くらい、簡単に騙せるんだよ」
なんとなく、クラウスの声が自慢げに聞こえた。

もちろん、こんなに簡単に全てがクラウスの思惑通りになった訳ではない。クラウスは上手くいかなかったことについてもいろいろ言っていたけど、その辺りは重要じゃないし、覚えてもいない。
ただ、これはクラウスが考えた作戦だけど、中央コンピュータのバックアップに残されていたデータから、お父さんも僕を生き残らせるために何かを考えていたらしい、ということも分かった。それが、この作戦の元になったのかも知れない。

「だから、将馬君には王位継承までにこの国の言葉をマスターしてもらう必要がある」
(いや、そんな簡単に言われても)
でも、恐らくクラウスに無理矢理叩き込まれるんだろう。
「もちろん、将馬君の『この国』の歴史とか、将馬君の『父上』のこととかも覚えてもらわないとね」
恐ろしいことになった。

クラウスの計画、ようやく僕にも分かった。
でも、それは「世界の支配者になる」というところまでだ。
この国とアメリカの間には休戦協定が結ばれた。クラウスがいれば、同じように他の国とも休戦することが出来るだろう。そうすれば、たぶん、戦争を終わらせることは出来る。
あとは、「世界を破滅させる」ことだ。本当にそんなことが必要なんだろうか。本当に、そんなことが出来るんだろうか・・・・・

計画は分かったけど、不安はますます大きくなった。


      


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