それから孝典は、あの悪夢はあまり見なくなった。
その代わり、ユウとの行為は続いていた。ユウは孝典を縛り、その口とアナルを使う。孝典はユウに命じられるまま、口に咥え、アナルを舐め、ケツを突き出し、ユウの精液をその体で受け止めていた。
軽いSM。それで孝典の性欲は満たされ、他人とのセックスを望むことはないかに思えた。

(でも、これであいつは・・・僕は、満足なんだろうか)
ユウの頭の中には常に不安がある。こうして軽いとは言いながらもSMめいたプレイに孝典を引き込んでしまったことを後悔していた。かといって、どうするのが正解だったのかも分からない。そして、最大の不安。
(僕は、ずっとこの世界にいる訳じゃない)
ユウはこれまでいくつものパラレルワールドを渡り、この世界にやってきた。しかし、それは彼の意志ではない。これまで何度もその世界で違和感を感じ、気が付けば、違う世界に来ていた。ひょっとしたら、違和感すら感じない違う世界もあったのかもしれない。そしてまた突然別の世界に移る。別の世界に移動したと感じることもない。ほとんど前触れもない。強いてあげれば・・・微かな匂いだ。やがて、結果的に違和感を感じるようになり、違う世界にいることに気が付くだけだ。
そんな時が、いずれこの世界でも来る筈だ。この、今いる世界から別の世界に移る時が。

自分が消えた後のこの世界がどうなるのか、それはユウには分からない。物語のタイムスリップとかだと、パラドックスという話が出てくる。でも、パラレルワールドを移動するということについては、そういうパラドックスのようなものはないのだろうか。今まで自分がいた、ということそのものがなかったことになるのか、それとも何らかのつじつま合わせが自然の力で行われるのか、あるいは、ただ失踪したということになるのか。
どうなるのかは分からない。でも、いずれ、その日は確実に来る。今まで一つのパラレルワールドに留まっていた期間は、長くてせいぜい3ヶ月くらい。この世界ではすでに4ヶ月位になるはずだ。いつ移動してもおかしくない。
そして、ユウが移動したあと、孝典はどうなるのか・・・
中途半端に男同士のセックスへの、SMへの好奇心を揺さぶってしまった今、ユウがいなくなるということは、歯止めが利かなくなるということだ。そうなると、何かあった時に、孝典は・・・

「ねえ」
その日のセックスが終わった後、全裸のまま横になり、抱き合ったまま、ユウが口を開いた。
「なに?」
その声。聞き慣れているはずの自分の声。
「言っておかなきゃならないことがある」
孝典が少し体を硬くしたのを感じる。
「もう、この世界に来て半年近く経つ。今まで、こんなに長くいたのは初めてだ」
そう告げただけで、孝典はユウが何を言わんとしているのか理解した。
「もうすぐ別の世界に行くってこと?」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」
少し間を置いてからユウが答えた。
「分からないんだよ。いつ、他の世界に飛ぶのか・・・ひょっとしたら、もう飛ばないという可能性もある」
恐らくは、何度かパラレルワールドを行き来している間に、そういう『癖』が付いたのだろう。
「でも、どこかに飛ぶんだね。そうじゃないと、ユウ、帰れないし」
孝典の声が少し寂しそうだ。
「たぶん、もう、いつこの世界からいなくなってもおかしくない・・・と思う」
「そっかぁ」
ユウの体に寄り添うようにしていた孝典が、体を少し離した。
「だから・・・あの約束」
「うん、分かってる」
気を付けること。そして、興味本位でSMしないこと。初めて会う人とは特に。もう何度も何度も言われてきた。言葉としては頭の中にたたき込まれているし、理解もしている。
「分かってるけど、分かってない。それは僕も分かってる」
つまり、頭では分かっているけど、体は、本能はそれを分かっていないということ。それはユウも孝典も分かっている。
「僕が君にできることは、もう全部したつもり。だから、あとは・・・」
ユウが声を詰まらせた。それを感じながらも、孝典はユウを見ない。天井を見上げたまま、言った。
「分かってる。気を付ける」
ユウは何も言わなかった。不安と、約束を守ることへの期待。何も言わなくても、ユウの気持ちは十分伝わっていた。



「ねえ、また、いいかな」
ホームルームが終わって帰ろうとしたところに、奥本君が声を掛けてきた。
「いいよ。いつから?」
テストが近い。つまり、また勉強を教えて欲しいということだ。あれから、二人は時々一緒に勉強していた。奥本君の成績は、今や安定して上位に入っている。孝典よりは少し下、でも、10番より下に落ちることはなくなった。それどころか片手に入ることも多くなっていた。
「おじゃまします」
次の土曜日、奥本君が孝典の家にやって来た。
「これ、お母さんが持ってけって」
何かが入った紙袋を差し出した。
「奥本君、いらっしゃい」
奧から孝典の母親が出て来る。母親としても、奥本君と一緒に勉強することは大歓迎だ。
「ご丁寧に、ありがとうございますってご両親に伝えて下さいね」
そう言って、母親は紙袋を受け取る。
「行こっ」
そして、二人は孝典の部屋に向かう。そんな二人の背中を孝典の母親は笑顔で見送った。

「だから・・・そう。それで・・・」
奥本君か数式を展開していくのを横から孝典が覗き込む。自然と二人の体は密着する。しかし、そんなことは全く意識していなかった。
「できたっ!」
奥本君が声を上げる。
「正解」
孝典も答える。一つの机の上にノートを並べ、一つの椅子を二人で分け合って座っている二人。そんなタイミングで、ドアをノックする音が聞こえる。
「少し休憩なさい。奥本君のお母様から頂いたお菓子よ」
二人が机の上を少し片付けると、そこにジュースとお菓子が置かれた。二言、三言話をして、母親は部屋から出て行った。
クラスのあいつがどうとか、先生がこうとか、他愛のない会話をする二人。
ふと、孝典が切り出した。
「ね、パラレルワールドって信じる?」
「信じない」
即答だ。
「そんなの、信じてるの?」
奥本君が孝典の顔を見る。
「うん、まぁ」
「そんなの、ある訳ないよ。宇宙人の方がよっぽど信じられるよ」
「宇宙人は、まあいるとは思うけど」
「でしょ? 宇宙人は証拠あるけど、パラレルワールドなんて証拠もないんだから」
そう言われると反論しにくい。
「なに、宇宙人の証拠って?」
「UFO見たことあるし」
「なにそれ、嘘っぽいなぁ」
そんなことを言いながらも、孝典はパラレルワールドの存在を説明できるようなものがないか、考える。孝典と同じ少年が映っている動画・・・そんなものは奥本君には見せられない。ユウの存在・・・そもそもユウが孝典と同一人物だなんて、最初は孝典自身も信じられなかった。それを奥本君に説明しても、きっと信じてはもらえないだろう。そもそも、ユウの存在を奥本君に言うつもりも全くない。
「パラレルワールドは・・・」
奥本君がその先の孝典の言葉を待つ。
「・・・夢とかに出て来る」
「夢でしょ、それ」
「うん、まぁ・・・」
もし、奥本君がパラレルワールドの存在を信じているなら、いろいろと話をしてみたかった。もちろん、ユウのことに触れるつもりはなかったが。しかし、奥本君はパラレルワールドの存在はまったく信じていない様子だった。
「時々見るんだ・・・僕が死ぬ・・・殺される夢」
少し奥本君の表情が硬くなる。
「すごくリアルな夢。だから、ひょっとしてパラレルワールドで起きてることなんじゃないかって気がしてた」
半分嘘を吐いた。あの夢は、パラレルワールドの孝典に起きた事実だ。
「そんなの、夢でしょ?」
「そうなんだけど、さ」
少し夢のことを思い出す。
「気になるの?」
奥本君が真顔で尋ねた。
「・・・少しね」
「どんな夢なの?」
「それは・・・」
まさか玉を潰されるなんて言えない。
「夢の中で・・・裸で逆さまに磔にされて、庖丁で喉を・・・」
奥本君はしばらく何も言わない。少し時間が経ってから口を開いた。
「ネットでそんな動画見たとか?」
一瞬、ドキッとした。ユウが送ってきたあの動画はネットで見たということになる。まさか、奥本君は・・・
「そんな動画見たから夢に出てきちゃったとかじゃないの?」
いや、奥本君は単純にそう言っているだけだった。何かを知ってる訳でも、あの動画のことを知っている訳でない。
「見て・・・ないと思う」
「そんなのあるとしたら、SMとかそういうのだろうけど・・・さすがに相田君、そんな変態じゃないもんね」
奥本君は、孝典がネットでいわゆるエロサイトを見てオナニーしているのを知っている、唯一の友達だ。
「それとも、相田君、実は、そういうのに興味あるとか?」
少し笑いながら奥本君が言った。でも、実際には孝典はMだ。ユウに縛られると興奮する。
「え、まさか・・・マジで?」
奥本君が何も言わない孝典の顔を覗き込んだ。
「そんなこと、ある訳ないでしょ」
そして、机の上のカップやお皿を押しのけた。
「ほら、続きするよ」
二人はテスト勉強に戻る。
そして、次の試験で孝典は1番、奥本君は4番になった。



「あぁ・・・」
ユウが孝典の中をかき回す。身動きできない孝典は、それを受け入れるしかない。自分の意志には関係なく、ただユウに使われる。ユウが孝典を縛っている縄をぎゅっと引き寄せる。
「ほら、しゃぶれ」
孝典の中に入っていたユウのペニスを口に咥えさせられる。そのまま腰を使われる。喉が犯される。
(今、僕はユウのものだ・・・ユウの奴隷だ)
勃起した孝典のペニスから、トロトロと先走りが滴り落ちる。
「ケツこっち向けろ」
ユウが縄を緩める。孝典は体を反転させ、ユウの前で四つん這いになる。孝典のアナルにまたユウが入ってくる。体の中をユウに擦り上げられる感覚。アナルに感じるその存在感。ユウの体温、ユウの鼓動、ユウの息遣い。そういったものを全て全身で感じていた。
「うっ」
孝典が小さく呻いた。四つん這いになった孝典のペニスから精液が迸る。やがて、ユウが孝典に覆い被さった。
「すっかり、ケツだけでいける体になっちゃったね」
少し恥ずかしいような、誇らしいような気持ちになる。
「だって・・・気持ちいいから・・・」
孝典は四つん這いのまま体の向きを変え、ユウのペニスにしゃぶりつく。それを口で刺激しながら、まだ勃起したままの自らのペニスを縛られたままの両手で扱く。ユウは孝典の口に腰を押し付けながら、孝典の体を縛っていた縄を解く。両手が自由になると、孝典はユウの腰を抱き締める。そのペニスを奥までくわえ込む。ユウが孝典の頭を押さえる。孝典の口の中にユウは射精する。それを飲み込む。ユウの精液を飲みながら、孝典も再び射精する。
二人はこのような行為をずっと続けていた。そして、孝典はユウとのその行為に満足していた。が、あの時のような、意識がとろけるような感覚になることはなかった。
「まだ、あの夢は見るの?」
ユウにそう尋ねられ、孝典は首を左右に振った。
「全然、じゃないけど、たまにしか見なくなった」
実際、多いときはほぼ毎日見ていたあの夢が、今は多くて週に1回程度に減っていた。夢精することもなくなっている。
「そうか・・・」
二人とも全裸のままだった。孝典は自らの体にくっきりと赤く浮かんだ縄目を指でなぞっている。
「パラレルワールドが離れて行ったのかもしれない」
あの夢はパラレルワールドでの出来事。それを見なくなったということは、そういうことなのかもしれない。
「ユウにしてもらって満足してるからかもしれないよ」
すると、ユウが少し照れたように笑った。
「僕は、そんなに上手い方じゃないから」
ユウはそう言う。しかし、孝典に取ってはユウとのプレイは満足出来るものだった。
「ユウがしてくれるから、他の人としたいって思わないよ」
正直な気持ちだ。
「そうか」
ユウはそれだけ答えた。湧き上がる不安は心の中に押し留めた。

      


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