相原君は少し呆れたような顔をして、部室から出て行こうとした。
「待て待て待て」
ボスこと加賀見君が引き留める。
「まだ事情聴取の途中でしょ」
「こんなヤバいところにいられるかよ」
依頼人の相原君がIT。こと伊東君の顔を見て言った。ついさっき、相原君はIT。に頬にキスをされたばかりだ。
「まあまあ、あれはIT。の挨拶みたいなもんだから」
エージェント・スミスこと三澄君が言う。
「三澄君・・・君も、だよね?」
「僕は普通のゲイ、IT。はキス魔ゲイだよ」
「なに、その暗黒魔王みたいなのは」
エージェント・スミスはゲイであることを公言していた。IT。も別に隠してはいなかった。そして、IT。は気に入った男子にはキスをするという、キス魔なのだ。
「ま、道端の小石に蹴躓いたようなもんだから」
ボスが取りなそうとする。
「で、どこまで聞いたっけ?」
IT。がパソコンの画面を見る。
「『相原君はエージェント・スミスの趣味じゃない』ってとこまで」
「そんなこと、関係ないだろ」
ボスがポケットに手を突っ込む。一応、かっこつけているつもりらしい。
「何が手がかりになるか分からない。僕ら探偵は、どんな些細なことでも見落とさないんだよ」
「いやいやいや」
相原君は顔の前で手をひらひらさせる。
「絶対関係ないでしょ、さっきのこと」
「よし、現場検証するぞ」
そんな相原君を無視して、ボスが言った。PCの前で画面に向かっていたIT。が立ち上がる。
「えっと、2−1だったよね?」
軋むドアを開け、部室から出る。
「ほら、行くよ?」
エージェント・スミスが相原君の肩を後ろから押す。
「お、俺もかよ」
「当事者抜きで検証はできないでしょ」
そして、彼ら4人は2年1組の教室に向かった。

すでに放課後のその時間、教室には数人の生徒しか残っていなかった。
「で、相原君の席はどこ?」
IT。が尋ねる。相原君は教室の一番後ろの窓側の席を指差す。
「へぇ、いいところじゃん。ちなみにエージェント・スミスは?」
「部室以外でその呼び方するな」
エージェント・スミスは低い声で言い、そして教室の少し右よりの後ろから3番目の席を示した。
「で、当日のその時刻、エージェント・スミスは何してたの?」
IT。が尋ねる。
「俺かよ」
「容疑者の一人だね」
「俺は・・・俺だって水泳の前だから着替えてたよ」
「裸になって?」
「もちろん」
「全部脱いで?」
「ああ、そうだよ」
「にひっ」
IT。がいやらしく笑った。
「あいつ、ホントに大丈夫か?」
相原君がボスに小声で尋ねる。
「さあ」
ボスは肩をすくめる。
「それより、相原君はここで着替えてたんだよね」
エージェント・スミスが相原君の席の後ろに立つ。
「そうだよ」
エージェント・スミスが周りを見回す。
「その時近くにいた奴は?」
「みんな、自分の席で着替えてた・・・と思う」
IT。がなにかメモを取った。
「少なくとも、すぐ近くには誰もいなかった」
「いなかった、と」
それもメモする。
「じゃ、その時の様子を再現するから、脱いで」
ボスが言った。
「えっと、ここに立って」
そして、ズボンを脱ぐ振りをする。
「こうやって脱いで」
「ちゃんと脱ぐ」
ボスが言った。
「・・・・・え?」
「全然再現になってない。それに、上、着たままだったの? 本気で再現する気ある?」
「そこまでする必要あるのかよ」
ボスに向かって相原君が言う。
「ちゃんと再現してみることは基本の基本。どんなことが手がかりに繋がるか分からないんだから」
有無を言わさぬ口調だ。その横で、IT。の顔が少しニヤけている。
「ほ、他にも人いるし」
相原君は教室を見回した。教室の前の方に2人、そして、相原君の席の隣の隣にも一人残っている。
「あ、僕は日誌付けてるだけだから、気にしないで」
その生徒が言った。教室の前の方の二人はちらちら彼らを見ていたが、何も言わなかった。
「ほら、みんなああ言ってくれてるんだから」
「みんなって、一人だけだろ」
「いいから早く脱いでよ」
IT。が言う。スマホを構えている。
「マジかよ」
でてくて部の3人はそろって頷いた。
「んじゃ・・・」
相原君は鞄の中からタオルを取りだした。
「タオル持ってるんか〜い」
IT。がツッコんだ。

結局、相原君は上半身裸になり、腰にタオルを巻き、そしてズボンを脱いだ。本当ならズボンを脱いでからタオルを巻いたのだが、彼はあの3人の前にパンツ姿を晒すのは断固拒否した。もちろん、パンツを脱ぐこともしなかった。
「もう、パンツ盗まれたの、どうでもよくなってきた」
タオルを腰に巻いたまま、相原君がつぶやいた。教室の前の方に残っていた二人が出て行く。
「はい、もういいよ」
ボスが言うと、相原君はズボンを履く。
「んで、脱いだパンツは他の服と一緒にここに置いたんだね」
エージェント・スミスが机の上の相原君のシャツの上に手を置いた。
「うん。でも正確に言うと、上に置いたんじゃなくて、シャツとかズボンの下に入れた」
「下に」
ボスが言った。
「うん。なんだか目立って嫌だなって思ったから」
「ちなみにどんなパンツだったの?」
「赤っぽい色に星の柄のパンツ」
つまり、派手なパンツってことだ。
「そりゃ、目立つわ」
IT。が何故か荒い息で言い、そして尋ねた。
「パンツの画像はないの?」
「あるわけないだろ。お前、自分のパンツの画像撮ったりする?」
「する。普通はするでしょ」
IT。はあっさり答える。
「普通はそういうことしないんだよ」
エージェント・スミスが諭すように言った。
「ちぇっ、つまんない。せっかくの現場検証なのに」
もう一人残っていた生徒も帰って行く。
「ほら、みんないなくなったから、脱ぐなら今だよ」
懲りずにIT。は言った。
「脱ぐかよ」
もちろん、相原君は拒否した。

「あんまり手がかりなかったな」
部室に戻った彼らはこれまでの情報を整理していた。
「だって、パンツだろ?」
エージェント・スミスが言う。
「いいじゃん、別に盗られても。別のパンツあるんだろうし」
「まさか、相原君、あんなかっこいい顔して、パンツ一つしか持ってなかったりして」
IT。が真剣に言った。
「んなわけねーだろ」
「じゃ、親の形見のパンツとか?」
「キモいだろ」
全然調査は進んでいない。
「パンツの一枚や二枚、気にしなくてもいいのに」
「そういうことを気にしてるんじゃないかもよ」
IT。が椅子を引いて、PCの画面を皆に見せた。ボスとエージェント・スミスが画面を覗き込む。画面には、『男子中学生使用済みパンツ』という文字とともに、朱色に近い赤地に、青い星が散らばっているパンツの画像が表示されていた。
「オークションに掛けられてる」
IT。が説明する。
「最低落札価格は1万円。こういうのを収集してる人も世の中にはいるんだから」
「そういう方向か・・・」
ボスが言う。
「世の中、乱れてる」
ボスが合掌した。すると、IT。が言った。
「こんなの、前からあるって」
「お前・・・」
エージェント・スミスがIT。の顔を見る。
「パソコン苦手なくせに、こういうの、よく知ってるよな」
「もちろん。落としたこともあるし」
「きもっ」
ボスが少し引く。
「落としてどうするだよ」
「そりゃあ・・・使うに決まってるでしょ、するときに」
エージェント・スミスがあきれ顔になる。
「犯人、お前かよ」
「僕だったらオークションに出したりしないよ。せっかくのお宝なんだし」
「お前・・・ホント、やべぇ奴だな」
が、IT。は全く意に介さない。
「それよりも」
ボスが口を挟む。
「これ、相原君のパンツなんじゃない?」
三人で画面を覗き込む。ボスがメモ帳を取り出した。
「赤っぽい色に星の柄のパンツ、特徴は一致してる」
「いつ売りに出されたか分かる?」
「先週土曜日。盗まれたのが木曜日だったから、可能性はあるね」
ITが答える。
「その画面、印刷してよ」
「了解」
IT。が3部印刷して、皆に渡した。
「うん、西AK中学校のTAのパンツだって」
「相原君の下の名前は?」
「たしか・・・隆之」
「西浅川中学の、隆之相原・・・一致するじゃん」
彼ら3人は顔を見合わせた。
「今、金額いくらになってる?」
「まだ入札はされてないみたい」
ボスが皆の顔を見回した。
「よし、IT。、5万円で落札しろ」
「はぁ? そんな金、どこにあるの?」
「金は誰かがなんとかする。最悪本人に出させればいい。ただし、落札は条件付きで」
「条件?」
「ああ。どんな奴が履いてたのか、その履いてた奴の画像も送れって。そうすれば、5万で買うって」
「そうか、その犯人が相原君を盗撮するような方向に仕向けて、現場を押さえるのか」
エージェント・スミスが声を上げる。
「そんな簡単にはいかないだろうけど・・・取りあえず誰か別の奴の画像を送ってきたとしても、それが手がかりになる」
「同じクラスの奴なのかとか、別のクラスとか、あるいは違う学校とか、どんな画像送ってくるかで絞れるってこと?」
「ああ」
ボスとエージェント・スミスがそんなやり取りをしている間に、IT。が出品者にメールを送っていた。
「送ったよ。履いてた奴の画像付きなら5万で買うって」
「お前・・・・・こういうのは早いな」
「そりゃあ・・・・・蛇の道は蛇っていうからね」
「それってつまり・・・IT。はこういうサイトの常連さんってこと?」
IT。は微かに笑っただけで、何も答えなかった。
「ボス、今度、こいつの身辺調査させてよ」
エージェントスミスがIT。を指さした。
「やめとけ、ダークサイドに首を突っ込むのは」
ボスが言った。
「これは命令だ」
「イエッサー」
エージェント・スミスが答えたところで、IT。が二人に声を掛けた。
「出品者からメッセージが来た」
また三人で画面を覗き込む。メッセージを開く。URLが記載されていた。
「これは踏んでも大丈夫なやつ?」
IT。がボスに尋ねた。
「踏んでみて。ダメならIT。のせいだから」
「なんだよ、それ」
そう言いながら、IT。がそのURLをクリックした。すると、どこかの画像投稿サイトが表示され、そこに、あのパンツを履いた半裸の少年の画像が掲載されていた。目線は入っていたが、間違いなく相原君だ。
「おい」
「マジか」
「うほっ」
三人はそれぞれ声を上げる。
「取りあえず証拠画像、スクリーンショットとその画像を保存しておけ」
「イエッサー」
今度はボスの命令にIT。が答えた。

翌日、相原君が部室にやって来た。あの画像を見せると困惑していた。
「なんで、こんな画像が」
「いやぁ、相原君、一部の層にはモテモテってことっすよ」
IT。がニヤけながら言った。
「お前はキモいおっさんか」
エージェント・スミスがツッコむ。
「とにかく、こんな画像削除してもらうように依頼してよ」
「掲示板からはもう削除されてたよ」
IT。が少し残念そうに言った。
「昨日、もう一回見てみたら、もう画像消されてた」
すかさずエージェント・スミスがツッコむ。
「お前、あの画像、なんで見ようとしたんだよ」
「そんなの・・・決まってんじゃん」
IT。はにやっと笑う。相原君が身震いする。そんな彼らを無視してボスが話を進める。
「で、証拠画像出されたから、こっちとしても5万円出さないと」
「5万!」
相原君が驚いた。
「そう、5万。相原君のパンツ」
「マジか」
IT。がニヤけた笑顔で相原君を見た。
「なんなら、今履いてるパンツ、売りに出してみる?」
「馬鹿か」
ボスが言った。
「この画像、どう見ても盗まれる前の教室内での画像だよね?」
相原君がチラリと画像を見て頷いた。
「ってことは、俺らのクラスの中に犯人がいるってこと?」
ボスが画像を見ながら説明する。
「少なくとも出品者、もしくは出品者の協力者は、君のクラスの誰かだろうね」
エージェント・スミスが部室に机を並べる。
「で、君の席は一番端。そこに立ってみて」
ボスに言われた通り、相原君が窓の方の一番端の席の後ろに立つ。
「この画像だと、だいたい・・・」
エージェント・スミスが少ししゃがんで、頭を机に近づける。
「この辺り、かな」
そこでスマホを構えて、相原君を撮影する。そして、その画像をパソコンの画面の横に並べた。
「うん、大体こんなもんかな」
「ってことは・・・」
4人とも、並んでいる机を見る。さっきエージェント・スミスが撮影したのは、相原君が立っていた机の隣の隣の、ほぼ机の上くらいの位置からだった。
「あのとき残ってた、あいつか」
「日誌付けるとか言ってた」
「中森だ!」
相原君が部室を出て行こうとした。
「待って、どうする気?」
「どうするって、中森をぶん殴る」
「待て待て待て、暴力は駄目だよ」
ボスが言った。
「それより、まず、中森って奴が犯人なのか、単なる協力者なのか、あるいは知らずに片棒担がされてるだけなのかを調べる」
「どうやって?」
「エージェント・スミス、君の出番だよ」
ボスが言った。


      


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