ホントの気持ち

13.1行だけのメール

洋輔が退院するって聞いて、僕はその日は学校を休んで、朝から病院の玄関のところでずっと待ってた。最後のチャンスだと思った。

洋輔が、お母さんと一緒に出てきたのは、お昼をだいぶ過ぎてからだった。僕は、洋輔の姿を見つけると、少し洋輔に近づいた。ある程度の距離以上は近づけなかった。なんか、それ以上は踏み込めなかった。そこから僕は洋輔に声をかけた。
「洋輔、ごめん」聞こえているはずだった。だってお母さんが僕のほう見たんだもん。でも・・・
洋輔は僕のほうを見ようともしなかった。僕は、完全に無視された。洋輔は、僕なんかいないかのように、そこにはお母さん以外誰もいないかのように振舞っていた。

洋輔とお母さんがタクシーに乗って去っていった。僕は、一人、病院の玄関に取り残された。
最後のチャンスが、終わってしまった。

その日の夜、僕は、康弘にメールを送った。だめだったって。洋輔は僕を許してくれなかったって。もう、終わりにするって・・・
一睡もできないまま、朝を迎えた。僕は公彦に返してもらった洋輔の帽子と二人の写真を持って、家を出た。どこに行くかは決めていた。どこで終わりにするのかは、昨日、すでに決心していた。

季節はずれのキャンプ場にむかうバスは空いていた。一番後ろの席に座って、洋輔の帽子をかぶった。あの湖。神聖なあの場所で、すべてを終わりにするつもりだった。

康弘は、空港で持ってきたノートパソコンを公衆電話に接続した。メールが一通来ていた。達也からだった。近くのベンチに座って、受信したメールを開く。そして、パソコンを慌てて片付けると、再び公衆電話に向かった。何度ダイアルしても、達也は出なかった。
「くそっ」そう小さく毒づくと、父を残したまま、タクシー乗り場へと走った。タクシーのなかで、洋輔に電話しておけばよかったと思った。

達也は、湖のほとりで二人の写真を見つめていた。あのころは、幸せだったのに・・・うまくいかないもんだな。そう思うと、自嘲気味に小さく笑った。僕が、もっとあいつのこと、信じてやれてたら・・・きっとこうはならなかったのに。
日が暮れたら・・・終わりにしよう。そう決めていた。

康弘は、洋輔が家にいてくれるように祈った。その祈り通りに、洋輔は家にいてくれた。
「たっちゃん、どこにいる?」久しぶりの再会の最初の言葉がそれだった。
「家にはいなかった。あいつがどこに行ったか、知ってるか?」
「知らないよ。あんなやつ」洋輔は、冷たく言い放った。
「なにいってんだよ、あいつが今、なに考えてんのか知ってるか?」
「僕には、もう、関係ない」
「じゃ、これ、見てみろ」そう言って、康弘は洋輔の家の玄関の前でノートパソコンを取りだした。メールソフトを立ち上げて、この前のメールを開いた。そして、それを洋輔の目の前につきつけた。
「最初はこれだ。読めよ」康弘の様子に圧倒され、洋輔はパソコンを受け取り、メールを読み始めた。そこには、達也の気持ちが書かれていた。なにも飾らない、裸の達也の気持ちだった。達也は、メールの中で、素直な気持ちで洋輔に詫びていた。その気持ちは、洋輔の心にしみこんだ。
「たっちゃん・・・」洋輔がつぶやく。そして、なにか尋ねるような目で康弘を見上げる。
「読んだか? じゃ、次は今日届いたメールだ」そう言って、さっき空港で見たメールを開いた。洋輔にパソコンを渡す。そこには、一行だけしか書かれていなかった。
『だめだった。洋輔は僕を許してくれませんでした。全部、終わりにすることにします。さよなら』
康弘が口を開く前に、洋輔が家を飛びだしていった。
「待てよ、どこに行くんだよ、探すあて、あんのかよ」康弘に言われて、洋輔は立ち止まった。
「わかんないよ。わかんないけど、探さなくちゃ」
「探すって、どこをだよ」
「そんなこと、わかんないよ」洋輔は半泣きだった。
「落ち着け、洋輔。たっちゃんが、最後に行きたいって思いそうなところ、どっかないのか?」
「最後に・・・行きたそうなところ・・・」
「お前らキスした、キャンプ場は?」
「あ・・・そうだ。あそこ」
「やっぱり、キャンプ場か」
「違う、あの森。あそこだ!」洋輔は自転車を引っ張り出すと康弘を待たずに走り出した。

        


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