少年は、テーブルに置かれた紙を表に向けた。
上の方の大きな文字が目に入る。
『譲渡契約書』と書かれていた。
「譲渡契約書?」
少年は小さくつぶやいた。少年の正面に座った男は何も言わない。
少年は目でそこに書かれている小さな文字を追っていく。が、ほんの数行を見ただけで、おおよそのことが分かった。少年は顔を上げた。
「ぼ、僕・・・その、譲渡された・・・んですか?」
男は少年を見つめている。
「そこに書かれている通りだ」
少年はその契約書を掴むようにして取り上げる。今度は契約書を顔に近づけ、食い入るように読み始めた。時々首を左右に振り、また男をチラリと見る。手が少し震えている。
「これって」
最後のページまで読み終えた少年が顔を上げた。
「そこに書かれている通りだ」
男がまた言う。
「僕は・・・あなたに売られたってことですか?」
「そこにはどう書いてあった?」
少年は契約書に目を落とす。
「譲渡って」
「そうだ。君は売り飛ばされた訳ではない。あくまで私に譲渡されたということだ」
少年は先程父親が受け取った物を思い出す。
「でも、お金が」
「そこに対価のことは書かれていたか?」
少年はまた契約書を見る。
「ない・・・です」
「そういうことだ」
男はそう言った。
(でも、あのお金は・・・)
札束がいくつか。3つか4つかそれくらい。そんなお金をあの契約書にサインしたすぐ後に渡されていた。それはやっぱり・・・
「君はあくまで無償で私に譲渡された。そこに金銭の授受はない。だから私は君を買ってはいないし、君も売られてはいない。人身売買など行われていない」
少年は何となく理解した。わざわざそういうことを言うということは、やっぱりこの契約の本当の意味は、人身売買なんだ、と。しかし、それを理解出来たところで少年にはどうすればいいのか全く分からない。
「け、警察行きます」
契約書を握りしめた。
「君のお父様、私が差し上げたお金をどうすると思う?」
腰を上げかけた少年に、男が唐突に尋ねた。少年は男の顔を見た。
「君は、君のお父様をどこまで知っている? 理解している?」
少年は何も言わない。男が尋ねていることの意味が分からなかった。
「君のお母様が亡くなって、すでに10年が経つ。その間、君のお父様はずっと一人で君を育てて来た」
「はい」
やっと少年にも理解出来る話になった。
「しかし、彼も立派な成人男性だ。一人では寂しかったのだろう」
また何のことだかよく分からなくなる。
「君は自慰はしているのか?」
「え?」
「君は13才だろう、自慰はしていないのか?」
「じ、自慰って・・・」
少年の表情を見て、男が小さく頷く。
「精通はどうだ? 朝目覚めた時、下着が汚れていたことは?」
少年はぽかんとした顔で男を見つめる。
「そうか」
男の顔が微かに笑ったように見えた。
「そ、それがなんなんだよ」
「君のお父様、あのお金でなにをすると思う?」
少年は何も言わなかった。
「あの男は安いクラブの安い女に入れあげている。知っていたか?」
少年は首を横に振った。
「そうか。それであの男は借金を重ね、もう首が回らなくなっている」
「借金のために、僕を・・・」
少年がつぶやいた。男が声を上げて笑った。
「そう思うだろ」
男が立ち上がり、少年が座るソファの後ろに回り込んだ。
「だがあの男、あの金で、そのクラブの女に渡すプレゼントを買うんだそうだ」
手を少年の肩に置いた。
「残った金は、クラブでの飲み食いに使うそうだ」
男が少年の耳元に口を寄せる。
「借金を返す気などないそうだ」
少年から離れ、再び少年の正面に回る。
「もちろん、お前のために使う気など、さらさらないらしい」
ソファに座った。
「いい父親だな」
男は笑った。
「さて」
男は少年を正面から見ていた。
「契約書の内容は理解出来たか?」
少年は微妙な顔をする。
「だろうな。あんな馬鹿な男の息子だからな」
少年は少し不快そうな顔をした。
「お前より、クラブの女に金を使うような男だからな」
ソファの後ろに控えていた小林を呼び寄せた。
「かいつまんで説明してやれ。こいつにも分かるように、噛み砕いてな」
「かしこまりました」
小林が体をまっすぐに伸ばした。
「要点は3つ」
手を前に差し出し、指を一本立てた。
「まず、あなたは当家に譲渡された、ということです」
2本目の指を立てる。
「二つ目は、あなたとあなたの父親は、あなたに関する全ての権利を放棄する、ということです。この全ての権利の中には、国が法律で定める権利、一般的に有すると考えられる権利、人間としての権利、そして生きる権利などの全ての権利が含まれます」
少年は小林を見つめている。その目は少し見開かれ、手が微かに震えている。
「三つ目は、この契約の解除は契約当事者、つまり、当家、あなたの父親、あなたの三者の合意がなければ出来ない、ということです」
少年の手がゆっくりと持ち上がる。それは少年の意思とは関係なく動いているように見えた。
「質問はございますか?」
「あ、あの・・・」
少年は口を開いた。が、頭が先程の説明に追いついていなかった。聞きたいことはたくさんある。しかし、何を聞きたいのかが理解出来ていない。どうすればいいのか理解出来ない。
「あの、僕は・・・」
唾を飲み込む。
「僕は、そんなことは知らない。そんな契約知らない」
ようやく出てきた言葉はそれが全てだった。
「ですが、すでにサインして頂いております」
小林が契約書の最後のページを開き、少年の前のテーブルの上に投げるように置いた。
「で、でも・・・」
置かれた契約書に目を落とし、すぐに顔を上げた。
「か、解除、そうだ、契約解除します」
「ならば」
それまで黙って少年と小林のやり取りを見ていた男が口を開いた。
「ここに君のお父様を連れて来なさい」
「契約解除には、当家とあなたの父親、あなたの三者の合意が必要、とご説明申し上げました」
少年が立ち上がる。
「じゃ、じゃあ、お父さん探してきます」
その時、部屋に一人の男が入ってきて、小林に何かを耳打ちした。小林は男に何かを伝える。
「君のお父様は、かなりよろしくないところから借金していたようですね」
男が立ち上がり、小林の横に並ぶ。
「先程、あなたのお父様は、何者か、恐らくお父様にお金を貸し付けた者に、殺されたとのことです」
男と小林の二人は揃って頭を垂れた。
「な、なんて・・・」
少年の小さな声が震えていた。
「なんて言ったんですか?」
少年が尋ねた。
「ですから、あなたのお父様はお亡くなりになりました。たちの悪い借金取りにでも殺されたのでしょう」
小林が言った後、男が続けた。
「つまり、契約解除はもう、その条件を満たす事は出来なくなった、契約は解除出来なくなった、ということだ」
少年は呆然としている。
「では、全裸になりなさい」
男が言った。
「え・・・」
少年は顔を上げた。
「聞こえなかったか? 全裸だ」
しかし、少年は男の顔を見ているだけだった。
「まさか、言葉も分からない馬鹿なのか」
男が少年に近寄り、右手を振り上げた。
「傷は付けぬ方がよろしいかと」
小林が止めに入った。そして、少年に向かって言った。
「馬鹿でも分かるだろ。全裸になりなさい」
少年の手がゆっくりと胸の前に上がる。が、そこで止まった。
「な、なんで」
「お前は自分の物を使うのに、いちいち理由を言うのか?」
男は背を向ける。
「お前は私に譲渡された、私の所有物であることを忘れるな。お前を生かすも殺すも私に委ねられているということもな」
「そ、そんな・・・」
「先程ご説明した通り、契約により、あなたは全ての権利を放棄しました」
小林が少年に近寄った。
「拒否する権利も、生きる権利も」
顔を近づけ、耳元で言う。
「全裸になりなさい。これはあなたの所有者からの命令です」
「僕の・・・所有者って・・・」
男の顔を見た。男の目を見た。その目は、少年を物としてしか見ていない、そんな冷たい目だった。少年はゆっくりと、着ていた服を脱ぎ始めた。
「もう一度言っておきます。あなたにはなんの権利もありません。生きる権利も拒否する権利も、眠る権利や食べる権利すらも。あなたが生きることも、眠ることも、食事をすることも、その他の全てのことも、あなたの所有者が決めることなのだということをしっかりと認識しておきなさい」
そう言って、小林は少年が脱いだ服を拾った。
「こんな物は、もう、あなたには必要ありません。ただの物なのですから」
少年はボクサーブリーフ1枚になっていた。その姿で小林を見る。彼等は何も言わない。そのまま時間が過ぎる。
「あなたは言葉を理解出来ないんですか?」
やがて、小林が言った。
「馬鹿ですね、本当に」
(なんだよ)
少年は思った。彼等が言った通り、少年は全裸になった。何が不満だろうか。
(全裸・・・)
「えっ」
少年は反射的に股間を手で押さえた。
「こ、これも脱げって言うの?」
「全裸という言葉の意味から教える必要がありそうですね」
小林が言う。
「あ、でも」
もちろん少年にも全裸という言葉の意味は分かる。だが、初めて会った男達の前で全裸になることには抵抗があった。
「嫌なのですか?」
「嫌って言うか・・・少し・・・恥ずかしい」
最後は小さな声になった。その声に応えるように、男が少し大きな声で言った。
「お前はただの物、私の所有物だ。嫌だとか恥ずかしいだとか感じる権利はない」
少年は男の顔を見た。男の言ったことの意味を理解した。嫌だとか恥ずかしいとか言う権利どころか、嫌だとか恥ずかしいと感じる権利すら、自分にはないんだと言われたことを。
少年を男達が見ている。少年はその視線を感じながら、ボクサーブリーフに手を掛け、それを下ろした。
「寄こしなさい」
小林が手を差し出した。脱いだボクサーブリーフを手渡す。小林が床に落ちていた他の服を指差す。少年は全裸のまま、それらの服を拾い集め、小林に差し出した。小林はそれを受け取ると、別の男にその服を手渡し、
「燃やしてしまいなさい」
そう命じた。少年は一瞬、服を抱えた男を見て口を開き掛けた。が、すぐに閉じた。一連のやり取りを見ていた男はふっと笑った。
「少しは自分の立場を理解したか?」
少年は何も言わなかった。
「そうだ。お前は理解などしなくていい。物なんだからな」
男が少年をソファに座らせた。ソファの前のテーブルが横にずらされる。
「足を上げろ」
ソファに尻を乗せたまま、少年は足を浮かせた。男はその足を持ち上げ、少年の体を少し引く。少年の尻がソファの端まで動く。そのまま膝の裏に手を掛けられ、膝を腹に押し付けられる。
「このまま足を抱えろ」
男に命じられるまま、足を抱える。
「丸見えだな」
男がわざと少年を恥ずかしがらせるように言う。が、少年は何も言わなかった。恥ずかしいと感じる権利もないのだから。
男は少年の前にしゃがむ。男の目の前に少年のペニス、睾丸、そして尻の穴がさらけ出されていた。
「たしか、自慰も、精通もまだだったな」
男が言った。
「分からないです」
少年が答えた。
「それは、自慰とか精通の意味が分からない、ということか?」
「はい」
男はチラリと小林を見た。
「確か、13才だったな?」
すると、少年と小林が同時に答えた。
「はい」
「さようでございます」
男は少年の顔を見る。
「誰かを好きになったことは?」
少年が少し首を傾げ、考える。
「キスをしたことは?」
「ありません」
「異性とも、同性ともか?」
「はい」
「セックスは?」
「ありません」
「まるっきりの未経験、それどころかまだ性に目覚めていないという訳か」
少年はまた首を傾ける。
「アナルを使ったことは?」
また少年が男を見つめる。
「尻の穴だ。尻の穴を使ったことは?」
「え・・・・・その、うんこ、するときに」
「そうじゃない。尻の穴になにか入れたことはあるかと聞いてるんだ」
「ないです」
男の質問の意図が少年には理解出来ない。いや、きっと理解する権利もないのだろう。ただ、聞かれたことに答える。拒否する権利はないのだから。
「そうか」
男が頷いた。少年の尻の穴を覗き込む。
(恥ずかしい)
少し足を閉じようとした。が、恐らく、恥ずかしがる権利も足を閉じる権利もないだろうと、男のなすがままになる。
「きれいなピンク色だ」
小林が何かを男に手渡した。
「では、始めようか」
手にしたローションから中身を指に取り、少年の尻の穴に塗り付けた。
|