3.亮太の場合

<3>
「ぐあぁぁぁ」
何かが身体を貫いた。背中の辺りから身体中に何かが。
「気が付いたか」
僕は俯せになっていた。顔の横には勇さんの足が見える。身体を起こそうとしたけど、動かない。
「まだ動けないだろ。痛みはどうだ?」
痛みは全くなくなっている。身体の奥の方の小さな重い痛みもない。僕は少しだけ首を左右に振った。
「それは良かった」
そして、背中が少し引っ張られるような感じがする。勇さんが何かを見せる。大きな針が2つ。針には線が付いている。
「これでお前の神経に電気を流した」
さっきのあの感じはそれだったんだ。
「まぁ、お前の神経を焼き切ったって感じだな」
(焼き切った?)
疑問が浮かぶ。でも、それを尋ねて良いのかどうか分からない。しかし、聞かずにはいられなかった。
「あ、あひょ・・・」
あの、と言ったつもりだった。ろれつが回らない。身体が動かないのと同じように、口も動かないのだろうか。僕の神経は焼き切られた。もうこのまま元に戻らなくて、一生動けなくてしゃべれなかったらどうしよう。痛みはないけど、それじゃ、ただ生きてるだけだ。そして、たぶんその生きてる間、勇さんの玩具にされるだけだ。
「心配するな」
僕の様子を見て察したのか、勇さんが言った。
「お前はもう、一生このままだ」
自分の顔が引きつるのが分かった。顔が歪み、目に涙が溢れる。
「って言うのは嘘だ」
笑って言った。
「まあ、俺もちゃんとした知識があってやってるわけじゃないから、どっかに障害が残るかもしれない。でも、たぶん大丈夫だ」
神経ブロックなんて、聞かない言葉を言ったり、実際に痛みをなくしてくれたりしたから、てっきり勇さんは医者か何か、そういう方面の人だと思っていた。でも、ちゃんとした知識がないって・・・そして、それで僕の身体をこんな風に・・・
「や、やら」
まだろれつが回らない。
「もろにもろひへよ」
「戻せって言われてもなぁ・・・戻し方知らねぇし」
やっぱり僕はずっとこのままなんじゃないか。また涙が溢れてきた。
「だから、大丈夫だって。しばらくしたら、ちゃんと動けるようになる。前もそうだったろ?」
「ひ、ひぃ・・・ひぃぃ」
泣きながらか細く呻いた。
「そんなに泣くな。ホントに動かなくしてやりたくなるじゃないか」
勇さんは笑顔であの針みたいなのを持ち上げる。
「いぃぃやぁ!!!」
声が出た。
「あ・・・」
「な、言った通りだろ?」
僕は頷いた。そして、ちゃんと言葉が出て来るのを確かめるように、その疑問をぶつけた。
「も、もう、僕、の、神経・・・ダメになったんで、すか?」
勇さんは笑う。
「前もそうだったように、しばらくしたら、また痛みを感じるようになる」
それを聞いてほっとする。でも、またあの痛みに襲われるんだ・・・
「もう・・・やです」
勇さんが僕の顔を見た。
「なにが嫌なんだ?」
「痛いのは嫌です」
「その時は、またブロックしてやるさ。ただし、お前がゲームで勝てば、だけどな」
またあれを繰り返すんだ。次はもう、左足しか残っていない。
「それも嫌です」
「じゃあ、どうしたいんだ?」
一瞬、殺して欲しいと言いかけた。でも死ぬのは嫌だ。どうしたいのか、どうなれば良いのか・・・
「家に帰して下さい」
「その身体でか?」
「はい」
右手首がなくても、右足がなくても、左手が使い物にならなくても、家にさえ帰してもらえればなんとかなる筈だ。
「お前、家に帰れると思ってるのか?」
もちろん、もう帰ることは出来ないだろう。心の奥では分かっていた。でも、それについて僕と勇さんが話をするのは初めてだ。そして、初めてもう家に帰ることは出来ないんじゃないかという現実を頭で考えることになった。
身体をこんなにされて、僕はこのままずっと玩具にされる。そして、きっと殺される。勇さんの言うことを聞いても、聞かなくても、たぶん結果は同じ。僕には他に選べるものはないんだ。答える代わりに、僕の目から涙がこぼれ落ちた。
「分かってるじゃないか」
勇さんは笑った。

「2回目のゲームをしてやる代わりに約束したこと、覚えてるか?」
「は・・・い」
「なにを約束したか、言ってみろ」
僕は答える。
「僕のちんこを勇さんに差し出します」
勇さんが僕のちんこを握った。
「じゃ、コレは俺のものだよな?」
「・・・はい」
「切ろうが刺そうが、文句は言えないわけだな?」
「・・・はい」
でも、すぐに小さい声で付け加えた。
「痛いのは・・・嫌です」
「そうか。今は痛みを感じないから大丈夫だ」
勇さんが立ち上がる。もう、どこに行くのかは分かっている、あの青いシートの所に行って、僕の、いや、今は勇さんのちんこに何かをするための道具を探しているんだ。
「ワンパターンだけど、やっぱりこれかな」
あのカッターナイフだった。
「嫌だ」
「嫌だじゃないだろ。約束も守れないのか?」
身体が震えた。確かに僕は、ちんこを勇さんに差し出す約束をした。
もう我慢出来ない。僕は声を上げて泣き出した。そんなことでは、何も状況は変わらないのは分かっていた。勇さんが僕の左手を自由にした。
「握れるか?」
僕は手を下ろして、自分のちんこの方に左手を持って行く。
「そうじゃない。カッターナイフの方だ」
勇さんは声を上げて笑う。
「そんなにしごきたいのか? まぁ、お前はセックスしたいんだもんな」
数時間前ならきっと恥ずかしくて顔が真っ赤になっていたと思う。でも、今はもう、そんなことはどうでも良い。勇さんが差し出すカッターナイフを、左手で握ろうとした。でも、指がほとんど動かない。
「やっぱダメか」
勇さんにとってはその程度のことだ。でも、僕にとっては左手ももうだめだってはっきりしたわけで、また涙が出て来る。
「しかたないな。とりあえず、勃起させろ」
「勃起って・・・」
こんなにされて、勃起なんてするわけがない。でも、勇さんは僕を見ている。僕は、勃起させなきゃならないんだ。
左手を股間に持って行く。握ろうとするけど握れない。指が触れる程度の状態で、腕を上下させる。ちんこに触れた指が上下に動き、ほんの少し、ちんこに刺激が加わる。でも、そんなんじゃ、勃起しそうにない。
「無理・・・です」
「無理じゃない。勃起させろ」
勇さんはカッターナイフを握っている。僕は切られるために勃起させなきゃいけないんだ。そんなの、勃つわけない・・・
でも、これが勇さんじゃなくて裕弥だったら・・・

裕弥が僕の手足をもぎ取って、お腹を引き裂いて、そして、勃起させろって言って・・・
裕弥に僕の身体を玩具にされて、それをずっと見られてるのなら・・・
身体の奥の方に小さな火だねが点った。
裕弥にダメにされるんなら・・・裕弥にちんこを切り取られるのなら・・・裕弥がそれを望むのなら・・・
僕のちんこがむくむくと大きくなる。
「おぉ」
勇さんが声を上げる。勇さんじゃない、裕弥だ。裕弥が僕を見ているんだ。裕弥に、切られるんだ。
ちんこは完全に勃起して、ビクビクと震えている。それを勇さんに・・・裕弥に見られている。
「すげえな。こんな状態で勃起するなんて。しかもフル勃起だし」
裕弥がそう言う。僕は顔が熱くなるのを感じる。裕弥が僕のちんこを握る。
「あっ」
思わず声が出る。
「興奮してるのか?」
(そうだよ、裕弥。凄く興奮してる)
勇さんがカッターナイフを僕のちんこの根元に当てた。僕は目を閉じる。裕弥がカッターナイフの刃を僕に押し当てて、すっと引いた。
「うっ」
「おわっ すげぇな、お前」
目を開く。勇さんが手を僕の前にかざす。その手は精液まみれになっていた。
「ペニス切られて射精するなんて、よほどの変態なんだな。お見それしたよ」
ちんこの方を見る。根元が血に染まっている。勇さんが勃起したままの僕のちんこを横に曲げる。根元が半分くらい切れているのが分かった。
「次は、縦に半分にしてやる」
また目を閉じる。ドキドキしている。裕弥がカッターナイフを持って、ニヤニヤしながら僕のちんこを握っている。先っちょに刃を当てる。刃がすっと僕のちんこに入る。
「うあっ」
僕は腰を前に突き出した。今度は言われなくても、見せられなくても分かる。また射精した。裕弥は僕の精液に塗れた手で、僕のちんこを縦に二つに切り分ける。根元が切り込まれていた方、左の半分は、僕の身体から離れる。
「ほら。見てみろ」
その切り取った部分を僕の顔の前に差し出した。
「口開けろ」
言われた通りに口を開く。そのちんこだったものの片割れを口に突っ込まれる。
「ちゃんと噛んで食べろよ」
かみ切れるような硬さではないけど、それでも僕は僕のちんこだったものを噛み締めた。
(どうせなら、裕弥にも食べて欲しかったな)
そう思うと、また勃起しそうになる、でも、もう今の僕のちんこでは、それは無理だろう。口の中の肉片を、無理矢理飲み込んだ。
この前何か食べたのっていつだったっけ・・・そして、これが最後の食べ物になるんだろうか・・・僕は終わりを予感していた。まもなく訪れる終わりを。



夜になる前に、ちんこの残りの半分も切り取られた。ずっと開けっぱなしのシャッターから、それを外に投げ捨てられる。勇さんの話だと、前に投げ捨てた僕の右手はなくなっていたらしい。きっとネズミか狸か何かが持って行って食べたんだろうと。
「じゃ、また明日、楽しもうな。それまで死ぬなよ」
勇さんはそう言い残してドアから出て行った。

一人になった。手足はまたフックに固定されている。お腹からは腸が少しはみ出したまま。またネズミに食べられるのかもしれない。何でこんなことになったんだろう・・・

誰かとセックスしたい。そんな気持ちはあった。でも、それだけだったら、いつも会ってる人にメールしたら良いことだ。なんでわざわざ知らない人とこんなことに・・・
そういえば、裕弥はちゃんとセックス出来たんだろうか。あの日は裕弥が初めて男の人とセックスする筈だった。まさか、裕弥も僕と同じようなことになってないだろうか・・・そもそも、裕弥が初めて感じるどきどきを、僕も久しぶりに感じてみたくなった。だから、知らない人に会おうと思ったんだ。裕弥が知らない人に会うことにしたから、僕も・・・裕弥のせいだ・・・
(違う)
そんな気持ちを断ち切るように、首を振る。その時、身体の奥の方に重い痛みを感じた。
「え・・・いやだ」
あの痛みが襲ってくる。しかも、まだ勇さんは帰ったばっかり。明日の朝までにはまだまだ時間がある。傷をなるべく刺激しないように、僕はじっとして身体を動かさないようにする。すると、またあの考えが思い浮かぶ。
(裕弥が男の人とセックスしてみたい、なんて言わなかったら・・・)
でも、それを勧めたのは僕だ。結局、僕が悪い。しかも、裕弥も同じようにされてるかもしれない。まさか、裕弥が会ったのも勇さんかもしれない。僕が悪い。僕が裕弥を殺したかもしれない。僕は・・・僕は・・・・・

「うううう」
痛みで目が覚めた。昨日の夜のことはあまり覚えていない。裕弥のことを考えていた様な気がする。そしていつのまにか眠っていた。そして、身体の痛み。手足の痛み、お腹の痛みと股間の痛み。なくなってしまったちんこのところが痛む。身体が焼かれるような痛みだ。しかも、どんどん熱く、どんどん広くなっていく。
「た、助けて・・・助けてぇ!!」
僕は叫んでいた。



「なんだ、憔悴してるな」
勇さんが来た頃には、意識はもうろうとし、声も枯れていた。
「た、助けて・・・」
それだけ言うのが精一杯だった。
「なんだ、痛むのか?」
勇さんは笑っている。笑いながら、僕の腹からはみ出た腸を足で突く。
「た、すけ・・・て・・・」
勇さんが僕の手足をフックから外す。でも、僕は動けない。
「じゃあ、次はなにを差し出す?」
またあのゲームをするつもりだ。あのゲームをするために、僕に何かを差し出せと言うんだ。今の僕に差し出せるもの・・・確か勇さんが言っていたのは、脳か、心臓か、目か、ちんこか、だった。ちんこはもう差し出した。あとは・・・
「それとも、そろそろ死ぬか?」
そうだ。それも選べるんだ。生きる事ばかり考えてた。でも、生きててこんなに辛いなら、生きててこんなに痛いなら、生きててこんなに壊されるなら・・・
僕は勇さんの顔を見た。答える勇気が出ない。
「まぁ、ゆっくり考えろ。実は朝飯まだでな。ここで済まさせてもらう」
青いシートの方に行く。ガスコンロとガスのボンベを持ってくる。それを僕の横に置く。シートの方にもどって、今度はヤカンを取り出す。それを持ったまま、ドアから外に出て行く。すぐに戻ってくる。ガスコンロにボンベをセットして火を点ける。その上にヤカンを置く。
背負っていたリュックサックから、カップ麺を取り出した。ビニールのシートを破って、準備をしている。
「お前も食うか?」
僕を見る。
「それどころじゃないか」
そう言って笑う。もちろん、僕が何を選ぼうとしているのかは知っているだろう。これから死を選ぼうとしている僕を見て笑っているんだ。
ヤカンから湯気が出ている。勇さんはカップ麺にお湯を入れて、ヤカンをまだ火が点いたままのコンロに戻す。
「そういや、お前、どういう食べ物が好きなんだ?」
どうでもいい話だ。僕は答えない。答えられない。
「反応薄いな。そんなに辛いか?」
分かっている筈だ。そして、それは全部、勇さんのせいだということも。
「まあ、好きな食べ物が分かったところで、もう食うこともないだろうがな」
勇さんがカップ麺をすする。時々僕を見る。そして、僕は覚悟を決めた。
「殺して・・・」
ようやく、その言葉を口にすることが出来た。
「え、なんだって?」
わざとらしく聞き返す。
「もう・・・殺して・・・ください」
切れ切れに、でも、残ってる力を振り絞ってはっきりと言った。
「まぁ、食い終わるまで待てって」
そして、笑う。僕が何をしようと、どうなろうと勇さんは笑っている。こんな奴に玩具にされて、こんな奴に殺してくれって頼まなければならないなんて・・・さっきの決心が早速揺らいだ。
「お待たせ。えっと・・・なんだっけ?」
空になったカップ麺の容器を床に置き、僕に近づいた。僕にはもう一度、あの言葉は言えなかった。
「さっきの、もう一度言ってみろよ」
死ぬ決心も出来ないのがくやしい。悔し涙が溢れる。
「ふん。まだ続きがしたいみたいだな」
勇さんは立ち上がる。湯気を出し続けているヤカンを手に取った。
「お腹を開いてからかなり時間が経つな。雑菌とかも入ってるだろうから、消毒してやる」
そして、ヤカンの中の熱湯を、僕のお腹の切り開かれた所に掛けた。
「ああああ」
身体が仰け反った。喉の奥から呻き声が湧き上がった。僕にそんな力が残っていたとは思えなかった。
「なんだ、まだ元気じゃないか」
身体の痛みが倍になった。
「おっと、気を失うなよ」
「殺して・・・殺してください」
いつのまにかつぶやいていた。それは、勇さんが僕の口元に耳を近づけないと聞き取れないくらいの小さな声だった。
「死にたいのか?」
「殺してください・・・」
「分かった」
ようやくこの苦しみから解放される。初めて勇さんに感謝した。
「でも、まだダメだ」
その言葉は僕の身体は傷付けなかった。でも、心に突き刺さった。
「いやだ・・・」
何故か目の前に裕弥の姿がちらついた。
「いやだ・・・いやだ・・・」
勇さんがガスコンロとボンベを青いシートのところに片付ける。そして、また斧を持って戻ってくる。
「左手出せ」
のろのろと左手を動かして、勇さんの前で止める。勇さんが斧を振り下ろす。ぶらぶらだった左の手首に突き刺さる。もう一度斧が振り下ろされて、左手が左腕から切り離される。
「立て」
身体を起こそうとする。でも、力が入らない。なんとか上半身を起こしても、右足は足首から先はなくなっている。立てるとは思えない。勇さんを見上げる。
「立て」
勇さんは繰り返した。手首だった所を床に押し付けて、残っている左足でなんとか立ち上がろうとする。全身に激痛が走る。もう、どこが痛いのか、何が痛いのかなんて分からない。ただ、痛い。勇さんが僕の腕を掴んで無理矢理立たせる。
「そのまま歩け」
シャッターの方を指差す。ほとんど左足だけで、跳ねるように歩く。その度に全身が痛む。シャッターを越えて、初めて倉庫の外に出た。
「おっと、それ踏むなよ」
勇さんが僕の足下を指差した。赤黒い何かが落ちている。すぐに分かった。僕のちんこだったものだ。そして、倉庫の建物に沿って歩かされる。普通に歩く勇さんの後を、倉庫の壁に身体をもたれ掛けさせながら少しずつ進む。今の僕に出来る精一杯だ。
「遅い。早く来い」
勇さんが建物の角のところで僕を待っている。早く、と言われてもこれ以上早く進むことは無理だった。やがて、勇さんが待っている場所にたどり着く。そのまま建物の角を曲がって、2メートルくらい進んだところで勇さんが指差した。
「あれ、なにか知ってるか?」
黒っぽい、小さな池のようなものがある。でも、そこから激しい臭いがしている。僕は微かに首を左右に振った。
「あれは肥だめだ。知ってるか?」
僕はもう動けない。勇さんが説明した。
「人の糞尿をああやって溜めて、発酵させて農作物の肥料にしたんだ、昔はな」
だから、こんなに臭いのか。
「もう、今の日本じゃそんなことはしないだろうし、肥だめも残ってない。けど、ここはひょっとしたら、日本で唯一残ってる肥だめかもな」
なんでそんな説明をしているのか理解出来ない。ただ、もう身体も動かない僕を引っ張り回して楽しんでいるだけなのだろうか・・・
勇さんが僕の背後に回る。左右の手首だった所に付いたままの手枷を一つにまとめる。手が背中で拘束される。
「もう少し近づいてみろよ」
背中を押される。身体が少しふらついた。勇さんが身体を支えてくれた。そのまま、あと数十センチくらいのところまで近づく。
「この臭い、これ以上無理だ。年々酷くなっていく」
僕の背中で勇さんが言う。
「今でも毎年、足していってるからな」
そして、背中を強く押された。僕の足では踏ん張る事が出来ない。そのまま僕の身体は斜めになって、肥だめの中に落ちていく。
「お前でたしか、6人目だ」
一瞬、勇さんの笑っている顔が見えた。笑いながら、そう言っているのが聞こえた。
ゆっくりと身体が傾き、そしてその中に頭から落ちていく。鼻から、口からそれが入ってくる。激しい臭いと気持ち悪さ。咳き込みそうになる。もがいて、もがいて、なんとか顔を出した。
「一つ忠告しておく。早く諦めた方がいいと思うよ」
勇さんが背を向ける。手が動かせない。必死でもがいても、少しずつ沈んでいく。
(こんな・・・こんな死に方なんて・・・・・)
激しい 臭いに咽せた瞬間、それを飲み込んでしまう。それが僕の身体に入ってくる。諦めるなんて出来ない。なんとかもがき続ける。勇さんが去って行く後ろ姿が見えた。
「助けて・・・助けて・・・助けてぇ!!」
でも、その叫びは誰にも届かない。
(死にたくない・・・嫌だ、こんなの・・・こんな風に死ぬのは嫌だ・・・)
やがて、僕は力尽き、沈んでいった。
(裕弥・・・・・)
裕弥の顔が脳裏に浮かんで、そして消えた。
 
      


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