あれから、エビラからは後輩君が何か言ってきたとか、何かしてきたって話は聞かなかった。あれでもう諦めてくれたんだろうか。
(僕だったら無理だよな)
僕ならエビラを諦められない。だとしたら、あの後輩君は仲の良い先輩の延長線上で、その気持ちを好きって気持ちと勘違いしていたんだろうか。
いずれにしても、エビラにはまだ気を付けて欲しいし、いつもそう言っている。
そして、あれも相変わらず続いている。週に1、2回くらい、僕の部屋で。
エビラはいつも通り僕に扱かれて、射精して、精液を舐めて、それで満足しているように見える。でも、本当はそうじゃないんだろう。
僕はエビラのちんこを握って扱けることが嬉しい。前はその気持ちを無視して隠してたけど、今はもう隠してない。だから、エビラも分かってると思う。きっとエビラも僕を握りたいと思ってるだろうし、僕のを扱きたいって思ってるんだろう。だけど、エビラはそれを言わない。言わずに我慢してくれている。待っていてくれている。
だから、そろそろ僕もちゃんと覚悟を決めて、エビラに告らないといけないな、とは思っている。
エビラは僕のことが好きだ。それは僕も知っている。だから、告っても断られるなんてことはないと思う。でも、それでも告ろうと思うと、言葉が出て来なくなる。自分の気持ちを正直に伝えることがこんなに難しいとは思わなかった。
エビラはそれを僕に伝えた。こんなに難しいのに、ちゃんと僕に伝えてくれた。僕以外、好きな人はいないってはっきり言ってくれた。
(やっぱ、エビラってすげぇな)
僕みたいな奴とは比べものにならないくらい、かっこいい。そんなエビラに好きでいてもらえるのに、僕は・・・
うじうじしている自分に嫌気がさす。
(そういえば、あのエビラでも、最初の時はなんだかうじうじしていたっけ)
あの時のエビラの気持ちがようやく分かる。
(怖かったんだろうな)
僕はあの時、自分はゲイじゃないって言った。もし、僕がエビラに告ってゲイじゃないからなんて言われたら、かなり傷付くというか、ショックを受けるだろうな。でも、エビラは僕以外好きな人はいないと言ってくれて、諦めないでいてくれた。だから、今の僕等の関係がある。
(ひょっとしたら、僕もエビラが好きって、あの時はもう気付いてたのかも)
あの頃は、自分はゲイじゃないと本気で思っていた。エビラの事は好きだけど、あくまで友達として、だと思ってた。でも、本当の僕は、やっぱりエビラが好きだ。ゲイだとかそういうのは関係なくて、男とか女とかいうのも関係なくて、エビラが好きだ。エビラだから好きだ。
その気持ちに気付いたのは最近だ。そして、その気持ちをちゃんとエビラに伝えられないままでいる。拒否られないってことが分かってるのに、自信がなくて、怖くて、勇気が出なくて。
そんな気持ちのまま、僕はエビラと付き合い続けている。もう少し、僕に勇気があったら・・・・・
それをエビラから聞いたのは、そんな時だった。
「あ」
エビラを握る。いつも握ると小さな声を上げる。そんなエビラがかわいい。
「熱いね」
いつものようにちんこは硬く、熱くなっている。
「ななちゃんが握ってくれるから」
ぎゅっと力を入れてみる。
「んっ」
「痛い?」
「気持ちいい」
もう片方の手で、エビラのお腹を撫でる。少し腹筋が割れている。エビラが息を吐く。
(こういうの、いい体してるって言うのかな)
腹筋を感じながら撫でる。ちんこを握っていた方の手を、自分のシャツの中に突っ込んで自分のお腹を撫でてみる。僕のお腹は太ってはないけど、エビラのように腹筋が割れてる訳じゃない。普通、だと思う。その部分を手のひらで押してみる。エビラのは硬い。僕のは柔らかい。全然違う。
「全然違うね」
エビラが手を伸ばす。
「お腹、触りたい?」
「うん」
エビラが少し体を起こした。その横に寝そべって、シャツを胸までたくし上げる。
「いいよ、触っても。エビラとは全然違うけど」
エビラが僕に覆い被さるようにして、ゆっくりと、少しこわごわ、という感じで触れてきた。軽くお腹を押される。そのまま僕のお腹に沿って手のひらを動かす。
「意外とくすぐったいんだ」
円を描くように撫でられる。その手が少しずつ下に下がっていくのが分かる。
「僕の、触りたい?」
「ダメなんでしょ?」
僕は答えなかった。
正直、エビラに触られたい気はしている。
僕がエビラにしているように、エビラにしてほしいと思う。
あの時、エビラが世界で一番好きな人ってちゃんと言えるようになったら、なんて言ったのは少し後悔している。っていうか、さっさとエビラが世界で一番好きって言えばいいのに、何故言わないのか、言えないのか。
少し怖いし、今更恥ずかしいってのが理由だ。馬鹿みたい。エビラは僕の事が好きだって分かってるのに。
そんな馬鹿な理由で、僕は本心が言えないし、エビラの望みも叶えてあげられない。
「あのさ」
「イかせて」
僕が言い掛けたら、それを遮るようにエビラが言った。
「分かった」
先にエビラを気持ち良くしてあげよう。本心を伝えることから逃げているんだ、とは分かっていたけど。
エビラの精液、半分はエビラに舐めさせて、残りの半分は僕が舐める。
「あのさ」
また僕は言い掛けた。
「ななちゃんにお願いがあるんだけど」
また僕を遮ってエビラが言った。
「え、お願いって?」
「まぁ、なんというか・・・デートかな」
「デート?」
エビラが裸のまま、カバンに近づく。中から白い封筒を取り出し、僕に差し出した。
「なに、これ」
封筒の宛先はエビラになっている。
「見ていいの?」
「うん。見て」
中身を取り出して広げる。
「強化選手用の施設の見学に行けるらしい」
「なにそれ」
説明してくれた。要するに、テニスの強化選手候補向けの、施設見学会らしい。
「それ、僕には関係ないじゃん」
「よく見てよ。付き添い1名まで無料って書いてあるでしょ」
「書いてあるね」
「一緒に行ってくれない?」
(そういうことか)
「だから、デートなの?」
「うん」
強化用の施設。知らない場所、知らない人達。たぶん、普段の僕なら行きたくないって言うところだろう。でも、エビラに僕の本心を告げるいいチャンスかも知れない。
「泊まりでしょ?」
そこに書かれている行程表では、一日目が午後から施設見学と施設説明、その日の夜はホテルに1泊する予定になっている。翌日は午後に帰ってくる、という感じだ。
「そう、泊まり」
「ってことは・・・」
ホテルでいつものようにやって、そして一緒に泊まれるってことだ。ひょっとしたら、いつも以上のことが出来たりするのかも知れない。ちゃんとエビラに伝えられれば、だけど。
「お泊まりデートだよ」
エビラが笑顔で言った。
「ななちゃん、そろそろって思ってるんでしょ?」
「えっ」
少し驚いたけど、その通りだ。エビラは気付いてたんだ。
「さっきから微妙な顔して、なんか言い掛けてたからさ、ピンときた」
「それって分かってて、僕が言い掛けたら被せてきたってこと?」
「うん」
なんでそんなことをするんだろう。
「なんで言わせてくれないんだよ」
「だってさ・・・いい感じで告られたいじゃん」
そう言ってエビラは笑う。
「なにそれ。言わせてくれれば、僕の触れるのに」
「ちゃんと言えるの?」
エビラに言われる。
「そりゃあ・・・」
言い返し掛けて、言えなくなってしまう。確かに、今日のあのタイミングだったら、言い掛けてやっぱりやめてしまったかも知れない。いや、僕ならきっとそうだろう。だけど、これでエビラはそのお泊まりデートで僕に告られるつもりでいるってことがはっきりした。そのためのお泊まりデートだ。そこまで分かったんだから、その時なら、僕だって、きっと・・・
「分かった。親に言ってみる」
そして、その日の夜、僕はその施設見学会にエビラと一緒に行くことが決まった。
施設見学会の詳細は、申込み後に送られてきた。各地から数人ずつが、その施設に招待されているらしい。
「駅前で車が待ってるらしいよ」
その案内を、エビラと一緒にベッドに仰向けになって見てる。エビラは全裸、僕は服を着たままだ。
「じゃあ、ここから行くのはエビラと僕の二人だけ?」
「そうかも知れないね。もし他にいたとしても、数人位じゃないの?」
部屋には精液の匂いが漂っている。
「あのさ、別に、それまでに」
「いいよ、その時で」
エビラには僕の心が見えてるみたいだ。僕の方も、もう告る準備は出来ている。気持ちもちゃんと整理出来てる。この世界でエビラだけが好きっていう整理が。だったら、その時まで待つんじゃなくて、早く言った方がエビラも嬉しいんじゃないかなって思って言い掛けたんだけど・・・
「ちゃんと、記念日にしたいからさ」
そう言いながら、エビラが僕の上に覆い被さる。キスをしてくる。
「まあ、エビラがそれでいいって言うなら」
「それでいいよ」
エビラが答えた。
そんな訳で、僕等はその日、施設見学会という名のお泊まりデートに出発した。
集合は朝の9時、駅前のロータリーだ。そこに車が停まっているらしい。
「どの車か分かる?」
「車種とか書いてあるけど、よく分かんない」
「ナンバーは?」
「えぇっと・・・」
駅前のロータリーには車が3台停まっていた。そのうちの1台は、どこかの会社の名前が書いてある。施設見学会とは関係がなさそうだ。残りの2台は、両方とも黒いちょっと大きな車だった。
「あ、あれだと思う」
エビラが紙と車のナンバーを見比べながら指差した。僕等はその車に近づく。すると、車のスライドドアが開いた。
「あれ、エビラ先輩」
そこから、あの後輩君が降りてきた。
「あ、中原」
エビラが僕を振り向いた。目で僕に「どうしよう」って言っている。確か、後輩君もかなりテニスは上手いってことを思い出した。
「テニスの強化選手候補っていうのなら、後輩君も招待されててもおかしくないんじゃない?」
その目に僕は答えた。
「でも」
「大丈夫だよ。僕等、一緒にいるんだから」
後輩君が僕等の前に立った。
「お久しぶりっす、なな先輩」
僕の名前を覚えていた。
「それに、やっぱりエビラ先輩も招待されたんすね」
手を差し出して、僕等から荷物を受け取る。それを男の人に手渡す。男の人は荷物を車に積み込んだ。
「行きましょう」
後輩君が車に乗り込んだ。3列シートの一番後ろだ。
「ほら、エビラ先輩となな先輩は前のシートね」
言われるがまま、車に乗り込む。さっき荷物を積み込んだ人が助手席に座る。
「では、出発します」
運転席の男が言って、車が動き出した。
車の中では、後輩君がずっと喋っていた。あの時の気まずさは全然感じられない。ほとんどがテニスの話。少し、過去のテニスクラブの時の話。エビラは最初こそはいろいろと返事をしたりして楽しそうに話していたけど、途中からだんだん返事が素っ気なくなっている。時々僕を見る。
途中からは、エビラが話し始めた。僕等のクラスのことや、僕等二人の共通の思い出のこととか。つまり、僕に気を遣ってくれたんだ。僕はテニスのことは分からないし、テニスクラブのことも知らない。つまり、この話題は後輩君がエビラと喋りたいから選んだ話題だろう。そして、エビラはここでは僕とエビラだけが分かる話に変えてくれた。つまり、後輩君を追い出した形だ。
(エビラ、まだ後輩君に少し冷たいんだ)
あの時の、僕の家での後輩君に対するエビラの態度を思い出す。
(まあ、後輩君が一緒に行くって分かった時からそうなるんじゃないかって思ってたけどね)
適当にエビラの話に話を合わせる。でも、正直、僕は後輩君とも仲良くしたい。エビラに手を出さなければ、あいつも悪い奴じゃないんだし。
車内での会話は少しずつ減っていって、途中からはみんなあんまり話をしなくなった。
「ここで降りてください」
助手席の人が、僕等を振り返っていった。
そこは、僕が想像していた施設とは雰囲気が違って、大きな倉庫みたいな建物だった。
建物の中はとにかくだだっ広かった。そこにいろんな器具とか機械が置いてあったりしたら、それなりの施設には見えたかも知れないけど、今は何もない。パイプ椅子が3つだけ置いてある。3つ、つまり僕等3人のための椅子だろう。
「そこに座って」
エビラが一番左側の椅子に座った。僕は慌ててエビラの隣、真ん中の椅子に座る。僕の右側に後輩君が座った。
「では、少々そのまま動かずにお待ちください」
男が言って、僕等の後ろに回り込んだ。背中で右手が引っ張られた、何かが手首に当てられる。続いて左手も。左隣ではエビラが、右では後輩君も同じようにされていた。手を動かそうとする。少ししか動かない。
「なんですか、これ」
男に尋ねた。男は僕を無視し、足も椅子の脚に固定する。
「これ、何なんですか」
今度はエビラが少し大きな声で尋ねた。男はちらっとエビラの方を見たけど、それだけだった。それ以上は僕等がいたことなど忘れたかのように、何かしている。そして、倉庫から二人とも出て行った。
「なに、これ」
エビラが言った。
「分かんないよ」
すると、エビラがガタガタと椅子を揺らして、椅子ごと体の向きを変え、僕に背中を見せた。
「手、どうなってる?」
エビラの手には、背中で手錠が嵌められていた。その手錠が縄のような物でお尻の近くに固定されている。
「手錠嵌まってる」
僕もエビラと同じように椅子を動かした。
「僕は?」
エビラがガタガタと椅子を元に戻して僕の背中を見た。どうなっているのか説明してくれる。同じような感じらしい。
「後輩君は?」
後輩君は動かなかった。
「二人がそうなんだったら、僕もそうだろ」
僕は椅子の向きを戻した。
「これって・・・テストかなんか?」
エビラは手を動かしながら言う。
「テストって、なんの?」
僕も手を動かしてみる。やっぱり少ししか動かない。
「身体の柔軟性とか?」
「でも、僕はただの付き添いなんだから」
「候補だって思われてるのかもね」
エビラが少しおどけて言った。
「んな馬鹿な」
僕もそれに乗っかった。このよく分からない状況、重い空気が少しでもなんとかなれば・・・
「そんな訳ないだろ」
小さな声だった。
「僕等はみんな、騙されたんだよ」
後輩君がそう言い切った。
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