目が覚めた。
またあの部屋だった。ベッドを覆う天蓋は、元に戻されている。
「和久!」
幸久は体を起こし、ベッドから飛び降りる。部屋の中にはもちろん和久の姿はなかった。ドアに駆け寄る。しかし、鍵がかかっている。
「和久!」
ドアをどんどんと叩いた。
「目が覚めたか」
ドアの外から声がした。そして、鍵が開く音がした。
ドアから入ってきたのは熊田だった。
「大人しくしろ」
熊田は部屋の外に出ようとする幸久の体を押さえる。
「和久は?」
「大丈夫だ。生きてる」
幸久はほっとして、その場に座り込んだ。が、すぐに立ち上がる。
「大丈夫なんですか、体は元に戻ってるんですか」
すると、熊田の手のひらが幸久の頬に飛んできた。
「焦るな、落ち着け」
幸久は左手を頬に当て、そのまま動きを止める。
「今は眠っている。ちゃんと手当もしている。薬も抜いている。安心しろ」
(よかった・・・)
また床に座り込んだ。
「会えますか?」
「まだだめだ。でも、旦那様を信じて待て」
熊田はドアを塞ぐように立ちはだかったまま言った。
「それとも、旦那様が信用出来ないか?」
もちろん、信用など出来る訳がない。和久をあのようにして、そして、あの丸顔の少年に・・・
「あ・・・」
幸久は座り込んだまま両手を見る。
(この手で、あの・・・)
斧を振るった時の感触が蘇る。そして、すぐ横を通り過ぎていったあの、手足のなくなった少年の体。正確に言えば、それが通り過ぎる所を見た訳ではない。幸久が感じ取ったのは、何かが通り過ぎていったということだけだ。しかし、その後、手足がなくなったあの少年が、天井から縄でぶら下がり、揺れているのははっきりと見た。そして、その縄が首に食い込んでいる様も。
「うっ」
何かがこみ上げてきた。幸久は口を押さえる。
「どうした?」
「吐きそう・・・です」
なんとかこらえながら答える。
「来い」
熊田に連れられ、便所に向かった。そこで胃の中のものを吐き戻す。ほとんどが胃液だった。しかし、苦しい吐き気はなかなか治まらない。
「お前、殺したんだってな」
幸久の背後に立っていた熊田が言った。
「おえぇ」
流れる血。そして、ぎしぎしという音。
「あいつはよく働く奴だったのに・・・お前と同い年だったかな」
また吐き気がこみ上げる。
「殺すなんてな」
幸久はその場にうずくまった。耳を両手で塞ぐ。もう、何も聞きたくなかった。そんな幸久を抱えて、熊田は部屋に戻る。幸久の体を投げるようにしてベッドの上に横たえる。そして、部屋のドアに内側から鍵をかけた。
「和吉はなかなか良かった。お前はどうなんだろうな」
そして、無理矢理幸久の服を引き裂き、全裸にした。
熊田が幸久の肛門を押し開き、その中に入ってきた。

幸久は何日か、その部屋に閉じ込められていた。その部屋から出ることが許されるのは便所と食事だけ。便所に行くときは必ず熊田がついて来る。そして、食事はあの使用人用の大部屋だ。そこに行くと、皆が幸久をじろじろと見る。そして、ひそひそと会話を交わす。
(みんな、知ってるんだ)
和久のこと、そして幸久があの少年を殺したこと。使用人たちの素振りから、それを皆知っているらしきことが感じ取れる。
「旦那様のお気に入りだかなんだか知らないが・・・」
誰かがそんなことを言っているのが聞こえる。そんな中での食事。誰とも話はしない。誰からも話しかけられない。幸久は独り、晒し者にされていた。

それから数日、幸久は使用人として仕事をしていた。和久がどういう状態なのか誰も何も教えてくれない。熊田が言っていたことも信じて良いのかどうか分からない。それでも幸久は信じて待つしかなかった。
幸久はまた安西と二人で各部屋を掃除して回っていた。それが今の幸久の仕事だ。もちろん、あの時のように全裸ではなく、使用人用の白い粗末な木綿の服を着ている。それでも、安西は幸久を直視しようとはしない。その理由が幸久には分かっていた。
(僕は人殺しだから)
安西の目に怨みのような、怒りのような感情があることに幸久は気が付いていた。
(ひょっとしたら、安西さんはあいつに好意を抱いていたのかも)
そうも思う。しかし、それを尋ねる勇気は幸久にはない。尋ねることが出来たとしても、その結果、安西から何故、どうやってあの少年を殺したのかを尋ねられるかもしれない。それが怖かった。だから、幸久も安西とは目を合わせないようにしていた。二人で黙々と仕事をこなす日々を送っていた。

「幸吉、来い」
ある日・・・あの、少年を殺した日から10日くらいたったその日、幸久は熊田に呼ばれた。熊田が幸久を連れて行ったのは、使用人の大部屋の奧の小さな部屋だった。幸久は、大部屋にいるときに、何人かがその部屋に出入りしていたことは知っていたが、彼自身はその部屋に入ったことはなかった。熊田に促され、その部屋に入る。薄暗い部屋に、数人の男がいた。そして、その中の一人は下半身裸で、部屋の奥の何かに抱き付いているようだった。その光景・・・その感じ。幸久は慌ててその男を押しのけた。その男の向こう側には、和久がいた。
「か、和久・・・」
幸久の心に何とも言えない感情が渦巻いた。生きていたこと、動けるようになっていること、そして、こうして全裸で男に抱かれていること・・・
「な、なにして・・・」
すると、和久が笑った。
「にいさまぁ」
あの時の顔だ。あの時の目だ。そして、あの時のように和久は幸久に向かって手を差し出した。
「やめろ!!」
幸久はその部屋から逃げだそうとした。が、熊田がそれを阻む。
「どうした、せっかく和吉に会えたのに」
「こ、こんな・・・こんな・・・」
熊田が抗う幸久の体を押さえ、言う。
「旦那様からの伝言だ。俺の言う通りにしたら、お前の思う通りにしてやるとさ」
幸久が体の動きを止めた。
「そして、俺はお前に命じるように言われてるんだ。弟を犯せ、とな」
回りにいた男達が部屋から出て行く。残っているのは幸久と熊田、そして和久の3人だけだった。
「前にも犯ったんだ。もう一度するからって、大したことじゃない」
確かに前にも和久とはしてしまった。しかし・・・
幸久が振り返る。と、この部屋の入口に使用人達が集まって覗き込んでいた。皆、薄笑いを浮かべている。男だけじゃない。女もいる。みんな、何かを期待している。
「ほら、やれよ」
「で、でも・・・」
熊田が溜め息を吐いた。
「お前が殺したあいつ、安西と好き同士だったって知ってるか?」
(やっぱり)
「お前は安西に謝ったか?」
幸久は首を左右に振った。
「安西、いるか?」
「はい」
小さな声がした。
「こっちに来い」
熊田が呼ぶ。彼等の横に安西が来る。
「あ、安西さん・・・」
「安西は、お前にあいつを殺されても、けなげに毎日仕事に精を出して・・・それなのに、お前ときたら」
熊田が幸久の服を掴んだ。
「元子爵様かなにか知らないが、父親も息子も人殺しなんてな」
入口から覗いている人がなにかぼそぼそと話しているのが聞こえた。
「安西、こいつが憎いか?」
安西が小さく頷いた。
「憎いか?」
もう一度、今度は大きな声で熊田が尋ねた。
「憎いです」
安西が答えた。今度は声を張り上げた。
「こいつが人以下になるところを見たいよな」
「は、はい」
安西の声が震えていた。
「幸吉、犯れ。旦那様の命令だ」
「にいさまぁ」
和久が幸久に手を伸ばした。

幸久が全裸になると、入口に集まっていた他の使用人達が口々に何か言い始めた。安西は熊田に命じられ、和久と幸久のすぐ横で彼等を見ている。
「誰か、灯りを」
熊田が言うと、薄暗かった部屋に灯りが点る。その中で、幸久は和久に覆い被さった。
「にいさまぁ」
和久の口から涎が垂れる。そんな和久の肛門に、幸久は陰茎を押し付ける。
(これさえ終われば、僕の思い通りに・・・)
早く済ませてしまおうと思った。和久に挿入する。
「ああ、にいさまぁ」
和久が幸久の体に腕を回し、二人は唇を重ね合った。
その時、熊田は幸久の尻に、隠し持っていた注射器を突き刺した。

二人の回りに使用人達が集まっていた。その一番前に熊田と安西がいる。そして、幸久は和久に腰を打ち付け続けている。すでに3回射精していた。いつもより多い量の薬を打たれ、幸久もにやけたような顔で涎を垂らしながら和久に挿れ、体を揺すっている。和久も同じだ。和久も喘ぎ、兄を抱き締め、射精していた。使用人達の目の前で、安西の、熊田の目の前で二人は狂ったように抱き合い、喘ぎ、射精した。やがて、使用人達がその光景に見飽きて、徐々にその部屋から出て行った後も、兄弟は交わり続けた。

幸久が気が付いたときは、和久の横で仰向けに横になっていた。そんな彼の横で和久は別の使用人に入れられ、喘いでいる。
「和久・・・」
それを横で見ている幸久の心にどんよりと暗い雲が垂れ込める。
(こんなことのために・・・僕は人を殺したんじゃない)
和久の姿を見て思う。ゆっくりと体を起こす。和久と、和久を犯す使用人を見下ろす。和久の顔。和久の喘ぎ声。
「あ、いくっ」
使用人が呟き、腰を和久に打ち付け、動きを止める。2、3度体を震わせる。
「やめろ・・・」
幸久の声はその男には届いていない。
「やめろって言ってるだろ!」
今度は大声で叫び、そして男につかみかかり、その体を和久から引き剥がした。
「ああ・・・」
和久が声を上げた。その男の方に手を伸ばす。
「やめろ!!」
(こんな筈じゃ・・・)
幸久が人を殺めてまで守りたかった和久・・・今、幸久の目の前にいる和久は、その和久ではない。
「ぁぁぁああああああ」
幸久は頭を抱え、しゃがみ込んだ。そのまま、頭を床に打ち付ける。熊田が幸久の体を押さえ付けるまで、それは繰り返された。



「私の言いつけを守って、和久さんを皆さんの前で犯したそうですね」
栗山が言った。彼等、栗山と幸久、そして和久は、この家で使用人として引き取られるという話をしたあの部屋の、あのソファに向かい合って座っていた。
「何故・・・助けてくれるということじゃなかったんですか?」
幸久が栗山に声を荒げる。その横で、和久はもぞもぞと体を動かしている。
「おやおや、礼もなしに、いきなり文句を言うとは・・・さすが松岡家、躾けがなっていませんね」
「礼なんて・・・約束を破ったのはそちらです」
「何を不躾な。約束はちゃんと果たしました。柏木」
あの時のように、部屋の入口に控えていた柏木が彼等に近づき、説明した。
「あの後、旦那様は約束通り、和久様を治療させ、3日間の療養、その間、一切の薬を絶つよう、言いつけられました」
そして、柏木は、上着の内ポケットから小さな手帳を取り出す。
「そして、一旦、普通に戻られました」
「え・・・」
意外だった。
「でも、何故・・・」
今、和久は幸久の隣に座っている。しかし落ち着きがなく、その顔は半笑いで涎を垂らしている。
「一旦、和久様は正気に戻られましたが、自ら壊れることを望まれたのです」
幸久は絶句した。
「そんなはずは・・・」
柏木が手帳を見る。
「幸久様は、全裸で、土下座し、ここに置いてもらえるよう懇願されたそうですね」
あの時のことだ。ここに来て、2日目のあの時・・・


幸久は全裸のまま、裏口の扉の前で頭を下げていた。
「もう、口答えしません。許してください」
しかし、扉は開かない。
「兄様・・・もう、やめようよ」
和久が言った。だが、彼等にはもう、他に行く当てもなかった。そして、幸久は全裸のまま膝を折り、地面に手を突き、土下座した。
「他に行くところはありません。どうか許してください」
隣で同じように和久も頭を下げていた。松岡家の嫡男である兄の、そんな姿を横目で見ながら・・・



「あなた方ご兄弟は、お父上から、松岡家の名誉と誇りを守るよう、と言いつけられていたとお伺いしました」
確かにそうだ。幸久と和久は、父親が逮捕される前日の夜、父親にそう言われていた。そして、それを知るのは幸久と和久の二人だけのはずだった。
「それなのに、名誉も誇りも捨ててしまった幸久様に、和久様は大変失望されたそうです」
「それで、希望を失い、壊れてしまいたいと思った、と言う訳か」
栗山が口を挟んだ。
「その通りでございます」
柏木が頭を下げた。
「そんな・・・」
「私は約束は果たしました。しかし、あなたの弟は、自分の意志で壊れることを選んだのです」
「そんな・・・」
幸久は激しく動揺した。和久自身が壊れたいと思っていたなんて・・・
「その原因は、あなたなのですよ」
栗山が追い打ちをかけるように言った。
 
      


Index