彼等の前を柏木が歩く。二人は、その柏木の背中を見ながら歩いていた。柏木はどんどん歩いて行く。やがて、廊下は扉に突き当たる。柏木は上着のポケットから鍵を取り出し、その扉の鍵穴に差し込んだ。ガチャリという重い音とともに扉が開く。分厚いその扉の奥には、更に廊下が続いていた。
しかし、そこは先程までの廊下とは少し雰囲気が違う。照明は扉の外の廊下よりも少し抑え気味で、柔らかい光が廊下を照らしている。その光に照らし出されている廊下の床には分厚い絨毯。長い廊下にも関わらず、絨毯には継ぎ目が見えない。所々に手の込んだ装飾や、美術品のようなものが置いてある。さっきの扉からこちら側は、何か違う世界のような感じがした。
そして、廊下の途中の大きなドアを開く。その奥は、明るい大広間のような部屋になっていた。
その部屋の壁は明るい色の壁紙が貼られ、腰板には細かな彫刻が施されている。彼等が入ったドアの正面には大きな暖炉。天井には何か神話のような絵が描かれている。そこからシャンデリアが3つ、等間隔に吊り下げられており、部屋の中央に大きなテーブルが置かれていた。その上には真っ白な、凝った刺繍が施されたテーブルクロスがかかっている。テーブルの回りに置かれている椅子は、そのテーブルの大きさの割には少ない。細工の施された椅子が5脚。一つは長方形のテーブルの短辺に当たる側に、暖炉を背にして置かれている。残りの4脚は、テーブルの長辺側に2脚ずつ、暖炉の側に寄せて置かれていた。そして、彼等が入ってきた暖炉の反対側のドア以外にも、暖炉に向かって左右の壁に一つずつ、暖炉の右側に一つ、合計4つのドアがある。
「こちらに来なさい」
柏木に呼ばれ、左手のドアに進む。その奥には別の男が待っている。
「着替えなさい」
柏木は男に軽く頷きかける。男も頷き返す。幸吉と和吉は、男に手招きされ、その部屋に入っていった。

15分くらい経っただろうか、二人がその部屋から出てきた。二人とも、深い黒のタキシードを身に着けていた。襟には金色の刺繍が施されている。幸吉はその下に臙脂色のベストを、そして胸のポケットにも同じ色のチーフが差し込まれている。和吉は鮮やかな紺色のベストとチーフだ。二人は元々は子爵の一族であり、このような服も着慣れていない訳ではない。が、そんな彼等にとっても、一目でその生地が高級品であることが分かる。そして、そんなタキシードを彼等は着こなしている。元々美しい少年達だった。ここしばらくの使用人としての生活で、若干高貴さは失われてはいたが、このような服を身に着けることで、すぐにその失いかけていたものを取り戻していた。背筋を伸ばし、堂々とした二人を見て、思わず柏木は言った。
「さすが、良くお似合いです」
柏木が少しかしこまっている。さっきとは明らかに態度が違っている。
「さあ、旦那様がお待ちかねです」
なんとなく嬉しげに柏木が手で指し示した方、テーブルの、暖炉を背にした椅子に、栗山がゆったりと座っていた。
「だ、旦那様」
思わず幸吉は頭を下げる。
「ああ、いい、そのまま」
栗山が手のひらを軽く振る。
「座りなさい」
手ですぐ傍らの左右の席を示した。幸吉は和吉に頷きかける。幸吉はテーブルの長辺のこちら側に、和吉は向こう側に回って栗山の左右の席に腰掛けた。
「久しぶりですね、幸久さん」
その名前で呼ばれること自体、久しぶりだ。
「もう、この家には慣れましたか、和久さん」
「は、はい、なんとか」
和久が答えた。そして、それを合図に彼等の前に料理が運ばれた。

豪華な料理を食したのはずいぶん久しぶりだった。幸久はもちろんのこと、和久もマナーをわきまえ、非の打ち所のない振る舞いで優雅に食事を進める。その最中、栗山は二人にいろいろと声をかけた。
「見たところ、少し精悍になられたようですね」
毎日の屋敷の手入れや掃除、そんなことでも体を動かすことで、少しはそうなったのかもしれない。
「はい、おかげさまで毎日体を動かしておりますので」
幸久が答えた。
「あなたはお父上の面影が強くなってきましたね」
そんな幸久に、さらに栗山が言った。
「ありがとうございます。大変嬉しいです」
そう幸久が答えるのを、和久は少し複雑な気持ちで見ていた。他の使用人達から受けた屈辱。もちろん、もう自分達は華族ではないのは分かっている。しかし、自分も、兄も、必要以上に辱められた。その思いはこのような格好をしたからといって消えるものではない。が、兄はそれを完全に押し殺していた。兄の振る舞いは、子爵家の嫡男としてのそれだった。
(これが、地位ある者としての振る舞いなのですね)
これまでも兄を尊敬していた和久だが、更にその思いが強くなる。しかし、同時にあの恥辱に満ちた日々の兄の姿を思い出すと、胸の奧に何かが湧き上がる。
「あなたはどうですか?」
栗山が、今度は和久に尋ねた。
「はい、ようやく少し慣れました」
正直に言えば、言いたいことはたくさんあった。が、兄を見習い、そんなことはおくびにも出さなかった。
栗山はグラスを取り、傾ける。深紅の液体を喉に流し込む。
「今日は、あなた方も少しお飲みになられては如何ですか」
グラスを差し出して言った。幸久は少し躊躇する。まだ自分達はそれを受けられるような年齢ではない。しかし、自分達を拾ってくれた恩人で、しかも自分達が仕える旦那様がそうおっしゃるんだから・・・
「まだ、それをお受け出来る年齢ではございませんが、栗山様が是非にとおっしゃるなら」
そして和久に目配せをする。実は二人とも、全くワインを飲んだことがない、と言う訳ではなかった。父に勧められて一口二口は飲んだことがある。それも彼等が社会に出るためには必要なことの一つだ。幸久の横に柏木が立ち、ワイングラスに数口程度の量のワインを注ぐ。そして、テーブルを回って和久のグラスにも。
(この程度の量なら、きっと大丈夫だ)
幸久は軽くグラスを持ち上げる。栗山が嬉しそうな顔をし、グラスを掲げた。もちろん、和久も同じようにしている。
「では、乾杯」
そしてその液体を喉に流し込む。残念ながらワインの味が分かるほどの知識は彼等にはない。しかし、栗山家で飲まれているワインが安物な筈はない。実際、その飲み口は柔らかく、彼等二人にも十分口に出来るものだった。
そんな、二人にとって久しぶりの時間はゆったりと過ぎていった。そんな席で二人が眠りに落ちたのは、栗山に勧められるままにワインを口にしたからだけではなかったのかもしれない。



「うぅ・・・」
幸久が目を覚ました。そこは暗い部屋だった。
「うぐっ」
近くで何か、押し殺したような声がした。そっちを見てみる。暗くてよく分からない。しばらく見ていると、人影らしきものが見えてきた。何かがもぞもぞと動いている。
「くっ」
その人影から声がする。その声は和久の声だ。ということは、その人影は和久なのだろうか。
「和久?」
幸久は問いかけてみた。が、返事は返ってこない。その代わり、また声がした。
「いっ」
なにか、湿ったような音。息の音。目が慣れてくる。和久らしき小さな体に、大きな影が二つ覆い被さっていた。
「和久?」
「に、兄様・・・」
泣いているかのような声だ。
「どうしたんだ、和久」
すると、急に明るくなった。

一瞬、何も見えなくなった。白い光の中、うごめく3つの人影。そして・・・
「いぐっ」
一人が和久の足を持ち上げ、お尻の辺りで動いている。もう一人は和久の頭に腰を押し付けている。和久は全裸だった。そして、幸久は理解した。和久は犯されているのだと。
「や、やめろ、和久から離れろ!」
幸久は大きな声を出した。和久を犯していた男二人が幸久を見る。一人は熊田、もうひとりは知らない男だった。二人は幸久の方を見る。
「待ってろ。すぐお前もやってやる」
知らない男が幸久に言った。男の手が和久の腕を掴む。そのままねじ曲げて、背中に押さえ付ける。
「ひ、ひぃぃ」
和久が情けない声を上げた。その瞬間、幸久には確かに和久の肛門に男の陰茎が差し込まれているのが見えた。それはぐじぐじと音を立てながら、和久の体の奥深くまで入っていた。
「やめろぉ」
幸久は叫び、止めに入ろうとした。しかし、体が動かない。両腕が鎖で繋がれ、その鎖は鉄で出来た格子に固定されている。そして、初めて自分が檻の中にいることに気が付いた。
「な、なに、これは」
手を動かす。じゃらじゃらと鎖が音を立てる。その鎖は手首に嵌められた鉄製の輪に繋がっている。それを外そうとする。が、それは錠前で固定されていた。
幸久は和久を見る。和久の顔が涙と涎で汚れている。幸久を見ている。幸久に助けを求めている。
「やめろ!」
熊田が幸久を見る。目が合うと、にたっと笑う。
「ほら」
熊田が和久の顔を股間に押し付ける。勃起した陰茎が和久の顔に押し付けられる。喉を押さえ、鼻を押さえ、そして開いた口にそれを無理矢理押し込む。
「和久!」
熊田は笑っている。笑ったまま、和久の口を使う。もう一人の男は和久の肛門を使う。二人の男の間で、和久の白く、華奢な体が押しつぶされそうだ。
「や、やめ・・・やめて下さい」
幸久は膝を床に突き、上半身を前に倒す。手が自由に動くなら、きっとそれは土下座なのだろう。
「和久を助けて下さい。お願いします」
「うん?」
和久の肛門を犯していた男が腰の動きを止め、顔を上げる。毛むくじゃらの熊のような顔だ。
「お願いします。代わりに僕が何でもしますから、お願いします」
幸久は懇願する。
「ふん」
毛むくじゃらの男は顔を戻し、再び腰を動かし始める。
「いあぁ」
和久が悲鳴を上げる。
「い、痛い、兄様、助けて」
和久が幸久に向かって手を伸ばした。が、熊田がその腕をねじり上げる。
「ぎあぁ」
和久がより大きな悲鳴を上げた。
「それくらいにしなさい」
悲鳴と同時にその声がした。
 
      


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