3. 「誰だ、お前は」
救貧院の入口には、いつもの通り、ジェイが立っていた。ジェイは最初、イーサンだと分からなかったようだ。それもそのはず、真新しいきれいな服に身を包んだ姿は、恐らくイーサン自身も自分だとは思えないような姿だったろう。
「お前、イーサンか?」
イーサンが頷いた。その途端、ジェイはイーサンを殴りつけた。戸口に倒れたイーサンに馬乗りになり、2発、3発と繰り返し拳を浴びせる。その騒ぎを聞きつけて、他の孤児が様子を見に来た。ジェイの次はセブだった。
「お前、お前のせいで」
そして、セブはイーサンを殴った。しかし、そんなセブをジェイが止める。
「いいから早く来い」
イーサンに命じる。セブはまだ殴り足らないが、渋々諦める。そして、イーサンはジェイの部屋に向かう。数日ぶりにジェイのセックスの相手になるために。
ジェイはいつものように、いつも以上に激しくイーサンを犯した。イーサンの睾丸の腫れはもうほぼ治っていたが、裂けたアナルはジェイの乱暴なセックスによって再び出血する。
「お前の代わりにセブを使ったが、あれは駄目だ」
そんなことを言われながら犯される。
(さっきのは、そういうことだったんだ)
イーサンはセブの言葉を思い出した。イーサンの代わりにジェイに使われたセブ。それが「お前のせいで」という言葉の意味だ。
ジェイの気が晴れると、今度はヨハンだ。ヨハンはただ、いつものようにイーサンを使う。そして、ようやく自分の部屋に戻った。
「帰ってこなくてもいいのに」
ノアがわざと聞こえるような大きさの声で言った。イーサンはそれを聞き流し、リアムのベッドを覗き込んだ。しかし、そこにリアムはいなかった。
「リアムは?」
あの体の弱いリアムがそうそう外出することはないはずだ。
「セブが連れてった。お前の代わりにね」
それを聞いて、イーサンは走り出した。急いでいつもの路地に行く。しかし、セブはいない。もちろんリアムもいない。イーサンは街の路地を走り回った。しかし、結局リアム達を見つけることはできなかった。
イーサンが救貧院に戻ってしばらく経った頃、ようやくセブが戻ってきた。その後ろには、少し疲れたような顔のリアムもいる。
「リアム!」
イーサンはリアムに駆け寄った。リアムの体を抱き締め、セブを睨む。
「何か文句あるのか? お前がいなくなるのが悪いんだろ」
怒りがこみ上げる。しかし、それよりも今はリアムが心配だ。
「体、痛くない?」
リアムの前にしゃがみ込み、その体をさする。しかし、リアムは無言でその手を払いのけた。
「リアム・・・」
一瞬、リアムがイーサンを睨んだ。その目にイーサンは怯んだ。今まで見たことがないようなリアムの目だった。無言のまま、リアムが部屋に引き上げる。
「なに・・・なにさせたんだ」
イーサンがセブに詰め寄った。
「お前の代わりをさせただけだ」
睾丸を蹴り上げられたのを思い出した。
「酷いこと、させてないよね」
「お前がしてたのと同じことだよ」
それだけ言って、セブも自室に引き上げるために背を向ける。
(そうだ・・・僕が戻ってこなかったから、代わりにリアムが・・・)
「また、僕がするから・・・リアムはもう、やめてあげて」
セブは何も言わなかった。何も言わないまま、食堂から出て行った。
そして、次の日からあの日々が帰って来た。セブに命じられるまま、男とセックスする日々。ただ、前よりも激しい内容が多くなった。前はそういう相手は断っていたのか、それともそんなことを望む客はいなかったのか。しかし、セブの話では、あの日以降、この辺りの客の好むプレイが変わったらしい。そして、リアムはそういう客の相手をさせられていた。まったくそんな経験のないリアムにとっては、きっと悪夢のような毎日だったろう。それを思うと、あのリアムの目、イーサンを睨んだ目にも納得がいく。リアムにとってみれば、イーサンが逃げ出したから、イーサンの代わりに酷い目に遭わされたことになる。つまり、イーサンのせいだ、と。
それ以来、リアムはイーサンと口を利かなくなった。この救貧院で唯一の友達を、イーサンは失った。
救貧院での生活は以前と何も変わらなかった。セブの商売道具になり、ジェイの慰み者になり、ヨハンの便器になる。今までと同じだった。が、たった一つ、リアムとの関係が崩れたこと、それがイーサンの心に大きな負担となっていた。
リアムにとっても、イーサンは救貧院での、いや、彼等の狭い世界のたった一人の友達だった。その友達がしていたことをさせられ、心と体を傷付けられた。最初はイーサンを怨んだ。そういうことが嫌で、ここを逃げ出した、とセブから聞かされた。全てをリアムに押し付けた、とも。でも、それはセブの嘘だということはすぐに分かった。自分は逆恨みをしていたんだということをすぐにリアムは悟っていた。しかし、今や、イーサンが何をしているのか全て知っている。セブの道具とはいえ男に抱かれ、ジェイに抱かれ、ヨハンに使われる。ここでずっとそれをさせられ、逃げ出して、でも戻ってきてまた同じことをしている。あの時させられたことを思い出すと、今も体が震え、吐き気がする。自分がさせられたあんな辛くて汚いことをずっとしているイーサン・・・その汚れた体でリアムを抱き締め、汚れた手で頭を撫でるイーサン・・・そんなイーサンを、どうしても汚れたものとしてしか見ることが出来なくなっていたのだ。
そして、それは起きた。
イーサンが救貧院に戻って2ヶ月ほど経ったころだった。
それ以前からも、セブとイーサンが救貧院に戻ったとき、リアムが自室にいないことがたまにあった。もちろんリアムだってずっと体調が悪いわけじゃない。そして、この救貧院にいる、ということは、金を稼がなきゃならない、ということだ。動けるのなら、ジェイの手伝いかなにかして、少しでも稼ぐ必要があるのだから。
しかし、その日は何か異様だった。セブとイーサンが帰ると、食堂にヨハンがいた。ヨハンはイーサンが帰ってきたことに気付くと、すぐにジェイの部屋に行くように言った。
もちろん、イーサンはその通りにした。
ジェイは、部屋の隅の小さな机に向かっていた。机の上に置かれている酒瓶を手当たり次第煽っている。そして、空になった酒瓶を床に投げ捨てる。イーサンは悪い予感がした。今までジェイが酒を飲んでいる姿はそれこそ飽きるほど見ている。そんなジェイに、酒臭い息を吐きかけられながら犯されたことだって何度もある。が、今日は何か違う。様子がおかしい。イーサンを見ても動かない。
「ジェイ、なにか」
そこまでイーサンが言ったところで、ジェイは手にしていた酒瓶を煽り、壁に投げつける。その大きな音に、イーサンは体をすくめた。
「・・・」
ジェイが何か言った。小さな声だった。聞き取れない程の。
「え、なに?」
「それ、捨ててこい」
ジェイがベッドを指差し、そして次の酒瓶に手を伸ばした。
ジェイが指差したベッドの上には、汚いシーツにくるまれた何かが乗っていた。イーサンはそれに近づく。自分より少し小さいくらいのその何か。それを抱え上げようとする。ずっしりと重く、そしてそれはぐにゃりと形を変える。
「なに・・・これ」
そうジェイに問うた瞬間、イーサンに酒瓶が投げつけられた。空ではない。中身がイーサンの服に飛び散る。
「いいから早くどっかに捨ててこい!」
ジェイが大きな声で怒鳴った。また別の酒瓶を煽る。
イーサンが包みを抱きかかえた。シーツがはらりと垂れ下がる。そして、そこから手が見えた。
「えっ」
イーサンはその包みを床に取り落とす。すると、シーツが剥がれ、その中から、人の体が出てきた。そして、イーサンは直感した。
「リ・・・リア・・・ム?」
顔を覆っているシーツを捲る。間違いなかった。リアムだった。口の回りに白い何かがまとわりついている。
「リアム!」
イーサンは叫ぶ。すぐにシーツを剥ぎ取ろうとした。
「早く捨ててこいって言ってんだろ! 俺の目に入らないところにな」
イーサンはリアムの顔に両手を当てた。冷たい。
「リアム!」
その頬を叩く。
「うるさい。もう死んだ。くたばりやがった」
ジェイはへへへと笑った。酒をあおる。
「俺のを咥えたままイきやがった」
そして、ジェイは立ち上がる。
「ふん、幸せなガキだ」
おぼつかない足取りで床に横たわったリアムの体を跨ぎ、部屋から出て行こうとした。
「なにしたんだよ」
イーサンはその背中に叫んだ。
「咥えさせたんだよ、奥までな」
そのまま部屋から出て行く。イーサンはリアムの体を抱き起こし、シーツを剥がす。
「リアム、リアム!」
頬を叩いても、体を揺さぶっても反応しない。
「もう、死んでるよ」
部屋の入口にヨハンが立っていた。
「咥えさせられてる最中に、喉詰まらせたんだろうな」
壁にもたれ掛かり、腕を組んだまま言った。
「もう呼吸していないし脈もない。死んでるよ」
イーサンは床にへたり込んだ。
「なんで・・・なんで・・・」
「お前が帰ってきてからも、ジェイは時々リアムとしてたんだ。お前に飽きてきたってな」
イーサンは全く知らなかった。ジェイはセブとイーサンがいない間に、リアムを犯していたんだ。
「まあ、お前が逃げ出したりしなければ、こんなことにはならなかったろうにな」
イーサンはヨハンを睨んだ。
「俺は関係ない。ジェイに呼ばれてこの部屋に来たら、もうリアムは死んでた」
ヨハンの後ろから、ダニーとノアが部屋の中を覗き込んでいた。が、二人は何も言わなかった。イーサンはリアムの体を抱え上げた。食堂に向かう。食堂にはセブがいた。
「死んだ・・・って?」
ヨハンに聞いたのだろう。イーサンはセブを無視して建物を出た。小さな前庭の隅にリアムの体を横たえる。そのまましばらく頭を垂れた。この救貧院に埋めるのはかわいそうな気がした。きっとろくな思い出がないだろう。でも、外の世界に埋めるのはもっとかわいそうだ。誰もリアムのことを知らず、そして、リアムにとっては嫌な思い出しかない外の世界には。
一晩かかって、イーサンは一人で穴を掘り、リアムの体を穴の底に横たえた。そのまま明るくなるまでその前でリアムを想った。明るくなりかけたころ、その体に土をかけた。そして、そのまま救貧院を出た。行く当てなどない。しかし、もうここはイーサンの居場所ではなくなった。
最初に困ったのは、どうやれば客を見つけられるのか、ということだった。
あの救貧院を飛び出したイーサンだったが、全く何も考えていなかった訳ではない。いつもセブにさせられていたようなことを自分ですれば、つまり、自ら客を見つけ、その客に抱かれることでお金は得られるだろうと思っていた。が、現実は甘くはない、ということをすぐに悟った。あのいつもの路地に立てば、恐らくは常連であったり、あるいはあの路地の噂を聞きつけてやって来た客を見つけることは容易かったろう。しかし、あの路地に行くわけにはいかない。あそこに行けば、きっとセブに、あるいはジェイに見つかり、連れ戻される。だから、全く別の場所で客を見つけなければならなかった。そして、そんな場所では客は見つけられなかった。手当たり次第に声を掛ければ、やがて警察を呼ばれるだろう。買ってくれそうな客を見分けるなんて芸当はイーサンには全く出来ない。つまり、稼ぎを得ることが出来ない、ということだった。その点については、セブを見直した。そういう客を見つけられることが出来たセブの才能、それがあって、初めてイーサンは体を売ることが出来ていたんだ、ということにもようやく気が付いた。
客は見つからず、腹は減るばかり。そして夜の寒さも辛かった。あの救貧院を出ても、一人で生きて行けるだろう、そう考えていたことを後悔した。あんな場所でも、この世界で唯一、イーサンにとって帰ることが出来る場所であり、好意的ではないかも知れないが、唯一受け入れてくれる場所だったことを思い知った。
しかし、彼等はリアムを殺した。それがイーサンがあの救貧院に帰らない理由だ。リアムを使うジェイの姿が目に浮かぶ。もちろん、実際に見たことなどない。しかし、あのジェイならこいうことをするだろうと想像することは簡単だった。もちろん、リアムを死なせるつもりなどはなかったろう。でも・・・
真夜中の人が通らない道の隅で、震えながら体を小さく丸めていたイーサンの脳裏に、ジェイの言葉が蘇った。
『早くどっかに捨ててこい。俺の目に入らないところにな』
彼等はリアムをなんだと思っていたんだろう。いや、リアムだけじゃない。きっと、ダニーもノアも、そしてイーサンも、彼等にとって要らなくなったら"捨ててこい"という程度のものなんだろう。怒りがわき上がる。そして、それが分かっていながら何も出来ない自分にも腹が立つ。眠ることも出来ず、イーサンは体を丸めて震えていた。
数日間、ほとんど何も食べることが出来なかった。日に日に体力が衰えていくのが分かる。更に追い打ちを掛けるように、夜の冷え込みも強くなってきた。
しばらくすると、イーサンは飢えと寒さで動けなくなっていた。
「おい」
憔悴したイーサンに声が掛けられた。イーサンはその声の方に顔を向ける。知らない顔だ。
「死んでるんじゃないのか」
そう言いながら、男が靴の先でイーサンの顔を横に向けさせる。
「どうしたんだ、こんなところで」
その口調、内容は、まるでイーサンのことを知っているかのようだ。もう一度、男に顔を向ける。
「なんだ、俺の顔に何か付いてるのか?」
そして、今度は靴の甲をイーサンの股間に押し当てた。
「ひっ」
思い出した。あの時の、イーサンの睾丸を笑いながら何度も何度も蹴り上げていた、あの男だ。
「ひぃぃ」
悲鳴のような声を上げながら、イーサンは路地の隅ににじり寄り、体を丸めて手で股間を覆う。
「なんだ、俺のこと、覚えてなかったのか」
男が体を屈め、イーサンに顔を寄せた。
「やつれてないか?」
確かにここのところ、まともに食べることが出来ていない。眠ることも出来ていない。
「何があったんだ?」
男が尋ねた。しかし、そんなことは何も心配などしていないのは、その顔を見れば分かる。男は笑っていた。
「その様子じゃ、まともに食ってないんだろう」
男が財布を取り出した。
「ほら」
そして、紙幣を1枚取り出した。
「欲しいか?」
男が札から手を離す。ひらひらと、その札が目の前を舞い落ちる。イーサンはそれを目で追った。
「欲しいんだろ?」
男は更に紙幣を何枚か地面に落とした。
「欲しいなら、這いつくばって拾い集めろ」
イーサンの中でほんのわずかな時間、葛藤があった。しかし、背に腹は代えられない。いや、それ以前に本能的に体が動いた。四つん這いになり、地面に落ちている紙幣を拾い集めた。チラリと男を見る。男はイーサンを見下ろしている。全ての紙幣を拾い集めると、それをズボンのポケットにねじ込み、イーサンはゆっくりと男の前に立った。そして、ズボンを下ろす。
「全部脱げ」
男に言われるまま、服を全部脱いだ。少し寒い。
「四つん這いになるんだ」
男に尻を向けて四つん這いになった。
「じゃ、いくぞ」
そして、股間に激痛が走った。男の靴の先がイーサンの睾丸に突き刺さる。
「うぐっ」
股間を押さえて地面を転げ回る。
「次だ」
イーサンは痛みをこらえ、また男の前に四つん這いになった。そして、激痛。息が出来なくなる。体も動かない。
「あの小さい奴とは違うな」
男が言った。イーサンは涙目になった目を男に向けた。
「お前の代わりにあの路地で体売っていた、小さいガキだよ」
男が脚を上げる。イーサンはまた四つん這いになる。
「あいつは」
そして、靴の甲が股間に打ち付けられる。
「2回目で気絶したな」
イーサンの目から涙がこぼれ落ちる。
(リアム・・・)
呻いているイーサンの睾丸を、靴の先で軽く突く。イーサンは手で睾丸を覆おうとした。
「手を首の後ろで組め」
言う通り、額で体を支えて、両手を首の後ろで組んだ。
「4発目」
そう言って、股間を蹴りつける。組んでいた手を離し、股間を覆う。
「手は頭の後ろ、そのまま動くな」
男の言う通りにする。
「あのガキ、気絶したからそのまま犯してやった」
また、蹴り上げられる。イーサンは体を動かさずに痛みに耐える。
「そしたら目ぇ覚ましやがって、泣きわめいたなぁ」
男がまた、靴の先でイーサンの睾丸を突いた。
「次、6発目だっけ?」
痛みが襲う。
「あいつ、最近見ないな」
イーサンは何も言わなかった。言っても仕方がない。それに、言える状態でもない。また睾丸を蹴られる。7回目だ。
「仰向けになれ」
言われた通り、イーサンは四つん這いから仰向けになる。薄暗い路地の奥で、全裸で男に股間を晒している。
「ほお。お前、なかなかだな」
男がニヤリと笑って言った。イーサンには何を言われているのか分からなかった。が、その視線はイーサンの下半身を見下ろしている。そこに背線を向けた。
(えっ)
声に出さずに驚いた。イーサンのペニスは勃起していた。その先端から透明な液が雫となって垂れている。
「なかなかの変態だ」
男は楽しそうに言う。
「脚を抱えろ」
そして、膝の裏に手を入れて、脚を広げて抱えているイーサンの股間にまた蹴りが入る。
「うぐっ」
その瞬間、イーサンのペニスが大きく跳ね、先走りが飛び散った。
男がイーサンの足首を握る。イーサンが脚を抱えていた手を離すと、男は足首を掴んだまま、イーサンの体を引きずった。背中が地面に着き、お尻の方は少しだけ持ち上がっている。
「9発目」
今度は男はイーサンの睾丸を靴底で勢いよく踏みつけた。そのまま足に体重を掛けるように前のめりになり、何度も強く踏みしめる。
「ぐあぁぁぁ」
男の足に力が入る。手で掴んだままの足首を引っ張られる。イーサンは男の靴を掴み、それを引き離そうとする。
「手、どけろ」
イーサンは首を左右に振る。
「どけろ」
男の声が低くなった。男の顔を見ながら、イーサンは少しずつ手を動かす。
「そうだ。お前はそうやって俺に踏み潰されれば良いんだ」
男の足に掛かっていた力が少し弱くなる。少しほっとする。その瞬間、男は足を上げ、また睾丸を踏みつけた。今度は何度も何度もそれを続けた。イーサンが睾丸を手で覆っても同じだった。男はイーサンの手の上から睾丸を踏みつけ、イーサンが体を横にすると足を掴んで持ち上げ、また睾丸めがけて足を踏みつける。イーサンが小さく体を丸めると、靴の先で蹴りつけられる。そうやって、睾丸を蹴られ、踏みつけられ続けた。しばらくそんな状態が続いた、その時だった。イーサンの体の奥で何かがはじけた。
「あぁっ」
ちょうど男がイーサンの足を広げ、睾丸を踏みつけた時だった。痛めつけられながら勃起していたイーサンのペニスから精液があふれ出した。それはビクビクと動くペニスから、ドクドクと何度もあふれ出す。
「これでイくとは・・・すげえな、お前は」
男は少し驚いている。そして、ぐったりしているイーサンの近くに跪き、そのままイーサンにペニスを挿入した。
「くっ」
イーサンが声を出す。が、アナルは男のものを受け入れる。奥まで入れられ、中で乱暴に動いた。それを感じながら、イーサンのペニスはまたビクビクと震え出す。
「またイくのか」
男が言ったのとほぼ同時に、イーサンは射精する。男が腰の動きを早める。そして、イーサンの中に射精した。
男は去り際にイーサンの精液に濡れた腹の上に、紙幣をもう一枚置いた。
「またな」
それだけ言って去って行く。イーサンは動かない。いや、動けなかった。下半身の痛みはしびれのように体中に広がっていた。なんとか体を壁に寄せ、上半身を壁にもたれ掛けた。脱ぎ捨てられていたズボンをたぐり寄せ、ポケットの中の紙幣を確かめる。
(これで、しばらくは・・・)
イーサンはそのまま気を失った。
どこかで地鳴りがしている。
ずぅん、ずぅんと体が揺さぶられるようなその地鳴りは、少しずつ近づいて来る。
やがて、それはイーサンの体に広がった。
「うぅ」
目を開けたとき、全く周りが見えなかった。
(死んだんだろうか)
そう思った。が、やがて目が暗さに慣れてくると、あの路地の奥にいることが分かった。そして、その痛みを感じた。まるで地鳴りのような、睾丸の痛み。そこに手を当ててみると、熱を持っていて、大きくなってるようだった。
(腫れてる)
前にやられたとき・・・あの時は、途中から警察が来て、あの人に助けてもらって治療してもらった。でも、今は・・・
(あのときも、放っておいたらこうなってたのか)
とにかく、冷やさないと・・・イーサンはズボンを手にする。それを履く。睾丸に当たると痛む。が、裸でうろうろするわけにもいかない。とにかく、どこか水で冷やせるところを探さないと。よろよろと立ち上がる。壁に手を添えながら、ふらふらと歩く。通りに出ても誰も歩いていない。かなり遅い時間なんだろう。イーサンにとっては好都合だった。水のある場所を探す。一番手っ取り早いのは川だ。川に着く頃には痛みはかなり激しくなっていた。イーサンはそこで下半身裸になって川に入った。睾丸が水に浸るように、川の中で身を屈める。ほんの少し、痛みが減ったように思う。しかし、睾丸以外の部分は冷たい。しばらく水の中にいると、しびれてくる。睾丸はまだまだ腫れて痛みが続いている。
(何か、水に濡らして)
脱ぎ捨てたズボンのポケットを探ってみる。何もない。水に濡らすことができそうなものは、そのズボンそのものか、上に来ているシャツくらいしかなかった。
その時、気が付いた。ズボンのポケットに何もなかった。
「えっ?」
思わず声が出た。あの男に、体を、睾丸を差し出して得た筈のあのお金がなくなっていた。
(そんな・・・)
あの後、イーサンはしばらく気を失っていた。その間に物盗りに盗まれたんだろうか。それしか考えられない。あんな思いをしてようやく稼いだ金を・・・
「うあぁぁぁ」
イーサンは叫んだ。そして、ズボンを川の中に投げつけた。
「くそっ」
しゃがみ込もうとした。が、睾丸の痛みに我に返る。再び川に入り、さっき投げ入れたズボンを引き上げる。川の縁に濡れたズボンを敷き、その上に寝転がる。ズボンの足の部分を折り曲げて、股間を覆うようにする。睾丸の辺りを濡れたズボンで覆う。
「はぁ・・・」
これが、運命なんだろうか。そうなんだとしたら、なんでこんな運命なんだろうか。なんで、自分にはこんなことばかり・・・
誰もいない川縁で、イーサンは泣いた。
地面と空の境目のところが少し赤みを帯びた頃、イーサンは濡らしたズボンを履いて、足を引きずるようにして路地に戻ってきた。睾丸が痛む。体がふらつく。いや、体がふらついているんじゃなくて、目眩がしているんだ。壁に手を突きながら歩き、そして、最後は四つん這いになって這った。路地の奥に戻ったところで、目をこらして周囲を見回した。手で地面を探ってもみた。しかし、あの、辛い思いをして稼いだお金は全く残っていなかった。
(やっぱり)
イーサンは力尽きた。頭からつんのめるように地面に転がる。
(もう・・・無理だよ)
何に対してそう思ったのかはイーサン自身にも分からない。ただ、眠りたかった。何もかも忘れて眠りたかった。起きたその時に、夢だったんだと安堵したかった。そのために、目を閉じた。
救貧院を懐かしく思った。
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