「僕は、君なんだよ」
ユウが話した。
「僕は、この世界とは違う世界の、君なんだ」
「でも・・・ほら」
孝典は、学生証の生年月日の欄を指差した。
「僕と違う。僕より3年早いです」
「そうだよ。僕の世界と君のこの世界の違い。それは僕の世界の僕は、君の世界の君より3年早く生まれたってことなんだ」
孝典は少し混乱しそうになる。
「隣のパラレルワールドとの違いはほんの少し。でも、何が違うかは分からない。そして、パラレルワールドはたくさんある。」
さっきのスケッチブックの川の字の左右に、何本もの線を書き加える。
「だから、遠く離れたパラレルワールドでは、その違いも大きくなる」
ユウはスケッチブックを脇に置いた。
「中には時間の流れが違う世界があってもおかしくない。僕は、君から見れば、そういう世界の君なんだよ」
「あなたの世界では、僕は3年早く生まれてたってこと?」
「そう」
分かったような、分からない話だ。
「ホントに?」
「ホントだよ。まあ、これ以外に証拠はないから信じてもらうしかないけど」
学生証を指で挟んで振ってみせる。そして、またパソコンで動画を再生した。
「で、この動画に戻るけど・・・」
動画の中では、庖丁が孝典の首に突き立てられていた。血が噴き出す。孝典は目を反らす。
「この動画、君じゃない」
「え?」
「もう分かるでしょ。ここに写っているのは、この世界の君じゃない。パラレルワールドの、こことは別の世界の君だよ」
信じられない。どこからどう見ても孝典自身だ。
「信じられない・・・」
確かに孝典は生きている。動画の中の孝典のように、首から血を噴き出して死んでいる訳じゃない。さっき初めて会ったユウの言うことも信用出来ない。でも、何となく納得は出来る気がする。孝典は混乱していた。
「服、脱いで」
急にユウが言った。
「え?」
「服脱いで、足抱えて」
孝典は動かない。
「ほら、早く」
ユウが孝典の服を無理矢理脱がそうとする。
「や、やめてよ」
しかし、孝典は脱がされていく。まるで、孝典がどのように抵抗するのか分かっているように、ユウは素早く服を脱がせていく。あっという間に孝典は全裸にされた。
「な、なにするんだよ」
ユウが孝典の足を持ち上げた。丸見えになったアナルにスマホを向け、写真を撮る。
「なにするんだよ」
すると、ユウは足を離した。
「なにするんだよ」
ユウは顎で孝典の股間を指した。
「勃ってる。やっぱり、君は僕だ」
それだけ言うと、パソコンに向き合ってなにやら操作し始めた。
「ぼ、僕、帰ります」
孝典は、脱がされた服をかき集めた。
「ほら、これ見て」
パソコンの画面が二つに分かれていた、右半分にさっきの動画の一部が、左半分にさっき撮られた孝典のアナルが映し出されていた。
「ほら、ここ」
ユウが指差す。全裸のまま、孝典がそこを覗き込んだ。
「君のアナルの横、ほくろが正三角形みたいに3つある。知ってた?」
孝典は首を左右に振った。
「そして、ほら、こっち」
あの動画の方を指差す。
「こっちはほくろは2つしかない」
「あ・・・」
「つまり、これが、君だけど君じゃないって証拠だよ」
孝典は何も言わない。頭が追いついていなかった。
「無理矢理脱がせてごめん。でも、こういうことだから」
そして、ユウはおもむろに立ち上がり、ズボンとボクブリを下ろした。
「ほら、僕も3つある」
孝典に向かって尻を突き出し、そこを開いて見せた。
「あ・・・同じ」
「いや、同じじゃないよ。たぶん、少し間隔が違うとか、そういう違いはあると思う」
ユウはそのままあぐらをかく。
「でも、勃っちゃうのは同じみたいだね」
ユウのペニスも勃起していた。
「こ、これは・・・」
「君も本当は男が好きなんでしょ?」
孝典の誰にも言っていない秘密。あの悪夢を見るようになる前から、実は男が好きだと自覚していた。そして、それを指摘したユウの言っていることは事実なんだ、と確信した。

「夢の話に戻すけど・・・」
ユウが言った。
「簡単に言えば、夢の中では、近くにある別の世界の影響を受けることがある」
「つまり、別の世界のことが、僕の夢の中に出てきてるってこと?」
「そう。たぶん、すぐそばの世界がね」
彼等二人は全裸になっていた。裸でお互いの体の共通点をいくつか見つけ、自分達は同じなんだということを確かめ合った。不思議と恥ずかしくはなかった。それは、本能的にユウは自分自身であると感じていたからだろうか。その上で、話し続けていた。
「でも、隣の世界って、そんなに違ってないんでしょ? あんな酷いことされるなんて・・・」
ユウはまたスケッチブックを手にする。別のページに、今度は何本か曲がりくねった線を引く。
「さっきは分かりやすく単純に書いたけど、実際は他の世界はきれいに並んでるんじゃなくて、こんな感じに絡まってる」
そして、その中の1本を太く強調する。
「これがこの世界とすると」
別の線も太くした。
「ほら、この2つの世界、ここでは遠く離れてるけど」
太くした線をペンでなぞる。
「ここでは近くなってる。実際のパラレルワールドは、こんなふうに絡まり合ってるんだよ」
「つまり、離れた世界が隣にくることもあって、そんな世界のことが夢に出て来てるってこと?」
ユウは頷いた。
「君のあの夢はそうだと思う」
「どこかの世界の僕は、あんな風に・・・殺されるってこと?」
「まあ、中にはそういう世界があって、そこでは実際、君は殺された」
孝典はユウの顔を見た。
「見たの?」
ユウは何も言わずに頷いた。孝典も黙り込んだ。
「だから、僕は別の世界に来る度に、その世界の僕に警告してる」
今度はユウが孝典の顔を見た。
「この世界では、君に」
しばらくして、孝典が口を開く。
「僕は・・・殺されるの?」
「分からない。少なくとも僕は生きてるし、君が死なない世界もあるかもしれない」
孝典はなんとなく歯切れの悪さを感じる。
「あるかもしれないって・・・」
ユウが孝典の顔を見た。
「正直に言う。僕が行った世界では、君は・・・」
そして、少し間を置いた。
「みんな殺された」
二人は黙り込んだ。

「ユウは、いくつもパラレルワールドに行ったの?」
孝典の問いに、ユウは頷いた。
「正確には、いくつものパラレルワールドを渡ってきたって感じかな」
「いくつくらい?」
「はっきりとは分からないけど・・・20は超えてると思う」
「そんなに・・・」
孝典は思いをはせる。同じような世界が20も。でも、その世界は違う世界で、ユウはその中の僕とは違っていて・・・
「自分の世界には戻らないの?」
「戻りたいさ。でも、どうやったら戻れるのか分からない」
つまり、自由にパラレルワールドを移動できる、というものではないようだ。
「いつ、どのタイミングでどの世界に行くのかなんて、分からないから」
ユウの声が少し小さくなっていた。
「だから、違う世界に行っても、それが元の世界に近づいているのか、遠ざかってるのかも分からない。いつか戻れるって信じるしか・・・」
ユウが頭を垂れた。
「そうなんだ・・・」
文字通り他人事ではない。孝典はこうしてユウにパラレルワールドのことを教えてもらった。でも、ユウは誰かに教えてもらえた訳じゃないんだろう。いろんな世界で、自分でそれに気付いて、だから、誰も助けてくれる人がいなくて・・・ひとりぼっちで・・・
「ユウ・・・」
孝典は、横に座る全裸のもう一人の自分に体を寄せた。

なぜそうしたのかは分からない。
でも、孝典はユウの胸に手を添えた。ユウの体温を感じる。
(3つ年上の僕)
今の孝典よりもかっこよく見える。それもパラレルワールドの違いなんだろうか。ユウの手が、孝典の太ももに触れた。少し体を硬くする。その手が肌の上を滑り、太ももの付け根の方に移動していく。
「でも、ユウは生きてるよね」
そう、それが希望のような気がする。
「たぶん、初めの頃・・・まだ僕の世界に近いところでは、生きてたんじゃないかと思う」
ユウの手が、そのまま腰を超えて上がってくる。
「でも、その頃は自分がパラレルワールドを移動しているって気が付いてなかったし、ひょっとしたら、そこでも・・・」
「みんな死んでたかもしれない?」
一瞬ユウが孝典を見て、すぐに目を逸らした。
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。ただ、この近くの世界じゃ、みんな・・・」
ユウの答えに孝典は溜め息を吐いた。
「みんな・・・」
そうつぶやく孝典の上半身を、ユウが床に押し倒す。そのまま、3才年下の自分にキスをした。そして、顔を上げた。
「でも、違う世界もきっとあると思う」
もう一度短いキス。
「必ず、じゃないと思う。だから、僕は君にあの動画を送った」
床に押し倒された孝典の体に、ユウが覆い被さる。
「君は、経験ある?」
孝典は首を左右に振る。
「じゃ、自分がMだって気付いてはいないだろ?」
また、首を左右に振る。ユウが少し顔を上げた。
「だって、夢の中で玉潰されると夢精してたから・・・それって、Mでしょ?」
ユウは何も言わずに孝典の頭を抱き締める。少し筋肉のある、締まった体に抱き締められる。
(僕も、こういう体になるのかな)
「この近くの世界の君は、みんなMだった。だから、あんなことに」
ユウが孝典の頭を撫でる。
「君はそうじゃないことを願ってたんだけど・・・」
ユウが床に体を横たえる。孝典は、その胸の上に顔を乗せた。
「ユウは、Mじゃないの?」
ユウが少し笑った。
「どっちかというと、Sかな」
「それも違うんだ」
「まあね」
そして、孝典は口を噤んだ。

あの夢、あの動画、そして、ユウ。
自分が殺されるかもしれないという話を聞いたが、孝典はまだそれを現実に起きる可能性があるとは受け止め切れていない。ユウの胸の上に頭を載せ、その肌に触れているとなんだか安心する。あんな夢が現実になるとは思えない。
「ねえ、そういえば、どうしてユウなの?」
「何が?」
「名前だよ」
孝典は、ユウの腹に指でその文字を書いた。
「僕は君だからね」
そして、ユウは孝典の背中に指で文字を書いた。
「Y・・・O・・・U?」
「そう。僕は君、YOUだよ」
納得した。孝典は目を瞑る。自分の、いや、ユウの鼓動を感じる。体温を感じる。安心する。
「孝典?」
ユウが呼び掛けた時には、孝典は軽く寝息を立てていた。

      


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