12
幸久は全裸のまま、栗山の後について、屋敷の中を奧へ奧へと歩いていた。
途中、扉を2回通った。その度に、栗山が懐から鍵を出し、解錠する。そうやってたどり着いたのが、廊下の本当の突き当たりだった。
栗山はその扉の鍵を開ける。そして、その奧の部屋に幸久を招き入れた。

その部屋は、まるで図書館のようだった。大きな木の書架が壁を覆い尽くし、たくさんの本が並んでいる。チラリと見た限りでは、異国の本のようだ。その奧に大きな机。机の手前にソファが二つ向かい合って置かれ、その真ん中にテーブルがある。そして、大きな机の向こう側、大きな窓の手前に革張りの椅子が置いてある。
「ここは私の私室です。柏木ですら、ここの鍵は持っていません」
つまり、栗山家の奧の奧、ということだ。
「まあ、お座りなさい」
机の手前のソファに幸久を座らせた。

「やっと二人だけになりましたね」
栗山が言った。
「今までこの部屋に通した者は、恐らく10人もいないでしょう。あなたのお父上、松岡久持子爵もその中の一人です」
そんなことを聞かされても、幸久は何も感じなかった。
「そうそう、いい知らせがあります」
机の向こう側の革張りの椅子に座って栗山が言った。
「あなたのお父上は、獄中で頓死したそうですよ」
幸久が栗山の顔を見た。
「可哀相に、罪をなすりつけられて死ぬなんて、松岡の人間らしいですね」
「どういう・・・意味ですか」
栗山の顔を見たまま、幸久が問うた。その声が震えている。
「そうですねぇ・・・」
栗山はじらすように言った。
「父は、死んだというのですか?」
そんな栗山に幸久は食い下がった。
「まあ、落ち着きなさい」
栗山が、房の付いた紐を引っ張った。どこかで微かに鐘のような音がした。
「教えて下さい」
幸久は立ち上がり、大きな机に手を突いて、栗山の方に身を乗り出した。
ちょうどその時、部屋のどこかで小さな鐘の音がした。
「来たようだ」
栗山が部屋の扉を開くと、その外に柏木が立っていた。
「お呼びでございますか」
「紅茶を入れてくれ」
「かしこまりました」
柏木はくるりと体の向きを変え、去って行く。栗山は扉を閉める。
「今、柏木にお茶を運ばせます。それまでお待ちなさい」
幸久はそんなのんびり出来るような気分ではない。が、従う他はなさそうだった。黙ってソファに座り直す。

じりじりと時間を過ごすうちに、また鐘の音がした。栗山が扉を開く。柏木がお茶と御菓子を運んできた。
「そこに」
栗山は、それをソファの前のテーブルに置かせた。
「失礼致しました」
柏木が出て行く。栗山は、幸久の向かいのソファに座った。一口お茶を飲み、そして話し始めた。

「あなたのお父上は些細な金を盗み、人を殺めて投獄されました。それはもちろんご存じですよね」
幸久は頷く。
「けれども、本当は、お父上は盗みも殺しもしていません」
そして、しばらく幸久の顔を見る。
「実は、松岡家は代々、我が栗山家の裏の仕事や後始末を担ってきた家なのです。ですから、今回、あなたのお父上もあることの後始末を付けるはずだったのです」
そこまで話をし、幸久に手振りでお茶を勧めた。
「それなのに、あの男は捕縛されるなどという下手を打ちました。ですから、私達が手を回し、ありもしない犯罪をでっち上げ、あなた方のお父上をその犯人に仕立て、我が栗山家の裏の事情が表に出ないようにした、ということです」
「何もしていない父を犯罪者にした、ということですか?」
幸久は声を上げた。
「何もしていない、というのは間違いですね。お父上を犯罪者にすることで、もっと大きな罪から彼を庇って差し上げたのです。つまり、彼が負っていた役割というのは、それほど大きなものだったのです」
幸久は体を震わせた。
「それでも・・・」
何と言えばいいのか、幸久には思いつかなかった。ひょっとしたら、父は単なる犯罪者ではなく、国賊として蔑まれるようなことをしていたのかもしれない。ひょっとしたら本当に、栗山によって、庇われていたのかもしれない。
(いや・・・)
今まで栗山家のやり方は嫌というほど見てきた。その理解出来ない考え方に接してきた。そもそも、そんなことに、父様が手を染めるだろうか・・・
栗山がまた口を開いた。
「それからもう一つ。松岡家の嫡男は、ある程度の年齢になると栗山家に仕えることがしきたりです。そして栗山家当主の慰み者となり、体の関係を通じて栗山家に忠誠を誓うのです。もちろん、あなたのお父上もそうでした」
栗山が立ち上がる。書架に並んだ本の中から一冊を取りだし、ソファに戻った。その本を開く。その中には古い写真が貼り付けられていた。
「これって・・・」
その写真の中で、一人の少年が男に犯されていた。幸久や和久が味わった屈辱と同じ行為が、その写真には記録されている。
「その少年、誰だか分かりますか?」
何となく見覚えがあるような少年だった。鼻筋が通った美少年・・・幸久や和久とも似ている。
「ひょっとして・・・」
幸久が顔を上げた。
「そうです。あなたのお父上、松岡久持がちょうどあなた位の年齢の時の写真です」
写真の中で、幸久の父の肛門に男の陰茎が入っている。幸久の父の陰茎は勃起している。その光景がはっきりと切り取られていた。
「それは、私の父、栗山秀臣です」
(つまり、父様は、先代の栗山家当主の慰み者だったんだ)
「そして、いずれはあなたもお父上によって、我が栗山家に差し出されるはずだったのですよ。この私の慰み者としてね」
栗山はその本を書架に戻す。
「これが、栗山家と松岡家の本当の繋がりです。ですから、あなたは元々慰み者になる運命であり、それが少し早まっただけなのですよ」
ソファに座る。
「もっとも、もう松岡家は終わりですけれどもね」
「と、父様は・・・」
「もちろん、私が手を回しました。彼も爵位を剥奪され犯罪者として蔑まれながら生きる、そんな惨めな生き方をせずに死ねたのです。きっと喜んでいることでしょう」
栗山が笑いながら言った。
「そんな・・・そんな・・・」
幸久は顔を伏せた。何のために屈辱を受け入れたのか。何のために、この手で人を殺めたのか。何のために、弟まで失ったのか・・・全ては、生きて、いつか、松岡の家を再興するためだ。しかし、その松岡家は栗山家の慰み者の家系であり、こうして笑いながら話せる程度の、そんなものだったのだ。
「どうですか、少しは気が楽になりましたか?」
栗山の言っていることは、いつも理解出来ない。何故、こんなことを聞かされて気が楽になるのだろうか。
「所詮、松岡家はこうなる運命だったのですから」
幸久の体が震えていた。なんだか息苦しい。
「ぅぅぅぅぅ」
喉の奥から、そんな声が出てくる。
「おやおや。みっともない顔をされていますね」
幸久の口が何かを訴えようと動いている。でも、声が出ない。何を言いたいのか、自分でも分からない。涙が止まらない。鼻水も、涎も出ている。自分が自分ではなくなったようだ。
「さて。それでは、そろそろ」
栗山が、再び房の付いた紐を引っ張った。そして、柏木がやってくる。
「準備を」
「かしこまりました」

やがて、屋敷の奥から幸久が、あの和久が犯され、名も知らぬ少年の命を奪ったあの部屋に運ばれていった。



「さて」
栗山は部屋のほぼ中央で、椅子に座って見上げていた。その視線の先には、幸久が吊り下げられ、時々体を揺らしている。
「ここであなたは私の使用人を殺したのでしたね」
時々体を揺らしていた幸久の動きが止まる。
「まさにあなたがいるそこで息絶えたんですよ。どんな気分ですか?」
その問いかけに、幸久は何も答えなかった。
「そうですか・・・あなたは、もう、私の言うことは聞かない、ということですね」
「はい」
幸久はそう小さく答える。
「それは困りましたねぇ。あなたに罰を与えないといけなくなります」
あの同意書を思い出した。
(そうだ、『いかなる処罰も』だ)
「その覚悟は出来ています」
「困った人ですねぇ・・・」
そして、柏木に命じた。柏木は幸久を吊り下げていた縄を緩め、足が床に付くまで幸久の体を下ろす。
「さて・・・どうしますか」
栗山が幸久の顔を見る。何も言わない。そのまま、しばらく時間が過ぎた。
「あなたに選択肢を差し上げましょう。私のお気に入りですからね」
そう言って、幸久に背を向け、2、3歩離れた。そして、振り返って指を一本立てた。
「まず一つ目の選択肢です。あなたは弟である和久さん、そして私の使用人、合わせて二人を殺しました。殺人犯として私に裁かれる、というのは如何ですか?」
ゆっくりと、幸久の回りを歩きながら続ける。
「この場合、あなたは死刑です。が、恐らく、一番楽に死ねるでしょうね」
幸久の前で立ち止まる。そして、指を二本立てた。
「二つ目の選択肢。全てをかなぐり捨て、涙を流し、跪いて命乞いする、というのはどうでしょう」
また歩き出した。
「そうすれば、我が栗山家の奴隷として、一生飼って差し上げます。ただし、人間扱いは致しませんよ」
幸久の背後で止まる。後ろから、両肩に手を置いた。
「最後の選択肢。松岡家の嫡男として、私にいたぶられ、責め苛まれてもそれに耐え抜き、名誉と尊厳を守り通す」
両肩に置いた手が、少しずつ首に向かって動く。
「さて、どれを選びますか?」
手が首にかかった。
「あなたの命など、所詮私の暇つぶしの道具なのです」
じんわりと手に力が入る。少しずつ、ほんの少しずつ、栗山は幸久の首を絞める。そして、その耳元に顔を寄せてささやいた。
「さあ、どの死に方を選びますか?」
幸久は迷った。松岡家を守ることこそが自分がやらなければならないことだと思っていた。そして、そのために結果的に二人の命を奪ってしまった。しかし、守るべき松岡家は、栗山家の慰み者でしかなかった。今更命乞いなど出来ない。そして、楽に死ぬことなど、和久が、あの使用人の少年が許してくれる筈もない。
幸久は心を決めた。慰み者であろうとも、父様と、和久のために松岡家を守ると。
「僕は松岡久持の嫡男です。松岡家の名誉を守ることが、僕の生きる理由であり、弟を死なせたことへの罪滅ぼしです」
「つまり、三番目、ということですね」
「はい」
栗山が両手に力を込めた。
「んぐっ」
一瞬、幸久は呻き、その体を揺さぶる。が、すぐに動きを止めた。栗山は幸久の首から手を離す。
「いいでしょう。幸久さんなら、きっとこれを選んで下さると思っていましたよ」
栗山が幸久の正面に立った。
「では」
栗山が膝で幸久の股間を蹴り上げた。
「うぐっ」
幸久の呼吸が一瞬止まる。栗山が髪の毛を掴んで顔を上げさせる。
「せいぜい、頑張って下さい。楽しみにしてますよ」
そのまま髪の毛を引っ張る。ぶちぶちと毛が抜ける音が幸久の耳に届く。
「そうそう。あれは・・・あなたの弟は、薬で気持ち良くなっていました。でも、あなたは薬などなくても平気ですよね」
体の奥の鈍い痛みを感じながら、幸久には頷くことしか出来なかった。
 
      


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