僕は学校が終わると急いで家に帰ってきた。お父さんは既に家にいた。
「お父さん、ただいま帰りました」
書斎のドアの外から声をかける。すると、ドアが重々しく開いた。そのドアの奥からお父さんと、そしてお父さんの後ろに隠れるように見たことがない顔の子供がいた。
「お前の弟だ。今日から一緒に暮らすことになる」
お父さんはその子を前に押し出した。その子はただそこに突っ立って、俯いたままだ。お父さんも何も言わない。なんとなく重苦しい雰囲気が漂う。
「こ、こんにちは。初めまして」
そんな雰囲気を辛いと感じた僕は、その子に話しかけた。
「えっと……AHXWW8H67P2です」
すると、お父さんが言う。
「そんな名前じゃなくて、もう一つの名前で呼ばせてやれ」
僕の本名はAHXWW8H67P2だ。これは中央に付けられた僕の本名、本当の管理番号だ。でも、この家ではお父さんに付けてもらった名前がある。この家の中で、僕とお父さんの間だけで通じる名前。
「はい。僕は……トモロです」
それが僕のこの家での名前だ。
「敬語じゃなくていい」
お父さんはそう言って、その子の前にしゃがみ込んで顔を同じ高さにした。
「いいか。お前のお兄ちゃんだ」
そして僕の顔を見上げる。弟と呼ばれた子も僕を見上げる。
「お、お兄……ちゃん?」
「そうだ」
お父さんがその子の頭を撫でた。そんなお父さんを初めて見た。
「お前にも名前を付けないとな。そうだな……お前はクルムだ」
「クルム……」
その子が自分の新しい名前をつぶやく。
「さあ、兄弟仲良くするんだぞ」
お父さんはそう言ってその子の背中を押す。少しおどおどしながら、その子が僕の方に近づいた。
「お父さん……」
僕は戸惑っていた。
「弟って……僕より年下なんでしょ?」
「ああ。二つ下だ」
僕は学校で教わったことを思い出していた。
「それって、つまり……」
お父さんがその子の後ろから、その小さな両肩に手を置いた。そして、僕を見た。
「なにか違うか?」
僕にはお父さんの質問の意図が分からなかった。
「私とこの子、それにお前。なにか違うというのなら言ってみなさい」
確かに見た目は同じ。でも、やっぱり違う。
「だって、作られたんでしょ?」
僕もお父さんも人類から生まれた。でも、その子は人類によって作られた存在、クローンだ。
「だから、それでなにが違うと言うんだ?」
「それは……作られたんだから、作った人類のための存在で」
教科書にはそんなようなことが書かれていた。そして、彼等クローンの存在理由も。でも僕はそれを口にすることは出来なかった
「じゃ、人類から生まれた我々は、人類のための存在じゃないのか?」
その子は少し不安そうな顔で僕等を見上げている。僕は答えられなかった。そして、僕は目を伏せた。お父さんは僕の答えをしばらく待って、そして何も答えられないでいる僕に対して言った。
「別に中央の考えに異を唱えるつもりはない。だが、この家の中では、人間として同じ存在である以上、同じように扱うし、本来はそう有るべきだと思っている」
そして、僕の顎に手を掛けて、顔を上げる。
「お前も、クローンだからって差別や区別をせず、同じ人間として平等だと思って欲しい」
学校で教わったことと違う。でも、確かにその子を見る限り、何も僕等と違う所はない。区別する理由が分からない。だったら、お父さんの言う通りにすればいいんだ。
「この子は……クルムはお前の弟だ。それでいい」
「分かりました」
そして、僕に弟が出来た。
子供がいる家はほとんどない。いたとしても、一人だけだ。兄弟というものは教科書の中でしか知らなかった。だから、弟がどういうものかは分からない。最初はぎこちなかった僕とクルムだったけど、しばらくすると、普通に友達のようになり、そしていつしか、友達以上の関係になった。それが兄弟というものなのかどうかは分からないけど、でも、お父さんと同じ家族なんだと感じるようになっていた。
(夢?)
クルムと初めて会った時の夢を見ていたようだ。確か3年前。なんとなくまどろみながら、その夢のことを考えた。
(やっぱりお父さんが正しかった)
僕はクルムが大好きだ。確かにクルムはクローンで、中央は人類とは区別している。でも、僕の家ではクルムはクルム、僕の弟だ。
(僕の弟……)
そんなクルムの顔を久しぶりに見ることが出来たのが嬉しかった。僕の任務を見て、少し驚いたみたいだったけど、でも、僕は頑張って任務に就いている姿をクルムに見せることが出来て嬉しかった。
目を開く。機械のすぐ横にクルムが立っていた。
「クルム……」
僕は手を伸ばした。
「兄ちゃん」
クルムの顔がぱっと明るくなり、そして僕の横にしゃがみ込んだ。他の人達は何かチェックしたり、持っているクリップボードに書き込んだりしている。
「なんかね、凄いことになってるよ」
少し頭を起こして周りを見る。確かになんとなく慌ただしい雰囲気だ。でも、何が起こっているのか誰も教えてくれない。
「お父さんは?」
部屋にはいなかった。
「所長さんとどこかに行った」
「そっか」
僕はまた目を閉じる。
「兄ちゃん……」
クルムの心配そうな声がする。僕は左手を挙げる。その手を誰かの手が包み込む。見なくても分かる。クルムの手だ。僕はその手を握る。
「大丈夫だよ。心配いらない」
クルムの手は、他の誰よりも温かい。それが僕の弟の暖かさだ。すぅっと意識が遠のく。
(心配してたのは僕の方かも)
クルムの手の暖かさを感じながら、僕はまた夢の中に落ちていった。
誰かに抱かれている微かな記憶。その腕は柔らかく、良い匂いがしていた。たぶん、僕の最初の記憶。
次の記憶は学校に入学するときだ。お父さんに連れられて僕は校長室に行った。そこには何人か、僕と同じように父親に連れられて来た子がいた。
「最後の世代、貴重な子供達を受け入れる事が出来、喜ばしいことです」
最後の世代、僕等は時々そう呼ばれている。当時、僕はその言葉の意味を知らなかった。そこにいた他の子もそうだったと思う。僕等、最後の世代と呼ばれる人間、2168年生まれの人間は、全部で6人しかいない。それが、この星で最後の『女性から生まれた人間』、つまり最後の『人類』を意味する言葉だということを知ったのは、それから何年か経ってからだった。だから、僕より年下の『人類』は存在しないんだ。
教室で先生の話を聞いている。
「雌の絶滅の翌年から、世界統制中央機関はヒトのクローンの作成に着手し……」
僕より一つ年下の人間はこの星には存在しない。二つ年下の人間は存在している。つまり、僕が生まれてから……雌が絶滅してから2年後、ヒトのクローンが作り出されたということだ。僕より二つ年下のクルムはそういうことだ。人間だけど人が作ったもの。人類じゃない。人類とクローンは見た目は全く同じだし、何も違いがないように見える。ただ一つ、生殖能力がない、ということ以外は。
その意味を知ったのも、だいぶ後になってからだった。それは、射精してもその精液の中に精子が存在しない、ということだ。だから、クローンが作られる意味というのは……僕等は学校でそれを教えられた。クルムが僕の弟になる少し前のことだった。
目が覚めたとき、僕はいつもの場所にいた。お父さんとクルムはいなかった。でも、所長さんとHNAKC8S21さんが機械の横に立っていた。僕は機械の上に仰向けになったままだった。あの、しているときの音が聞こえない。喘ぎ声も聞こえて来ない。いつもと違っている。誰も何も言わない、静かに時間が過ぎる。
と、少しざわつき始めた。そっちのほうに顔を向けると、何人かに囲まれて、背の高い、ちょっと他の人とは違う服装の人が入ってきていた。
その人が、状況報告会で最高射精回数の発表の時に使う壇に上がる。所長さんがその人の方を見て、深々と一礼した。そして、小声で僕に言った。
「世界総帥ですよ」
マイクのハウリングの音が一瞬響いた。すぐにマイクを叩くポンポンという音。そして誰かがマイクを使って言う。
「今日、この素晴らしい日に世界総帥のご臨席を賜り、これ以上の悦びはありません」
部屋が少し暗くなる。壇に上がっている世界総帥にスポットライトが当たる。低い、でも良く通る声で世界総帥は話し始めた。
「今、この世界は、皆も良く知っている通り、絶滅の危機に瀕している」
学校でも教わったことだ。昔は雌という種族がいて、僕等雄と雌がつがいになることによって、子供が出来、種は保たれ、繁栄してきた。でも、最終戦争の影響で雌という種族はもう10年以上も前に絶滅し、だから子供も出来なくなり、僕等は絶滅するしかないという状態なんだって。
「しかし、今日、新たな可能性が得られたことを、この人類強制進化促進センターからの報告で知ることが出来た。我々人類の新たな進化の可能性が」
どよめきが湧き上がる。
「それは」
急に僕の周りが明るくなった。
「彼、AHXWW8H67P2だ」
「おぉぉ」
みんなが声を上げる。機械に固定された人も、そうではない人も、みんな僕を見ている。もちろん、機械に固定された人は実際に僕を見ることはほとんど出来ない。でも、首を上げてこっちを見ようとしている。
「彼が出した精液を分析した結果、これまでのどのパターンとも異なるDNAが検出された。それを用いてクローンによる促進実験を行った結果、人類に新しい臓器が出来る兆しが得られた」
「おぉぉ」
またどよめきが。
「分かるか、諸君。人類にまた子供が出来る可能性が得られたのだ」
パチパチという拍手の音に混じって、拍手が出来ない人達が拳を機械に打ち付ける音が聞こえてくる。
「神の子、AHXWW8H67P2、立ちたまえ」
「ほら、立ちなさい」
小声で所長さんに促された。僕は機械の上に立ち上がった。
「そして、彼の進化のきっかけとなったのがHNAKC8S21君だ」
HNAKC8S21さんが僕の横に立った。
「彼等にもう一度祝福を」
また拍手と拳を打ち付ける音。
「では、改めて人類の新たな可能性を見せてくれ」
部屋がしんと静まりかえった。いつの間にか、みんな機械から解放されて、体を起こして僕等を見ていた。中には学校で友達だった奴もいる。そんな奴は、僕に向かって親指を立てて見せてくれる。僕は機械の上に立ったまま、どうすればいいのか分からなかった。
「総帥がご所望だ」
所長さんが小声で言った。HNAKC8S21さんが僕の背中の方に回る。僕の腰を掴んで、太いペニスを入れてきた。
「あっ」
一気に根元まで入れる。そのままゆっくりと腰を引き、他のみんなに見せつけるように、またゆっくりと奥まで入れる。
「うぅ」
背中からHNAKC8S21さんが僕を抱き締める。僕はその太い腕を手で掴む。HNAKC8S21さんは腰だけを動かして、僕の中に太いペニスを出し入れする。少しずつ気持ち良くなる。僕のペニスはずっと起ちっぱなしだ。そのペニスがHNAKC8S21さんの動きに合わせて揺れている。徐々に太いペニスが入ってくるのが早くなる。HNAKC8S21さんが体を離す。僕の腕を掴んで、少し屈むようにして、僕のアナルを太いペニスで突き上げてくる。
「ふあっ」
体が持ち上がる感覚。そして、僕のアナルがHNAKC8S21さんの太いペニスで一杯になる。徐々に僕の体を突き上げる力が強くなる。実際に足が浮きそうになる。足をHNAKC8S21さんの足に絡ませる。HNAKC8S21さんは僕の腕を背中で掴んで体を持ち上げる。足が機械から離れる。僕の体は足をHNAKC8S21さんの足に絡めた状態で、腕を掴まれ、持ち上げられていた。そして、アナルの奥まで入ってくる。そのまま腰を僕のお尻に打ち付ける。
「うあっ」
機械に拘束されて入れられていた時よりも気持ち良い。HNAKC8S21さんは僕の体を下ろし、背中から抱き締め、体を起こす。僕のペニスがビクビクと揺れる。HNAKC8S21さんにアナルに入れられながら勃起し、揺れているペニスをみんなが見ている。そして、そこから特別なDNAを含んだ精液が噴き出すのをみんな楽しみにしているんだ。HNAKC8S21さんの動きが速くなる。
「あぁっ」
腕を背中に回して、HNAKC8S21さんの腰に添える。HNAKC8S21さんが僕の腕を離し、腰に回した手に添える。体がふらつく。HNAKC8S21さんの激しい動きに立っていられそうにない。すると、それを察したのか、HNAKC8S21さんが僕を機械の上に四つん這いにした。そのまま僕のお尻に打ち付ける。太いペニスが僕の中を押し広げる。
「はぁぁ」
気持ち良い。今までよりもずっと気持ち良い。機械から解放され、アナルに入れられるのがこんなに気持ちいいなんて……
やがて、HNAKC8S21さんのペニスを中心にして、僕の体に何かがじわじわと広がり始めた。じっとしていられない感じがする。そして体が勝手に動き出す。HNAKC8S21さんのペニスに自分のお尻を押し付けるようにして、そしてそこを中心として体を揺らす。HNAKC8S21さんが腰を僕のお尻に打ち付ける度に、体中に電気が流れるみたいに気持ち良さが伝わっていく。
「うあっい、いくっ」
びゅっびゅっと精液が僕のペニスから弧を描いて飛び散った。みんなが拍手をする。3回、4回と射精しても勢いは衰えない。HNAKC8S21さんもアナルで動き続けている。僕は途切れることなく2回目のその瞬間を迎える。射精する。また拍手。
「ああ、あ……」
僕のペニスから白い弧が描かれる。その着地点で、白衣を着た人が僕がまき散らした精液を何かで試験管に集めている。いつの間にか、総帥がすぐ近くに来ていた。そして、白衣の人から試験管を受け取る。それを頭の上に掲げる。
「これが、人類の宝だ」
その部屋にいる何百人という人が一斉に拍手する。
「良くやった」
総帥が機械に上がり、僕の肩に腕を回して言った。そして、僕は抱き締められた。
「良くやったな、息子よ」
そう耳元で囁いた。
ふと、機械の下から視線を感じた。背が高くて痩せ型の、目が鋭い人が僕を見上げている。
(この人、MJYK7H64さんだ)
そう直感した。僕と目が合うと、その人はすっと目線を外した。少し嫌な感じがした。
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