あの時のように、部屋の真ん中に和久がいた。
何人もの男が部屋の周囲の壁沿いに立っている。みんな、全裸だ。
そんな中に、栗山が立っていた。栗山が腕を上げ、そして振り下ろす。
バシィ
大きな音がする。そして、部屋の真ん中で、和久の体が揺れる。
「おやおや、これは・・・」
栗山が、窓を破って入ってきた幸久を見た。
幸久には栗山が目に入らなかった。和久が揺れている。その体にはいくつもの赤い筋が浮かび上がっている。和久は全裸で天井から吊り下げられ、そして鞭打たれていた。体には蚯蚓腫れが幾筋も出来ていて、そこから少しずつ流れ出した血が、一滴一滴体を伝って床に垂れている。そして、勃起していた。
「あなたも見に来たのですか?」
「か、和久!」
幸久は思わず弟に駆け寄った。しかし、その背中に殴られたような衝撃が走る。そして、あの音。
「ぐあぁ」
体が前にはじき出される。そのまま俯せに倒れ込んだ。
「そんなところに出ては、危ないですよ」
鞭をたぐりながら、栗山が言った。幸久は背中の激痛に呻きながら、体を起こして栗山を見た。
「か、和久を、助けて下さい」
栗山を見て言う。
「弟を、もう、勘弁してやって下さい」
すると、栗山はまた腕を上げながら言った。
「邪魔です。どきなさい」
「嫌です。弟を、これ以上」
そこまで言ったところで栗山が腕を振り下ろした。反射的に幸久は体を伏せる。が、その鞭は幸久の上を通り、和久の体に当たる。音がする。
「うぐっ」
和久が呻く。幸久は和久を見上げた。その体がゆっくりと揺れている。そして、その揺れに合わせて、ギシギシと音がする。
「や、やめて下さい、お願いします」
幸久はその場で栗山に向かって手を突き、そして土下座した。
「どうか、弟を助けてやって下さい」
頭を床に擦りつける。すぐ横で水が滴るような音がする。それが、和久の体から伝い落ちている血の音だということは見なくても分かった。
「何故ですか?」
栗山が言った。そして、鞭が飛んでくる音がする。頭の上で乾いた音がして、和久の呻き声がする。
「何故、あなたはこれを助けようとするのですか?」
「弟だから・・・弟を助けて下さい」
また音がする。そして、ぽたりと滴る音。呻き声。きしみ音。
「何故、弟を助ける必要があるのですか?」
また音がする。
「これはいなくてもいいじゃないですか」
乾いた音。くぐもった呻き声。
「あなたにとっても、いない方がいいのではないですか?」
「そんなこと・・・」
血が滴る音。視界の隅に、床の血だまりが見える。
また乾いた音がする。
「あぁ」
今までとは少し違う呻き声だ。と思った瞬間、土下座し続ける幸久の背中に、何か温かいものが落ちてきた。
「ほぉ、鞭打たれるだけでいくのですね、この性奴は」
幸久が頭を上げ、和久を見た。和久は勃起させ、そしてその部分がビクビクと上下に揺れている。その先から、精液が垂れてきている。その部分がびくんと跳ね上がり、垂れてきていた精液が雫となって落ちる。顔を上げていた幸久の太ももにそれは落ちた。
「和久・・・」
「にい、さま・・・」
和久が呻き、そして呟く。
「それをしゃぶりなさい」
いつのまにか栗山が近くに来ていた。鞭の柄で和久の股間を指す。
「そうすれば、助けてくれるんですね」
栗山は何も言わない。ただ、そこを鞭で指すだけだった。幸久は立ち上がった。和久の股間に顔を近づける。天井から吊り下げられている和久の股間をしゃぶるには、少し場所が高すぎる。背伸びをして、指で和久の勃起した陰茎を掴み、下に向ける。
「うぅ」
和久が呻く。幸久は背伸びをし、そこを口に咥えた。
「にい・・・さま・・・」
和久が幸久を見る。頭しか見えないが、その頭が和久の股間で動いている。
「さすがは松岡家のご子息ですね」
栗山が言う。幸久の口に初めて感じる味が広がる。それが弟の精液の味だとすぐに気が付いた。
「下ろしてやれ」
栗山が言うと、何人かの男が和久に駆け寄り、和久の体を床に下ろした。その体の無数の傷から血が滲んでいた。
「大丈夫か?」
幸久が言った。
「誰がやめていいと言いましたか?」
栗山だ。幸久は何も言わずにその言葉に従って、再び和久の陰茎を咥えた。
「ああ・・・にい、さま」
和久が呟く。それを聞きながら、幸久は和久がしたように、舌で、唇で和久の陰茎に刺激を加える。
「にいさまぁ」
和久が幸久の頭を股間に押し付けた。幸久が咳き込みそうになったその瞬間、幸久の口の中を青臭い精液が満たした。
「んぐっ」
和久に押さえ付けられたまま、幸久はそれを飲み込む。
「ふあぁ」
和久がそのまま腰を上下に動かす。
「にいさまぁ」
また射精する。そのまま、幸久の頭を押さえたまま、兄の口の中に3回射精した。
「ふあぁ」
そして、3回目の射精の直後、和久の体が痙攣し始めた。
「か、和久!」
幸久は慌ててその体を抱き起こす。しかし、小刻みに震える和久をどうすることも出来なかった。
「薬が切れたのですよ」
栗山が言った。
「和久を助けてあげて下さい」
幸久は栗山に懇願するほかなかった。栗山の足下にすり寄り、また土下座する。栗山は腕を組み、それを見下ろした。
「いいですよ」
そして、しゃがむ。
「ほら、これです。あなたが打ってあげなさい」
栗山が差し出したのは注射器だった。
「え・・・」
幸久は一瞬、それに手を伸ばしかける。が、途中でその手を止めた。
「あれはもう、薬漬けです。遠慮は要りません」
そして、幸久の手の方に更に注射器を差し出す。
「さあ、どうぞ」
幸久は栗山の顔を見る。優しい顔に見えた。しかし、それが本当の顔ではないことは、これまでの所業で十分過ぎるほど分かっている。
「ほら。このままでは、自分の舌が喉に詰まって死んでしまいますよ?」
幸久は栗山の言葉に驚き、和久を振り返った。体が震えている。ときどき大きく体が跳ねるように動く。
「このまま死んでしまってもいいのですか?」
「で、でも・・・」
またあの薬を使うということは、また和久が呆けたような顔であんなことをするようになる、ということだ。
「そうですか。あなたは弟を見殺しにするのですね。でしたら・・・」
空気を裂く音がした。和久の体が跳ね上がる。栗山が痙攣している和久に鞭を浴びせていた。それは休みなく2回、3回と続く。
「や、やめて下さい」
幸久は立ち上がると、栗山の体にしがみついた。何人かの男達が二人に駆け寄ろうとした。
「いいのですよ」
栗山は幸久にしがみつかれたまま、彼等を制する。
「あなたはどうしたいのですか?」
栗山が幸久に問うた。
「ぼ、僕は・・・和久を、これ以上苦しめないで下さい」
「そのために、あなたは何を差し出すのですか?」
栗山が言う。
「私はあれが邪魔です。目障りです。ですからいたぶり、殺します」
「そ、そんな・・・」
栗山が言っていることが全く理解出来なかった。しかし、それが栗山の考えであり、それを実行しようとしているのはよく分かる。
「そんなものを助けてやれというのなら、それなりの見返りが必要だと思いませんか?」
人の命を助けるのに、殺すというのをやめさせるのに何故見返りが必要なのか、これまで善意の中で生きてきた幸久には分からない。しかし、今、それが必要だというのなら・・・
「代わりに僕が・・・僕が栗山様のものになります」
それが今、家も、両親も、金も全て失った幸久に出来る唯一のことだった。
「何を言っているのですか。あなたは既に私のものです。この家に来た時からね」
栗山は答えた。
(何を言ってるんだ)
そうは思ったが、それについてあれこれ言っている時間はない。
(だったら・・・)
考える。考えるが何もない。何も差し出せるものは幸久にはなかった。
「もう、あなたには何もない。分かってますよ」
栗山が鞭を振り下ろした。痙攣している和久の体がその衝撃で揺れる。が、もう和久は痛がることも出来ない。
「やめてください」
幸久は和久に覆い被さり、その体を鞭から守ろうとする。
「そうですか・・・」
栗山が少し考え込んだ。
「分かりました。では、あなたが私のものになるという、覚悟を見せてもらうということで手を打ちましょう」
栗山が鞭を近くの男に渡し、部屋の奥に向かった。
部屋の奥の壁は大きな布で覆われていた。さっきはなかったものだ。
「こちらに来なさい」
栗山が言う。幸久は和久を気にする。
「すぐには死にません。こちらに来なさい」
もう一度言った。幸久は和久から離れ、栗山の近くに立つ。
「これはもっと後でお見せしようと思っていたのですが・・・」
そう言いながら、壁の布を掴んで引き剥がした。
壁際に机が置いてあった。そして、その上に、いや、壁に全裸の少年が一人いる。立っているのではない。壁に貼り付いているように見える。何か違和感を感じる。大の字に腕と足を広げて・・・いや、腕の肘から先がない。両方共だ。そして、足も膝から下がなかった。
栗山は驚いたような表情で少年を見つめる幸久に、少し時間を与えた。幸久がじっくりとその少年を見つめ、その状況を理解するのを待った。
「こ、これ・・・」
幸久は、自分がまるでその少年を物のように言っていることに気が付かない。
「これ、あの・・・」
その顔・・・丸顔で坊主頭・・・に見覚えがあった。あの、全裸で窓を拭いていたときに、窓の外から幸久を指差し、笑っていた少年だった。
「あ・・・」
そして気が付いた。その少年の肘や膝の部分が壁に大きな釘で打ち付けられていた。そんな少年の体が少し動いた。
(まだ生きてる)
そう思ったのも無理はない。壁の肘、膝の部分には、彼の体から流れ出た血がべったりと付着している。
「誰か分かりますか」
幸久は頷いた。
「あなたは私のお気に入りだと言いましたよね」
幸久は頷くだけだった。目が少年に引き寄せられ、そこから逸らすことが出来ない。
「これはあなたを嘲り、笑いました。だから、処刑されるのです」
ようやく、幸久はゆっくりと栗山に顔を向けた。
「な、何故・・・」
「言ったではありませんか。私はあなたを気に入っていると」
やはり、栗山の言っていることが幸久には理解出来ない。
「私のお気に入りのあなたを笑った。それで十分、死に値します」
「ま、待って下さい」
栗山は幸久の顔を見た。
「そんなことで・・・」
そんなことで、彼は今、目の前で壁に打ち付けられている。手足の先はない。そして、体にも無数の傷がある。すでにかさぶたになっている傷も、まだ生々しい傷も。顔は腫れ、そして恐らく、その少年も薬を使われ、大勢の男達の慰み者にされたのであろう、陰茎は勃起していた。
栗山が壁際の机に上がる。
「何を笑っていたのですか?」
栗山が少年に尋ねた。
「ち、小さいと笑いました」
もう何十回、何百回と答えさせられているのだろう。少年は怯えながら答える。
「ふん」
栗山が幸久を見る。そして、少年の股間も。
「確かに幸久さんは小さいようですね。ですが」
栗山がナイフを取り出した。それを少年の勃起した陰茎に当てる。そして、そのナイフを前後に動かした。
「いぎゃぁ」
大きな悲鳴が上がる。少年の陰茎が切り取られた。栗山はそれを幸久の方に投げ捨て、机から飛び降りる。
「これでお前の方が小さくなりました」
少年の股間を見上げて言った。
「はい・・・」
少年は答えた。
「申し訳ありませんでした」
泣いている。
「さて、あなたの覚悟を見せて頂きましょうか」
栗山が幸久を振り向いた。
「柏木」
いつのまにか、幸久の背後に柏木が立っていた。
「はい」
柏木は部屋のほぼ中央の天井から降りてきている縄、さっきまで和久が吊り下げられていた縄を手に取った。その先端に輪を作る。
「これをあいつの首に掛けて下さい」
柏木がその縄を幸久の方に差し出した。幸久は躊躇する。その形、それには見覚えがある。悪い予感しかしない。
「そろそろ、あれも限界かもしれないですね」
栗山が幸久の背後を指差した。そこには和久が横たわっている。もうほとんど動かない。しかし、時々ビクッと大きく体が痙攣している。
幸久は目を瞑る。
(父様・・・お許し下さい)
幸久は目を開き、柏木からその縄を受け取ると、それを持って少年に近づいた。机に登る。少年の首に輪を掛けようと思うと、背伸びをしなければならなかった。そして、部屋のほぼ中央から少年の首まで、斜めに縄が張られた。
改めて、少年を見た。やはり、肘と膝から先は切断され、その先が縫われている。さらに、その短くなった手足の先に大きな釘が打ち付けられ、その釘で壁に小さい大の字に磔にされている。釘打たれた所からは、赤黒く乾いた出血の痕。切断された陰茎の根元からは今まさに出血している。そして、鼻をつく精液の臭い。体にも精液らしきものや、それが乾いたと思えるような痕が付いている。
「これを持ちなさい」
机の下から、栗山が斧を差し出していた。何をするのか、何をさせられるのか分からないまま、幸久はそれを受け取る。
「まず、右足です」
それで切り落とせ、ということだ。幸久は躊躇する。覚悟を示す・・・つまり、栗山の言う通りにこの少年を、恐らく殺さなければ和久は助けられない、ということだろう。しかし・・・
「もう、あまり時間はありませんね」
机の下から栗山が言う。
(そうだ・・・躊躇してる時間はない)
「さあ、どうしますか?」
あの優しい顔をして、栗山が迫る。
(父様・・・)
斧を握り直す。
(父様、僕は、地獄に落ちます)
そして、斧を振り上げた。
(はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・)
手が震える。心臓が激しく打っている。息が荒い。いや、息が出来ない。幸久はそのまま動けなくなった。
(父様・・・)
覚悟を決めたつもりだったのに、体が動かない。目の隅で栗山を見る。腕を組み、こちらを見ている。
(やらなきゃ・・・)
そう思う一方で、
(僕は、何をしようとしているんだ)
心が二つに分かれている。
その時、少年の体がほんの少し動いた。すると、釘が打ち付けられた右足から、ぴゅっと血が迸った。
「うぅ」
小さな呻き声だ。少年の顔を見る。少年が幸久を見ていた。
「ああぁぁぁ」
斧を振り上げた手に力を込めた。そして、それを右足の太ももめがけて振り下ろした。
意外なほど、さしたる抵抗もなく、斧は少年の右足を体から切り離した。切り離された短い足は、釘で打たれていた膝の少し上を中心としてくるりと回り、切断面が下を向いた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
幸久は荒い息をしている。そのまま机の上を歩き、少年の左側に回り込む。
「うあぁぁ」
斧を振り上げ、そして今度は左足の付け根に叩き付ける。
「ぎぁ」
一瞬、少年が悲鳴を上げた。その体が少し下にずり落ちた。
「うぐぅ」
両腕に体重がかかる。恐らく、痛みが増しているのだろう。
「次は、左手ですか?」
栗山の表情が想像出来た。きっと笑顔に違いない。幸久は、栗山を見ずに頷いた。斧を構える。少年は目を閉じていた。
「あぁぁぁ」
振り下ろす。
「ぐあぁぁ」
斧が肩に食い込んだ。少年が目を見開き、悲鳴を上げている。幸久は急いで斧を外し、再び振り下ろす。3度目でようやく、少年の腕が肩の部分から切り落とされた。そして、少年は右腕1本だけで、壁からぶら下がっている。
「はぁ、はぁ、はぁ」
幸久は肩で息をしていた。
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」
少年も息が荒い。机を歩き、少年の右側に回る。
「幸久さん、下りてきなさい」
栗山が呼ぶ。幸久にはそれが聞こえていた。が、それを聞かなかった。そのまま斧を振り上げる。
「ごめん」
少年にしか聞こえない、小さな声で言った。
「早く」
少年が答える。最後に二人の目が合った。
「幸久さん、何をしているのですか」
栗山が言った。が、幸久はそれを無視し、斧を振り下ろした。
その瞬間、幸久のすぐ横を何かが通り過ぎた。壁には二つの腕と、二つの太ももしか残っていない。幸久はゆっくりと振り返る。少し離れたところに、手足のない少年が縄で吊されていた。その首に縄が食い込んでいる。そして、その体はギシギシと音を立てながら、振り子のように大きく揺れていた。幸久は斧から手を離す。斧は机の下に落ち、大きな音を立てた。机からゆっくりと下り、その少年の下に立つ。その少年を見上げる。血が滴り、幸久の顔に落ちる。
(ただ、笑ったから。指差して笑ったから・・・)
幸久はその場にしゃがみ込んだ。そして、大声で泣き叫んだ。
傍らに横たわる和久は、もう動いていなかった。
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