二人が連れて行かれたのは、今朝の使用人達がいた部屋だった。どうやらその部屋は、通いの使用人達の控え室兼食堂のようだった。そこには男女合わせて数人の使用人がいた。
熊田と一緒に入ってきた彼等の様子を見て、何人かは顔を伏せ、残りの者は皆、彼等をまじまじと見つめた。
「えっと・・・安西、楢山」
熊田が二人の名前を呼び、手招きした。彼等をまじまじと見つめていた女性と、顔を伏せていた女性が席を立ち、彼等に近づいた。
「安西、幸吉と部屋の掃除に回ってくれ」
安西と呼ばれた女性は男の顔を見て「はい」と答える。その顔はまだ幼く、幸吉とさほど歳が変わらないように見える。
「行きますよ」
安西は幸吉にそう告げて、さっさと歩き始めた。
「あ、はい」
幸吉はちらりと和吉の方を振り返る。熊田がもう一人の女性・・・こちらは彼等の母親くらいの年代だ・・・と何か小声で話している。その横で、和吉が少し不安そうに幸吉を見ていた。幸吉はそんな和吉に軽く頷き、笑顔を作ってみせた。和吉もぎこちない笑顔になる。そんな和吉の顔を見て、幸吉はそれでも少し安心し、前を歩く安西の背中を追いかけた。
「あ、あの、安西さん」
「はい」
安西は立ち止まり、振り返る。が、顔を伏せ、幸吉の体を見ようとはしない。その様子が、幸吉の羞恥心を呼び起こした。
「あっ」
慌てて両手で股間を隠す。
「なんですか」
安西が幸吉に言った。
「あの・・・」
つい今しがた、初めて安西を見た幸吉は、年齢が近そうな安西にほんの少しだけ親しみのようなものを感じた。そんな安西に声をかけ、年齢を聞いてみるつもりだった。しかし、幸吉は全裸だ。そして、同じような年代の女性・・・女の子にそれを見られている。
「あ・・・あの・・・何でもないです」
股間を押さえたまま、足をすくめるように内股になる。恥ずかしい。
「何をしている」
そんな幸吉の後ろから声がした。熊田だった。
「様子を見ようと思って来てみたら、こんなところで油を売っているのか」
「すみません」
安西が頭を下げる。
「なんだ、お前は。そんなことで仕事が務まるとでも思ってるのか?」
熊田が幸吉に言った。
「手は体の横。仕事以外は必ずそうしていろ」
「は、はい」
おずおずと股間から手を離す。その手を体の横に付ける。
「安西、お前もだ。ちゃんとこいつを見ろ」
「はい」
安西が顔を上げる。目が泳いでいる。
「お前は先輩なんだから、ちゃんとしなくてどうするんだ?」
「はい」
「ほら、さっさと仕事する」
熊田が幸吉の尻をぴしゃりと叩いた。
「はいっ」
二人同時に答えた。

最初の部屋は彼等使用人が使っている控え室兼食堂と同じような広さの部屋だった。正面には大きな窓、右手には小さな暖炉がある。そして、左側には天蓋に覆われたベッドがあった。
「少しここで待っていて下さい」
安西はそう言って部屋を出て行く。幸吉はしばらくドアを入ったところに佇んでいたが、ベッドに近づいてみた。その表面に手を触れる。少し押してみる。柔らかく、そしてしっかりと押し返してくるその感触を久しぶりに感じる。あの頃を少し思い出す。父がいて、母がいて、和久が笑顔だったあの頃を。
ドアのあたりでガタッと音がした。ドアが開き、安西が入ってくる。箒と手桶を持っていた。
「あなたはこれで窓を拭いて下さい」
安西が赤らんだ顔を少し背けながら手桶を幸吉に渡す。
(そうか。窓拭きなら、見えてもお尻だからな)
少しほっとする。安西は箒を持ち、床の掃除を始めている。幸吉は窓に近づき、カーテンを開く。その向こうは広い中庭だった。
(うわっ)
中庭には数人の使用人がいた。しかも、皆若く、幸吉や和吉と同じ年代のように見える。チラリと安西を見る。俯き加減で床を掃いている。もちろん、幸吉の方は全く見ていない。
トントン、という音が窓の方から聞こえた。熊田だった。熊田が中庭から窓を叩いていた。そして、「早くしろ」とでも言うように幸吉を睨んだ。
「はいっ」
慌てて窓を拭き始める。何人かの使用人がこちらを見ている。そして顔を見合わせて話をしている。
(きっと、僕のことだろう)
急いで窓を拭き終えようとする。
「もっと丁寧に」
後ろから安西の声がする。
「はいっ」
全裸で窓を拭いている。他の使用人達に見られている。後ろはあの安西さんに見られている。隠すことも出来ない。何故こうなったんだろう。何故こんな思いをしているんだろう・・・
幸吉は頭を振る。
(そんなことは考えるな)
見られていることは意識の外に追い出して、窓拭きに集中しようとした。
が、使用人の何人か、それも幸吉と同じくらいの年の奴等が近寄ってきた。窓越しに幸吉を指差し、顔を見合わせ、笑っている。明らかに股間を見ている。その中の一人、丸顔で坊主頭の少年が、窓のすぐ近くまで来て、幸吉の股間を指差した。そして、振り向いて他の奴等に何か言っている。また幸吉を、幸吉の股間を見る。そいつは笑っている。大きな口を開けて、何か言い、指差して、笑っていた。熊田は少し離れて腕組みをしながら幸吉を見ている。話をし、笑っている使用人達には注意しない。
(まるで、晒し者だ)
また何故、という疑問が頭に浮かぶ。
(父様・・・僕は、何故・・・)
頭を振る。窓拭きに集中する。
次の部屋でも、またその次の部屋でも、幸吉は晒し者になった。幸吉の気持ちを慮る人はその屋敷には和吉の他には誰もいなかった。

その和吉は、楢山と二人、屋敷の奥まった所にあるドアの前に立っていた。そのドアは他のドアとは少し違って、細かい細工が浮き彫りになっている。大きさも一回り大きい。そんなドアを楢山がノックする。固くて重い音がする。
「どうぞ」
女性の声がした。
「失礼いたします」
楢山がドアを開ける。その向こうは広くて豪華な部屋だ。といっても華美ではなく、落ち着く豪華さだ。柔らかい色の壁と天井。窓のカーテンも落ち着いた色だ。タイル貼りの大きな暖炉。大きなベッド。二人掛けくらいのソファとチェアが一つ。そして、壁際にライティングテーブルがあり、その前に座った女性が二人を見ていた。その女性は手に万年筆を握っていた。
「奥様、こちらが新しい使用人の」
「聞いています。松岡様のご子息、和久さんですね」
そう呼ばれた和吉は全裸だ。女性はそんな和吉に向き合っている。全裸の和吉を見ても、全く動じていない様子だった。
「今は当家の使用人、和吉でございます」
楢山は和吉に小声で言った。
「当家の奥様です。ご挨拶なさい」
和吉は、一瞬、本名を名乗ろうとした。しかし、恐らくそれは間違いだろう。
「使用人の和吉です。よろしくお願い申します」
頭を下げる。
「和吉ですか。分かりました」
すると、楢山がすっと体を引き、あのドアから出て行った。
「少しお待ちなさい。これを仕上げてしまいますから」
女性はそう言って、ライティングテーブルに向き合った。
「はい、奥様」
和吉はその場で立ったまま待つ。さりげなく、両手で股間を覆う。
その女性、栗山夫人は何かを紙に書き付けている。筆先が紙に擦れる音。衣擦れの音。そして、どこからか聞こえる鳥のさえずり。優雅な所作。和吉は夫人の横顔を見つめる。
(気品って言葉を形にするとこんなだろうか)
ここ数日の我が身に起きたこととは完全に別の世界だ。かつて・・・いや、ほんの数ヶ月前までは、彼等兄弟もこのような世界の住人だった。それが今や・・・
「服はどうしたのですか」
書き物が終わったのか、夫人が万年筆の螺旋式のキャップを閉めながら、和吉の方に向き直った。
「あ・・・」
股間を覆う手にぎゅっと力を入れる。
「こんな格好で大変失礼しております。汚れてしまいましたので」
慌てて弁明する。が、夫人は聞いていなかった。
「手をどけなさい」
「えっ?」
「聞こえなかったのですか? 手をどけてそこをお見せなさい」
和吉は自分の耳を疑った。しかし、夫人は左手の万年筆で和吉の股間を指している。
「は・・・い」
ゆっくりと、手を股間から引き剥がす。
「あなたのような美しい方でも、同じようなものが付いているのですね」
夫人は体を滑らせるようにして椅子から降りると、和吉の前にしゃがみ込んだ。
「あっ」
思わず股間を覆う。
「手をどけなさい」
それは有無を言わさぬ命令だった。和吉はさっきよりもさらにゆっくりと手をどける。露わになった和吉の陰茎に、夫人は顔を近づける。
「手淫は?」
和吉には意味が分からない。夫人が和吉の顔を見上げる。
「自慰はしているのですか?」
和吉には、まだ性の知識はない。手淫や自慰が何を示すのか、全く知らなかった。
「分からないです」
「そうですか」
夫人が更に顔を近づけた。そして、和吉の陰茎を指で摘まみ、口に含んだ。
「あっ奥様、そんなところ」
あの、気品を形にしたような栗山夫人が、小便が出るところを口に咥えているその眼前の光景が信じられない。しかし、夫人は舌と唇で和吉の陰茎を責め立てる。
「あ・・・奥様・・・」
そこは夫人の口の中で、完全に勃起していた。
「ベッドの上に横になりなさい」
夫人の顔付きが変わっていた。なにか、先程の気品とは異なる、下卑た顔に見える。和吉は怯えた。そして、夫人の言う通りにした。
「そのまま」
夫人がベッドに上がる。和吉の体を跨ぎ、腹の少し下に座る。少し腰を浮かせて着ていた服をたくし上げる。と、和吉の陰茎が何か温かいものに包まれる。先程の、夫人の口の中とよく似た感触。その部分は夫人の服に隠れて見ることが出来ない。何が行われているのか、何が自分の体に起こっているのか、和吉には全く理解が出来なかった。
夫人は和吉の肩の横に手を突いた。そして、腰の部分を上下に動かす。すると、和吉の陰茎にも上下に擦られるような感触が伝わる。
「お、奥様、おやめ・・・下さい」
怯えながらも小さな声で言う。しかし、夫人は何も言わない、体を動かし続ける。
突然、何かが和吉の下半身で起きた。まるで風邪に冒されたときのように体が熱くなり、そして、急に尿意を覚えた。それはどんどん大きくなる。
「お、奥様・・・出そうです」
下半身がどうなっているのかは分からないが、このままでは夫人と夫人の服を汚してしまうのは間違いない。和吉は夫人の体を払いのけようとする。しかし、夫人は和吉の下腹部に体を押し付ける。
「ああ、出る!」
和吉の尿意は限界だった。夫人に体を押し付けられたまま、和吉は出してしまった。しかし、それは小便とは異なり、強烈な感触を伴っていた。
「ふあぁっ」
その瞬間、和吉は本能的に腰を突き上げた。夫人の体が跳ねる。和吉の体がまるで痙攣しているかのように脈打つ。それは2度、3度と続いた。
「ああ、奥様・・・」
何が起きたのか分からない。ただ、夫人に謝らなければならない。しかし、言葉が出ない。夫人は和吉に体を押し付ける。その後、また、動き始めた。
「ああ、奥様・・・おやめ下さい」
和吉は弱々しく言った。が、彼の下半身は熱を持ったままだ。
「ああ、また、出るっ」
和吉にはその行為の意味は理解出来なかった。精通を、栗山夫人の中で迎えたことなど、理解出来るものではなかった。

何回かその行為を繰り返した後、夫人は体を浮かせた。
(終わった・・・)
和吉を怯えさせたその理解出来ない行為がようやく終わったと感じた。が、夫人は和吉の体の上を這うようにして上半身に上がってくる。和吉の顔が夫人の服で覆われ、その暗い中で和吉の口と鼻が何かに覆われた。
「舐めなさい」
夫人の声がした。和吉はその命令に従うしかない。その何か分からないものに舌を伸ばす。夫人は腰をくねらせ、その女陰を和吉の顔になすりつける。そこから溢れた愛液と、和吉自身の精液が顔に塗り広げられていく。
突然、夫人が和吉の体から離れ、和吉はようやく解放された。
「下がりなさい」
夫人はそう言ってライティングテーブルに戻った。和吉はベッドの上で体を起こす。彼の下腹部は、なにかが塗り付けられたように滑りを帯びている。右手で口の周りを拭う。そこも同じように滑っていた。
「早く下がりなさい」
夫人は和吉の方を見ずに言った。
「はい」
ベッドから降りてドアに向かう。
「失礼します」
部屋から出る。と、ドアのすぐ前に熊田が立っていた。
「終わったか」
熊田は和吉の体を見て言った。和吉には何のことか分からない。曖昧に頷く。
「来い」
そして、風呂場に連れて行かれ、顔と体を洗うよう指示された。

幸いにして、和吉にとってのその恐ろしい行為はそれが最初で最後だった。


そうやって、幸吉と和吉が栗山家の使用人として過ごすようになって、3ヶ月ほどが過ぎた頃だった。
二人は柏木に呼び出された。
二人が柏木に会うのは、あの、初めてこの家に来たとき以来だった。
 
      


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