なぞのむぅ大陸
10万Hit記念作品
<第2部>
僕は自分の耳を疑った。ついさっきまで僕等をもてあそんでいたチーフが、そんなことを言うはずはないと思った。むしろ・・・きっと、僕等はチーフ自身に処分される、それも酷い方法で・・・そう思っていた。 チーフが窓に近づき、鍵を開けた。部屋の中に冷たい空気が流れ込んできた。 「いまから10分だけ、ここの警報装置を解除する。その間に行け」チーフが机に戻って、引き出しを開けて何かを操作した。聞き間違いじゃなかった。 「なんで?」信じられなかった。訳を知りたかった。 「いいから、早くしろ」もう、答えを待つ時間はなかった。僕は、もう一人の僕の腕をつかんで立ち上がらせた。 「逃げるんだよ!」ぼんやりしているもう一人の僕をせかした。 「あの・・・ありがと」もう一人の僕を先に窓の外に押し出してから、僕はチーフに言った。 「いいから、早く行け」チーフは僕の背中にそう言うと、窓を閉めた。僕等は研究所を外部と隔てている壁に向かって走った。壁をよじ登る。そして、僕等は研究所の外に出た。 「これでいい」俺は椅子に座って大きくため息をついた。なんでこの俺があいつらを逃がす気になったのか、自分でもよく分からなかった。ただ、あいつらが殺されるのが気に入らなかった。研究対象として、おもちゃとして、性奴として、まだまだこれから利用価値があったのに・・・でも、あいつらを処分するなら、思いっきり残虐に殺してやりたいという気持ちも間違いなくあった。きっと楽しいだろうな・・・でも、俺はあいつらを逃がした。なぜなのか・・・・ 「さて、そろそろ」俺は引き出しを開け、警報装置のスイッチをもとに戻した。 僕等は研究所の外に逃げ出した。が、壁を越えたところで途方にくれた。そこは研究所以外に建物がなかった。遠くにかすかに明かりが見えるだけの、だだっ広いところだった。いったい、どっちに行けばいいのか・・・ 「ねぇ、どっちに行こう?」もう一人の僕に聞いた。 「知らない」もう一人の僕はそう答えた。 「とりあえず・・・あっち」僕は彼の手を引いて、明かりがある方に走り出した。 明かりに近づくにつれて、少しずつ建物が増えていった。2時間くらい歩いたんだろうか、僕等は小さな街に入った。 「まず、服、なんとかしないと」僕は、もう一人の僕に言った。 「服?」もう一人の僕は、僕が何を言おうとしているのか分からない様子だった。 「この服じゃ、すぐに見つかっちゃうよ。普通の服、手に入れて着替えなきゃ」少しいらつきながら、僕はもう一人の僕に説明した。 「あと、できたら・・・帽子かなにか、顔を隠すものも・・・同じ顔が一緒に歩いてたらすぐに分かっちゃうし」 もう一人の僕の手を引きながら、僕等はなるべく目立たないように道の隅を歩いた。幸い、この時間には、他には誰も歩いていなかった。 「こんな時間じゃ、洗濯物とか干してないよなぁ・・・」今の僕等が服を手に入れる手段は、干してある洗濯物を盗むこと位しか思いつかなかった。 「あれ・・・」もう一人の僕が立ち止まって何かを指さした。 「あっ」その建物の庭には洗濯物が干してあった。たぶん、取り込むのを忘れているんだろう、夜の闇の中に、干したままの服が揺れていた。 「ちょっと待ってて」もう一人の僕にそう言うと、僕はブロック塀を乗り越えて、その建物に忍び込んだ。 その建物は、たぶんたくさんの子供を引き取っているか、あるいは面倒を見ている施設なんだろう、いろんな大きさの、いろんな服が干してあった。僕は、その中から適当に、僕の体に合いそうな服を2種類選んだ。なるべく、見た目の感じが違う服を2種類。そして、なくなっていることがわかりにくいように、洗濯物の干してある位置をずらして、なんとなく等間隔に見えるようにした。 「ほら、これに着替えて」塀の外で待っていたもう一人の僕に、適当に借りてきた(そう、あくまで借りたつもり。返しに来ることができたら、必ず返しに来るよ)服を手渡した。もう一人の僕はその場でTシャツとズボンを脱いだ。僕もあわてて服を脱いで、借りてきた服に着替えた。前の服は、捨てようかと思ったけど、適当に丸めて、ズボンで腰のあたりにくくりつけた。なにか役に立つときがあるかもしれないし・・・ 「あとは、靴と、出来れば帽子だけど・・・」回りを見渡してみても、それらしいものが手に入るようなところはなかった。さっきの施設に戻って、もう一回忍び込んで探してみたけど、靴や帽子はなかった。 「とりあえず、まぁいいや。それより早くここから遠くに行こう」僕は、もう一人の僕の手を引いて歩き始めた。裸足がアスファルトの地面に触れるぺたぺたという音が妙に大きく聞こえた。 夜が明ける頃、僕等はトラックの荷台にいた。あの街でエンジンをかけたまま停まっていたトラックを見つけて、僕等はそれに乗り込んだ。幌の付いた荷台の奥の方に積んであった荷物を少し動かして、僕等が隠れられる場所を作った。そして、息を潜めていると、やがてトラックが動き出した。どこに行くのかはわからなかったけど、とにかくあの研究所から少しでも遠くに行きたかった。 まだトラックに乗り込んでそれほど時間は経ってなかったけど、トラックがどこかに停まって、運転していた人が荷台から何かを運んで行った。僕等はそっと辺りを伺い、誰もいないのを確認して荷台から飛び降りた。あまり長い時間乗っていると、見つかるかもしれないと思ったから、とにかく降りることにした。 「ここ、どこなんだろう・・・」明るくなりかけている街を歩きながら、僕はつぶやいた。 「知らない」もう一人の僕が答える。 「何にも知らないんだね」少し皮肉混じりにもう一人の僕に言った。 「ずっと研究所にいたから、研究所以外のことは知らない」言い訳って感じじゃなかった。当然、と言いたげな感じだった。 「じゃ、黙ってついて来いよ」そして、僕等は公園にたどり着いた。 やがて、学校が始まる時間なのか、子供達が何人も歩いて行くようになった。 「そうだ、おいで」僕はもう一人の僕にそう声をかけて、そんな少年の後についていった。案の定、彼らは学校へと入っていった。 「このまま普通にしてればいいから」僕はもう一人の僕にそう言って、そしらぬ顔をして校門から校庭に入った。誰もなにも言わない。そのまま下駄箱に行き、適当に下駄箱の扉を開ける。そして、また適当に靴を2足選んだ。自分の足にちょうど合いそうな感じの靴を。 それから、忘れ物でも取りに帰るように、あわてたふりをして、校門から走り出た。ついでに、帽子をかぶったやつから、すれ違いざまにその帽子を奪った。そいつはしばらく追いかけてきたけど、やがてあきらめたのか、あるいは学校が始まる時間が迫ってきたのか、僕等を追いかけるのをやめて、学校の方へ走って行った。僕は、奪った帽子をもう一人の僕の頭にかぶせた。 「これで、なんとかばれずにすむかな」少し離れてもう一人の僕を見た。目深に帽子をかぶった彼の顔は、のぞき込もうとしない限り見えない。並んで歩いても大丈夫なはずだ。 「さあ、行こう」ばれずにすむと思うと、少しだけ気が楽になった。なんとなく少しはしゃいだ気持ちで僕は言った。 「どこへ行くの?」もう一人の僕のそんな言葉に、一瞬はしゃいだ気持ちがどこかに消えてしまった。 「どこへ行こう・・・それより、ここ、どこだろう・・・」僕は自分の立場を思い出した。思い出したくなくても、彼と一緒にいる限りは、自分と全く同じ存在と一緒にいる限りは・・・僕はクローンで、彼と同じ存在で、クローンだってばれたらすぐに殺されるんだ・・・気持ちが沈んでいった。 とりあえず、僕等は駅を探した。駅に行けば、ここがどこなのか分かるだろう。車のナンバープレートやなんかで大体の場所は分かる。でも、僕等がどこに行けばいいのか、それを考えるために駅に行こうと思った。 たぶん、街の真ん中くらいにあるんだろう、そう思って駅を探した。思ったよりも楽に見つかった。そして、駅の切符売り場の上にある路線図の端のほうに、見覚えのある地名が書かれていた。僕が住んでいた街、パパとママがいる街・・・そうだ、僕を待っていてくれる人があの街にいるんだ、あの街に、パパとママのところに帰れば、パパとママがきっと僕を守ってくれる。たぶん、もう一人の僕も、同じように守ってくれる・・・希望がわいてきた。何とかして、あの街に帰るんだ!! でも、どうしよう・・・・・切符を買うにしても、お金を持っていなかった。もちろん、もう一人の僕もお金なんか持っているはずがないし・・・またトラックの荷台に潜り込むとしても、どこに行くかわからないし・・・・・とりあえず、あの公園に戻ることにした。お腹が空いていた。でも、食べ物を買うことも出来ない。僕等は、どうすればいいんだろうか・・・・・ 公園の茂みの中で、僕等はじっとしていた。僕はどうすればいいのか考えていたけど・・・もう一人の僕は、なにも考えていない。これからのことは全部僕がなんとかしなきゃならない。とにかく、とりあえずお金。お金を稼ぐには、どうすればいいのか・・・ 「これからどうするの?」そんな僕の悩みを見抜いているかのように、もう一人の僕が言った。 「とりあえず、お金稼いで」どうすればいいのかわからなかったけど、そう答えた。 「どうやって稼ぐの?」もう一人の僕は、なにも考えずに聞くだけ。一瞬、怒りを感じた。 「わかんないよ、そんなこと!」ついつい大きな声を出してしまう。 「お願いだから、黙っててよ」なんでこんなにしゃくに障るんだろう・・・とにかく、怒ってもしょうがない。僕はまた、どうすればいいのか一生懸命考えようとした。でも・・・なにも思いつかないまま、日が暮れていった。僕等は公園の茂みの中で、黙ったままじっとしていた。 だいぶ夜も遅くなって、なんとなくうとうとしかけていたとき、茂みががさっとかき分けられた。僕はとっさに身を隠した。現れたのは、酔っぱらったサラリーマンだった。その男は、ズボンのチャックをおろしてペニスを取り出した。なぜか、胸がぎゅっとなった。男は茂みに向かっておもむろに放尿した。そして、そのペニスを凝視している僕に気が付いた。 「そんなところでなに見てるんだよ」少しろれつの回らない口調だった。 「あ、あの・・・ごめんなさい」 「見たいってのなら見せてやるけどさ・・・」放尿し終わった男は、ペニスを出したまま僕に近づいてきた。 「あの・・・」僕はなぜか動けなかった。 「ほら、見たいんだろ」僕のすぐ目の前で、男がペニスを揺らした。 「しゃぶれよ」男が言う。 「ほら、したいんだろ?」男が僕の顔にペニスを押しつけた。 「どうせ、小遣いがほしいんだろ、しゃぶったらくれてやるぜ?」男の言葉に、僕は黙って口を開いた。男がペニスを僕の口の中につっこんだ。男のペニスが僕の口の中で大きく、堅くなった。茂みの向こう側、男には死角になって見えないところから、もう一人の僕が僕等を見ていた。でも、僕はやめなかった。 「お金、手に入った?」男が去ったあと、もう一人の僕が聞いた。僕はしばらくなにも言いたくなかった。あんなことをしてお金を貰うところを見られたくはなかった。でも、もう一人の僕は、そんなこと気にせずに僕に尋ねる。 「少しだけどね」口の回りに付いたあの男の精液を、服の袖で拭いながら僕は言った。 「あんなことして楽しいのかな」なにも知らないもう一人の僕の、遠慮のない質問が僕を襲う。 「お前もしたろ、昨日、チーフと」僕はまたいらついた。あんなことをしている自分をまじまじと見られていたことが情けなかった。 「あれは、何かの実験でしょ?」一瞬殺してやりたいと思った。嘘じゃない、本当に・・・ 僕等は、そうして手に入れたお金で、電車に乗った。僕が住んでいた街までの料金には足らなかったから、行けるところまで電車で行って、あとは歩こうと思った。もう一人の僕は、電車に乗るのも初めてらしく、車窓から流れていく景色を楽しそうに眺めていた。でも、僕はまたお金がなくなってしまったことを気に病んでいた。また、ああいうことをして、お金を稼がなくちゃならないのか、それとも何か別の方法を探すか、あるいは・・・盗むか。 なんにせよ、気が重かった。でも、パパ、ママのところにたどり着きさえすれば、そんな辛いこともすべて終わるんだ、それが希望だった。 電車で行けたのは、僕が住んでいた街から、まだずっと手前の駅までだった。僕等はそこで電車を降り、線路に沿った道を歩き始めた。 「またお金稼いで電車に乗ろう」もう一人の僕は平然と後ろから声をかけてくる。生まれて・・・いや、作られて初めて乗った電車が気に入ったようだ。お金を稼ぐために僕がしたことなんて、こいつは全然わかっていないんだ。 「歩けるところまで歩くんだよ」僕は、後ろを振り返らずに言った。そして、どんどん歩いた。 途中、本屋さんに寄って、あとどれくらいあるのか、地図を見て調べてみた。調べなければよかったと思った。まだかなりの距離、たぶん、2,3日くらいかかりそうな距離だった。その間、なにも食べないわけにはいかない・・・また、お金を稼がなくちゃ・・・あの男の精液の味を思いだした。 その夜、僕は公園の茂みの前に立っていた。誰かが声をかけてくるのを待っていた。何人かの人が、僕をじろじろ見て通り過ぎて行った。そのたびに、どきどきした。でも、誰も声をかけてくれなかった。きっと、こんな時間にこんな子供がいることを不審に思って見ていただけなんだろう。 結局、その日は誰も声をかけてくれなかった。ほっとした。ほっとしたけど・・・・・なんだか胸の奥がじんじんしていた。茂みの奥で寝ようとしたけど、眠れなかった。横ではもう一人の僕が、寝息を立てていた。なんの心配もせず、なんの苦労もせずに。 僕は、おもむろに体を起こした。そして、服の上からもう一人の僕のペニスを触った。そして、ズボンを脱がせた。大きいモノが目の前にあった。これが欲しい・・・どきどきしながら、僕はそれを口に含んだ。 「なにしてるの?」口に含んだとたん、もう一人の僕が言った。目が覚めていたらしい。 「ごめん・・・・あの・・・」とっさに言葉が出てこなかった。 「なに?」いつもと変わらない口調でもう一人の僕が聞く。 「その・・・我慢・・・できなかったんだ」僕は、小さな声で、うつむいて言った。 「なにが」また、いつもの口調。 「だから・・・その・・・」恥ずかしかった。 「なんだよ」少し怒った風な口調になった。 「・・・してほしいんだ」ほんとに恥ずかしかった。でも・・・・・ 「だから、なんだよ」本当になんにも分からないのか、それとも、僕に恥ずかしい思いをさせてやろうと思っているのか・・・ 「・・・・・・・入れて欲しい」小さな声で、でもはっきりと言った。 「なにを?」まだ、分からないらしい。 「その・・・・それ」はっきりとは言えなかった。恥ずかしくて、こんな自分が情けなくて・・・ 「それってなに?」どこまでも、恥ずかしいことを言わせようとするもう一人の僕・・・・少しは考えてくれてもいいのに・・・なんて無理なんだろうな、こいつには。 「だから・・・ペニス」僕は、もう一人の僕の股間を指さして言った。 「そんなの、どこに入れるの」 「僕の・・・バックに」 「バックって?」 「だから・・・アナルに入れて欲しいんだよ」顔が熱かった。 「僕のペニスを君のアナルに入れるの?」 「うん」僕は勃起していた。 「チーフがしたみたいに?」 「うん」 「そんなことしてどうなるの?」 「・・・・・・・頼むよ」もうなにも言われたくなかった。でも・・・して欲しかった。 「べつにいいけど、どうすればいいの?」 「このまま、寝ていて。僕が自分でするから」そして、僕は再びもう一人の僕のペニスに手を伸ばした。 勃起したそれはさらに大きく、太かった。僕はそれを丹念に舐め、そしてアナルに受け入れた。すんなりとは入らなかったけど、時間をかけて、その大きなモノを受け入れた。 「はぁ・・・・・・ああ・・・・・」もう一人の僕の上で、僕はあえいだ。痛みと、この太くて大きいモノが入っているという充足感のようなものがあった。やがて、自分のペニスには触れないまま、僕は射精した。 「気がすんだ?」もう一人の僕は、全くいつもと同じ口調で言う。 「・・・うん」僕は少しぼんやりしていた。 「じゃ、もういいよね。寝るよ」そう言うと、もう一人の僕は僕に背を向けた。 「あ、ありがと・・・」なぜか僕はお礼を言った。なぜお礼なんか言っちゃったんだろう・・・僕がいなければなんにも出来ないくせに。 でも、アナルの奥に残るこの存在感は、今までチーフに何度されても感じたことのない感覚だった。 翌日、僕等は空きっ腹を抱えたまま、線路にそって歩いていた。二人ともなにも言わなかった。僕の後ろ、少し離れたところを、もう一人の僕が歩いていた。頭をたれて、地面だけを見ながら歩いていた。午前中は、ずっとそうやって歩いていた。空腹を忘れるためにも、歩くことだけに集中した。 そうやってひたすら歩いていると・・・僕は、なぜ自分が歩いているのかわからくなっていた。なぜ、僕はこんな辛い思いをしながら歩かなければならないのか、なぜ、僕は生きるためにこんな辛い思いをしなけりゃならないのか・・・・・ 「待って・・・」そんな声で僕は我に返った。もう一人の僕が、道に座り込んでいた。 「なにやってるの」僕は、もう一人の僕のところまで戻った。もう一人の僕は靴を脱いでいた。その足は、靴擦れが破れ、血が出ていた。 「足、痛い」ぽつりとそれだけ言うと、ふてくされたかのように黙り込んだ。僕は、腰に巻き付けていた、僕が研究所で着ていた服をはずして広げた。白いTシャツを引き裂いて、彼の足に包帯代わりに巻き付けた。 「今はこれしかできない。我慢して歩くんだよ」まるで、小さい子を諭すように言った。でも、彼は立ち上がろうとしない。仕方なく、僕もその横に座り込んだ。 「きっと・・・あと少しで家にたどり着く。そしたら、もう、こんな思いしなくてもいいんだ」僕は自分に言い聞かせるように言った。 「本当にそうなると思う?」もう一人の僕がつぶやく。 「もちろん」当たり前だ。家族なんだから、僕等は・・・ 結局、僕等はそれから1時間くらい座っていたんだと思う。痛む足を引きずって、近くの公園を探した。そして、その日は茂みで休むことにした。そのまま夜を迎えた。 もう一人の僕に気付かれないように、僕は公園のトイレに行き、水道のところで靴を脱いだ。足は血塗れだった。その足を水で洗う。熱を持った足に、冷たい水が気持ちよかった。あと、どれくらい、この足で歩かなければならないのか、あとどれくらいこの足が持つのか・・・僕は茂みに戻った。 その夜も、僕は公園のベンチに座っていた。男の人が僕のほうをじろじろ見る。そんな人に声をかけた。 「僕を買ってくれませんか?」初めはそんなこと言えなかったけど、今は平気で言えるようになった。でも、ほとんどの人は、顔をしかめて、そそくさと僕から離れていった。たまに興味深そうに近寄ってくる人もいたけど、結局そんなことをしている僕をさげすむだけだった。結局、今日もお金は手に入らなかった。 「食べ物は?」茂みに戻ると、もう一人の僕が言った。 「ごめん、手に入らなかった」僕は謝った。いつの間にか、謝るようになっていた。 「明日は何か手に入れてね」そう言うと、もう一人の僕は、僕に背を向けた。 「わかった。きっとそうするから・・・」僕は、もう一人の僕の背中に抱きついた。手を彼の股間に回した。 翌日も同じようなことの繰り返しだった。ただ、ついに・・・僕は道ばたの店に置いてあった食べ物を盗んだ。パン1個だけだけど・・・店の奥の方にいた、たぶんこの店のおばさんは気が付いていないようだったけど・・・でも、僕は逃げた。なんだか怖かった。足の痛みをこらえて、とにかく僕は走った。 だいぶ遅れてもう一人の僕がついてきた。僕等は線路脇の金網で仕切られた茂みに入った。 「ほら、これ」僕は、もう一人の僕にパンを見せた。 「食べ物?」もう一人の僕は、パンも知らなかった。僕はパンの袋を引き裂いて、中身を取り出した。半分に割って、彼に片方を差し出した。 「ほら、食べなよ」彼は無言でそれを受け取って、なんとなくこわごわと口を付けた。それでようやく食べ物であることを信じてくれたらしく、むさぼるように食べ始めた。 「そんなにあわてなくても大丈夫だよ」僕は自分の分を一口かじった。パンの香りが口の中に広がった。 「それ・・・ちょうだい」自分の分を食べ終えたもう一人の僕が僕に言った。 「これは僕の分だよ。自分の分はもう食べたでしょ?」僕はそう言って、もう一口パンをかじった。 「いいよ。もう、しないから」彼が背を向けた。 僕は無言で自分のパンを彼に差し出した。 結局、そのあと、僕はもう一回盗みをはたらいた。もう一人の僕は、また半分持っていった。まるで、あいつのために盗んでいるみたいだった。でも、そんなあいつの要求を断ることができない自分が情けなかった。でも・・・それが彼と一緒にいる理由だと思う。それだけが、彼を・・・・・ 一度盗んでしまうと、もう盗みをはたらくことに抵抗は感じなくなった。その日はあと2回食べ物を盗み、そして、夜になってから、公園で酔いつぶれていた人のお財布からお金を盗んだ。これで明日、電車に乗れる。明日、僕のパパとママに会いに行ける・・・その夜、僕等はいつものように公園の茂みにいた。でも、いつものようにお金を稼ごうとする必要はなかった。僕はずっと・・・もう一人の僕と一緒にいた。一緒にいて・・・ずっと一つになっていた。 翌朝、僕等は電車に乗った。そして、懐かしい光景の駅前に降り立った。 ついに・・・ようやく・・・僕は戻ったんだ、この街に戻ってきたんだ。 長かった2年間、それを思い出して、僕は駅前の広場の隅で泣いた。 |
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