第U部 クルム


「皆さんは、人類存続のための重要な資源であるということに誇りを持って下さい」
教官は、僕等の顔を順に見ながら言った。皆、どんよりとした目をしている。
ここ、飼育施設では、僕等はみんな首輪を付けられていた。首輪には鎖が付いていて、その先は金属のリングに繋がっている。金属のリングは長い金属の棒に通されている。その棒には同じように首輪に繋がったリングがいくつも付いていて、つまり、みんな金属の棒に繋がれて並んでいる。金属の棒は僕等の施設の端から端まで通っていて、そこに20以上が僕と同じように繋がっていた。
僕等の最初の記憶はたぶんみんな同じだ。今のこの光景。物心ついた時に見た光景は、今も変わらず僕等の目の前にある。
「クローンは、人類のために尽くします。人類の繁栄のために命を捧げます」
飼育施設では、僕等は朝一番にそう唱和する。
そう、僕等はクローン。
そして、僕等は人類の食料になるために飼育されている。

僕等が育った所は食料を育成するための施設で、環境は決して悪くはない。明るくて、清潔で、食べ物もちゃんと与えられた。教育だって……なんで食料に教育が必要なのかはよく分からないけど……ちゃんと読み書きや計算だって教えられていた。
僕等はずっと食料になるということを教え込まれてきた。毎日毎日、まず唱和。そして、食料としての心構えの実行から1日が始まる。体を清潔に保ち、心身共に健全であること。教官は食料となることに誇りを持てと僕等に教え込んだ。そして僕等はそれが、僕等が存在する理由であり、僕等が生きる理由だと理解した。
教官はヒトだった。僕等と変わらない姿で、同じように話し、同じように笑い、同じように怒る。でも、違うんだ。僕等はヒトとは違うし、ヒトになることは出来ない。
僕等はクローン。
人類の食料になるために作られた物なんだ。

別に食料になることに不満はなかった。同じように見えても、あっちはヒトで、僕等とは違うんだって思ってた。いや、そう教えられて育ってきた。それが正しいかどうかなんて考えた事はなかった。
お父さんと出会うまでは。

もう3年くらい前になる。
金属の棒に繋がれた僕等の前に、見たことがないヒトが立っていた。それが、お父さんだった。お父さんは僕等クローンを一つ一つじっくりと見て歩いた。みんな、教官以外のヒトを見たことがなかったから、どうすればいいのか分からなかった。じっとそのヒトの顔を見ている奴、時々ちらちらとそのヒトを見るけど、目が合いそうになるとすっと目を反らす奴、そして俯いて目を合わせない奴。僕は3番目だった。ずっと俯いて、裸足の足の指を見つめていた。
「君、顔を上げなさい」
そう言われて、僕はおずおずと顔を上げた。そして、近い将来お父さんと呼ぶことになるヒトの顔を初めて見た。

どうしてクローンに教育が必要なのか。
それまでは考えてみた事もなかった。でも、お父さんと出会ってから、少し理由が分かったような気がした。クローンに教育が必要な理由……それは身の程をわきまえるためだ。
「君、顔を上げなさい」
お父さんになるヒトにそう言われて、僕は顔を上げた。そのヒトが僕の顔を見つめる。僕は目を反らしたかったけど、たぶん、そうしちゃいけないんだと思った。そのヒトと目を合わせる。そのままずっと……僕には何時間にも思えたけど……顔を見つめ合った。
「この子です」
そのヒトは僕からすっと目を反らし、教官に向かって言った。
そして、僕はそのヒトの息子になることになった。

なぜ僕だったのか……考えてみても、僕の知識ではその理由は分からなかった。たくさんのクローンの中から、一つだけ選ぶっていう感じじゃなかった。まだいくつもクローンはいたのに、僕を見て、そしてお父さんは『この子だ』と言った。それは、僕を探していたということだ。他のクローンじゃなくて、この僕を。
お父さんはその理由を言ったことはない。僕もそれを尋ねたことは一度もない。たぶん、尋ねてはいけないことなんだ、そんな雰囲気を感じ取れる程度の知識は僕にもあったから。でも、一つだけはっきりしていたのは、僕は食料なんだってことだ。僕はクローンなんだから。

そして、お父さんの家に連れて行かれた。その日、その時の他のクローン達の表情は忘れられない。みんな、僕は食料になるために連れて行かれると思っていた。僕だってそうだ。この施設から初めて食料として連れて行かれるのが僕なんだって思っていた。みんなは興味津々で、でも少し怯え、期待に満ち、そして哀れんだ目をしていた。たぶん僕は怯えた目をしていたと思う。

兄ちゃんと初めて会った。初めて見る、僕とあまり年齢の変わらないヒトだった。
(このヒト達に食べられるのかな)
当然そうなるんだろうと思っていた。

「クルム!」
兄ちゃんは、学校から帰ってくると、カバンを置いてすぐに僕の部屋のドアを開けて顔を覗かせる。
「兄ちゃん、お帰り」
僕は机の上で広げていた本を閉じる。この本はお父さんから借りた本だ。ずいぶん昔、まだ地上で生きていられた時代に書かれた本で、空想の冒険を描いた本だった。とても楽しい本で、いつもワクワクしながらページをめくっていた。でも、兄ちゃんと一緒にいるのは本を読むよりももっと楽しい。だから、兄ちゃんが僕を呼びに来てくれたときは、兄ちゃんが最優先だ。
「今日はどこまで読んだ?」
僕と兄ちゃんは、家の近くの公園の芝生の上で話をする。いつも、僕が読んでいる本の事を聞いてくる。僕は今日読んだところを兄ちゃんに話す。
「上の世界ではね、天井が青くて、空って言うんだよ。そこに白い綿みたいな雲ってのが浮いててね……」
兄ちゃんは楽しそうに聞いてくれる。僕はそんな兄ちゃんが大好きだ。

でも、僕は食料だ。
それを忘れたことは一度もない。お父さんは家では僕を兄ちゃんと全く同じように扱ってくれた。首輪で繋ぐようなことはなかったし、ちゃんと勉強もさせてくれた。でも、僕はクローンだ。だから、お父さんの家に引き取られた翌日、初めてお父さんと、兄ちゃんと一緒に朝食を食べる時も、あの毎日の唱和を繰り返そうとした。
「クローンは、人類のために」
「やめなさい」
お父さんが僕を遮った。僕は何か間違ったことを言ったのかもしれないと思って、少しおどおどした。でも、いつも飼育施設でしていたことだ。間違えることはないと思う。
「ごめんなさい。クローンの心得、なにか間違えたでしょうか?」
「ここではクローンだということは忘れなさい」
お父さんが少しきつい口調で言った。兄ちゃんがお父さんの顔を見、そして僕を見た。
「でも、僕は」
「私はクルムもトモロも同じだと思っている。それだけだ」
少しの間、誰も何も言わなかった。そんな沈黙を破ったのは兄ちゃんだった。
「クルムは僕の弟だよ」
そして、朝食のテーブルの、お父さんの正面から少し椅子をずらした。
「ほら、クルムはここ」
兄ちゃんは、空いたテーブルのスペースを手でパンパンと2回叩いた。僕はそこに椅子を持って行って座った。横で兄ちゃんが僕を見て笑う。僕もなんとなく笑う。
「ほら、クルム、食べよ!」
兄ちゃんが自分の食べ物を頬張った。僕も同じようにする。そして、僕の毎日が変わった。
だからといって、僕がクローンであることは変わらない。それも分かっていた。
お父さんのところに引き取られても、飼育施設には毎日通っていた。それはクローンの義務だから。いくらお父さんの家ではクローンであることを忘れろと言われても、世界統制中央機関が決めたことは守らなきゃならない。僕はクローンなんだし。
それは兄ちゃんが任務について、特別な成果を上げて、今のこの家、世界統制中央機関の建物の一部に住むようになっても変わることではなかった。

施設から帰ると、僕の部屋にも兄ちゃんの声が聞こえていた。今日もHNAKC8S21さんが来ている。隣の部屋で兄ちゃんは任務をこなしている。いつもなら真っ先に兄ちゃんの部屋に顔を出すけれど、今日は兄ちゃんとHNAKC8S21さんの任務を邪魔したくない。僕は宿題を片付けようと、ノートを広げた。
「あ……ん」
兄ちゃんの声。そして、HNAKC8S21さんの声も聞こえる。
「君の中は暖かくて最高だよ」
「トモロって呼んでって言ったでしょ」
その兄ちゃんの声を聞いた時、何かが僕の心臓をぎゅっと握った感じがした。しばらく動けなかった。僕の心臓がドキドキしている音と、HNAKC8S21さんの声だけが聞こえる。
「トモロの体、気持ちいいよ」
「トモロも気持ちいいんだろ?」
「このまま一気に行くよ」
僕はノートを閉じて立ち上がった。



今日も僕の部屋にHNAKC8S21さんが来た。僕は機械の上に仰向けに横になる。機械が僕の体の状態を検知して、股間に管のような物が伸びてくる。それはとても柔らかいゴムみたいなもので、僕のペニスを包み込んで収縮する。HNAKC8S21さんはいつものように僕を見て、そして僕の足を持ち上げ、アナルに太いペニスを入れてくれる。

あれから3ヶ月。僕を取り巻く環境が変わってきていた。機械は新しい物に変わって、前のいかにも機械って感じからちょっと機械っぽいベッドというようなものになった。食生活も良くなった。前は肉なんて、誰かの誕生日に配給されて食べるくらいだったのが、今はほとんど毎日食べられる。それは僕が世界総帥の子、神の子だからそうなのかもしれない。それとも、この世界が良い方向に向かっているのか……
そして、何より変わったのが、毎日何時間もアナルに入れられなくても良くなったってことだ。MJYK7H64さんはあれ以来一度も来ていない。他の人も何人か決まった人ばかりになった。今日もすでにお昼に近い時間だけど、まだHNAKC8S21さんが一人目だ。だいたい1日2人か3人。射精回数も20回もいけばいいほうだ。そんなふうになった理由をHNAKC8S21さんに聞いてみたことがある。
「詳しくは言えないけど、あれからトモロのような特別な子が何人か現れたんだ。それで、人をそっちにも振り分けてるから足りなくなってきてるらしい」
だから来る人が減ってるってことだ。なんだか少しくやしく思う。僕だけ特別だったのが、僕以外にもなんて……
「でも、こうやってゆっくり出来るようになったから、俺はこの方がいいかな」
確かに、前は入れられて射精して、精液を採取されることが目的だった。今でもその目的は変わってないけど、それ以外の目的を持つ余裕が出来ている。
「前の続き、話してよ」
前からよく入れてもらって結構仲良くさせてもらってたHNAKC8S21さんとも、前以上に仲良くなっている。もう、友達みたいなものだ。
「前はどこまで話したっけ?」
「地上に行けるって噂のはしごがあるってとこまでだよ」
HNAKC8S21さんが僕くらいの年齢の頃の話をしてもらっていた。HNAKC8S21さんが子供の頃は、今ほどは管理が厳しくなくて、時々地上近くまで行ってみたり出来たということだった。もちろん、そんな所を大人に見つかったら大変な事になった筈だけど、幸いにもHNAKC8S21さんは一度も見つからなかったらしい。
「あの頃は……」
ゆっくりと太いペニスが入ってくる。
「まだ雌も絶滅する前だったけど、もう女死病はかなり広がってて、とにかく絶滅を防ごうって時代だったんだ」
ゆっくりと腰を動かしながら言う。
「今は、トモロみたいに12才になると任務に就くけど、昔は、俺が子供の頃は、精通すると……精通って知ってるか?」
「もちろん」
僕は学校で教えてもらったことを思い出す。
「精液が出るようになることでしょ?」
HNAKC8S21さんは頷いた。
「精通すると、雌と性交することが義務づけられてたんだ」
「HNAKC8S21さんもしたの?」
「もちろん」
そう言いながら、僕のお尻の奥の方まで入ってくる。
「俺は早かったから……9才だったかな」
正直、僕とそんなに時期は変わらない。僕は10才で精通した。それをHNAKC8S21さんに言うと、HNAKC8S21さんは少し笑った。
「今は昔に比べて精通する年齢がどんどん下がってるから、遅い方だろ」
遅い方と言われると、なんだか少し嫌な気分だ。
「今は薬で精通を早めるようになってるからな。でも、トモロのお父さんならそういうことはしなかったのかもしれないな」
僕はHNAKC8S21さんの顔を見上げた。
「トモロのお父さんは、なんて言うか……今はみんな中央の考え方だけが正しいって思ってる人ばかりだけど、トモロのお父さんはそうじゃなくて、自分の考えを持ってる人だと思うからな」
「でも、それって良くない事なんじゃないの?」
世界統制中央機関に忠誠を誓い、尽くすこと。それが学校で最初に教えられることだ。
「人に言われることだけ信じて従うんじゃなくて、自分の考えをちゃんと持つってことは悪いことじゃないと思うよ。まぁ、あんまり中央に知られない方がいいんだろうとは思うけど、でもトモロのお父さんは上級一等市民で大尉さんだし、二人目を育てることを許可されてるんだから、中央にも認められてる人なんだと思う」
HNAKC8S21さんは動きを止めて言った。
「それはトモロのような最後の世代の一人の育成を任されたことでもそう言えると思う」
僕はHNAKC8S21さんの腰の辺りに手を当てて、そこを引き寄せるように力を入れる。HNAKC8S21さんがまた僕の奧に入ってくる。
「トモロの家族は特別なのかもしれないね」
「もう、その話はいいから……」
HNAKC8S21さんは少し笑う。そして、真剣な表情になると、僕のお尻を突き始めた。
「ああ……」
僕の奧のスイッチが入ったみたいに、体が感じ始める。そうなると、僕の体は外側も内側も敏感になる。HNAKC8S21さんの手が僕の胸を撫でる。
「あ……ん」
くすぐったいようなぴりぴりするような感触。それが体中に広がる。
「君の中は暖かくて最高だよ」
HNAKC8S21さんが言う。
「トモロって呼んでって言ったでしょ」
HNAKC8S21さんにはそうお願いしていた。家族以外ではHNAKC8S21さんだけだ。お父さんが僕に付けてくれた名前、家族だけで通じる名前だ。
「トモロの体、気持ちいいよ」
「僕のお尻の中が?」
「違うよ。肌だってすべすべだし、こうやるだけで気持ちいい」
そう言いながら僕の肘から肩を撫でる。またぴりぴりと体が反応する。
「トモロも気持ちいいんだろ?」
無言で頷く。
「じゃ、このまま一気に行くよ」
僕の体はそれを望んだ。でも、もっと長くHNAKC8S21さんと一つでいたかった。
「その前に、続き話してよ」
HNAKC8S21さんが意外そうな顔をする。
「だって……途中までだったから」
HNAKC8S21さんが、しかたないなぁ、というような顔をする。僕はその表情を見つめる。
「どこまで話したっけ?」
「精通がってとこ」
「ああ、そうか。トモロは遅かったってところまで話したんだな」
「ああもう、僕の事はいいから」
HNAKC8S21さんは笑い、そして続きを話してくれた。
「だから、俺は9才で精通して、すぐに雌と性交し始めて、でも、何年か経ったら雌は絶滅危惧種ってことで中央に管理されるようになって、それからはもう、雌を見ることはなかったなぁ」
「その頃から今みたいに太かったの?」
僕は手を伸ばして、僕に入ったままのHNAKC8S21さんのペニスに触れた。
「今程じゃないけど、太いとはよく言われたかな」
その太いペニスで僕とHNAKC8S21さんは繋がっている。
「雌とするのと僕とするの、どっちがいい?」
「今はトモロとするのが一番いいかな」
僕は笑顔になる。
「僕もHNAKC8S21さんの太いのでしてもらうのが一番いいよ」
すると、HNAKC8S21さんが僕に覆い被さって言った。
「いいのか、クルムが怒るぞ」
確かにクルムに入れてもらうのは気持ちがいい。あれからも時々クルムに入れてもらっている。前は次から次へと人が来て入れられてたからそんな余裕はなかったけど、今は2、3日に1回くらいはクルムにも入れてもらっている。
「だってクルムは……」
そこまで言いかけたときに、ドアが開く音がした。
「兄ちゃん」
ドアが開いてその向こうからクルムが顔を出した。施設から帰ってきたんだ。さっきの話を聞かれなくて良かった。
「お帰り、クルム」
「やあ、お帰りなさい」
僕とHNAKC8S21さんが同時に言った。
「じゃあ、そろそろ俺は本気で」
そして、HNAKC8S21さんが僕の中で動き出す。僕の奥まで入ってきて、そこを激しく突いてくれる。やがて、また僕に覆い被さった。
「今日はなかなか行かないんだな」
僕の頭を抱きかかえ、腰だけを激しく動かす。
「んあ……」
HNAKC8S21さんが呻いた。
「あ、いくっ」
その途端、僕は射精した。
そんな僕等を、クルムがじっと見つめていた。
 
      


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